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04:中村千秋(23)の葛藤 中編





 早い時間からのハイペースで飲んだからか、足元も気持ちもだいぶ浮ついていたんだとは思う。

 時計の針がてっぺんを越えたあたりで隣にいた彼女と店を出た。



 その時テーブル席で顔を見られたが騒がれないあたり、俺の知名度もまだまだ低いのか、この店の常連客の品性が高いのか多少気になったが、だいぶ酔っているのにしな垂れ掛かりもしない色気のない彼女に何故か食指が動いていたのでタクシーに詰め込んで、普段可愛がってもらっている同じ事務所の先輩に電話を掛ける。



 「先輩、今夜マンション…雅の7階使わせて欲しいんですけど。」


 『おー、最終の新幹線でも逃したかー?コンシェルジュに話しておくから勝手に使え使えー』


 「ありがとうございます。では」



 特に口うるさくもない先輩だけど、余計な詮索が入らないうちに電話を切っておく。


 電源も完全にオフだ。



 顔を赤くしてとろんとした目でこちらを見る彼女に、俺はどう映っているのだろうか。

 今さら逃しはしないが、食い散らかさず優しくできる気がしない。

 


 手も握っていない、キスもしていない。



 なのに同じパーソナルスペースを共有していると感じる。

 同じ空間で、同じ酒を飲んで、同じように笑って、もうすでに交ざっている気分だ。


 


 

 バーからそれほど離れていない先輩のマンションに着くと、コンシェルジュが何も動じずにカードキーを渡してくれる。

 どこかのホテルを使うよりも安心安全だし、こんな風に先輩の部屋を使うのも別に初めてじゃない。 

 

 初めてじゃない、が。


 まるで初めてのような熱に浮かされている。


 

 ニコニコと着いて来た彼女の語彙は死んだようで、さっきから「すごーい」しか言っていない。

 エレベーターに乗ってもそれは続いて、「すごいねぇ頑張ったんだねぇ」とニコニコと笑っている。

 

 俺が買ったマンションじゃあないけれど、俺が手に入れたもののように錯覚してしまって嬉しくなった。

 確かに苦労はしてきたし、努力もしてきた。

 

 だからこんな風にしみじみ言われると認めてもらえたみたいでさらに心臓は高鳴る。



 部屋に着いたら内線で女性用のアメニティやパジャマの用意と、口当たりのいい日本酒、水、氷、朝用の軽食を用意してもらう連絡を入れた。



 お風呂にお湯を溜め始めてからリビングに戻り、TV台の下にあるDVDを漁る。

 折角だからあの映画は置いてないかと探したが、見つからなかったので違うものをセットする。



 「あーっ」と彼女が画面に向かって驚いたように声を上げ、その後はクスクスと笑っている。

 まだタイトルが出たくらいだが、何かそんなに驚くようなものだったろうか。



 部屋のチャイムが鳴り、玄関まで行くと先ほどのコンシェルジュが沢山の荷物を持ってやってきた。

 頼んだもの以外にも日本酒に合いそうなつまみや甘味もあれば、食卓を飾るような小さなブーケまである。


 ありがとうと仕事の出来るコンシェルジュを追い返して戻れば、彼女はまだくすくすと笑っている。



 「ねぇ、何がそんなに面白いの?」


 「だって、ねぇ?今ぴったりだと思って」


 「ぴったり?」


 「『麗しのサブリナ』観たことないの?えー偶然のチョイスにしては神がかってるぅー」



 くすくすと笑いながら彼女は低い声と愛らしい声で、可愛らしくセリフを告げる。



 「『月に手を伸ばすのは止めろっ』『いいえお父様、月が私に手を伸ばしているのよ』って。――そうでしょう?千秋くん」



 そう微笑みながら見つめられて名前を呼ばれた瞬間、抑えていた理性が飛んだ。

 


 腰を抱き首の後ろに手を回し、逃がさないよう唇を貪る。

 漏れる吐息とほのかに香る彼女の香りにくらくらと酔いが増す。

 服の下へと手を滑らして肌を撫でれば、素直に反応するもんだからさらに欲情する。


 舌を絡ませながら、彼女の悦びつつも歪む顔を堪能すれば、指もふやけきっており俺自身ももう我慢の限界で。



 映画も日本酒も氷も、すべて放ったらかしたまま、吸い付くような彼女の身体に夢中になっていた。

 相性がいいなんていうレベルじゃないくらいの良さに、すぐ果てた。


 

 ―――それが1回目。





***




 くったりとしながら乱れる息のまま見つめられている。

 さすがにすぐ2回目とはならなかったけれど…まぁ、早かったもんだから彼女もまだ元気そうだ。


 

