09 ノアの離宮2
「おや?ノア様。俺に怒りを向ける前に、この状況を説明願えませんかね?なぜ、正式な儀式もおこなわずに、ライラちゃんの髪の毛と瞳の色がノア様色に変わっているのです?ライラちゃんを弄ぶ気なら、神であろうと許しませんよ」
「…………」
初めの勢いはどこへやら。
ノアは気まずそうにオリヴェルから視線をそらすと、そらした先でライラと目が合う。
さらに気まずさが増したように、ノアは逆方向に視線をそらした。
シンっと静まりかえるサロン。
気がつけば土砂降りの雨は止んだようで、雨音も聞こえなくなっていた。
ライラはそんな二人の様子を見て、ノアが自分を助けてくれたことで随分と迷惑をかけてしまったのだと察した。
「ノア様をあまり責めないでくださいませ!全てはわたくしを助けてくださるためだったのですわ!」
「助けるため……?どういうこと?ライラちゃん」
「わたくしは命の危険があるほど衰弱しておりましたの……。ノア様は神殿でわたくしの身体を回復してくださるために、種をわけてくださったのですわ」
「え……?しばらく領地で過ごすとは聞いていたけれど、まさか体調を崩していたとは……。そんな状況のライラちゃんを裏切ったなんて、アウリスがますます許せない!」
どうやら公爵家の跡継ぎ問題に関わる話なので、友人のオリヴェルといえどもライラの状況は伏せられていたようだ。
オリヴェルは怒りをぶつけるように、自分の膝を拳で叩いた。
アウリスに裏切られたと気がついた時のライラは、もうすぐ死ぬ身だと思っていたので全てを諦めて無理やり納得していた。
しかし身体が健康な状態へ戻り自分の気持ちに蓋をしなくても良くなった今、幼い頃から信頼していたアウリスに裏切られたことは精神的に辛いものがある。
死にゆく者だからといって、裏切って良いはずはない。
あの時のライラはまだ生きていたのだから、婚約破棄をして義姉を選ぶにしてもそれ相応の誠意は見せるべきだった。
けれど、こうして自分の代わりに怒ってくれる人がいるだけでも、ライラは少し報われたような気分になれた。
「わたくしの代わりに怒ってくださり、ありがとうございますオリヴェル様。けれど、わたくしは大丈夫です。これからはノア様の従者兼友人として、新たな生活を始めさせていただきますわ」
「従者……兼、友人?」
「ノア様はわたくしのことを、大切に思っているので一生を預けてくれないかと、従者として生きる道を示してくださいましたの。一生大切にしてくださるとも誓ってくださいましたし……」
あの時のノアの想いの熱さを思い出すと、なんだか心がむずむずする。顔のほてりを抑えるように、ライラは頬を両手で包みこんだ。
「え……、それじゃライラちゃんは、ノア様の従者になったの……?」
「はい。友人だとも言ってくださり……、身に余る光栄ですわ」
オリヴェルがさび付いたように首を動かしてノアに視線を向けると、ノアは不貞腐れたように彼の視線を受け止めた。
「俺はライラを弄んでなどいないぞ……。伝えるべきことは伝えた……」
「あ……はい、そうですね。純粋無垢に育つと、こういった弊害もあるようで……。もっとわかりやすい言葉で伝え直してみてはいかがでしょうか……」
「…………」
従者になった経緯を話しただけなのに、二人の反応がおかしい。
ライラは自分が解釈を間違ったのだろうかと不安になった。
「あの……、わたくし何か間違っておりましたか?」
「……ライラ、聞いてくれ」
ノアは真剣な眼差しでライラを見つめながら、彼女の両肩に手を乗せた。
何を告げられるのだろうかと、不安になりながら身体を固くさせたライラ。
しかしノアの顔が近づいてくるのと同時に、想いの熱さが伝わってきて――。
こんな状況だというのに、ライラは彼にどきどきしてしまった。
「これからは、俺のためだけに生きて欲しい」
告げられた言葉は、ライラが不安に思うようなものではなく。
今までノアが伝えてくれたことを、さらに肯定するようなものだった。
「もちろんですとも!わたくしはノア様の従者ですもの」
嬉しくなったライラがそう元気よく返事をすると、向かい側に座っているオリヴェルから「ぶっ!」と吹き出すような笑い声が聞こえてきた。
「……っというわけだ。俺達の関係を周知させておけよ、オリヴェル」