(4)
試験の日から5日ほど経ったある日のことだった。
「あのー、すいません・・・」
クエスト前の補充に来る冒険者たちを捌き終わり静かになった店内に控えめな声が響いた。
客に気づいたフィーテが元気良く対応をする。
「あっ、いらっしゃいませ! あれ? えっと、この店に来たのは初めてですか?」
「そうです。 俺、今日冒険者登録したばかりで・・・。 あの、これ」
緊張した様子の少年はおずおずと一枚の紙をカウンターに置いた。
フィーテはその紙を手に取り内容を読む。読み終わると何かを決めあぐねた顔でしばらく考え込み・・・考えるのを諦めて自身の師を呼んだ。
フィーテに呼ばれたクシアはフィーテから事のあらましを聞くとリオンスと名乗った少年に改めて尋ねた。
「それでリオンス君、君は薬草に関する知識がさっぱり無いと」
「あ、リオンスでいいです。 その通りです、依頼を受けたのはいいんですけど今まで薬草の採取はしたことなくて」
「ちゃんと正しい物を納品できるか不安でここに来たと。 うん、真面目でとてもいいと思う」
リオンスが渡した紙は依頼内容の写しで内容は冒険者の仕事してはありがちな薬草の納品であった。
無理に魔物と戦う必要もないので新人の冒険者が良く受ける依頼である。しかし、知識不足から間違った薬草を持ってきてしまうというミスも珍しくない。
クシアは二種類の薬草をカウンターに置きリオンスに見せた。
「これがエイド草で、こっちがリーン草だよ」
「えっと、なんていうか、見分けが・・・」
「まあ慣れないと難しいね。 とりあえずこのピンクの花が咲いてるのがリーン草ってのは覚えといて。 エイド草はあちこちにあるからすぐに覚えると思うけど・・・そうだ、ディドー。 ディドちょっとこっち来なさい」
店の奥に呼び掛ける。するとすぐに足音が聞こえ、不機嫌そうなディドが顔を出した。
「なんだよ師匠。 俺勉強してたんだけど」
「本は眺めてるだけじゃ勉強にはならないよ。 ディド、彼はリオンスというんだけど冒険者でね。今日は彼の手伝いとして森についていってあげなさい」
「はぁ!? 嫌だよ、なんで俺が? 森に行く理由なんてないだろ?」
「店長さん、俺もそこまでしてもらわなくても」
そんな二人の言葉をクシアは意に介さない。
「新人は遠慮しない。最初が一番大変なんだから。 あとディド、今月の採取課題まだでしょ?」
「あ・・・」
しまった、という顔をしたディドにクシアは笑いかけた。
「ついでに採ってきなさい。 リオンス、彼はディドといって僕の弟子だ。 まだ未熟者だけど薬草の知識は教え込んでるから依頼品についてはディドに教えてもらってね」
「はぁ・・・しょうがねーな。 準備するか」
「ごめんなさい。 俺のせいで・・・」
「いーよ。 別にお前のせいじゃねーし」
「そうだ、二人ともこれを持っていきなさい」
クシアは袋を取り出すとカウンターに置いた。
ディドとリオンス、ついでにフィーテが中を覗くとポーションがいくつか入っていた。
「これ、いいんですか?」
「師匠、これってディドが作ったポーションですよね?」
「そうだよ。 効果が半分くらいしかないけど小さな傷くらいなら治せるから持っていきなさい。 冒険者たるものアイテムぐらい持つべきだ」
「は、はい。 ありがとうございます!」
リオンスがポーションの袋を大事そうにしまった。
「それから僕からも依頼を出させてもらおうかな。 エイド草を10つほどね。 もちろん報酬は出すから。ディドにもポーションの代金と一緒にいくらか出すよ」
「え? そんなんくれんのか?」
「当たり前でしょ。 商品にはできない品質でもディドが作ったポーションなんだから」
「よっしゃ! やる気出てきた!」
「ディドったら現金ね・・・」
「それじゃ準備してきなさい」
ディドは採取の時に着る丈夫な服に着替えると護身用の青銅の剣を持った。
「つーかフィーテは行かないのかよ」
「私はこれから師匠に教えてもらった新しい錬金を試すのよ。 巻き込まないでよ」
「ちぇっ、いいなーお前は」
「なら早くディドも合格もらうのね」
手厳しくそう言うとフィーテはさっさと錬金室に行ってしまった。
「はーあ、じゃあリオンスだっけか? 森でいいんだよな。 とっとと行こうぜ」
「あ、そうですね、ディドさん」
「いいよディドで。 年同じくらいだろ? 敬語もいらねえ」
「うん、わかったディド。 それじゃ店長さん」
「はいはい、気をつけてね」
ディドとリオンスはクシアに見送られて森へと向かうのだった。
アイシュの町、近くの森にて。
ディドは地面に生えているエイド草を摘み取ると袋に入れた。
すでに袋にはたくさんのエイド草とリーン草が入っている。
「よっと、これで大体揃ったか?」
「うん、あと少し」
「じゃ、次行くか。 一ヶ所で採りすぎるなって師匠に口酸っぱく言われてるからな」
ディドは薬草の在りかについてよく知っていた。今まで何度も採取に来ていたのでこの辺りには詳しいのだ。
次の採取場所に向かう途中でディドはリオンスに言った。
「つーかよ、お前もうちょっと装備なんとかならなかったのかよ?」
リオンスが手に持つ武器は木製の棍棒である。身に着けているもおよそ頑丈とは言えない布の服でリオンスから見てとても冒険者とは言えない装備だった。
青銅の剣を持ち防刃布で作られた服を着ているディドの方が
「あはは、俺ももうちょっとちゃんとした装備にしたかったんだけどな」
「笑い事じゃないだろ。 特にその武器じゃ・・・」
そこまで言いかけてディドは口を閉じた。武器の値段を思い出したのだ。
アイシュの町でまともな武器を買おうとするなら最低でも1000ルピはかかる。とても軽く買える値段ではないのだ。
ディドは自分の剣に目を落とす。
この青銅の剣は師が“試しで作った”と言っていたのを貰った物だ。もしこれを買うとしたらいくらになるのか、ディドにはわからなかった。
「・・・せめて防具は良いのにした方がいいぞ。 今度良い店教えてやるから」
「本当か? ありがとう」
ふん、と鼻をならして前を向いた。
その時リオンスが声をあげ、上を指差した。
「あ、見てディド。 あんなところに花が咲いてる。 なんて花だろう?」
リオンスが指差した先、崖の途中にある出っぱりのところに白い花が咲いていた。
それは淡い光を纏っているように見える不思議な花であった。
「あれ確か・・・前に師匠が錬金術に使ってたやつだ」
「そうなの? あれも素材になるんだ・・・」
「・・・リオンス、悪いけど荷物持っててくれ。 あれ採ってくる」
荷物を下ろし始めたディドをリオンスが引き止める。
「えっ、あそこまで登る気なの? 危ないよ」
「平気だ。 それよりもあれ持って帰れば師匠が報酬弾んでくれるはずだ。そうすれば少しは良い装備買えるだろ。 それに俺だって・・・」
ディドは崖のでっぱりをうまく使い少しずつ登っていく。それをリオンスは心配そうに見ていた。
そうしているうちにディドは花の所にたどり着く。
「よし、これで・・・」
手を伸ばし花を抜いた時、バキッと音がしてディドは浮遊感に包まれた。
掴まっていた場所が崩れ身体が宙に投げ出されたのだ。
「ディド!」
リオンスの叫びを聞きながらディドは来るであろう衝撃に身体を固くした。
次で一区切りです。