6話 里帰りと親戚
真夏の猛暑日の続く8月中旬、お盆に入り田舎の祖父母宅へ訪れた古賀峰家。蝉の声がやかましい程、自然溢れるのどかな景色が眼下に広がる。
「んー! 空気が美味しい!」
「奈南ー! 早く荷物運びなさいよ」
「はーい!」
白のキャリーバッグを転がし、気分良く向かう長女奈南。古き良き日本家屋に入ると、玄関内で割烹着姿の祖母が出迎え。
「母さんただいま」
「芳香、毎年遠いところまでご苦労様」
「こんにちはおばあちゃん!」
「あら奈南……ちゃん?」
孫娘の声は変わらずとも容姿が激変、祖母は目をぱちくり。頭先からつま先まで幾度も見直し、把握時間を費やす。
「どうしたのおばあちゃん?」
「え、えぇ……わがままな体になったわね……」
「えへへ……」
ノースリーブ、ホットパンツとシンプルながら容姿を際立たせる。
「母さんと姉さんの荷物運んじゃっていいの?」
「いつもの部屋にお願いね」
「ありがとーつーくん!」
長旅の羽を伸ばすのに縁側でごろ寝、都会の蒸し暑さとは違い心地良い暑さ。夏風で風鈴が揺れ鳴り、夏独特の涼しさを感じさせる。滞在期間は3日、思う存分お盆ライフを堪能すると決めた長女奈南。幸せを実感中、階段を降る音がどたばたと鳴り、縁側でピタリと止み視線をやる。
「誰だお前!」
「兄ちゃん! 八方美人ってヤツだ!」
「だな!」
親戚の子供達、榊寿太郎八歳、榊小次郎七歳は疑心暗鬼の眼差しを送り続ける。
「寿太郎、小次郎。いつも元気一杯だね」
「あ、ツッキー!」
「なんで八方美人と一緒なんだ?」
「八方美人の使い方間違ってるよ」
ビフォーアフターした実姉であると月乃が改めて説明。衝撃の事実を知り、じりじりと後退りで距離を置く従妹兄弟。
「う、嘘だ!」
「奈南姉はもっと横綱だった!」
「よ、横綱……」
思い返せば再会する度、よく相撲ごっこで遊んでいた長女奈南。自分が横綱に適任であった為、相撲ごっこは逃れられない運命。しかし今は面影の無い程のスリムさ、なので本日をもって横綱の引退が決定された。
「寿っちゃん……こーっぺ……横綱の引退試合に付き合ってね! そりゃ!」
「あの構え! 奈南姉だ!」
「うぉりゃあああ!」
引退試合は長女奈南の圧勝に終わり、従妹兄弟と月乃と共に外で遊ぶことに。かくれんぼ、鬼ごっこ、川遊び、虫取り、田舎道で散歩、心ゆくまで癒されるのだった。
遊び疲れた従妹兄弟は縁側で爆睡、隣で微笑ましく眺める長女奈南も軽く疲労。
「ふへぇ……疲れたー……」
「お疲れ姉さん。スイカあるって」
「スイカ!」
もしゃもしゃと兄弟で仲良く頂いてると、のっそりとした足音が背後に。寝ぐせだらけでゆるゆる服の美女、眠気眼を擦り二人を眺めていた。
「ん~……月乃と……誰?」
「雅ちゃん! 私だよ! 奈南だよ!」
「おぉー……奈南かー……え?」
古賀峰雅25歳独身、有名覆面小説家として実家で絶賛執筆中。奈南に負けず劣らずの美しき容姿、外に出れば異性からのアプローチが止まない。しかし自前の天然で総スルー、当の本人は絶賛結婚願望ありの鼬ごっこ。
「んか! ……あ! 寝坊助雅!」
「兄ちゃんロケット発射!」
「ぐぇ」
寝起き従妹兄弟の絶妙なコンビネーション技で雅が倒され、そのまま遊び相手に。ものの5分で体力を使い果たすも、底無し体力の従妹兄弟はお構いなし。
裏の勝手口方面からドシドシとした足音、正体は髭を蓄える初老の山男、古賀峰家の祖父であった。
「お、雅に遊んでもらってるのか!」
「爺ちゃんヘルプー……あーあー……揺らさないでー……うぇ」
「寿太郎、小次郎。スイカあるよ」
「マジでかツッキー!」
「兄ちゃん! 種飛ばしだ!」
夕暮れ時まで従妹兄弟タイムは続き、買い出しを終えた大人達が夕食準備。縁側と庭で豪勢な焼肉、香ばしい匂いと煙が夕空に漂う。
「焼肉だ!」
「うぉおお肉肉肉!」
従妹兄弟達が野生児の如く興奮し、肉が焼けるのを今か今かと待ちわびる。
「ビール苦……奈南いる?」
「未成年だよ! 遠慮します!」
「あれ? まだだっけ? ……ぐびぐび……苦……」
酒類が得意でないのに妙に大人ぶりたい雅25歳、苦々しい表情を隠しきれない。飲み食いで話に花咲かせ、親戚一同の笑顔が絶えない夕食。
食後の花火も楽しみ、従妹兄弟は月乃と風呂で大はしゃぎ。長女奈南は雅を膝枕し、のんびりとした時間が流れる。
「ねぇ奈南ー……」
「なーに雅ちゃん?」
「今の方が生き生きしてるねー……私も嬉しいよー……」
以前なら変わらないままで良かった、自分はありのままでいいんだ。自分さえよければそれでよかった。けど、変わったことで違った景色を知り、ちゃんと人と向き合う事も出来た。奈南は切っ掛けとなった怜と出会えたことを心から喜んだ。
「ありがとう雅ちゃん」
「もちもちのスベスベー……すぅーはぁー……すぅーはぁー……」
「く、くすぐったいよ」
「すぅーはぁー……すぅーはぁー……」
太股に顔を埋め深呼吸を繰り返す雅、あまりの居心地良さに寝落ち。自由過ぎる天然美女である。
就寝時間となり、蚊帳越しに外を眺める奈南。
「みんなどうしてるかなー……」
怜を始め同好会メンバーや友人達、お盆は何をしてるのか気になる奈南。時間帯的には連絡しても問題はない、だが一歩踏み出すが中々出来ず布団でバタバタ。隣で眠る月乃を邪魔しようが、我が道を行く長女奈南。
「と、とりあえず怜に……」
LINSで今何してるのかとスタンプと一緒に短いながら連絡。数秒後、怜から新着メッセージ。
《ゲーム三昧。そっちは》
「きた! しかも質問付き! えっとえっと……」
その後何度も繰り返し、時間が瞬く間に過ぎる。
《手が離せなくなった。またな》
「またな、か……んー! またね! っと!」
喜びを噛み締め、布団を被る長女奈南。今日は幸せな夢を見られる、とても幸福感に包まれたやり取りであった。
「あれ姉さん……もう起きたの?」
「え? 今から寝るんだよ?」
「今? 朝5時だよ」
「えぇ!?」
時間を忘れる程夢中になっていた長女奈南だった。




