13 ノアの離宮5
「そう……だったな……。ライラは健康な身体を取り戻せたんだから、俺がいつまでも独占するわけにはいかないよね」
ライラはうなずいてから、「それに――」と振り返ってノアに抱きつきながらノアを見上げた。
「わたくしはもうノア様のものですもの」
「ライラ……、やっと俺の気持ちに――」
「従者兼友人として、これから末永くよろしくお願いいたしますわ」
にこりと微笑むライラに、ノアも泣きそうな顔で微笑み返した。
ライラとノアの様子を見て項垂れたアウリス。
離宮の玄関へと足を向けかけると、ちょうど廊下の先からオリヴェルと国王が。
二人は顔色を変えてライラ達の元へと駆け寄ってきた。
「アウリス……!お前はなぜここへ」
「離宮へ無断で入り込んでしまい、申し訳ありませんでした父上。ライラがいると聞いて居ても立っても居られず……。もう戻ります」
「いや、待て。お前にも関わる話だそうだ。精霊神様、息子を同席させてもよろしいでしょうか?」
「構わん。好きにしろ」
全員でサロンへ移動すると、ライラとノアが座るソファーの向かいに国王とアウリスが並んで座り、オリヴェルはその少し後ろに控えた。
「あの……ノア様、国王陛下もいらっしゃるので……」
ノアにぴったりと抱き寄せられているライラは、恥ずかしさと国王陛下に対して失礼ではないかという思いでいっぱいになる。
しかし、「良いライラ。精霊神様のお望みのままに」と国王から即了承が出てしまった。
(そういわれても、居心地が悪いわ……)
ライラがそう思った瞬間――。
ノアに回復してもらった時のような心地よさに包まれる。
「これならどうだ?」
まるでライラの気持ちを知っているように尋ねてくるノア。
確かに心地よくはなったけれど、ライラが思っている居心地の悪さはそういう意味ではない。
けれど、少しずれた気遣いが口下手で不器用そうな彼らしいと思うと、自然と笑みがこぼれてきた。
「ノア様ったら、またわたくしがお祈りで回復して差し上げなければなりませんわ」
「ライラにたくさん祈ってもらうために、力を消費しておかなければ」
「お食事前の運動のようにおっしゃらないでくださいませ」
ライラとノアの会話の意味がよくわからない残りの三人だったが、二人の仲が良いのだけは見て取れる。
アウリスは頭を抱えて下を向きっぱなしで、オリヴェルはそんな双方の様子を見てやれやれと言いたげな表情を浮かべた。
国王が小さく「こほん」と咳ばらいをして、やっと話し合いは始まった。
ライラがこれまでの叔母との経緯を話し、ノアが植物についての特徴を説明。
二人の話を聞いたアウリスは、下を向いたまま小さく笑い出した。
「はは……、こんな簡単な理由だったなんてね。俺の看病でライラが回復する理由を、もっと深く考えるべきだったよ……」
「このような症状の毒は初めてですもの、仕方ありませんわ」
「仕方ないでは済まされないよ。ライラはそれで半年も苦しんだんだ……」
「アウリス様……」
アウリスがひすらライラを想ってくれる気持ちは今も変わらないのだと、先ほどからの彼の言動でじゅうぶんに感じられる。
複雑な気持ちでライラが彼の様子を見ていると、悔しそうに拳を握りしめたアウリスは、顔を上げると国王をしっかりと見据えた。
「父上、この件は俺に任せていただけませんか。ライラの叔母を捕まえて、犯行の動機から毒の入手経路まで洗いざらい吐かせてみせます」
「この件に関してはお前が適任かもしれないな……。精霊神様、息子に任せてもよろしいでしょうか」
「あぁ」
どうやら叔母は逮捕してもらえるようだ。もう命を狙われる心配はなさそうだとライラはほっとしたが、同時に叔母が今どうしているのか気になった。
「ノア様、叔母様は無事なのでしょうか?」
「無事だ。信者が減るから人に危害を加えてはならないと、ユリウスに言われているからな」
「では叔母様は、今……」
アウリスに視線を向けると彼はうなずいてから、勢いよく立ち上がる。
「今はオルガと一緒にいるはずだ。すぐにでも近衛を集めて捕縛に向かうよ」
国王とノアに退室の挨拶を済ませたアウリスは、再びライラに視線を戻す。
「俺はライラを傷つけてばかりで駄目な婚約者だったよ。本当にごめんね。もう会わないと言えたらいいんだけど……、ライラとの繋がりが切れるのは本当に辛い。これからは義兄として適切な距離を保つと約束するから、また会ってくれないかな」
「お前、この期に及んでまだそんな事をっ!」
オリヴェルが激怒したようにアウリスに掴みかかったが、アウリスは冷静にそれを受け止める。
「俺はライラに聞いているんだ」
二人の視線がライラに向くと、全員がライラの返事を待つようにしんっと静まりかえった。