中学時代に不安を抱く
中学校に入ってからも私は嫌われ者扱いで、どうも小学生の頃の悪評がどうやら広まっていたみたいなんだよね。
その頃には暴力的に物事を解決するのは流石にどうかって思い出していてね、よっぽどのことがない限り手を出すことはしなくなったからか、あることないこと噂されるようになったんだ。
結局は高校の頃まで続くことになっちゃったから、きみは決して真似しちゃダメだからね。
えーと、それでね。それでも男みたいな考えだった私は、とにかく力を付けることを趣味にまでしちゃってね、勉強や運動を片っ端から身につけていってたの。
おかげで試験で悪い点とか取ったことなかったし、それはそれでよかったんだけどさ。
ん? 尊敬されることはなかったのかって?
うーん、どうだろうね。あったかもしれないけど、やっぱり小学時代の噂から誰も近づきたがらなかったからわかんないかな。
むしろガラの悪い相手ばかりに絡まれることが増えて中学生になってもあまり変わらないなあって思ったり……なんてね。
一年生の秋の頃、昼休みに私が一人で読書をしていた時にね、話しかけてくれた女の子がいたんだよ。
「その本、面白いですよね。わたしその本の作者さんが書いたお話が大好きなんですよ」
って、それはもう素敵な笑顔で。
それがきっかけで会うたびにだんだんと話すようになってね、中学の頃に唯一の友達になったんだ。
その子はね、目元が隠れるくらいに髪を伸ばしていて夏なのに長袖長スカートの変わった子だったんだけど、自分とは正反対の優しくて落ち着いた性格で嫌われ者の私にも仲良くしてくれるいい子だった。
ほんと、今でも信じられないくらいに仲良くなってさ、私の家でお泊まり会をするほどだったんだよ。
でもね、お風呂にだけは一緒に入ろうとしたがらなくてさ、どうしてかって思わず聞いちゃったの。
そしたらね、服の袖をほんの少しだけめくってから消え入りそうなほど小さい声でこう言ったんだ。
「わたしは体中にあざがあるから、見たら嫌な気持ちになるよ」って。
……うん。その子はお父さんから暴力を受けていてね、髪の毛を伸ばしていたり服が長袖だったのもそれが理由でね。
そして、そのお泊まり会から一週間後に、その子は自分の手で二度と目を覚まさなくなっちゃったんだ。
もちろん悲しんだし怒ったよ。だって、その子は悪くないのにもう会うことすらできなくなっちゃったんだから。
あまりの怒りにその子のお父さんに文句を言いに行ったもんね。
そんなことして大丈夫だったのかって? まあ、会っていたらただじゃ済まなかったと思うよ。
……でも、会えなかった。もう警察の人が逮捕して連れて行っちゃってたからね。
おかげで怒りの矛先を見失っちゃってさ、雨の中公園の遊具を蹴ったりしていたよ。
友達を追い詰めた父親への怒りもそうだけど、その子の苦しみに全然気づかず楽しく過ごしていた自分の不甲斐なさとか、助けの手を差し伸べることすらできなかったことが何よりも嫌でね。
せめてその償いとして、自分の首を絞めてみようともしたけど、……結局できなかった。
わかったのはただ、「この世界からいなくなるってすごく怖いんだ」ってことだけだったんだ。
今はいつしか訪れる物だと割り切れているけれど、その時はどうしようもなく不安で仕方がなくてさ、卒業するまではずっとそのことばっかり考えていたよ。
思い返してみるとそこまで思い詰めることじゃなかったんだけどさ。
ああ、うん。友達のことは今でもごめんって思うよ。苦しかっただろうし辛かっただろうなって。
でも、その頃の私に彼女を助けることは出来なかっただろうし、彼女ももっと早く家から逃げ出していたら何か変わっていたかもしれない。
起きてしまった出来事はいくら悔やんでも取り返しがつかないからね。
……きみが今日、ここに逃げてきてよかったよ。
私の友達みたいに、追い詰められてどうしようもなくなってしまったら、誰もきみを助けられないし、助かる方法もなくなってしまうから。
辛い時は逃げていいし、誰かに助けを求めていいんだよ。
自分一人では無理なことでも、何人かの手助けがあったらできることもあるんだしね。
まあ、それだけで解決できるならそれに越したことはないけど、無理なら逃げたり後回しするに限るよ。
今は解決できないことでも、そのうち時間が解決してくれるはずだからさ。
あー……ごめん。元気付けようと思ったのに暗いお話になっちゃったね、反省、反省。
中学生のお話はここまでにしようか。
何か聞きたいお話はある?
ん? 辛い時を乗り越えるにはどうするのかって?
そういうときこそ好きなこととかを考えるといいよ。ほら、好きな物を考えている時って楽しいじゃん。
私はね、高校時代になってようやくそのことに気づいてからさ、なかなかに苦労が絶えなかったよ……。
そうだね、じゃあ今度は私が高校生の頃のお話をしようか。