(3)
時は経ち空が橙色に染まり始めた頃、三人は店のカウンターで客を待っていた。
初めて自分の作ったポーションを人に使ってもらうという一大イベントを前にフィーテは目に見えて緊張していて手を握りしめて何度も深呼吸をしている。一方ディドはというと一見普段通りではあるがよく見れば視線が落ち着きなくあちらこちらを向き、足は貧乏ゆすりを止めない。
二人の見習いは緊張しまくっていた。
そして師匠のクシアはというとそんな二人を眺めながらのんきに商品の在庫を数えている。
クシアにとって緊張する二人の様子は自分がかつて通った道であるため微笑ましいものであった。
そうしているうちにドアが開き呼び鈴が鳴ると二人の体が跳ねた。
「いらっしゃい」
「よおクシア! 早速だがポーションくれ!」
勢いよく開いたドアから軽鎧をつけた男が遠慮の欠片もなく入ってきた。その服には少し血が滲んでいる。
そのあとに男の仲間が後に続いて入ってきた。いずれも男で片方は重鎧を、もう片方は魔術師のローブを着ている。
「ギースさん、お疲れ。 その様子だと今日はうまくいったのかい?」
「おう、がっつり稼いだぜ! お、今日はカウンターにフィーテはともかくとディドもいんのか」
「ともかくってなんだよ」
彼らは冒険者組合、通称『ギルド』に所属する冒険者でミトラス錬金雑貨店の常連だ。
ギースたちは冒険者の中でも魔物討伐を主にするパーティーで、そのため生傷が絶えずポーションの世話になることが多いのだ。
そんな彼らにクシアは早速例の件を切り出した。
「ギースさん、実は今日は僕の弟子たちが作ったポーションのお試しをやっててね。 よかったら試してくれない?」
「へぇ、こいつらが・・・ちゃんと効果あるのか?」
「少なくとも回復効果があることは確認してるよ。 もっともどの程度、までは確認してないけどね。
お試しの分に関してはお金は取らないし、もし万が一良くない副作用があれば治療分のアイテムは無償提供するよ」
「いや師匠、流石にそれはないだろ?」
師匠のあんまりな言葉にディドは口を挟む。
「いやわからんぞ?」
だが、そんなディドに向かってギースの仲間の魔術師が真顔で言った。
「昔素人が作ったポーションを使ったやつを見たことがあるが、あの時は傷は治ってたがかけた場所が腫れ上がっていたぞ」
「あ、それ・・・似たようなの私も聞いたことあります。 ポーションの蓋を開けたら爆発したって・・・」
「うえ、そんなことあんのかよ」
「それはかなり極端な例だけどね」
あまりな失敗例にさすがのディドも顔に不安を滲ませる。
フィーテに至っては自分で話しておきながら更に緊張が高まったのか顔が青くなりつつあった。
「それでどうする? 試してくれる?」
「いいぜ。 一冒険者として不良品を出回らせるわけにはいかないからな」
ギースは先程の話を全く気にしてないようでからかいつつも頷いた。彼の仲間たちも続けて同意する。
言うが早いかギースは手袋を取るとその下にあった傷を見せた。
何かに強くぶつけたのか手の甲は紫色になり僅かだが血が出ていた。
「まずはディドのからね」
クシアはポーションの一つを取ると蓋を開けた。中の液体は水色で見た目におかしな所はない。
「おいおい、ディドのかよ。 大丈夫か?」
「どういう意味だよ、大丈夫に決まってるだろ!」
「はは、冗談だよ怒んな。さ、頼むぜクシア」
ディドのポーションを傷に振り撒くとギースの傷は血が止まり紫になった皮膚もゆっくりと元の色に戻り・・・かけて変化がなくなった。
「え!? なんでだよ!?」
「これは効力が弱いね。 一般的なポーションの半分くらいかな? ディド、エイド草に切れ込みはいれたかい?」
「あ・・・」
思い当たることがあったようでディド失敗したとばかりに頭を抱えた。
「まだまだみたいだなディド」
「足りないみたいだからもう一本使おうか」
もう一本振りかけるとギースの肌は綺麗な色に戻った。
