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01:十条陽一(36)のひとりごと




 大通りから200mほど北へと続く細長い路地を少し進んで西へ曲がったところにあるビルの2階。

 その2階へも人1人通るのがギリギリという、儲ける気もないようなバーがある。

 

 

 『CASABLANKA』



 味の違いはわかっても、別に口説く女もいないのなら酔えれば何でもいい。



 「ジャックダニエル」


 「…ブラック?ゴールド?シングル?」


 「ゴールド、と適当につまみ」



 5席あるカウンターのど真ん中に座る。

 腕時計を見ればまもなく2時。


 平日の月曜夜ということもあってか他に客が来る気配もない。

 

 

 いつものように1杯目はストレートを流し込み、よく冷えたチェイサーで口と頭の中をスッキリさせる。



 「明日ってか今日がもう火曜か、今夜も仕事あるんだけどさ、水曜は久々に休みを取ったわけよ」



 カウンターで作られている2杯目はハイボールだ。

 冷凍庫から取り出されたグラスには氷は無し、ソーダ水と割られ、今日はレモンではなくオレンジの皮がグラスの淵に添えられている。



 早い時間に女性客がカシスオレンジでも注文して、中途半端にオレンジが余ったんだろう。

 まぁ、ここのフルーツは何でも美味いからいいんだが。



 「仕事じゃねぇけど、仕事の延長でもあるっっつーか、昔の気分に若干戻るっつーか」


 よく冷えたハイボールにほんのり甘いオレンジの風味を楽しみつつ、ハムとチーズをつまんでいく。

 アルコール度数もつまみも軽いものだとまるで前菜のようで、休んでいた胃が動き出す。



 「米でもパスタでも何でもいいけど炭水化物よろしく。んでさ、ひっさしぶりに俺の女神に会えるわけ」



 簡単な炒飯かミートスパゲティでも作り始めるのかと思ったら、冷凍庫からジップ袋に入ったラビオリが出てきた。


 そういう女子受け全開なモノをストックしてるあたりが何となく気にくわねぇが、実際受けるんだから口説く女がいる時には使い勝手のいい店ではある。


 

 「いや、あいつ自身には週5で会ってるけどよ。着飾った格好なんかさぁ、2年…いや3年近く見てなかったしよ、とりあえず花の手配とかさっきしたんだけどさ」



 この歓楽街の中には深夜営業の花屋も1件ある。

 完全に俺ら水商売にターゲットを絞った店なので、季節の花がどうこうではなく派手で高いものしか置いていない。



 「さっきまでドレスのこと忘れてたんだよ!んでどれ着るのか聞いたらよ!てっきりまだ持ってると思ってたけど今はスーツしか着ねぇからとか言って!とっくに捨てたって!全部!!」


 

 カウンターに頭を打ち付けている間に解凍されたラビオリがオリーブオイルで炒められ、数種類のチーズを塗された後、オーブンへと入れられる。

 

 

 「別にいいっちゃあいいんだよ、俺の自己満足でプレゼントしたもんなんだし、着ないもんあってもしゃーないのは分かるし。」



 奥にあるオーブンからチーズがこんがり焼けている匂いが漂ってきた。

 匂いだけで飲み干したハイボールの次は、水割りが用意されている。

 パスタを楽しむために酒を一歩後ろに控えさせ、食事の美味さを引き立てたいのだろう。

 


 「ソレ、も少し足して濃い目につくれよ。――でもさ、わかってはやれるけどやっぱりちょっとショックなわけ。ショックな自分にショックっつーか。」



 焼きあがったラビオリと水割りは、くっそ美味かった。


 ラビオリの中身は、挽肉や数種類の野菜が入っているけれど、少しずつ味付けが違う。

 ニンニクが効いているもの、バジルの風味が強いもの、ピリッと山椒の味付けがされているものもあった。


 これは多分、同じビルの系列店で働いているあの子も好きそうな味だな。

 高校生だからココには連れてきてはやれねぇが、今度まかないで作ってもいいかもしれない。



 「あとでコレのレシピ寄越せ。――で、まぁ多少落ち込んでたらよ、今日、火曜!出勤前に!一緒に選びに行くことになったんだよ!」



 量もそれほど無かったのですぐに完食し、ハーフロックで一息つく。

 マイルドな口当たりに舌が絆され、甘味が欲しくなってくる。

 


 「まぁ時間もなけりゃオーダーメイドっていうわけにもいかねぇし、知り合いの店2時間貸切くらいしか出来なかったけど」

 


 やっぱりフルーツを使ったデザートが出てきた。

 パっと見バニラアイスなのに…オレンジとレモンをベースに柚子の砂糖漬けを刻んだものが少し入っている。

 

 口の中が爽やかに冷えたので、ハーフロックの次は常温のトワイスアップが出され、アイスの甘さとウィスキーの香りが舌の上で調和する。

 


 「懐かしいよなぁ…。普通だったかどうかは俺には判断出来ねぇけど、金稼ぐやつが一番偉いだろっていう生き方、俺ら辞めたんだよなぁ」



 起業した会社を売り払い、俺は夜の蝶を管理する黒服になり、コイツは美味い酒で自分の縄張りを主張するような店を持った。



 最後はストレートで締める。

 仕事帰りの1杯が…何杯飲んだっけか。


 体内時計がもうすぐ50分だと言っている。

 しっかりこの世界に染まった職業病だな。

 

 1セットできっちり酔うことが出来たので、帰ったらすぐ眠れそうだ。

 財布から適当に札を抜き取ってグラスの下に挟んで帰る。



 「あー、なんかスッキリした。何喋ったかあんま覚えてねぇけどお前さぁ、もうちょっと相槌でも打てよ」



 「兄貴相手に気遣いなんかしたくねぇっつーの」





ウイスキーがお好きでしょ♪

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