第六話
「此処に海が有ったと?」
「地質を見る限りは」
「地理的な視点で見てあり得るのか?」
「場所が分かりませんから正確ではありませんが有り得ないでしょう」
「意味が分からない、か」
「はい。石灰岩はサンゴなどの死骸によって出来ます。しかし、此処が海であったと言う話も聞きません」
「地質学では少なくともサンゴがあるような環境だったのに地理学ではこの辺りにサンゴは無かった。そう言う事で合ってるか?」
「はい。しかも、この空間自体どうやって維持しているのか…」
まあ、確かに彼女の言う通りではある。
少なくとも鳥が優雅に飛べるほどには空間がある。
僕はそこまで行ってある事に気づいた。
「…鳥?」
「そう言えば此処、鳥も獣の鳴き声も聞こえてますね」
そう、洞窟だったはずなのだ。
それが鳥や獣、木や草がある空間に変わっている。
普通に考えて有り得る話ではない。
しかも、外は極寒の雪山だというのに此処は25度を維持している。
それに湿度も十二分にあると来た。
地球の神秘と言われても納得できる。
「少佐殿、探索をしましょう。原因を探しましょう」
「許可する。リアイス、完全武装で行くぞ」
「はっ」
リアイスはそう言って機材を片付けたかと思えば彼女の周りに光が集まっていく。
その瞬間、リアイスの右手に閃光が走る。
光が消えればそこには真っ白な大剣があった。
「少佐殿、準備完了であります」
「行くとするか」
僕らはそうしてジャングルへと足を踏み入れる。
木々は生い茂りそこかしこで獣の鳴き声が聞こえる。
その様子はさながらジャングルだった。
違う点と言えば我々が踏んでいるのは土では無く石で上には蓋があると言う事だけだ。
「少佐殿、動物の死骸です」
僕が周りを見回しているとリアイスが僕に声を掛ける。
リアイスが指差す方向には黒い鱗で覆われた狼の様なものが居た。
「これ…この鱗ですが発熱しています」
「発熱!?」
「はい。これで温度が高い理由に一つの仮説が立てれました」
「どんな仮説だ?」
「まず、この森に生息する動植物には発熱機関があると推測します。すると、外から流れ込んできた冷気と熱交換が行われます。しかし、です。動植物は体温維持しなければ死んでしまうため再度、発熱します。それから行われ続けると此処は最終的に赤道付近と同じ温度になる可能性が極めて高いです」
「植物が発熱を行う理由は?」
「此処は植物の育たない温度の土地です。なので、植物は恒温動物と同じように温度を保ち続ける」
「なるほど。にしても、軍人とは思えんな」
僕は「もちろん、いい意味でな」と付け加える。
「ありがとうございます。にしても、これ腐葉土みたいなんですよ」
「腐葉土って…まさか?」
「はい。この葉などが腐って出来たものです」
「なるほど。事実上、動植物の生存環境としては良い訳か?」
「そうなります。此処でなら人も暮らせます」
「とんでもない土地を見つけたものだ」
「この後はどうしましょうか?」
「一度、拠点に戻りもう一人か二人程連れて再度此処に来る。少なくともあっちの警備に3人はいるだろうからな」
「分かりました」
僕達はスーツのヘルメットを付けて拠点に戻る。
辺りはすっかり真っ暗になっていた。
「どのくらいでしょうか?」
「先程が七時くらいだったはずだから…十一時くらいか」
「四時間ですか…。早く戻りましょう」
「ああ」
僕達は拠点に戻り、今までの事を洗いざらい話した。
「それが本当なら観測任務どころではなくなるぞ」
一人の男性が椅子が飛びあがってそう言う。
ヴィリボ=エラメリ大尉だ。
少数精鋭の隊長だ。
「ええ。ですから、3名を此処に残し四名を彼方に派遣しようと」
リアイスが冷静にそう言う。
現状、最も立場が弱いのはリアイスだが最も使えるのもリアイスである。
つまり、現状においてリングノア=ラスティア=フォン=リアイスと言う人物は最も発言権を持っているという訳だ。
「リアイス学生、全軍出撃すべきでは?」
眼鏡をかけた銀髪の男性がリアイスにそう聞く。
