ポーションと錬金術師
とある世界のとある国にアイシュという町がある。
この町は王都からは遠くて近くには森と平原しかない、そんな田舎町だ。
だけどそんなアイシュの町にも他の町に負けない誇れるところがあった。
それは町のシンボルである噴水広場・・・から少し離れたところの通りにあるお店、『ミトラス錬金雑貨店』だ。
この店は『錬金』という言葉からわかるように国中を見ても珍しい錬金術師が営む店であった。
だけどこの日、ミトラス錬金雑貨店の前は朝早くだというのに少々騒がしかった。
「おおい! 店長! クシア店長! 起きているか!? 開けてくれ!」
がたいのいい男が三人と少年が一人、勢いよくドアを叩きながら大声をあげていた。
それから少ししてゆっくりと戸が開き、隙間から金髪の少女が顔を出した。
彼女の名前はフィーテ。この店で住み込みで働く錬金術師見習いだ。
「あ、ガラさん。 どうしたんですか?」
「おお、朝からすまんなフィーテ。 店長は起きているか? ザザが怪我をしちまってな」
建築組合のリーダーであるガラはとザザいう男の足を指差した。
その足は何かで切ってしまったのかぱっくりと傷が開き、血で赤く染まっていた。
「大変! えっと、師匠なら・・・」
「なんだよガラの親方、朝からうるさいなぁ」
フィーテの言葉を遮って開いた扉から今度はどこか生意気そうな茶髪の少年が顔を出した。
彼の名前はディド。フィーテと同じく錬金術師見習いだ。
「まだ日が昇り始めたばかりだせ? 用があるならもっと後にしてくれよ」
そんなディドにガラたちの後ろにいた少年が噛みついた。
「おいディド、誰もお前なんかに用なんてあるもんか。 俺たちは店長さんに用があるんだ。 はやく呼んでこいよ」
「なんだとナッシュ、偉そうに!」
あっという間にケンカでもするかのように火花を散らし始めた二人に男たちはやれやれと首を振り、フィーテは腰に手を当てて声をあげた。
「もう二人とも、それどころじゃないでしょ! 怪我人がいるのよ?」
フィーテの剣幕に二人の少年は思わず怯んだ。
「でもこいつが・・・」
「やめなさいディド」
それでもディドが言い募ろうとした時、店の奥から声がした。
店の奥から出てきたのはフィーテやディドの二人よりもいくらか年上の、しかしまだ若い黒髪の青年だった。
「おはようございます、ガラさん。 いくらか話が聞こえてきたけど入り用なのはポーションで?」
「ああ、そうだ。 クシア店長、すぐにでも使ってくれるかい?」
「もちろん。 まずは傷を見せてくれるかな?」
この店の主、クシアは笑顔で頷くと男の足の傷を診始めた。
「んー、傷口に汚れや異物はなし。 ちゃんと洗ってきてくれたみたいだね」
「いててて。 ああ、店長にはいつも口酸っぱく言われてるからな」
「これなら大丈夫。 すぐに良くなるよ」
クシアは懐から水色の液体が入った小瓶を取り出すと栓を開けて傷に振り撒いた。
すると液体がかかった所からみるみるうちに傷がふさがり、あっという間にうっすらとピンクの跡が残るだけとなった。
「おお! 痛くねえ!」
「さすが店長さんのポーションだな! 効き目抜群だ!」
喜ぶ男と少年を尻目にクシアはガラに目を向けた。治療していた時とうってかわって座りきったじとっとした目に思わずガラはたじろぐ。
「まったく、ガラさん。 現場にはポーションを二、三個常備しておくように言っているでしょう。 いざというときに僕や癒術師が動けるとは限らないだから」
「あー・・・その、すまねえ。 実は道具を買いかえたばかりで金が、な。 それでつい後回しに・・・ 」
「そういう時は後払いでいいんだからちゃんと常備するようにしなきゃ。 きをつけてよね」
いい歳のガラがまだ若いクシアに怒られている様子にディドは笑い声をあげ、ナッシュの口からも堪えようとしたであろう笑いが漏れた。
それにバツの悪そうな顔をしたガラだが気を取り直しクシアに話をふった。
「あー、それでなんだがよ。 急で悪いがポーションを四つほど売ってくれねえか? 店長の言うとおりまた今回みたいなことがあったら困るからな」
「わかったよ。 すぐに用意するけどお金はどうする?」
「すまんが今は手持ちがねえから後払いで頼む。 昼にナッシュのやつに届けさせるからよ」
「はいはい、まいど。 フィーテ、ポーションを四つ取ってきてくれるかい」「あっ、わかりました師匠」
フィーテが軽い足音を鳴らしながら店の奥に入っていった。
「それじゃポーション一つ30ルピ。 使用分と合わせて五つお買い上げとなりまして・・・合計150ルピとなります」
「師匠、ポーション持ってきました」
「ありがと。 それじゃガラさん、確認を」
「おう。 確かに四本、受け取ったぜ。 ありがとな」
「はいはい、ミトラス錬金雑貨屋を今後ともご贔屓にね」
「すぐに使いきるなよなー!」
籠の中のポーションをしっかり数えると籠をザザに渡しガラたちは礼を言いながら仕事場へと戻っていった。
建築組合の面々が帰ったあとミトラス錬金雑貨屋の師弟たちは朝食にありついた。
軽めの朝食を平らげた彼らが食後のお茶を飲んでいるとディドが口を開いた。
「しっかしさー、ガラの親方もいくら金がないからってポーションケチるなよなー」
「簡単に言わないでよ。 ポーションだって高くはないけど安いわけでもないのよ?」
ディドの発言に少しムッとした顔で返したのはフィーテだ。買い物をよくする彼女にとって気になる発言だったのだろう。
「高い? たったの30ルピだろ?」
「あなたね・・・ディド、あなた自分が普段食べてるご飯がいくらするか知らないの? 今食べた朝ごはんなんだったか言ってみて」
「えー? パンとスープと、あと豚の燻製肉が一切れ」
「それだけでも10ルピはするのよ!? 30ルピは安くないの!」
バン、とフィーテは机を叩いた。クシアは最近フィーテの言動が主婦っぽいなとか思った。
「いい? 普通の人の一日の食費がだいたい50から60ルピなのよ。 ポーション一個で一日の食費の半分になっちゃうんだから」
「あーそう考えると高い・・・のか?」
「一つだけならそうでもないんだけどね。 でもいくつか数を買おうとすると安いとは言えなくなる額にはなるかな」
「そうなの! それでこれくらいなら、とか思ってたらいつの間にかすごい金額になっちゃうんだから!」
語り終えてすっきりしたフィーテにちょっと引き気味のディドがぽつりと言った。
「なんつうか・・・お前ババ臭くなったよな」
「は・・・え? ババ・・・?」
「いやだって近所のおばさんと同じようなこと話してるぜ。 師匠もそう思うよな?」
ギギギ、と音が鳴りそうな様子でフィーテはクシアの方に顔を向けた。その声は盛大に震えている。
「え、そんな、そんなこと・・・ないですよね師匠・・・?」
「フィーテには帳簿つけるのとか手伝ってもらってるからね・・・そのせいかも・・・」
「師匠!?」
敬愛する師に目を逸らされ涙目になるフィーテであった。