出会いの昼(後)
「死神って、鎌を持ってるあの?」
「うん……」
黒っぽい外套に身を包んで陰気そうな顔つき、あるいは骸骨の姿をしているあの?
アニメのキャラクターがプリントされたTシャツと短パン姿の死神なんて見たことも聞いたこともないし、沈んだ表情以外はとてもそんな風には見えないけどなあ。
……ははーん、さては学校内でいじめられてこの中庭に逃げてきたな。
誰が言い出したのかは知らないけれど、こんなに可愛い子が死神のはずがないもん。
この病院の近くには小学校があって、運動会の日となると元気な声がよく聞こえてくる。
おまけに病院の中庭は静かにするなら外部の人でも自由に使用していいので、時々授業の一環で小学生たちが中庭にやってくるところを見たこともあった。
この子もたぶん授業でこの場所を知ってから、いざという時の逃げ場として覚えていたんだと思う。
「誰かからそんな事を言われたのかな。人が死神になるわけないんだからそんなことを考えなくても良いんだよ?」
「で、でも、ぼくの近くにいた人たちはみんな早死にしちゃうんだ。仲の良かった友達も、おじいちゃんもおばあちゃんも、……お父さんだってそうだった」
「……」
そっか、こうも自虐的になってしまうのはそんな心当たりがあるからなんだ。
見た目からして十歳……たぶん小学四年生くらいだけど、この子はその年で少なくとも四人以上の死を目にしている。
短い間にそれほど多くの死に際を目にした人なんて珍しいし、それをもとにあられもない噂話がささやかれてもおかしくなない。
それがこの子へのいじめへと転化してしまっているのだろう。
私が生まれるよりもずっと昔から“死”っていうものはずっと忌避されている。
どうせ誰にも避けようのない、いつの日か訪れる終わりだってわかっているはずなのに。
「だから、ぼくに近づかない方がいいってみんな言うんだ……。だから、お姉さんも……」
「私? 私は大丈夫だよ! きみが死神だなんて思えないし、死神だなんて信じられないからね」
隣に座っても良いかな、って聞いてみたけど、返事がないから勝手に座らせてもらうことにした。
ずっと立ったままってのも寝たきりだった病人にとってはキツいし。
それに、この子の誤解を解くにはきっと触れ合えるほど近くで話した方が良いと思うから。
「実はね、私も近々この世から旅立つ予定なんだよね」
「えっ! だったら────!」
「だったら、君から離れた方がいいってなるの? それは違うんじゃないかな」
ぐ、と顔をしかめて少年は黙り込む。
ごめんね、私はきみみたいな子供と話す機会がなかったからあまりいい言葉回しができないんだ。
けど、身近にいる誰かの死が自分一人のせいだなんて、そんなことを思っちゃいけないんだよ。
「私の病気はね、きみが小学校に入学したくらいの時に見つかって、それから病院の先生に「もう長くは生きられないだろう」って言われちゃってるの。だから、きみのせいだとか誰かのせいとかじゃない。それでも誰かが原因って話をするのなら、不健康な生活をしていた私の自業自得ってことになるかな」
「そんな、こと……」
「もちろん私もそうは思ってなくて、人生の終わりが早いか遅いか、いきなりかそうじゃないかってだけの話だよ。それと、“死”なんて言葉を簡単に使っちゃダメだよ。いい気持ちのする言葉じゃないし、それにここは病院だからね」
「あ。……ごめんなさい」
「いいのいいの、反省してくれたならね」
何かあったらすぐに切り捨てていた昔のお侍さんならともかく、今の時代に意図して人を害し殺そうとする人なんて、よっぽどの理由がない限りほとんどいない。
死が他者によってもたらされることはだんだんとなくなってきている。
それでも、ゼロになることはまだ難しいし、近年では置かれた環境に苦を感じて自死を選ぶ人が増えてきているのも事実。
いじめを苦にして命を絶つ若い人たちが年々いると思うと悲しくなってくる。
……なんて、私が少しだけ今の世の中を憂いているうちに、ハッと、思い出したように少年はベンチから勢いよく立ち上がった。
「そうだ、学校に戻らなきゃ」
「今日って休みの日じゃなかったんだね」
「うん。実は、授業中にずっと嫌なことをされるから思わず飛び出しちゃって……」
やっぱりいじめを受けていたんだ。
顔や手足に生傷らしきものはないから暴行まではされていないようだけれど、これくらいの年頃なら言葉の暴力を受け続けるだけでも十分に応えるものがある。
一番の解決策としてはやはり……、
「んー、今日一日ぐらいサボってもいいって。私も病室にいるのが飽きちゃって出かけているんだし」
辛い場所から身を退けて、あまり近寄らないようにすることかな。
でも学校ってどうしても行かなきゃいけない時もあるから、そうすると次にベストなのは、ちょっかいや意地悪をしてくる子と関わらないようにすることだけど、学校内という狭いコミュニティじゃそれも難しいもんね。
「それって、ダメなことじゃないの?」
「まあねー。私はいけないことしちゃってるから真似しちゃダメだよ。だけどきみは学校にいるのが辛くてここに来たんでしょ? それは決してダメなことじゃないよ」
「でも……」
真面目だなあ。私も真面目な方ではあったけど、辛いことから目を逸らさないあたりこの子は私よりもとても強い少年だ。
でも、こんな暗い顔のまま学校に帰したって、きっとまたいじられて自分の悪さを思い詰めるだけ。
「────そうだ!」
それなら、今までに得た知識や見識を教えて、どうにか元気づけてあげよう。
身を守る策としてはあまり推奨できないけれど、学校で何を言われても決してへこたれないようにする心構えを、この僅かな時間で余すことなく教えてあげよう。
きっとそれが私に出来る最後の人助けになると思うから。
「だったら、私のお話に付き合ってくれないかな。と言ってもつまらない昔話かもだけど」
「お姉さんの、昔話?」
「そう。私もね、きみみたいに悩んでいた時期があったんだよ。でも、最近になってようやくその答えが見つかってね。その話を教えたいんだけどいいかな?」
「……うん」
小さく、それでもしっかりと頷いてくれる。
相変わらず暗い表情だけど、私をしっかりと映してくれている瞳は、いじられてへこたれてしまう今の自分を変えたい、という強い意志が込められているように見えた。
少しでも前向きになったその気持ちに応えられるように、私も伝えられること全てを語り尽くそうと思う。
……私が不憫だから同情されている、ってワケじゃなければいいけれど……。
「よーし、それじゃあどこから話そうかな……。きみとおなじ小学生の頃の話から入った方がわかりやすいかな」