ラミエラ=メヴィウス中尉だ。
理系みたいな見た目をしておきながら格闘家だそうだ。
「メヴィウス中尉、確かにそうすべきでしょう。……それは現状でなければの話ですが」
「未知なる脅威があると?」
黒尽くめの装束を着た黒髪の男性がそう聞く。
齋藤影正少尉。
彼は名の知れた暗殺一家である齋藤家の嫡男である。
「はい。現に大気成分の2.8%が未知なる成分で構成されています。幸い、この成分は人体に害を及ぼしませんが他の成分がどうかは分かりません」
「なるほど。少佐殿達の意見は?」
「私は賛成だ」
「僕は発案者の一人だ。では、賛成と思う者は挙手を」
僕がそう言うと全員が手を挙げる。
「では、選抜メンバーだが…」
結果的に行きの飛行機のメンバーで行くことになった。
僕とリアイス、ドグレイにグアヴィレームだ。
「結局、こうなるんですもんね…」
「そうだな。僕からすると馴染み深い面々なのだが」
「少佐殿、私は先程会ったばかりかと」
「謙遜はよし給え、リアイス学生。あそこまで熱弁してくれたんじゃないか?」
「すみませんでした、少佐殿」
「良いんだよ。リアイス」
僕は歩きながら頭を下げようとするリアイスを手で制して部隊の面々を見てふと思う。
ハーレムかな?と。
もちろん、そんな関係ではないし基本的に全員血の気が多い。
リアイスについては当てはまらないかもしれないがこれはこれで研究馬鹿と言う点においてタイプではない。
というか、自分に婚約者がいる時点でそう言った関係には陥らない。
「にしても、今時ライトなんか使うんですね」
「デジャヴだな…」
リーネスが言ったのに対して僕は思わずそう呟く。
リーネスとドグレイが不思議そうな顔をしているとリアイスが解説してた。
「少佐殿、霧が掛かり始めました。そろそろかと」
「リアイス、念の為霧の成分を」
「調べてあります。霧の主成分はやはり水ですが、その中に例の未知の物質が混ざっています」
「水溶性だと?」
「分かりません。これが何処から出ているか分からないので…」
「まあ、それは後々調べるとしてまだ出ないのか?」
「おかしい…」
「何が?」
「ルドレアさん、何者かに包囲されました」
「ヴィドレ少佐、サーモグラフィが使えなくなっている。何が起きている?」
「全員、伏せろ。こっちの視界の確保が出来ない以上、変に動けばバラバラになる可能性がある」
「少佐殿、コレを」
リアイスが僕に近づいて霧の成分と例の大気成分の分析結果を見せる。
「此処の霧の成分は例の物質に似た違う物質です。サーモグラフィやコンパスが使えなくなった理由はこれかと」
「面倒くさいことなったな…」
僕がそう呟くと同時に僕の目の前に矢が飛んでくる。
「これも鑑定してみます」
「いや、先ずはこの矢を飛ばしている勢力の確認だろう」
「分かりました。熱感知が出来ないとなるとマイクロ波か音波か…」
「取り敢えず全種試してみてくれ」
「今、音波で周囲を観察中です。……周囲は完全に囲まれてます。次、マイクロ波を使います」
「了解。総員、非致死性兵器での交戦を徹底せよ」
僕はそう告げてエアライフルに麻酔弾を込める。
なぜ、エアライフルを持っているのかと言えば勿論、大型生物捕獲の為である。
結果的に護身用になってしまったが。
「戦隊各位へ、催涙弾を使います。ヘルメットを着用してください。」
リーネスが指向性の無線を使って全体にそう告げる。
それから数分後、カプサイシンの詰まったグレネードが四方に投げられる。
リアイスは大気成分を分析して僕にこう聞く。
「スタングレネードを使って逃げますか?」
「効いて無いとか無いよな…」
「催涙弾のカプサイシンですが吹き出たとほぼ同時に観測できなくなりました」
「どういう意味だ?」
「要はこの空間においてカプサイシンは意味が無いと言う事です。その点、光と音であれば効果は大きいかと」
「了解。僕が投げる、他にはリアイスが伝えろ」
「はっ」
僕はスタングレネードの用意をしてリアイスのアイコンタクトを見て上に投げる。
