24 ノアと買い物5
「公爵夫人だ!近衛隊長をここへ!」
騎士にそう指示したアウリスは、ぐったりとした様子の叔母の横に屈みこんで容態を確認した。
「息はしているけれど、脈が弱い。出血などはしていないけれど……」
アウリスは視線を手首に移動させて、眉間にシワを寄せる。
叔母は両手と両足を縄で縛られている状態。ライラも不自然な状況を疑問に思いながらアウリスに問いかけた。
「叔母様はこちらの倉庫に監禁されていたのかしら?」
「そのようだね。毒の密売組織に口封じされそうになっていたのか、もしくは夫人の背後に誰かいるのかもしれないね」
「誰か……」
叔母の目的は、公爵家の乗っ取りだとライラは思っている。けれど今にして思えば、オルガがアウリスの心を奪った時点で目的はほぼ達成されたようなもの。
わざわざライラの命を奪うリスクを負わなくても、他の貴族の元へ嫁がせるなりいくらでも追い出すことは可能だった。
にもかかわらず、命を奪う選択をしたのはどういう理由があったのか。個人的に恨まれるような心当たりはライラにはない。ならば、アウリスの言う通り叔母の背後に誰かいるのだろうか。
「それにしても昨日逃亡したばかりなのに、衰弱が激しすぎる。もしかして夫人も毒を……」
アウリスの呟きに、ノアが「あぁ」と肯定をする。
「一度に多量の毒を飲まされたのだろう。後、数時間の命だろうな」
(そんな……!)
これから真相を明らかにして罪を償ってもらいたいのに、こんな終わり方では納得できない。
ライラがうつむいていると、ノアにぽんっと頭をなでられた。
「こいつには人間社会での裁きが必要だ。死なない程度に回復させてやる」
ノアは屈みこんで叔母の腕に触れると、回復を始めてくれた。
しばらくしてノアが叔母から手を離す頃には、叔母の顔色は随分と良くなっていた。まだ意識は取り戻していないけれど、毒はだいぶ抜けたようだ。
「後は自然治癒でどうにかなるだろう」
「ありがとうございます、ノア様」
(これで正当な裁きを受けてもらえるわ)
ライラがそう安心をしていると、立ち上がろうとしたノアがクラっと倒れそうになる。
「ノア様!」と慌てて支えながら彼の顔を覗き込んでみると、真っ青な顔色のノアと目が合う。
「力を使いすぎたようだ……。ライラ、少し祈ってくれないか」
「はいっ!今すぐに!」
(神殿では無い場所で回復をおこなったので、ノア様に負担がかかったのだわ……)
ライラを助けた際に神殿で長時間かけて治してくれたことを思えば、今のノアには大きな負担がかかったのだろう。
『死なない程度』とは言っていたけれど、相当無理をしてくれたようだ。
ライラが祈りを捧げ終えると、ノアは疲れたような表情はしているが顔色は良くなっていた。
「……ライラの祈りで、精霊神様のお力を回復して差し上げられるのかい?」
驚いたように呟いたアウリスに、ライラはこくりとうなずいてみせる。
「わたくしだけではありませんわ。信者の祈りはノア様の糧と――」
自分たちの信仰心は神の役に立っている。それを伝えたかったライラだったが、ノアはまるでライラを隠すように胸の中へと抱き寄せる。
「俺にとってライラは特別な存在だ。一般の信者と同等ではない」
アウリスは複雑な気分で、ノアの真剣な表情を受け止めた。それから深々と頭を下げる。
「ご協力に感謝いたします、精霊神様。お疲れでしょう、馬車をこちらへ回しますね」
離宮へと戻ったライラとノアは、思いのほか戻る時間が遅くなってしまったので離宮の皆を心配させてしまったようだ。
オリヴェルに事情を説明すると、叔母が捕まったことに対しては安堵してくれたが、ノアが力を使いすぎたことについては険しい表情で考え込み始めた。
「確かにここ数日のノア様はお力を使いすぎたようですが、それほどの状態になるのは妙ですね」
「それほど強力な毒でしたのかしら」
「それもあるだろうけれど、俺が懸念しているのは……。ノア様、もしかして信者の祈りが減っているのではありませんか?」
オリヴェルがそうノアに尋ねると、ノアはさして興味もなさそうに「あぁ」と返事をした。
「一ヶ月ほど前から徐々に減っている。昨日と今日はさらにひどいな」
「うわぁ……、露骨に影響が出るものですね」
「人の心とはそういうものだ。俺はライラさえいれば良いがな」
「それじゃ困りますよー!国の結界が弱まったらどうするんですか!」
「いくらユリウスの子孫がこの国にいようと、そいつらが祈らないのならば義理を果たす必要もないだろう」
なんの話をしているのだろうとライラが首を傾げると、オリヴェルが気がついたようにライラに視線を向ける。
「ライラちゃん、一ヶ月ほど前から始まって昨日結果を出したことについては、心当たりがあるだろう?それがノア様への信仰心に影響を与えているんだ」
オリヴェルの発言に当てはまる出来事など、ライラには一つしか思い浮かばなかった。
ライラは半年間寝込んでいたので、アルメーラ家のこととアウリスのことについての情報しか知らないのだから。
「もしかして、アウリス様とオルガお義姉様の結婚……ですのね」





