プロローグ
――なんで、どうして。
自分がどこへ向かっているのかも、いや、そんなことはどうでもよかった。
ただ、ただ、この身体が動かなくなるまでか、走り続ける。
呼吸は外の雑音に負けずも劣らずにハッキリと耳に届く。
胸が張り裂ける――そんな表現が一番似合うほどに心臓は皮膚を通して鼓動を伝えてくる。
「――っ」
走れば走るほど思考が混ざり合って、ぐちゃぐちゃになって、走馬灯のように脳みその中駆け巡りだ
す。
知らず知らず頬に伝わる熱い感覚に、思わず後ろを振り返りたくなる衝動が足に枷をかけ、自分の意思とは勝手に速度を落とす。
ダメだとわかっているのに、立ち止まるわけにはいかないのに――
背中越しに響く命が終わる音、絶命の金切声に思わず耳をふさぐ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
周囲の硝煙となにかが焦げた臭いの中、必死に心に祈る。
――いったいなにに対して?
決まっている、この地獄の中に現れる一筋の奇跡に。
――だれがきめたの?
これは人々の願いだ、私だけじゃない。
そして思い出す、小さかったころの記憶
一冊の本に記された一人の英雄譚
「あっ――」
突然の衝撃に体は大きくバランスを崩し、視界は百八十度反転した。
必死だったか、自分でも知らない限界を超える速度で走っていた体はそうそう止まるはずもなく、何度も地面へ叩きつけられる。
「く……うぅ」
鋭い痛みが体中を巡り、体のいたるところからはじんわりと熱い感覚が伝わる。
地面に伏したまま、再び思い返すあの光景に、傷とは違う箇所が痛む。
そうだ、分かっていたはずなんだ。
勇者なんていないのだと――