――刹那、地を割るような轟音と眼を焼くような閃光が起きた。
スタングレネードの中身はモンスター達が音を鳴らす為の音袋と閃光を起こすための光袋と呼ばれる物だ。
モンスターの物よりかは多少、威力が落ちるものの普通の人間がコレを喰らった場合数十分間の眩暈・耳鳴り・失明・難聴を引き起こしパニックになる場合もある。
また、心臓疾患のある者に対して使うと心停止を引き起こす可能性がある。
今日においては暴動鎮圧用に使われることが多い。
「ルドレアさん、集団を確保しました」
リーネスが僕の方に駆け寄ってくる。
奥の方には薄っすらとドグレイが人を縛っているのが見える。
少し、霧が薄くなっているような気がする。
「よろしい。事情を聴けるのであれば聞こう」
僕はそう言って鋼の縄で確保されている集団に近づく。
「あなた方は何者ですか?」
「我らはこの森の住人だ」
集団を纏めていたと思われる男はそう言う。
「では、なぜ我々を襲ったのでしょうか?」
「敵だと思った」
男の口の動きと言葉の速度が有っていないところを見ると自動翻訳が起動してるらしい。
ただ、物凄い違和感がある。
言うなれば、海外の映画の吹き替え版を見た時みたいな。
「取り敢えず、あなた方の集落に案内して貰えますか?」
「まずは長と検討したい」
「分かりました。拘束を解いてくれ」
僕はドグレイに命令して縄を解かせる。
勿論、通信機はつけておいた。
無線は使えないものの周波数帯を変えれば近距離通信位であればどうにか出来る。
理由は妨害電波の妨害している周波数帯が遠距離通信の周波数帯だからだ。
「にしても、本当に良かったんですか?」
「アレを拷問しても良かったけど、条約だのなんだのが有っても困るから」
「なるほど」
リーネスは納得したよう言って縄をバックパックの中に直している。
びっくりするほど綺麗に入っている。
几帳面らしい。
「ヴィドレ少佐、何か光ってるが?」
ドグレイが僕の胸元を指差しながらそう言う。
携帯電話が鳴っていた。
民間の回線はなぜか通じているらしい。
妨害電波の妨害できる範囲がよく分からない。
僕は誰かも確認しないまま電話に出る。
『ようやく出ましたわ。大丈夫ですの?ルドレア』
どうやらミサだったようだ。
「ミサか。どうした?」
『どうしたもこうしたも有りませんのよ。ルドレアと連絡が付かなくなったと聞いて急いで連絡を入れたんですの』
「そうだったか…。心配かけたみたいだな」
『ホントですの。というか、ノイズが掛かってるんですけど何ですの?』
「携帯電話だからか、妨害電波だからか。どっちかかな」
『なるほどですの。それと、そろそろ其方に援軍が届くと思いますの』
「なんで援軍が?」
『権力を嘗めてはいけませんのよ。公爵家が二家も揃って援軍要請を出せば一個師団くらいは動かせますの』
「母上も?」
『援軍要請を出したのは貴方の妹君でしてよ』
「ああ。あのブラコン妹か…」
『ブラコンって…。横の方が代われとうるさいので代わりますわ』
それから数秒後、電話から声が聞こえた。
『お久しぶりです。兄様』
「誰かと思ったらブラコン妹が横に居たのか…」
『兄様、ブラコンではありませんわ。ただ、兄様が死ぬほど大好きなだけです』
「それをブラコンって言うんだよ」
『それより兄様、私ものすごく心配したんですのよ?』
「高々二日だろ?」
『こっちでは違いますの』
僕は一瞬、どういうことかと思ったが電話に表示されている電話番号を見て納得する。
「652、か?」
『ええ。こっちじゃ一日は大体9時間ですのよ』
「四日くらい経ってるのか。そりゃ、心配するわな…」
『そうですのよ』
「にしても、コレじゃ何時もの口調じゃないのか?」
『そっちの方が良い?にいさん』
「ああ。そっちの方が好きだ」
『ふふっ。じゃあ、お仕事がんばってね』
上機嫌そうに言ってリナは電話を切った。
周波数帯だの音波だのマイクロ波だのを出しましたが作者自身、ちょっと理解が甘いところがあります。
間違っていたらすみません。