32話 夏と家族
猛暑日がじりじりと続く夏休み、外を歩く人がほぼほぼ見当たらない静かな夏。
「どいつもこいつも帰省ばっかだなー……な?」
「そうデスネ~……クーラー最高デス……」
リビングでだらだら涼み、堕落した夏休みを送る怜にロゼ。
実家に帰省するのは数日後、当日までインドアライフを満喫していた。
「んぁ? 宅配か?」
「ワタシ出まスネ~フンフフ~ン~♪」
モニター画面に映る来訪者、彼女は一言だけ告げ顔が青ざめる。
ペタペタと早歩きから駆け足、ダラダラとゲーム三昧な彼女へ詰め寄る。
「れいれいれいれい! 起きて下サイ! お目眼開いて話聞いて下サイ!」
「言葉矛盾してんぞ。で、なんだ?」
「お、お姉ちゃんが来マス!」
「……マジ?」
「怜は今すぐ部屋に逃げて下サイ!」
「わ、分かった!」
ダラダラ空気が一変、バタバタとリビングを片付け、怜は自室で布団を被り、息を殺す。
ノック音に体をビクつかせ、恐る恐る扉を開くロゼ。
サングラス姿のお洒落美女、異様な圧に妹はおじおじ。
「来たワ」
「い、いらっしゃいお姉ちゃん。1人で来たの?」
「ここにはネ。パパとママと駄兄貴は観光中ヨ。お邪魔するワ」
「ど、どうぞ」
エリサ・シャルロット27歳、ふんわりブラウンロングヘアーの毛先巻き、頭一つ分デカい長身、あらゆる部位もロゼを上回る。
「こ、ここがリビングだよ」
「ふーん……慌てて掃除したわネ」
「ギクッ……大目に見て下さい……」
「まぁいいワ」
ズカっとソファーへ腰掛け足組み、サングラスを頭上に掛け一息。
いそいそとお茶菓子を準備するロゼに対し、鋭い視線を送る。
「ところで怜はいないノ?」
「友達の家でお泊り会なの」
「嘘ネ。あの子の気を感じたワ」
ずかずかと怜の部屋に侵入、匂いを大きく吸引、軽くトリップしながらベッドを見下ろす。
「れーい~♪ お姉ちゃんに挨拶しないなんて悪い子ネ~♪」
「ひゃ!?」
「見ーつけ……ナ!?」
ずぼらなジャージ姿に絶句したのか、女気のない寝癖頭に呆れたのか、しばらく洗濯もしていない布団が匂ったのか。
否、それらは全て彼女にとっては当たり前なこと、どうとも思わないどころか大好物であった。
そして数年振りの再会、自身の知る怜の姿とはあまりにも違った。誰もが絶世の美少女と認めるとびっきりの姿。
「くはぁ!」
膝から崩れ落ち、挙句の果てには鼻血をタラりと流す興奮状態。
高圧的な姿とは真逆な骨抜き状態、息の荒さは変態そのもの。
「よ、よぉエリサ姉ちゃん。久し振り……」
「根暗ぼっちのメガネ陰キャだった怜が……激かわリア充美少女に……」
「い、イメチェンしたんだよ」
「私は……私は昔から怜を知ってるワ……」
「そ、そうだな」
「身内以外は誰もその魅力に気付かない、愚か者ばかりだったのニ……」
ゆらりと立ち上がるエリサ、長身が更に巨大に見える錯覚。
布団で身を守りつつ、震える声で心配する。
「え、エリサ姉ちゃん?」
「大人になったら私色に染めたかったのニィイイイ! 完成してるじゃなィイイイイ!」
「怖い怖い!?」
「お、お姉ちゃん! 現実に戻ってきて!」
欲望のまま覆い被さろうとするのを全力で阻止、しばらくひと悶着もあったがどうにか静まった。
「まったく……逐一報告して欲しいものだワ。我が妹は何故教えてくれなかったのかしらネ?」
「わ、忘れてただけだよ……ごめん」
「ふーん……今回は許してあげるワ」
お咎めなしにホッと胸を撫で下ろすも、まだ安心はできないでいる。
己の欲の為ならば、実の妹が立ち塞がろうと全力で突破するからだ。
「エリサ姉ちゃん……膝上で愛でないで欲しいんだけど」
「愛でない方が無理ヨ。スベスベでプルプルな白肌は私のものヨ」
「……手つきが変態過ぎる……」
「ワタシも触れたい……うずうず……」
「何か言ったかしラ?」
「いいえ……うずうず……」
親戚の変態姉妹、どう足掻いても絶望。
逃げ出そうものなら地の果てまで追いかけられる、今は諦めるしか助からないと悟っていた。
「それにしてもジャージ姿は変わらないのネ。中身を拝見」
「なぁー……」
チャックを下ろされキャミソールの御開帳、やる事が妹と同じ変態である。
体臭吸引もさることながら、なけなしちっぱいを触診、手付きが玄人。
「怜……貴方もしかして……」
