訪れる平穏と焦り
体調がだいぶ良くなったってことでどうにか二年前の秋頃に退院できてね、三年ぶりぐらいに家に帰ってこれたんだ。
久しぶりの我が家は思っていたよりも変わってなくってね、懐かしくもあったし無事に帰ってこれたんだって実感できて嬉しかったなあ。
……え? 全然暗くないじゃないかって? そりゃあ、退院した当日から気持ちが落ち込んだわけじゃないし。
その時は帰ってこれたことが嬉しくってたまらなかったから考えもしなかっただけだからね。
何を考えなかったのかって? それはね────。
私が入院していた間にも時間は刻々と過ぎていったこと、だよ。
最初に言ったけど、私は高校一年生で入院してそれから三年間病院の中に閉じこもっていてね。それまでは自分の事とか病気のことばっかりしか考えられなかったから、友達が何をしているのだとか家族は元気に過ごしているのかとか、まったく頭の中になかったんだよ。
それ自体はまあ、仕方がないことではあるんだけどね。
きみも宿題が忙しい時に声をかけられたとして、その時は覚えていても宿題に集中しているうちに声をかけられていたことを忘れちゃうことがたまにあるでしょ?
それと同じでね。心身共に健康的じゃないと周りの事なんて見ていられないし、知ったとしても慌ててちゃすぐに忘れちゃうものなんだ。
けどまあ、私に関してはもっと早いうちに気づくべきではあったけどね。
この病院に戻ってきてからは友達とか両親が時々お見舞いに来てくれていたんだし、その時に励ましてもらうだけじゃなくってみんなのことも知っておけば……なんて今言ったってどうしようもないんだけど。
話を続けるね。……まあ、長々と暗いことを話すのもアレだから端折るけど。
入院していた三年間の間、私の周りは変わってないようでいてすっかり変わってしまっていたんだ。
両親は私の治療費をずっと払ってくれたんだけど、そのせいでお金がなくなりかけていてね。朝から晩までお仕事をしていたり、ご飯が少なくなっていたりと生活は苦しいものになっていたんだ。
友達はもう高校を卒業して大学に行ったり、会社に就職している子とかもうお母さんになっていた子もいたなあ。
んで、ここからが本番なんだけど、そのことをきちんと理解してショックが大きかったっていうのもあるんだけど、それからは毎日後悔ばかりをして過ごすようになったんだ。
自分が病気にかかったせいで家族の足を引っ張っている!
友達はみんな将来に向けて進んでいたのに! ……ってね。
うん。きみの言うとおり、考えたって意味のないことだよ。それこそ今言ってもどうしようもないことで、後悔したところで身動きがとれなくなっちゃうだけだもん。
……へ? いやいや、今はそんなこと少しも考えてないよ。
むしろそんなことを考えていた頃の私に活を入れたいくらいだし。
みんな時間とかに余裕を作っておいて行かれるだけだった私を気にかけてくれたのに、さっきからずっと暗い顔して、これ以上みんなに心配かけてどうするんだ、ってさ。
でもねぇ、そのころはほんとに自分を責めてばっかでね。周りには元気でいるように振る舞っていたつもりでいたんだけど、心の中ではずっと膝を抱えてべそべそ泣きじゃくってた。
現実を上手いことみることが出来なかったんだよ。人と自分を比べて、置かれている立場を思い知って、そこから這い上がるには入院していた時以上の時間がかかるって確信して、最終的に動けずじまいになってさ。
たぶん両親は気づいていたと思うよ。何でもない日でも私の気持ちを気にかけてくれてたからね。
それでも、私は周りのことを見ているようでいて、周りと比べた自分の劣っている部分しか目に入っていなかった。
だから結局、病気が治っても病気に盗られちゃった体の一部は二度と戻ってこないから、無理することなく自分なりのペースで生活していくように、って病院の先生からしつこく言われていたんだけど……私はその約束を破っちゃったんだ。
きみは人との約束を勝手に破っちゃいけないからね。相手のためっているのももちろんなんだけど、約束を破っちゃうことで自分が酷い目にあっちゃうことだってよくあるんだから。
特に私なんかがその代表だよ。家からろくに出られないほど弱っていた体なのに、気持ちが元気なうちに掃除とかの家事をやって親の負担を少しでも減らそう! なんて思っちゃったのが運の尽き。
エアコンの上の埃を払おうとして、乗っていた椅子からバランスを崩して背中からおっこちちゃってね。そのままお母さんが帰ってくるまで気絶しちゃってたんだよね。
大丈夫、怪我自体はたいしたものじゃなかったよ。
けど、そこから一週間くらい寝込んじゃってさ、あまりにも酷いからまた病院に行ったんだけど、そしたらなんと、全て取っ払ったはずの病気がまたまた現れちゃってさ。
しかも今度は取っ払うことが出来ない場所にでてきちゃったわけで、その時は流石に家族の前だったけど我慢できずに大泣きしちゃったよね。
身の程をわきまえなくって、ずっと暗いことばっかり考えていたバチが当たったんだ、って。
……うん。体のつらさで言ったら最初に入院したときが地獄みたいだったけど、心の面においてはこの時が一番地獄にたたき落とされたような気分だったよ。
やることなすこと全てが裏目に出ちゃってて、神様なんて信じてなかったから恨みは全て自分に向けていたしね。
実のところ、病気の再発ってそうあり得ない話じゃないんだよね。だって、風邪とかインフルとか、一度治っても一年くらいしたらまたかかったりするじゃん?
……あれ、もしかしてかかったことない!? きみって見た目の割に免疫力すさまじいんだね……!
あ、ああ、ごめんって! 言い方が悪かったと思うけどそうすねないでよー。
ほら、病は気からっていうじゃんか。そんなに暗いことばっかり考えていると風邪ひいちゃったりするかもよ?
私? 私はまあ……発症しちゃった原因は今もわかってないから、運が悪かったとしか言えないかなぁ。
……ほんとに今は辛くないのかって?
もっちろん! 考えたって意味ないし、治らないってわかったらもう開き直るしかないかなって!
────だから、そんなに悲しそうな顔しないで。
地獄みたいな日々の再来、病院という牢獄に再び捕まって、今度は命の終わりまで抜け出せなくなってしまったけどさ。
私は今日も元気いっぱい! 暗い事なんて関係無しに面白おかしくきみとお話ししているんだよ。
ま、まあ、内容は暗いことばっかだと思うけどさ。しょうがないじゃん、そんな人生だったんだから。
────それじゃあ、最後のお話をしようか。
あの頃の私と同じように暗い気持ちを抱えるきみに、私の人生の中でもっとも辛かった暗い気持ちを跳ね飛ばすに至った、とっても明るくて、笑えて、うつむいていた顔が自然と前向きになるような、そんなお話を。