33 ノアと領地へ1
ライラが目を覚ますと、視界には穏やかに微笑んでいるノアの顔が。
従者となって以来、目覚めて最初に目に入るのはいつもノア。初めの頃は寝顔を見られていたことを少し恥ずかしく思っていたけれど、最近ではすっかり慣れてしまった。
ノアは主であり、友人であり、そして家族のような暖かさがある。一度はなくしてしまったその暖かさを、今は毎日のようにノアが与えてくれることが本当に嬉しい。
「おはようございます、ノア様」
「おはようライラ。気分はどうだ?」
「昨夜は成人の儀が成功いたしましたし、安心して眠れましたわ」
ライラはそう微笑んでから、辺りを見回した。確か昨夜はソファーで眠くなってしまったはずだけれど、ここは神殿の儀式場。どうやらノアがここへ移動させたようだ。
ライラが以前に設置した絨毯とクッションに座り、リラックスした様子でノアはライラを抱きかかえている。
儀式場で寝ていたということは、また眠りすぎたのかもしれないとライラは思った。
「ノア様、わたくし今回はどのくらい寝ておりましたの?」
「三ヶ月ほどだな」
「そんなに……?」
なんでもないことのように、さらっと伝えるノア。この前の一週間でも驚いたのに、どうして何ヵ月も眠らせておきたいのだろう。
「あの……、ノア様はこうしている時間がお好きなようですが、何ヵ月もは困りますわ」
「なぜだ?」
「なぜって……、人間は三ヶ月も眠っていたら、用事が溜まって大変ですのよ。例えば……」
例をあげようとしたライラだったが、言葉に詰まった。
眠る前の一ヶ月間は成人の儀の準備があったけれど、それはもう終了したので、今後しなければならない予定がない。
ライラの職業はノアの従者だけれど、ノアが用事を捻り出してやっと掃除が出てくるほどに何もない様子。
公爵令嬢だった頃は常に予定が詰まっていたのに、今の自分は雑用すらほとんどないではないか。
微妙な表情を浮かべるライラの顔を、ノアが覗き込んだ。
「ライラは従者として、俺と一緒にいるのが仕事だ。俺がここにいたい時は、ライラは好きなだけ寝ていれば良いだろう?」
暇つぶしに寝ているというよりは、眠らされていると言ったほうが正しい状況。
何だか腑に落ちないけれど、主が儀式場で過ごしたいというのならば、やはり付き従うのが正しい従者の姿なのだろう。
「用事がなければ構いませんが、皆様のご迷惑にはならないようにしたいですわ」
「案ずるな。俺達に命令できるような立場の者などいない」
「そっ……そうでしたわ……」
成人の儀でのことが思い出される。
あの時、やっと自分の立ち位置に気がついたライラだったけれど、どうにかしてもう少し下の地位に納まりたいと切に願う。
せめて、国王陛下の下あたりに。
当分の間、ライラがしなければならない活動は、これではなかろうかと思えてならなかった。
離宮へと移動したライラとノア。湯浴みと食事を済ませてから、オリヴェルに三ヶ月間の出来事を聞くことにした。
一週間眠っていた時は、すごく心配していた様子のオリヴェルだったけれど、今日は特にそんな様子もなくライラとノアを出迎えてくれていた。
「成人の儀の後は、貴族達も雰囲気が良くなったように思うよ。それまではアウリスの結婚の件で、ずっとピリピリしていたからね。国王陛下が改めてお礼を述べたいとおっしゃられていたよ」
「良かったですわ。――ノア様は今も、安定した祈りを得られていらっしゃいますの?」
「あぁ。最近はライラに対しても祈りを捧げている者がいるようだな。まとめて俺が受け取っているので、回復などに使う力はその再分配だと思ってくれ」
それは遠まわしに、力の心配はいらないからいくらでも眠ってくれと言われているようでならない。ライラは曖昧に笑みを浮かべた。
「それからライラちゃんには、伝えておかなければならない事があるんだ」
「何かございまして? オリヴェル様」
「ライラちゃんの叔母についてなんだけど」
オリヴェルが真剣な表情でライラを見据えるので、ライラはぎゅっと手を握りしめた。
逮捕されたことに安堵していたが、叔母はあれから事情聴取を受けてどうなったのだろう。
「結果から話すと、公爵夫人は有罪となって先日処刑されたんだ」
「そう……ですの。随分と早かったですわね」
「国民の怒りが相当あってね。けれど、アウリスがちゃんと捜査して、密売組織の連中も全員逮捕できたから心配しないで。裁判も正当な裁きだったと思うよ」
それからオリヴェルは刑が執行されるまでのことを詳しく話してくれた。
叔母がアルメーラ家を憎んでライラの殺害を計画したことや、昔馴染みが毒の密売組織と繋がっていてその伝手で毒を入手できたこと。
アルメーラ家の乗っ取りを計画した叔母に対して、国民が王宮の門に押し寄せるほど怒ってくれたこと。
そしてライラやアルメーラ家に対して、叔母は最後まで謝罪の言葉を口にしなかったこと。
「叔父様と叔母様が、勘当同然の結婚だったとは知りませんでしたわ。それほど憎まれていたことも……」
「ライラちゃんに対しては完全に逆恨みだから、気にするだけ馬鹿らしいよ。夫人は正当な裁判を受けて死刑になったんだ。今回の事件に関して、ライラちゃんが負い目を感じる箇所はどこにもないからね」
ライラ自身がもう少し叔父一家に気を遣っていればと一瞬思ったが、はっきりと否定してくれるオリヴェルの存在がとてもありがたい。
彼はいつもライラの心配をしてくれる優しい人だ。
「ありがとうございます。オリヴェル様とお話しすると、いつも心が楽になりますわ」
「俺はアウリスほど有能じゃないからね。言葉をかけるくらいしかできなくてごめんよ」
「そのようなことはございませんわ。特にこちらへ来てからはお世話になりっぱなしですもの」
「ノア様のお世話をするのが俺の仕事でもあるからさ。それより、アウリスに一度会ってやってくれないかな。たぶん、精神的に弱っていると思うから……」
「えぇ。捜査を指揮してくださったお礼もしたいですし、お会いしようとは思っておりますが……」
精神的に弱っているとはどのような意味だろうとライラが首を傾げると、オリヴェルが悲しそうな表情を浮かべる。
「実は夫人の処刑の場で、民衆の暴動が起きそうになってね。アウリスが怪我をしてしまったんだ」





