2話 友人とスマホ
自宅の天井を見上げる古賀峰奈南、帰宅時の記憶が抜ける程に放心状態。ありとあらゆる思考が宇宙の如く巡る。
二重人格説・性転換手術説・女性下着着用変態説・異星人説・フィクション染みた入れ代わり説・そもそも影武者説・などなど。
瞬く間に休日が過ぎ、講義の待ち時間にも思考が継続。柳家怜を同性と認めれば負け、彼女の脳内バトルは止まない。ただの面倒臭い馬鹿である。
「んー……モヤモヤする～……」
「おはよ奈南さん。どこか体調悪いの？」
「夏乃斗くん……ちょっと訳ありなのよ……」
友人の天屋夏乃斗は柳家怜とも友人同士。古賀峰奈南の異論を聞き入れ、彼なりの返答を告げた。
「まぁ……怜は口下手だからね」
「にしても……あ～……」
何があろうとも引き下がらない、完璧に拗らせている。確固たる自信はどこから生まれ、大事に守り包むのか。既に敗北者なことは変わらない。
何度でも言おう、古賀峰奈南は正真正銘のルーザーだ。
「ねぇ奈南さん」
「ん～……？」
「今日一緒に部室行こうか？」
「ほんと！」
飾らないイケメン行為に感服、心強い後押しに漲る乙女ハート。
だが天屋夏乃斗は彼女一筋、故に他異性は友人関係止まり。対する異性達の声は類似する。常に優しさがキャパオーバー、彼女になれば死ぬる。結果的に友人止まりがベスポジだと各々が行き着く。勿論、古賀峰奈南も該当者だ。
各自講義を終え、約束通り合流し和み同好会へ。
「お疲れ様です吉田部長」
「おっふ！ 奈南殿に……おや！」
「こんにちは」
「あ、夏乃斗」
定位置を離脱し、自ら夏乃斗との距離を縮める柳家怜。釈然としない態度の差、眼力が物言いたげに開眼する古賀峰奈南。同時に脳内処理が関係性を解明する。
所詮イケメンに群がる愚かな雌犬に過ぎないと。
「怜、ゲームも程々にね？」
「分かってるって」
「お、おっほん！ あーあー私私……ここにいますけど？」
「……今日はどうしたんだ？」
確実に目が合ったが、柳家怜の関心は友人優先。羞恥に近い自己アピールは無意味に終わり、部室内の定位置で心を落ち着かせる。
「奈南様、本日のブレンドティーです」
「ありがとう紳士さん……おいし」
執事のような身形と立ち振る舞いから、紳士さんと呼ばれている彼。自らは本名を明かさない謎多き男。
「なぁ夏乃斗！ 今度出るモンダン買うだろ？」
「ちゃんと予約済みだよ。一緒にやろうね」
「ひゃっふー！」
歓喜を体現する姿、得体の知れない者を目の当たりにした古賀峰奈南。目が点になる相応しい見本だ。
「立ち話もなんだし、あっちでモンダン語ろうぜ！」
「慌てないでね。ごめんね奈南さん」
「う、ううん！ 大丈夫平気平気！」
イケメンの優しさこそが活力となり、心すら落ち着かせる。古賀峰奈南に優雅な午後のティータイムが漂う。典型的な意識高い系のフォルムそのものである。
「でさでさ？ 新規モンスターが20体、フィールドが10ってエグイよな！ マジでカプゴン働きすぎぃ！」
「だね。隠し要素も豊富そうだし」
「だよな！ ぬかりねー！ あ、フォミ通買ってきたから読もうぜ！」
そそくさと荷物を漁る中、鬱陶しそうに眼鏡を上げた柳家怜。謎の行動に古賀峰奈南から言葉が漏れる。
「眼鏡……」
「はぁ？ ゲーミンググラスも知らんのか？ 常識だろ」
「へ、へぇ……」
根暗ロン毛メガネから想像もつかない、大きな切れ長の淡い蒼眼。予期せぬご尊顔の一部に質問が口走る。
「は、ハーフなの？」
「違う」
「怜はクォーターだったよね」
「イエス。お！ 今・月・号・発・見！」
何事もなく共通談議に花咲かせる姿、見る影もない程に輝くテンション。未知なる一面に鳥肌が立つ古賀峰奈南には眩しすぎた。
「奈南殿は知らなかったのですかな？」
「えっと……」
軽く事情説明後、吉田部長は申し訳なさそうに告げた。古賀峰奈南以外の同好会メンバーは、柳家怜が女性だと初めから把握済みだったと。
「ふぇ……」
漏れ出す腑抜け声に吉田部長と紳士さんが頬を染める。自覚無き自然反応こそが彼女の武器でもある。元から声は良し、スタイルも改善、勉学も優秀、性格はちょい馬鹿。今ではモテ要素を詰め合わせた完全美人だ。
「うわ……」
先程の声に嫌悪感を見せる柳家怜の蒼眼、クォーターの眼力は一味違う。同性となれば余計に良くは思わない。
察した古賀峰奈南は軽く咳払いし、何か思い立った顔に。
「……せ、せっかくだし……か、顔。ちゃんと見せて」
「普通に嫌だ」
「一度でいいので！」
「嫌だ」
「別に減らないでしょ？」
「減る」
ギャラリーの思考は完全一致する、互いに折れる事はないだろうなと。誰もが傍観者となる中、夏乃斗が柳家怜に耳打ち。
「なるほ……条件付きならいい」
「な、なに？」
「ゴールデンウイー……あー……スマホ」
「へ？」
「LINSで連絡する」
「あ、はい！」
ぺむぺむとスマホを向け振り合う両者、無料SNSアプリLINSのフレンドリストに名前が載る。
一歩近付く事が出来た、古賀峰奈南の口角が自然と緩む中、早速新着メッセージ。相手は目の前にいる柳家怜からだ。
《用件以外には答えない》
冷めきった一発目、誤送信かと二度見するも変わらずの文面。やわな口答えはするな、先制攻撃で釘を刺されたのだった。
古賀峰奈南は素直に従い頷くも、目的は忘れずにいた。
「や、約束通り見せてね！」
「……三秒だけな」
妙な緊張感が室内に充満、固唾を飲む音が鳴る。遂に長い前髪をかき上げた柳家怜、古賀峰奈南は未だかつてない程に開眼。
真っ白で綺麗な肌、パーツの整った小顔、絶対的な美少女であった。
「もう見んな」
「あ……」
脳裏に過る言葉は一つ、宝の持ち腐れだった。ゴワゴワのキモ黒ロン毛、実家のような部屋着ファッションさえ改善されれば化ける。
昨日拝見した下着姿を察するに体型自体問題なし。飛び級でステップアップ可能、半日あればカワイイを完成させられる。
古賀峰奈南の根拠なき自信が奮い立たせる、ビフォーアフターの先輩である私が変えてあげると。
ただの有難迷惑である。
「文句あんのか」
「と、とんでもございましぇん！」
「まぁまぁ怜殿。邪険になさらずに」
「奈南さん、怜と少し仲良くなれたんじゃない？」
「うん！」
「ない」
双方の意見が合致する日は遠い、部室内の皆が察した。
