15 ノアと初仕事1
話し合いが終わり、神殿へと戻ったライラとノア。
「さぁ!お掃除を始めますわよ!」
気合に満ちたライラは、メイド服に着替えてホウキを握りしめていた。
服も掃除道具も離宮からの借りもの。
生まれてこのかた掃除をしたことがないライラは、先ほど離宮のメイドから掃除の仕方も教えてもらったばかり。
準備はばっちり。ついに従者としての初仕事が始まる。と心躍らせていると――。
「待てライラ。この量を一人でやると何日もかかりそうだ」
ライラを連れて廊下へ移動したノアは、儀式場に向けて手をかざした。
するとつむじ風のようなものが起こり、何百年に渡り蓄積されたであろう塵や埃をどんどんと巻き込んでいく。
「わぁ……、ノア様すごいですわ」
この国はノアによって平和が守られているため、あまり魔法が盛んではない。
これほど派手な魔法を見るのは初めてのライラは、思わず魅入ってしまった。
見る見る間にゴミは中央にある魔法陣の上に集められ。
そして一瞬にして、ゴミは消え去った。
「えっ……!ノア様、もしかして……」
「ゴミの処理は離宮に任せよう」
突然にゴミが送られてきて、離宮の人達は驚いているのでは。
ライラの不安をよそに、ノアは他の部屋の掃除も始める。
埃と共に朽ちた家具なども、つむじ風によってどんどんと魔法陣へ運ばれていく。
初めは魔法の威力に圧倒されていたライラだったが、次第に頬がぷっくりと膨れて――。
「もう……ノア様!わたくしのお仕事を取らないでくださいませ!」
「あ……、そうだった……」
しかし時すでに遅し。ノアは全室に魔法をかけた後だった。
流れ作業的につむじ風がゴミを運んでくる様子は、気まずさを増した。
ライラから抗議の視線を浴び、彼女に仕事を与えねばと焦ったノアは窓へ駆け寄り、つつーっと窓枠に指を滑らせる。
「見ろライラ。細かいところは掃除できていないではないか。拭き掃除をしてくれないか」
それは掃除した本人ではなく、嫌味な女主人がおこなう確認方法だ。
真剣な表情で拭き掃除を依頼してくるので、ライラは思わず笑ってしまった。
「わたくしのお仕事も残してくださりありがとうございます。お水を汲みに行ってまいりますわ」
バケツを手に取ろうとしたライラだったが、寸前でノアが先にバケツを掴んでしまった。
「小川まで案内しよう」と彼はさっさと神殿の入り口へ歩いて行く。
どうやらノアは、まだライラに仕事をさせる気はないようだ。
雑巾だけは死守しなければと思ったライラは、こっそりと雑巾をエプロンのポケットにしまい込んでからノアの後を追った。
神殿の外は草が生い茂っており、その周りを森が囲んでいた。
ここへ初めてきた時のライラは眠っていたので、聖域の森を見るのは初めてだ。
「わぁ……、綺麗な景色ですわ」
「精霊達が管理をしているからな」
「精霊?わたくしも会えますかしら」
「やつらは珍しいものが好きだから、すぐに寄ってくるだろう」
ノアは「行こうか」と手を差し出してきた。
これまで散々彼に抱きかかえられたり、抱きしめられたりしたが、手を繋ぐ行為は今までとは少し違う恥ずかしさがある。
(まるでデートへ行くみたいだわ……)
緊張しながらノアの手を取ると、回復の際に感じる心地よさが彼の手から伝わってきた。
「ノア様……?」
「ライラが緊張しているようだからな」
「きっ……緊張などしておりませんわ!早くまいりましょう!」
完全に気持ちを見透かされているのが恥ずかしくて、ライラはノアの手を引っ張り歩き出した。
すると、一面に生い茂っていた草地が半分に割れたかのように森へと続く道ができて、驚くライラ。
「わぁ……、こちらもノア様のお力ですの?」
「あぁ。俺は元々草の精霊だから、植物の操作を最も得意としている」
「それでこの国にはない植物も生み出せましたのね。ノア様すごいですわ」
「……あれくらいは容易いことだ」
褒められて照れたのか、ライラから視線を逸らしたノア。ノアの可愛い一面を見てしまい、ライラはなんだか嬉しくなる。
ほんわかした気分で森を歩いていると、ざわざわと小さな声が聞こえてきた。
なんだろうと思いながらライラが辺りを見回すと、小さな光の玉があちらこちらから現れ始める。
「ノア様、あの光はもしかして……?」
「精霊だ。俺も神として召喚される前はあのくらいの大きさだった」
精霊達が近づいてくるにつれて、光の玉だったのが羽だと認識でき、小さいながらに人と同じ形であることが見えてきた。
手のひらほどの大きさの彼らは、ライラを囲むように飛び回り始めた。
「およめさんだ!およめさん!」
「のあさまの、およめさんだ!」
「え……?」
「馬鹿っ……!違うっ!」
なぜだかやたらと焦った様子のノアが、手を振り回して精霊達を追い払おうとしている。