「どうしたのお姉ちゃん?」
「いいえ……何でもないワ」
急にしおらしい態度になった姉、変態感も治まりチャックを戻していた。
今までに見た事が無い姉の姿、妹としては心配であった。
「あ、もうこんな時間。怜、ロゼすぐに着替えなさい。ママ達と外で合流ヨ」
「あいよ」
「は、はい」
日傘で夏日を遮るも暑い事には変わりない、インドア派の怜にとっては過酷な環境だ。
数駅先の有名観光地浅草々、時期に関係なく人混みで溢れかえる。
「だぁ……生き地獄じゃんか……」
「ならワタシといい事して、昇天してもいいのヨ。ふふ」
「ロゼ~かき氷買いに行こうぜ~」
「了解デース! お姉ちゃんー置いて行くよー」
観光客の視線を奪う美女三姉妹、あまりの神々しさに自然と行く道を譲る。
冷え冷えカキ氷もトッピングサービスして貰い、火照る体を涼ませていた。
美女らの納涼姿は人々の欲を掻き立て、大名行列の如くカキ氷が爆売れ。
「シロップって色が違うだけで同じ味って知ってたか?」
「そうなんデスカ? 初耳デス!」
「ロゼ、その母国名残りの話し方はどうにかならないのかしラ」
「お姉ちゃんも人の事言えないでしょ」
「カキ氷溶けるぞー」
話し合いの末、話し方は今まで通りで納得する形に。
合流場所である雷々門、外人の長身イケメンがポツンと待ち惚けていた。
「駄兄貴、ママとパパはどこいるノ」
「外でその呼び方は止めてくれ。まるでダメなお兄ちゃんと思われるだろ」
「実際ダメじゃん」
「ダメ人間代表だよ」
「お前らな……って、その声は怜か?」
「よ、ジョシュ兄ちゃん」
ジョシュ・シャルロット29歳、ブラウンの爽やか短髪、細見のモデル体型はイケメン。
妹達から駄兄貴と呼ばれることを心底嫌がり、イケメンフェイスも強張る。
「……本当に怜か? 誰かと間違って連れて来たんじゃないか?」
「これだから駄兄貴はダメなのヨ」
「怜の魅力が分かってないね」
「おい! ゲシゲシ蹴るな! パンツが汚れる!」
「相変わらず仲良いな」
美しすぎる外人兄妹らの戯れ、尊い空気を浴びようと参拝する輩もいる程だった。
すっかり汚れてしまったパンツ、これはこれで味があって納得するジョシュ。
何事にもズボラ、駄兄貴と呼ばれるのも無理はない。
「もしもし……分かったワ。ママとパパ、近くの喫茶店で涼んでるみたいヨ」
「炎天下で突っ立つ方がアホだよ。ゲシゲシ」
「盲点だった」
「やっぱ駄目だな」
カランコロンと心地良い鈴音の入り口、落ち着いた店内の一角、手をひらひら振る美魔女が。
「来た来た~おーい~こっちよ~」
アイシャ・シャルロット48歳、二十代に見える若々しいほんわか美魔女、小柄ながらも体は立派。
「パパは?」
「おトイレよ~怜ちゃん久し振り~いつ見ても可愛いわね~」
「伯母さんは昔から変わらないっすね」
「うふふ~ありがとう~好きなもの頼んでね~」
時間は丁度昼食時、メニューを眺めていると大きな人影が。
スキンヘッドのコワモテ筋肉男、アイシャの隣に無言で座った。
「……ん」
「伯父さんも元気そうで」
「……ふむ」
「お陰様で研修も順調そのものっす」
「……む」
「マジっすか? あはは!」
どうやって意思疎通が取れているか不思議でたまらない店員、オーダーを聞きながら疑問で頭がいっぱい。
ブルース・シャルロット50歳、口数が極端に控えめなお喋りさん、裏社会を牛耳てそうな面立ちにもかかわらず、地元でケーキ屋さんを経営するパティシエ。
昼食が届き、舌鼓をそれぞれが打つ中、ロゼはふと質問をする。
「怜~あの時、お姉ちゃんは何に気付いたんデスカ?」
「……ちょっと教えられねぇ」
「1年以上も一つ屋根の下で住んでいたのに、まったく気付かない方がお馬鹿ヨ。お・ば・か」
「むぅ……お姉ちゃんの意地悪! 怜にもプンプン!」
「拗ねんなよ。今日一緒に寝てやるからさ」
「ふふ……録音させて貰いまシタ」
してやったりな顔、スマホの録音を再生されジト目。
やはり変態姉妹は欲に忠実だった。
「あらあら~赤飯炊かないとね~」
「……む」
「悪いことは言わないワ。その権利、ワタシに譲りなさイ!」
「え、エリサ! お兄ちゃんを押し退けないでくれ!」
カオスなシャルロット家、ケラケラ笑う怜も楽しそうであった。




