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01 変わる環境1

 話は百年ほど前にさかのぼる。



 大切な人との別れはある日突然にやってくるもので、ライラの両親であるアルメーラ公爵夫妻は国外視察へ行ったきり帰ってこなかった。


 彼女の両親は山道を馬車で移動中に落石事故に遭ってしまい。命が助かった従者が青ざめた表情で王都の別邸へ知らせに戻ってきたことが、ライラにとっては一番印象的な出来事だった。


 急ぎ領地へ戻ったライラだったが、両親の遺体は損傷が激しかったため会うことは許されず。本当に両親が亡くなったのだと実感できないまま、婚約者に付き添われて葬儀に出席。閉じられたままの棺に花を手向(たむ)けた。



 十五歳にして孤独な身となってしまった公爵令嬢のライラは、未成年のため爵位を継ぐことができないという問題に直面。

 領地での葬儀終了後に一族での話し合いがなされ。ライラの叔父が一時的に爵位を継ぎ、彼女が成人をして結婚後に夫へ爵位を譲るという契約を交わした。

 それまでライラは叔父夫婦の養女となることが決定し、公爵邸に叔父の一家が引っ越してくることになった。


「今日からどうぞよろしくお願いいたしますわ。叔父様、叔母様、オルガ様」


 公爵邸の玄関前にて叔父一家を出迎えたライラ。

 馬車から降りた三人は、長旅の疲れも見せずに優しそうな笑顔を向けてくれた。


「私達が来たからにはもう心配はいらないよ。領地は私に任せて、ライラは安心して学業に専念しなさい」


 アルメーラ一族は王家の親類。叔父もその血を継いでいることが伺える、金色の髪に青い瞳。

 ライラの父とは違い威厳には欠けるが、人の好さそうな人物に見える。


「すぐには無理かもしれないけれど、わたくし達のことは本当の家族と思って欲しいの」


 叔母はこの国ではあまり見かけない黒髪の女性だ。

 彼女は叔父とは正反対できつい顔立ちではあるが、きっちりと整えられた身だしなみは性格を表しているよう。安心して邸宅を任せられそうだ。


「わたくしのことも本当の姉と思って、いつでも頼ってちょうだい」


 ライラより一つ年上の従姉妹オルガも、母親譲りのきつい顔立ちをしている。そのためとても美人に見えるし、母親譲りの黒髪が妖艶。

 一歳差とは思えないほど大人びた雰囲気は、本人の言う通り頼りになりそう。


 今まであまり交流をしてこなかった叔父一家だが、葬儀の時からライラを心配してくれていたこの三人となら上手くやっていけそう。

 そう思いながら、ライラは三人を邸内に招き入れた。


 両親が突然亡くなってしまい、悲しみというよりは虚無感のほうが大きいライラ。

 それでも天国の両親が心配しないよう、新しい家族の元で学業に励み、立派に成人しようと決意をした。





 しかしその翌日から、ライラの体調は徐々に悪くなっていくのだった。

 初めは少し気分が優れないくらいの症状だったけれど、徐々に身体のだるさは増していき、今では寝込むほどになっていた。


「先生、いかがですの?」


 ライラが寝ているベッドの横で、叔母が心配そうに医者に声をかけた。

 アルメーラ家の主治医である彼には、ライラも幼い頃からお世話になっている。

 いつも穏やかで明るい性格の持ち主だけれど、珍しく険しい表情で顔を横に振った。


「おそらく精神的な負担からくるものでしょう。今は何よりゆっくりと静養することですな」


 特に不審な点は見られないのか医者は、病気ではなく両親が亡くなったことに対する精神的な症状だと結論づけたようだ。


 診察の様子をベッドの反対側で見守っていたオルガは、ライラの手を握り励ますように微笑む。


「ライラ、心配事ならいつでもわたくしに相談してちょうだい」

「ありがとうございます、オルガお義姉様」


 彼女はライラの体調が悪くなってからというもの毎日のようにライラを励まし、ライラの気が紛れるような楽しい話をたくさんしてくれている。

 義姉の優しさが本当に嬉しかったが、その気持ちとは裏腹に体調が一向に良くならない状況をもどかしく感じていた。


「そうだよライラ。君には心配してくれる家族がいるんだ、ゆっくりでも気持ちの整理をつけていきない」

「はい先生……」


 皆の退室を見守ってから、ライラはため息をついた。

 両親が亡くなってから慌ただしく領地へ向かい葬儀をおこなったので、自分で思っているよりも体に負担がかかっていたのかもしれない。


 早く良くなって王都へ戻らなければ皆に迷惑をかけてしまうし、何より婚約者が心配をしてしまう。

 彼のことだからライラが寝込んでいると知れば、領地までお見舞いに来てくれるだろう。

 この国の第二王子である彼は公務で忙しいので、迷惑はかけたくない。


(先生のご指示通り、気持ちに整理をつけて身体を休めれば良くなるかしら……)






 その夜。寝る前に、日課である精霊神への祈りを捧げたライラ。


 この国では宗教として精霊神を信仰しているが、そのきっかけは数百年前にさかのぼる。

 当時の国は魔獣の脅威に晒されており、人々は魔獣に怯えて暮らしていた。

 国としての対策は限界に。

 最終手段として『神の降臨』が試みられた。

 生贄として差し出されたのは、当時の王子であったユリウス。

 彼の強い熱意もあってか、この国に『精霊神』が降臨した。


 精霊神ノアは王子の命は取らずに、友人となることで国を魔獣から救ってくれた。

 彼は慈悲深い神として国中に知れ渡り、各地に精霊神聖堂が建てられ彼は信仰の対象に。

 精霊神はこの国の守護神となり、数百年経った今でも魔獣から守る結界を維持し続けている。


 ライラも、毎日欠かさずに祈りを捧げるほど熱心な信者だ。

 けれどライラが熱心なのには理由がある。

 聖書の元になった神話の原本がアルメーラ公爵家に存在しており、先祖代々大切に保管されているのだ。


 ライラは重い身体を動かしてベッドを出ると、本棚から原本の複製品を一冊取り出した。


(この本も、ボロボロになってしまったわね)


 幼い頃から毎日のように読んでいるこの神話は、ライラの宝物。

 すでに暗記できるほど読み込んでいるこの本には、精霊神ノアや生贄となったユリウス王子について詳しく書かれている。

 それによると、ユリウス王子はアルメーラ公爵家の娘と結婚しており、二人の一人娘もアルメーラ家の者と結婚した。

 つまり生贄となった王子の血が、アルメーラ家に代々受け継がれているのだ。


 当時五歳だったユリウス王子が、自ら志願したという生贄。

 勇敢な彼の血が自分にも流れているかと思うと、ライラは誇らしい気持ちになる。


 先祖に恥じることがないよう、ライラも気持ちを強く持って生きていきたい。

 両親とは早すぎる別れだったけれど、天国の両親に心配をさせないためにも早く立ち直って元気になろう。

 神話を読み返したライラは、少しだけ気持ちが晴れるのだった。

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