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05:中村千秋(23)の葛藤 後編





 カーテンの隙間から薄っすらと光が射し込む。

 少し眠ってしまったようだ。


 ここまで穏やかな気持ちになれたのは、この10年で初めてじゃないだろうか。

 

 出し尽くせば嫌でも成ってしまう賢者モードも久々だ。

 昼くらいまでは戻らなさそうな気がする。


 …マネージャーに連絡できないなこれ。どうしよう。

 

 

 とりあえず、平日だし仕事がある美雪さんを起こさないと。


 「起きて、起きないと遅刻するよっ」と呼びかけながら唇を舐め、顔に擦り寄る。

 

 おーきーてーーー!こっちもいつ戻るか正確な時間はわかんないんだから!

 何度も何度も呼びかければ、返事代わりにくしゃみを返される。

 


 「へぶしっ!」

 

 「!」

 

 ああ…昨日あった色気が美雪さんから全部吹っ飛んでいった気がするよ。



 「ごめんごめん、てか鼻に毛が入るほど顔に近寄っちゃいけませんよ」


 「えぇ~俺が悪いの~?いや俺が悪いんだけどさぁ…」



 多少腑に落ちないけれどごめんなさい、と頭を垂れていると昨日のように優しく撫でられ思わず尻尾が揺れる。


 ふわふわの毛並みを堪能しているのか、されるがままになっていたけれど流石に長すぎる。

 何かぶつぶつ言っているし、心配になってきた。



 「美雪さん、昨日は無茶してごめんね」


 

 美雪さんは確かめるように視線を自身の身体へと落とす。


 キスマークとか噛み痕とか、マーキング的なものは我慢したから無いはず。

 それくらいの理性はあった、というかそれくらいしか理性がなかったというべきか。



 「完全にアウトじゃないの…」


 「えぇー…」



 …もしかして憶えてないってこと?

 え!全く憶えてないの!?

 美雪さん、それちょっとヒドイ。


 いや、最後のは無理矢理やっちゃった感はあるから美雪さんは忘れてくれていいんだけど…えぇー…全部って…!


 もう日常に戻って行っちゃってサラッと思い出にされてしまうとかやり切れない…。

 順番は前後しちゃったけど、俺はこれから美雪さんと育んでいきたい気持ちが芽生えているのに。



 愛しい、傍に居たい、愛されたい、美雪さんを知りたいし、俺のことも知ってほしい。



 伝えたいのに、今は何も伝わらないのがもどかしい。



 両頬をパーン!と張り、キリッとした美雪さんがベッドから降りたのでついていく。



 「ごめんね、心配かけて。あ、知らない人間が居て怖かったでしょう」


 「心配もしてるけど、俺が怖いのは別のことだし美雪さんは気にしないで」



 キョロキョロとしながらリビングへとたどり着いた美雪さんは、鞄や食事、服を確認してくれた。


 いっそ有休使ってここで休んでくれてもいいよ!むしろそうして!

 そのうち身体が賢者モードから戻ったら俺も一緒に休んでゆっくり過ごすし!

 


 さすがにまだこんな体質を曝露するわけにはいかないから別の部屋で戻って、玄関から帰ってきたフリでもしよう。

 そうすればアルコール無しで、今度は心をさらけ出して愛しいと伝えられると思う。…5回目があるかもしれないけど。



 まだ一緒に居たいんです。

 お願いだから、帰らないで。



 「起こしてくれてありがとうね」


 少しも伝わらないまま、美雪さんは帰り支度をする。

 寂しい、寂しい、寂しい。

 



 「行かないで、帰らないで、俺の傍に居て…」


 「ごめんね、来世は君みたいな優しいコに似合うよう、心を漂白剤で洗って出会い直すからね」

 


 そう耳元で囁きながら抱きしめてくれたけれど、そんなに「待て」が出来るわけないじゃないか!



 扉が閉まった瞬間から、すぐに恋しさが積もり始める。

 

 もう会いたいし、抱きしめたいし、声が聴きたい。



 どうすれば、美雪さんに振り向いてもらえるんだろう。

 またあの眼で見つめられたいし、触れられたい。



 一度満たされた気持ちを知ってしまえば、それを無くして生きていくのなんかできないことを知った。


 どうすれば美雪さんと生きていけるのだろう。

 







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