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落葉

 ガルニエの説明はこうだった。

 辺境の村に混血の子がいた。辺境であるからか、そこまで魔族と人の諍いが激しい地域ではなかったためその子が10歳になるくらいまでは主に人間である父親に育てられ、村人からも受け入れられていた。母親である魔族は時折様子を見に来ては村人に珍しい薬草や食材を差し入れて子供のことを頼んでいた。しかしある時村に魔族狩りを生業とする狩人達が訪れた。彼らは運悪く村を訪ねてきた母親を殺害してしまい、そのことを恨んだ魔族に子の父親と村人は共に殺された。子は住む場所を失い行く当てをなくしているところを国王軍に発見された。

「そして話を聴いた王がアデール殿に任せたいと我々に申し付けてきた、というのが事の顛末です。質問は?」

「はい、なんで私なんですか」

「魔族の生態に詳しいからということと、アデール殿は城内にお住まいですので近況をこまめに確認しやすいから、とのことでした。下手なものに任せてその子が殺されたり売られたりしてはいけませんので」

 筋は通っている気はするが納得はし難い。ていうかまず本人に確認をしなさいよ。ムッとしていると横から鋭い声がした。

「で、俺は今度はどこに追いやられるんだ」

 その言い草に。カチンときた。まだせいぜい十歳ちょっとの子供が。そんな悲しいこと言うな。

「うちだってさ。腹の立つおっさんどもだわ。イライラするから肉を食べに行きましょう」

「ではお任せしてよろしいですかな」

「否定権が私にあったかしら」

 ガルニエは無表情で一礼して去って行った。ガスパルとエメが今日はもう帰っていいというのでヴェロニクを連れて塔を降りる。ガルニエは悪くないのだ。わざわざこの高い塔を登って説明に来た辺り、ただ自分の仕事を真面目に遂行しただけだ。ニコラについても態度は腹立たしいが、まあ仕事をしただけだ。腹が立つのは王だ。なんだっていきなり子供を育てろとか。育児どころか子供を抱っこしたことも会話すらした覚えがない。そうは言っても私が彼女を放り出したらどんな目に合うかわかったものではないので仕方ない。仕方ないのだ。

「ヴェロニク。好きな食べ物とかある?」

「ねえ、けど」

「そう。じゃあ私の行きつけの店に行くから適当に食べたいもの選んで」

 目をぱちくりさせるヴェロニクを伴って城下町に向かう。夕暮れ時の城下町はとても活気があってにぎやかで楽しい。飲食店の屋台が立ち並ぶ通りで適当に買いあさって、宮殿の自室に戻った。ヴェロニクは塔に勤めるリゼットの服を着ていただけあって誰にもとがめられることなく部屋まで行けた。

 

 

「はい、帰ったら手を洗う。うがいもする。終わったらちゃんと手を拭く」

「めんどくせえ」

「ダメです。ちゃんとするまで食事は出しません」

 我が国では数年前にある病が流行った。魔族が流布したとも言われるその病気の効果的な対策として衛生観念を市民に認識させるという国策を打ち出した。手洗いうがい、その後にきちんと水気を拭うというのもその一つだ。罹ってからどうにかするのではなく、そもそも罹らないようにすべし、ということである。そういったことを保健省が大々的に打ち出して当時の流行り病は終息した。そういう経緯からほとんどの市民にこの考えは根付いており、同時に食べ物に中る人も減ったということである。

 ぶつくさ言うヴェロニクに手を洗わせてから二人で食卓を囲む。意外にもヴェロニクは"いただきます"はきちんと言った。

「父さんが、食べ物を用意してくれた人、作ってくれた人、育ててくれた人、携わったすべての人に対する感謝だからきちんとしなさいって」

 口を尖らせて彼女はそう言った。

「素晴らしいお父様なのね」

「おう。俺の父さんはすごいんだ」

「……あなた何故一人称が俺なのよ」

「……あたしって言ってたら他所の連中に気持ち悪いって笑われて」

 それはきっとこの子の容姿が薄汚れて女の子に見えなかったからだろうなあ。しかしそういう連中ならむしろ女であることがバレなかったのは不幸中の幸いだったかもしれない。

「ここではあなたがあたしと言って笑う人はいないから大丈夫。もし居たら教えて? 私の権力で黙らせるから」

「こえーよ」

 そこでヴェロニクは初めて少し笑った。


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