ギースは何度か手を動かしてから頷く。違和感はないようだった。
次に前に進み出たのは重鎧を纏った男だった。この寡黙な男が無言で手甲を外すとその腕には裂傷ができていた。
「おまっ、がっつり怪我してんじゃねーか! さっき聞いたときは怪我ないっていったよな!?」
「この程度問題はない」
「そういう話をしてんじゃねえぞこのバカ! クシア、このバカの傷をさっさと治してやってくれ」
「それじゃ次はフィーテのポーションね」
「ひゃ、ひゃい!」
緊張のあまり奇声をあげたフィーテを尻目にクシアはポーションを傷にかけた。
裂傷はゆっくりと塞がっていき微かに傷跡が残るだけとなった。傷はきちんと塞がっている。
「ふむ、痛みはない。 感謝する」
「フィーテのは効力は基準より少し低いけど十分許容範囲だね。 作るのに時間をかけすぎてるのが原因だろうから次は時間を気にしてやってみようか」
「はい! ・・・やたっ!」
フィーテが小さくガッツポーズをした。
それから残ったポーションで細かい傷を治すとクシアはギースたちに礼を言った。
「今回は協力ありがとう。 助かったよ」
「いいってことよ、ただで傷治してもらったわけだしな」
「ギース、ついでにアイテムの補充をしていくぞ。 次の準備をしておかなければな」
「そうすっか。 クシア、ポーションを6個だ。 あとはなんかあるか?」
魔術師の男が商品の棚をみる。
「それに加えて発火石とアンチドーテを。 それとミトラス茶を二つ・・・いや、三つくれ」
「はいはい。 他の品とは袋を分けておくよ」
「この店はいつでもミトラス茶がおいてあるから助かる。 他の店では売り切れてることが多いんだ」
「いやそれ師匠が作ってるんだからあるのは当たり前だろ?」
それを聞くと魔術師の男は驚いたようにクシアを見た。
「なんだって? 君がミトラス茶を世に産み出した錬金術師だったのか?」
「まあね。 言ってなかったっけ?」
「初耳だぞ。 だが、礼を言わせてくれ。 ミトラス茶のおかげで魔術の訓練が捗るようになったからな。・・・昔はミトラス草をそのまま食べるか煮出したものに調味料をぶちこんで無理やり流し込むかしたものだ」
その時のことを思い出したのか魔術師は険しい顔をした。
余談であるがミトラス草は魔力の回復効果があること以上に非常に苦いことで有名である。
ディドとフィーテも味を思い出して顔をしかめた。二人とも前に好奇心からかじったことがあったのだがその時は翌日まで苦味が口の中に残ってしまい、もう二度と口にしないと心に誓っているのだ。
その後魔術師の男は生産元がすぐそこにいるなら遠慮する必要はないと更にミトラス茶を2つ追加して合計5つも買っていった。これだけで250ルピにもなる。
この男が新たなお得意様になったのは言うまでもない。
クシアは思いつつも弟子たちの方に視線を向けた。
「さて、おまちかねの試験の結果だけど・・・」
師の言葉に二人の弟子は思わず居住まいを正した。
「フィーテは最後に手順の確認をしたら次の段階、新しい調合を教えてあげる。 ディドは・・・うん、やり直しだね」
「えーー! そりゃないだろ師匠!」
「口答えをしない。 ポーションの効力が低すぎるし細かいミスもしてるみたいだからね。 一から付きっきりで教え直してあげる」
「うえぇ・・・」
「僕の師匠みたいな錬金術師になるんでしょ? なら、頑張んないとね」
「・・・はーい」
がっかりした様子で店の奥に入っていくディドを見送るとクシアの側に来たフィーテは声を潜めた。
「あの、師匠。 実はディドってば・・・」
「わかってるよフィーテ。 あいつの場合知識云々よりもどうすれば手を抜かないかだからね。 まったく、ちゃんと最後まで真面目にやれば合格できたろうに」
そう言うとクシアはため息を吐いた。
そうしてこの日はどうにも不真面目な弟子をどうするか考えを巡らすのであった。
細かい修正はあとでやります。