失われたものと残されたもの
実は病院に運ばれた時のことってあまり覚えてないんだよね。
あまりにもお腹が痛過ぎて目をまわしちゃってさ、結局目を覚ましたのは運ばれて三日目のことだった。
起きてみたら見知らぬ場所で、服も着替えさせられているものだからほんとびっくりしたよね。
すぐそばに私の両親がいたから少しは安心したけど、何があったのか聞いてみたら安心感なんてどっかに飛んでっちゃった。
なんでも、レントゲンを撮ってみたらお腹に大きなできものがあったそうでね、がんっていう怖い病気じゃないかって話だったの。
そうそう、とても大変な病気でね。こんな小さな病院じゃ治療ができないからって、まずは大きな病気に移動しなきゃだった。
もちろん体は治ったわけじゃないから痛いし、移動にも一苦労したんだよ。新幹線とか飛行機とかだといざという時どうしようもできないから車で長い時間をかけて移動してね。
しかも、痛みのせいでその時の記憶も曖昧なんだよね。窓の外の景色を見て気を紛らわせるなんてこともできなかったから痛い思い出しかないの。
だからあまり思い出さないようにしてるんだ。
あ、謝らなくって別にいいよ。
辛い思い出ってことには違いないけどほとんど覚えてないし、ただつまらないから思い出したくないってワケだからさ。
んで、大きい病院についてからはがんを治すために強いお薬を試してみてね、それもそれで大変だったよ。
体の痛みはなくってもずっと気持ち悪かったり、髪の毛が全部抜けてお坊さんみたいになっちゃったりしてさ。毎日地獄めぐりをしているような気分だったよ。
いやー、いつ思い返してもこの時期が人生で一番辛かったなあ。
お薬は効き目を見せないし、体の辛さはどんどん増していくばかりだったし。
最終的には、私の病気はがんじゃなくて百万人に一人が罹るような難病だって話になってからさ。効き目のないお薬をやめて、体のあちこちに増えたできものを取る手術までしたんだ。
うん、もうお薬は飲んでないよ。というか、今の私は食べ物を口にできないんだ。
できものを取るためには体の一部分を切り取らないといけなくてね、なんでも消化できてた胃も、重くて邪魔だった胸も、赤ちゃんが産まれてくる大切なところも切り取られちゃってさ、今となっては体の半分以上が穴だらけだったりねー。
ああ、ごめん。やっぱり聞いてて辛くなってきちゃうよね。
どれだけ明るく話しても話の内容自体が暗い物じゃやっぱりダメかあ。
……え? 悲しくないのかって? そりゃ悲しいよ。
大切な高校生活が病気のせいで台無しになっただけじゃなくて、これからは穴ぼこの体と一生一緒だと考えてずっと泣いてたもん。
今こうして明るく話せているのはね、たくさんのものが私の中からなくなっちゃったけど、それでも残ったものだっていくつもあるんだって知ったからなんだ。
例えば、今日きみとこうして会えたのはいつなくなるかわからなかった私の命が、今もこの世界に残ってくれたからだし、病気になったからって両親や友達がどっかにいなくなったわけでもないよね。
そりゃあ、病気のせいで沢山のものをなくしてきたけどさ、残っているものは確かにあるんだよ。
「なくしたものや手に入らなかったものを悔み続けるより、残ったものや残されたものをなくさないように大切にしていくことが肝心なんだ」
……なんて言って、この病院に戻ってきた元気のない私を励ましてくれた人がいたんだよ。
それからは私もこの人みたいに誰かを励ませるようになりたいって思ってね。短い間だったけど、とても幸せな時間だったなあ。
って、違う違う! 確かにその人は男性だけど、恋人とかそういう関係じゃなくて────!
そもそもなんでそんなに目を輝かせてるの! 最近では男の子も人の恋バナに盛り上がったりしちゃうワケ!? って、だから恋人じゃ────!
……はぁ、この話をしたのは失敗だったかなあ。
詳しく聞きたい? ……いいよ。ここまで言っちゃったらもう認めちゃってるものだしね。
そう、体から病気を取り除いて大きな病院からこの病院に戻ってきた後、私はその人と運命の出会いをしちゃったんだよ。