16 ノアと初仕事2
「ノア様……、お嫁さんとは?」
「誤解だライラ!こいつらは、同じ色で同種と判断するんだ。単なる勘違いだから気にしないでくれ」
ノアに払い除けられながらも、楽しそうに辺りを飛び回っている精霊達。
ライラが改めて精霊達を観察してみると、髪の毛の色ごとに服装の雰囲気も似ていると気がついた。
赤い精霊はお花のような服だし、緑の精霊は葉っぱのような服。精霊として宿っているものに近い容姿となっているようだ。
「ノア様は草の精霊でしたので、髪の毛が若葉色ですのね」
「そういうことだ」
「ライラは従者兼友人だ」とノアが紹介をすると、精霊達はすぐにいなくなってしまった。
「いくじなし」とか「彼女いない歴千歳越え」という言葉が聞こえたような気がするが、可愛精霊達がそんなことを言うとは思えない。ライラは空耳だったと思うことにした。
水を汲んで神殿へと戻った二人。
「さぁ!拭き掃除を始めますわよ!」
「待てライラ。手が荒れるから俺がやる……って、雑巾はどこだ?」
「ふふん。ノア様にお仕事を取られないように確保しておきましたわ!」
得意げにライラが雑巾を突き出すと、ノアは悔しそうに顔を歪める。
やっと仕事を得たライラは、雑巾をバケツに浸して絞った。先ほどは離宮で雑巾の絞り方も習ったので完璧だ。
気分よく窓枠の拭き掃除を始めたライラだったが――。
「ライラ、あまり力を入れると骨が折れてしまう」
「これくらいで折れませんわ」
「ライラ、窓一つごとに休憩を入れよう。働きすぎると倒れる」
「これくらいで倒れたりしませんわ」
「ライラ、疲れただろう?イチゴでも食べたらどうだ」
「イチゴ?」
振り返ったライラの口に、むぐっと真っ赤なイチゴが押し込まれる。
口の中に甘酸っぱさが広がって、ライラの顔は思わず緩む。
床に視線を向けて見ると、いつの間にかイチゴが生えていた。
(イチゴが食べ放題だわ……)
甘い誘惑を目の前にしてライラは仕事の手を休めてしまいそうになったが、それを振り切るように首を横に振った。
気を遣ってくれるのはありがたいが、これでは過保護な親よりも過保護すぎて仕事に集中できない。
これ以上邪魔されたくないライラは、ノアの背中を押し始めた。
「押すなライラ。どこへ連れて行く気だ」
「ノア様はお外で日向ぼっこでもしていてくださいませ」
「俺をジジイ扱いするのはやめてくれないか。割と立ち直れないくらいショックなんだが……」
「しておりませんわ。これほど麗しいお爺様などおりませんもの」
「……ライラは俺を麗しいと思っているのか?」
「思っておりますとも。日の光を浴びたノア様はこの世の何よりも麗しくて見惚れてしまいますわ」
「そうか……。たまには日向ぼっこも良いかもしれないな」
割と単純なノアはあっさりと日向ぼっこに応じてくれたので、ライラは気を取り直して拭き掃除を再開しようとしたが――。
床から生えているイチゴが気になって仕方がない。
「ノア様のご好意ですものね……」
ライラはイチゴが大好きだ。
言い訳をしながら、イチゴをぱくぱくっと口に入れてから仕事を再開した。
空がオレンジに染まる頃まで掃除に励んだライラは、ピッカピカになった窓を見て達成感に浸っていた。
さすがに全部の窓は拭ききれなかったが、初めての割には頑張れた気がする。
公爵令嬢としてのライラは、おしとやかに読書や刺繍をたしなむ日々で。身体を動かす機会といえばダンスくらいなものだった。
これほど身体を動かして仕事をするなんて初めての経験。
ここ半年ほど寝たきりだったこともあり、まるで生まれ変わったような充実感を味わえた。
こんな体験をできるのも、ノアが助けてくれたおかげ。
追い出してしまったのは悪かったなと少し反省をしながら、ノアを呼びに行くことにした。
入り口付近から見える辺りに、ノアはいないようだった。
「ノア様?」と声をかけながら外へ出たライラは、辺りを見渡して息をのんだ――。
草が生い茂っていた神殿の周りは、一面のコスモス畑に変わっていたのだ。