危険生物『Demon』
「いただきます!」
そういって、小さなちゃぶ台を家族みんなでにぎやかに囲む時間が何よりも大好きだった。そんな幸せな時間がいつまでも続くと思っていた。あの日までは……
――俺は、体がでっかく頑丈な父と小柄ながらいつも笑顔で働き者の母との間に長男として生まれた。
ちょうど物心がつき始めた頃に妹ができた。
俺たちはまるでお団子のようにまん丸な周囲わずか5㎞程度の小さな島の岩場に集落を作り、そこに住んでいて、両親は毎日のように島唯一の船着き場から船に乗り他の島へ狩りに行っていた。そして、毎日狩りで捕れた肉がその日の小さなちゃぶ台を彩る。
その肉が何の肉かなんて考えることもなく、毎日腹いっぱいに食べることが楽しみだった。
子供は島から出ることが出来なかったので両親が狩りへ行っている間、体を動かすのが好きな俺は友達と遊びに、体が弱く小さな妹は家のことをしていることが多かった。
友とはよく家から少し離れた大きな木が何本も立ち並ぶ森林で「捕獲競争」をした。
全員の中から無造作に「捕獲者」を決め、それ以外のやつはその「捕獲者」に捕まらないように逃げる。
捕まったやつが次の「捕獲者」になり、同じことを繰り返すという遊びだ。
島の子供たちの間では遠い昔から、小さい時にこの遊びをやっておけば大きくなった時狩りが上手にできると言われている。
毎日傷だらけで遊び疲れて家に帰れば、両親がいつも楽しそうに食事の準備をしていて、出来上がった料理を腹いっぱい食べ翌日を迎える。
それが俺の日常だった。
そんな日常が跡形もなくぶち壊されたあの悪夢のような日も、俺はいつものように遊び暮れていた――
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「ふぅ 今日もいっぱい走って楽しかったなぁ!」
俺が一言つぶやくと、それに反応するかのように友のみんなも満足げに首を縦に振り次々に口を開く。
「お前、昨日よりも速くなってたぞ」
「確かに今日のこいつは速かったな」
「明日は負けねーぞ」
この日は調子が良かったのか友からも褒められ気持ちよくなったところでいつものようにその場で解散し、俺は近くの花畑まで行って、家族にプレゼントするため一輪の花を摘み、家に向かった。
これと言って変わったこともなく、いつも通りだった。
この数分後までは……
家に向かっている途中、ふと家の方面が異様に明るいことに気付いた。
「今日はやけに家の方が明るいなぁ。祭りでもやってるのか?」
俺は首をかしげながら、のんきにつぶやいた。
だが、家が見えるところまで来てようやく、その明るさの意味を知った。
家が勢いよく燃えていたのだ。
それも、俺の家だけではなく見える範囲すべての家も同じ様に。
その光景を目にした俺は嫌な予感がして、全速力で業火に包まれ崩れかけている自分の家の中に飛び込んだ。
この時の感情はいまいちよく覚えていないが、恐怖は微塵もなかった。
ただただ家族の安否が知りたくてたまらなかった。
今までのどんな時より必死だっただろう。
周りの景色はすべてゆっくりと流れ、俺の目は家族だけを一心不乱に追い求めた。
そんな一所懸命な俺の瞳に、血だらけで妹に覆い被さる父とそれによりそう母の悲惨な姿がはっきりと映った。
俺は一目見ただけで、両親も妹もとっくに事切れていることが分かった。
泣き叫びたくてしょうがなかった。だが衝撃のあまり喉は締まり一言も声が出なかった。
俺もこのまま死のうかとも思った。だが決して俺の理性が死ぬことを許してはくれなかった。
そんな中、俺の脳裏には一つの推理がよぎった。
――確実に犯人がいる。
状況から見て、火事にしては明らかに範囲が広すぎる。何より家族の死体は血だらけだった。
事故という言葉では、まず片付けられない現実が目の前には広がっていた。
誰かも分からない、その犯人への復讐心だけが今後の生きる活力に繋がると俺は瞬時に悟った。
そんな俺は涙を頬に伝わせながらも最愛の家族に背を向け、すぐに燃え盛る家から飛び出し、まだ近くにいるはずの犯人をあたかも自分が「捕獲者」であるかのように追跡し始めた。
こんな行動をすぐに取れたのも、本当はあんな姿の家族をこれ以上見たくなかっただけなのかもしれない……
後ろ向きな懸念を抱きながらも、俺は島中を走り回り全力で犯人を捜した。
こうした行動の中で俺は初めて自分が立たされている真の状況に気付いた。
――この島でまだ生きているのは、おそらく俺だけだ。
俺は家を出て、最初に友の状況を確認しに行ったのだが、誰一人としてその姿を目にすることはできなかった。
というのも家が半壊状態で燃えていて中に入ることが不可能だったのだ。
実際に確認することは叶わなかったが、その有様から見るに家族もろとも無惨に殺害されたのであろう。
遊び終え解散してからの時間を考えると帰宅した時に犯人と鉢合わせた、もしくは帰宅してすぐに犯人の襲撃を受けた、そう考えて間違いないだろう。
友の家に向かう道中、目に入った家もすべて同じように燃えていた。
おそらく、その真っ赤に光る家の中で住民も死んでいたのだろう。
この後も、たくさんの燃え盛る家を見た。
何が起こっているのか全く理解できなかった。
精神なんて、とうに崩壊していた。
だからこそ、この時の俺は恐怖や悲しみに押しつぶされず自分でも不思議なくらい冷静に状況判断ができたのだろう。
俺はこの島での生存者が自分だけという仮説が正しいのなら、おそらく島民を全滅させたと思っているであろう犯人がこの後、どういう行動をとるのかを考えた。
この時の俺には、もう悲しいなんて感情はなかったと思う。
そんな俺は一つの答えを導き出した。
――島を出る。
少なくとも俺が犯人ならば、そうするだろう。
そう思った俺は、毎日父母が使っていたこの島唯一の船着き場に全速力で向かった。
「いた」
自然に声が口からこぼれた……
そう、居たのだ。
あの船着き場に。
いや、厳密には船着き場から既に出航されたと思われる数メートル先に浮かぶ木造の船の上に。
俺たちよりも少し小柄な二足歩行の見たこともない生物。
腰には鞘に納めた長い刀のようなものをぶら下げ、おぞましい姿の三匹の怪物までも従えていた。
もちろん、こいつらが犯人という証拠はどこにもなかったが俺の直感が激しくそうだと騒ぎ立てていた。
今すぐにでもこいつらを追いたかったが他の船は木端微塵に潰されていて、俺にはこいつらを追う手段など残されていなかった……
俺はこの日の惨劇が決して忘れ去られぬようにと、そこらじゅうに散らばっている潰された船の残骸に爪で削り、こう書き残した。
『謎の生物からの急な襲撃を受け、俺以外の島民はすべて殺戮され島は滅んだ。生き残りである俺はあの悪魔のような生物をこう名付けることにした。「危険生物Demon」またの名を「桃太郎」と』