19 アウリスが向かった先2
◆アウリス視点です
「どうしたの?俺を心配して駆けつけてくれたのかい?」
「まさか。ライラちゃんの荷物を回収したくてさ。これから行っても良い?」
期待はしていなかったアウリスだったが、予想通りに親友はまだ許してくれないようだ。
先ほどライラにわがままを言って彼を怒らせたばかりなので、当たり前だと思いながらアウリスは再び歩き出しながら返事をした。
「あぁ。ライラに不自由な思いはさせたくないからね。構わないよ」
アウリスも急ぎ別邸へ戻り、二人から事情を聞かねばならない。
無言でオリヴェルが後をついてくるのを感じながらも、馬車乗り場へと急いだ。
別邸の敷地へはいるとすでに多くの騎士や、ライラの荷物を受け取りに来た離宮からの使者の馬車が列をなしているのが見える。
それらを馬車の中から確認してから馬車を降りたアウリスの元へ、近衛隊長がやってきた。
「アウリス殿下、公爵夫人は王宮の控え室もこちらにもおりませんでした。今、捜索隊を出して探させているところです」
「そうか……。報告ありがとう、引き続き頼む」
「承知いたしました。それから、邸内で厄介な事態が起こりまして……」
「厄介?」
眉をひそめたアウリスに対して、近衛隊長は言いにくそうに玄関へと視線を向ける。
微かに言い争う声が聞こえてきて、アウリスはため息をついた。
「アウリス様ぁ~!この者達がわたくしの持ち物を持ち出そうとしていますのよ!どうにかしてくださいませ!」
「いえアウリス殿下、私どもはライラ様の所持品を離宮へお運びするために参りました」
「だから、それがわたくしの物だと言ってるのよ!!」
「ですから何度も申し上げているように、オルガ様ではなくライラ様の所持品を――」
玄関ホールへ入るなりオルガと離宮からの使者に詰め寄られ、アウリスは頭痛がしてきて頭を押さえた。
自分の母親が殺人容疑で逃亡中だというのに、揉め事の原因がくだらなすぎる。
「オルガよく聞いておくれ。ライラは精霊神様によって健康な身体を取り戻したんだ。だから君が、ライラの所持品を譲り受けることはできなくなったんだよ」
「そんな……、お母様がライラの病気は治らないから好きにして良いっっ」
オルガが慌てて口を噤む姿を見て、ライラとの間で約束を交わしたのは嘘だったのだとアウリスは察した。
彼女を信じた自分が馬鹿だったと思いながら、アウリスは離宮からの使者に視線を向ける。
「ライラの部屋は二階の右奥だ。必要な物は全て持ち出してくれ」
「困るわ!わたくしは何も持参していないもの!明日からどう暮らせば良いのよ!」
「明日にでも買い揃えるから、今夜だけ我慢してくれないかな?」
「アウリス様ったら……、わたくしに既製服を着ろとおっしゃいますの?」
本当にくだらないと、アウリスは深いため息を吐いた。
彼女はこの状況が何も飲み込めていない。ドレスの心配よりも、自分の身を心配するべきだ。
「オルガ……、公爵夫人の娘でありライラの状況を見過ごしてきた君にも、一応は疑いがかけられているんだよ。あまりわがままが過ぎると、留置所に入ってもらうことになるよ?俺としては妊婦の君に無理はさせたくない」
「わたくしが……?そっそうね、お腹の子のためにもここで大人しくしているわ」
やっと自分の置かれている立場を理解したらしいオルガを、客室へと連れていかせる指示を出す。
今日はすでに回数を忘れるほど吐いたため息を吐いていると、オリヴェルが声をかけてきた。
「アウリスはあいつのどこが気に入って、ライラちゃんを捨てたの?」
「やっと理由を聞いてくれる気になったのかい?」
「あ……、そうだね。ライラちゃんのことは離宮の管轄になるし、事情は把握しておこうかな」
オリヴェルが気まずそうに頭を掻いているのを見て、アウリスは小さく微笑んだ。
親友は完全に自分への興味を無くしたのかと思っていたけれど、そうではなかったようだ。
理由を話せばさらに信頼を無くすのは覚悟しているが、親友には真実を伝えておきたいとアウリスは思った。
ライラの荷物を運び出している間、アウリスの部屋へと移動した二人。
お茶を飲みながら、アウリスはこれまでの事情を親友に話して聞かせた。
「うわぁ……。ほんとアウリスは、ライラちゃんが関わると馬鹿になるな」
「自分でもそう思っているよ」
「一度の過ちで全てを失う……か。アウリスが辛かったのは理解できるけれど、その辛さを紛らわそうとした先が最悪だったね」
「本当に俺は、どうしようもない男だよ」
アウリスはお茶を飲んでからため息を吐いた。こんな時はお酒でも飲みたい気分だけれど、お互いにまだ仕事中だ。
「ちなみにライラちゃんには、説明したの?」
「ライラの性格なら、自分のせいだと落ち込んでしまうかもしれないから、話さないつもりだよ」
婚約破棄を伝えた時のライラは、それでもアウリスの幸せを願ってくれた。
そんな心優しい彼女に、浮気の原因がライラにあるように聞こえかねない事情など話せるはずがない。
どんなに辛かろうと超えてはいけない一線を越えてしまったのは、自分自身だとアウリスは理解している。
それでもライラが事情を聞けば、自分がそうさせてしまったのだと悩むに違いない。
「ライラちゃんは優しいもんなぁ……。俺からも話さないよう気をつけるよ」
「よろしく頼む」
事情を聞き終えると、オリヴェルはすぐに立ち上がった。余計な雑談をするつもりはないようだ。
「それじゃ俺は指示を出しに戻るな」
「あぁ、話を聞いてくれてありがとうオリヴェル」
「ライラちゃんと接するのに必要だから聞いたまでだよ。今ので俺達の関係が修復されたとは思わないでくれよ」
「わかっているよ。ライラを頼む。それから――」
アウリスは机の引き出しから小さな箱を一つ取り出すと、中を開いてオリヴェルに見せた。
「ライラに成人のお祝いを渡してくれないかな」
これはアウリスが領地へ戻ってから直接ライラに渡そうと思っていたものだけれど、もう直接本人に渡すことはできそうにない。
「お前も懲りないやつだな……。先ほどライラちゃんに、適切な距離を保つと宣言したばかりじゃないか」
「ライラの両親はもういないんだ。義理の兄がその役目を代わりに果たすだけだよ」
「まぁ……、今の親が用意しているとは思えないしな。とりあえず預かるけど、ライラちゃんに受け取ってもらえなくても俺を恨まないでくれよ」
オリヴェルはその箱を受け取ると、「じゃあな、元親友」と短く挨拶をして部屋を出ていった。
無理な願いを聞いてくれた親友に感謝しつつ、アウリスも部屋を出る。
今日中にオルガとその父親から事情を聞かねばならないので、あまりゆっくりもしていられない。
オルガにはしばらく冷却時間が必要そうなので、アウリスは先に父親の元へと向かった。





