願わくば我が主に平穏を
異形の魔のモノの群を瞬く間に切り捨てたセイエイは、すぐに、それらを操っていた人に擬態した魔のモノに肉薄し、手にした刃をその首に突きつけた。
「ほかに仲間は?」
感情を宿さぬ瞳が、あまりの圧倒的な力量差に恐怖するソレを見据える。
「答えぬか?」
震えるばかりで、答えを返さぬソレをしばし見つめると、セイエイは興味を失ったように無造作に切り捨てた。
浄化の術が施された剣が一閃したあとには、ころりと魔結晶だけが残った。
セイエイはその魔結晶を拾い上げてから振り返った。凍てついた青い瞳が、警告の笛を鳴らした討伐隊を見た。
警告の笛を使うよう命じた隊長は、ゴクリの喉を鳴らす。
自らの隊には手に負えぬ、と下した判断は間違っていなかったはずだ。
そのはずだが、笛の音に応えて現れるのが陛下だとは考えもしなかった。
圧倒的な力量で刃を振るう王が恐ろしく、目をそらすこともできない。
改革の名の下、近衛騎士団を解体し、政治を一変させ、抗議し逆らった貴族は粛清したという、冷酷無慈悲な王。
そんな噂が脳裏をかすめる。
討伐もできぬ警備隊は不要とばかりに、この場で切り捨てられるのではと、恐怖した。
「・・・かたづけておけ」
ぼそり、と告げられた言葉に、反応できず呆然とし、はっと我に返り、平伏する。
「・・かっ、かしこまりました! ありがとうございましたっ!」
隊長の姿に、隊士も我に返り、慌ててその場に平伏する。
そして、おそるおそる顔を上げた時、王の姿はもうなかった。
王城の自室にたどり着いた途端、セイエイの身体は力を失い、そのまま倒れ込む。
「主っ」
具現化したシュヴァルがその身体を抱きとめ、そっと寝台に寝かせる。
自らの身体を抱え込むように丸まり、セイエイは全身を襲う苦痛に呻いた。
外れとはいえ王都の中、一般兵の警備隊の前で、シュヴァルの雷やシェーナたちの風を使うのはためらわれ、自らの身体を強化し、術を駆使して、魔のモノを一掃した。
その強化の反動が、今、セイエイの体を苛む。
臣従の誓約に縛られていた間は、一定の生命力を常に搾取されていたために、やむなく強化と制御の技術を磨いた。
誓約から解放されてから、多くの生命力を用いて強化の術を駆使するようになり、圧倒的な強さを手に入れたが、過ぎた強化による体への負担は増大した。
多少の反動は甘受してきたが、長年の酷使に、身体が耐えられなくなってきている。
もう少し、もう少し、そう言い聞かせて、ここまできた。
少し痛みが治まってきて、セイエイは自身をきつく抱きしめていた腕をとき、仰向けに寝転んだ。
心配げに傍らに立つシュヴァルが目に入る。
セイエイに限界が近づいていることは、契約を交わした精霊であるシュヴァルにも伝わっているのかもしれない。
まだ、大丈夫、・・・まだ。
内心でつぶやき、セイエイは淡く笑みを浮かべる。
「問題ない、このまま休む・・・。誰か来たら起こしてくれ」
「承知」
短い応えを耳にしながら、目を閉じた。
意識のあるときは、どんなときも明確に感じる、主の意思の力が、ふわりと溶けるのを感じる。
眠ったのか、意識を失ったのか、目を閉じて横たわる主は、消えてしまいそうだ。
体の奥がぎゅっと掴まれる気がする。
それは、不安、とか心配、という気持ちなのよ。と水の精霊が教えてくれた。
起きているときは、決して警戒を解かない主が、自分に警戒を任せて、無防備に横たわっている。
今度は、お腹が温かいような、ピクピクするような気がする。
それは、嬉しいとか、誇らしいとかいう気持ちね、と水の精霊が言っていた。
風のフィーユとシェーナ、そして雷の自分は、水の精霊シャルナとは出自が違う。
我らは主によって真名を与えられて自我を得、生命力を分け与えられて具現化し、契約を交わした。セイエイは契約の主であり、親のようなものだ。
セイエイと契約を交わす前から、真名と自我と姿を保っていた水の精霊は、格が違う。
水の精霊とセイエイの契約も、対等な、いやむしろ水の精霊が主へ加護を与えているような関係だ。
だが、水の精霊がふとした拍子に見せる眼差しは、それだけではないような気がする。
感情に疎い自分にはわからないが。
それが、主を救うものであることを願う。
主は我らには笑顔と労いを与えてくれるのに、自らのことはほとんど省みない。
主が傷つき苦しむのは見たくない。
願わくば、主に少しでも平穏を。
視点がコロコロ変わって申し訳ないです。
口下手(無口系)で、一途で、ちょっとニブい、シュヴァルくんお気に入り。
たぶん、だいたい、セイエイの後ろでぬーって立って見てる(具現化しててもしてなくても)
彼なりに気を使ってるんだけど、気がきく方ではないので、あんまり手も口も出せない。
でもその距離感が、構って欲しくないセイにぴったりで、だいたい一緒にいそう。