 「水か酒、コーヒーくらいならすぐ用意できるけど何か飲みますか?」



 そう聞けば迷うことなくテーブルの上の日本酒を選んだので、角が取れた氷を何個か入れて、何気ない話をしながら一緒に飲んだ。



 少し落ち着けば、彼女の名前をまだ聞いていなかったことに気付き名前を尋ねると、鞄を漁り、床に取り出した物を散らかして「私こういう者ですっ」とキリッと顔をつくって名刺を手渡される。



 「…美雪さん」


 「はい」


 「美雪さん」


 「はい」


 「美雪さん」


 「はっン…」



 名前を呼ぶ度にふわりと微笑まれ、高鳴る自分の心臓を掻きむしりたい衝動のまま押し倒し、唇を奪う。

 口内に含まれた日本酒がフルーティでまるで美雪さん自身が果実のようだ。


 どこもかしこも柔らかくて潤んでいる。


 頬はまるで桃のよう。

 白い肌に赤味が差していて可愛らしい。



 隠れているところも、ぜんぶ余すことなく愛でたい。

 乱れた服を1枚1枚丁寧に剥いていく。


 時折こちらまで痺れるような甘い声が降ってくるから、必死に耐えながら美雪さんの悦ぶところを探す。

 

 「早く」「もう無理」「お願い」と何度懇願されようが焦らしに焦らせばさらに潤んで熟れていく。



 ―――そうして2回目は、美雪さんをしっかり味わった。





***





 「そろそろヤバいな…」



 そう思ったのは3回目。

 お互い汗や、まぁ色々な理由で身体をサッパリさせたくなり風呂場に行けば、そんなつもりは無かったけれど、またリセットされたかのように委ねられた身体を重ねた。


 湯が少し冷めていたので、のぼせはしなかったが丁度良い温度だったのが敗因だと思う。



 コンシェルジュに頼んで風呂あがりの缶ビールで乾杯し直してみれば頭はシャキっと冴えるものの、両手で缶を大事そうに持ち、ちびちび飲みながら寄り添う美雪さんの肩を片手で抱いていれば…じわじわと込み上げてクるものもあるわけで。



 「あーもう無理っ可愛い。美雪さん、もうビール終わりっ」


 

 缶を取り上げ抱き上げて、ベッドルームへと運ぶ。

 くすくすと楽しげな美冬さんが、唇を使って鎖骨や胸元にイタズラしてくる。


 触れられるところがその都度反応するようになり、肌がピリッとして気持ちがいい。



 「…もうっ、覚悟、してください、よ」



 すぐに始めたかったけれど、もう次は無理だなと思ったので美雪さんをベッドに降ろした後リビングへと戻る。


 空き缶や返却物をまとめ、床に散らばった物を鞄へと詰め直していく。

 小さいと思っていた鞄は以外と容量が大きいようで、ポーチや折りたたみ傘、書類も入る。



 「スマホ…」


 確か充電器がそこの戸棚にあったはずと思い、戸棚を漁れば延長コードもあった。


 

 「手帳…」



 藍色の硬い帆布生地の手帳をそっと広げれば、クリップで挟まれた名刺や、その名刺に書かれている会社にいつアポを取っているか手帳に書かれている。


 今月の予定を見れば、充実した日々が窺える。

 


 これから数日は今夜の事を思い出して「うわぁっ」っと頬を赤く染めてくれるだろうけれど、多分、俺はこの日常に埋もれて忘れられていく。


 メディアで露出がどれだけ増えようが「あんなこともあったなぁ」といい思い出にされてしまうのがこの手帳から分かる。


 

 滲む視界の中で美雪さんの私物を抜き取り、別の部屋へと隠した。





 ベッドルームへと戻れば、横になり小さく寝息を立てて眠っていた美雪さんの腰を少し持ち上げ、後ろから揺り動かす。

 眠りから覚醒してすぐ反応した美雪さんは、煽るように呼ぶ。



 「千秋くんっ」

 「千秋くんっ」 

 「ッあきく、ん」


 何度も何度も、声に絡まり縛られるように呼ばれ続けるが、その甘い声を振り払うかのように、悔しさの塊のようなものを強く打ち、強く擦り付ける。


 埋もれたくない、忘れられたくない、―――過去になんかなりたくない!



 ―――4回目は、縋るように抱いて果てた。

 



 ずるりと重い気持ちで離れれば、身体を反転させた美雪さんが、へにゃっとした笑顔でこちらへと両手を伸ばしてきた。



 「ちあきくん、ちあきくんを抱きしめて眠りたい」


 「・・・」


 「いま、抱きつけなかった分も抱きしめたいんだけど」


 「・・・」


 「ダメ?おねがいきいてくれないの?」



 ふるふると首を振って、そんなことはないと伝え、ゆっくりと近づく。

 また、視界が滲んだけれど抱き込まれ頭を撫でられれば自然と頬が緩む。



 夜明け前、優しさに包まれて少し赦されたような気がした。





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