22 ノアと買い物3
「ライラ……」
その声に釣られるように、オルガもこちらへ顔を向けると首を傾げる。
「ライラ?確かに顔は似ていらっしゃいますが、その子はライラではありませんわ。アウリス様ってば、ついに見分けがつかなくなりましたの?」
「いや、ライラは容姿が変わったんだ。昨日と髪の色が違うけれど間違いないよ」
そんな二人の会話を聞きながら、ライラはノアの手をぎゅっと握りしめた。
まさか二人と、こんなところで出会うとは思ってもみなかった。昨日はアウリスのことを義兄として受け入れてみようと思ったけれど、オルガと一緒にいる姿はあまり見たくない。
(こんな時は、逃げるに限るわ!)
アウリスが再びライラに視線を戻して声をかけようとしたので、ライラはノアを手を引き走り出した。
「ライラ!待ってくれ!」
「ちょっとアウリス様!わたくしを置いてどこへ行くおつもりですの!」
ライラを追いかけようとしたアウリスの腕を、オルガが掴んで引き留める。
「ごめんねオルガ、君は先に帰っていてくれ!」
腕を振りほどいたアウリスは、ライラを追って走っていく。オルガは、苛立たし気にそれを見送った。
「ライラ、どこまで走るつもりだ」
「わかりませんわぁ~!」
ライラとしてはあの場から離れられるのなら、どこでも良い。
追って来られないよう何度か通りを曲がってたどり着いたのは、大きな噴水がある広場だった。
「はぁはぁ、もう限界ですわ!あちらのベンチで休みましょう……」
ライラは崩れ落ちるようにしてベンチへ座り込んだが、ノアは全く疲れていない様子で隣に腰かける。
繋いでいる彼の手から、回復の心地よさが伝わってきてきたので、走って疲れた身体を気遣ってくれているのだと感じた。
「ありがとうございますノア様」とライラが微笑んだ時だった――。
彼女の目の前に影が落ちてきた。
「ライラ、逃げるなんてひどいな」
「アウリス様……」
逃げ切れたと思ったのに、全く逃げられていなかったようだ。
そしてアウリスも疲れた様子はなく、自分だけが息を切らせている状況が悲しくなった。
「公爵夫人についての現状報告をしたいんだけど、少しいいかな?走らせてしまったお詫びに、イチゴアイスを奢らせて」
元婚約者はライラの引き留め方を心得ている。ライラが一瞬表情を変えたのを見逃さなかったアウリスは、にこりと微笑んでアイス屋へと足を向けた。
「ライラは、イチゴに釣られ過ぎではないのか?」
「ちっ違いますわ……。叔母様の件は聞かなければなりませんもの……」
ノアの冷たい視線を受けつつも、最もな言い訳をするライラ。
決して釣られてはいない。この広場のイチゴアイスは美味しいと思い出しただけだ。
しばらくしてアウリスは、イチゴアイスが入ったカップを三つ持って戻ってきた。
ライラに一つ渡してから、アウリスはノアに視線を向ける。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありませんでした。こういった場ですのでノア様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、好きに呼ぶがいい」
「感謝いたします。ノア様もお一ついかがでしょうか?こちらのアイスはライラのお気に入りなんです」
「ほう……、ライラの好みを良く知っているようだな」
「ライラが五歳の時からの付き合いですから」
「その程度か。俺はライラが生まれた瞬間から認識していた」
なぜか険悪な雰囲気になるノアとアウリス。
それを心配しながらライラは見守っていたが、ライラの心配は違うところに向けられていた。
(アイスが溶けてしまうわ……)
せっかく半年ぶりに食べられるのだから、美味しく頂きたい。けれど、この険悪ムードの原因をよく理解していないライラは口をはさめない。
どうしようかと思っていると、ノアが一転してライラに微笑みを向ける。
「ライラの好物ならば食べてみるとするか」
「ぜひ食べてみてくださいませ!」
アウリスからアイスを受け取ったノアは、スプーンですくって口へと運ぶ。
「ライラ、これは何だ?冷たい菓子は初めてだ」
「こちらはミルクにすり潰したイチゴなどを混ぜて凍らせたものですわ」
このアイスというお菓子は、魔道具の技術が発展してから作られたもの。ユリウス王子が生きていた時代にはなかったお菓子だ。
無言で口に運び続けているノアは、どうやらアイスを気に入ったようで、ライラとアウリスは顔を見合わせて微笑んだ。
「ライラも溶けないうちにおたべ」
「はいアウリス様。いただきますわ!」
一口アイスを食べると、冷たい甘さに満たされる。ライラが幸せを感じていると、隣に座ったアウリスが小さく笑う。
「美味しそうに食べているライラは可愛いね。俺のも食べる?」
「アウリス様も食べてくださいませ、美味しいですわよ」
にこりと微笑んだライラは、それから「あっ」と表情を硬くした。
いつの間にか、これまで通りにアウリスと接してしまっている。
「どうしたの?ライラ。やっぱり俺のも食べたくなった?」
「いえ……、なんでもありませんわ」
複雑な気分で返事をすると、ライラの横から手が伸びてきた。
「いらないのなら、俺が食ってやろう」
「どうぞノア様。お気に召されたようで何よりです」
いつの間にか自分のアイスを食べ終えていたノアは、アウリスのアイスも食べ始める。どうやら本当に気に入ったようだ。
まるで友達みたいなやり取りが目の前で交わされたので、ライラはぽかんとノアを見つめた。
先ほどまで険悪なムードだった二人が、和やかにアイスのやり取りをしている。
自分もアウリスと普通に接してしまったのは、このアイスのせいだと思った。
きっともう、こんな風にアウリスと接する機会などやってこない。美味しいものを食べている時くらい、余計なことを考えるのは止めることにした。





