POPO
嬉しいのは、誕生日の日。
楽しいのは、雨上がりの午後。
ワクワクするのは、本の扉、
綺麗なのは、庭に咲いていた花。
本をつくる妖精ポポが好きになる
愛しい素敵な世界の物語。
〈一〉
ポポが、はじめてお屋敷にやってきたのは、マアの六歳の誕生日の日だった。
マアはその日、父と乳母に連れられて、夜の誕生会のための買い物のために街に出かけていた。
すべて買い終わって、デザートも素敵なものがみつかり、お部屋に飾るデコレーションもそろったので、お屋敷へ帰ろうとしたときに、
マアはさけんだ!
「あのお店とっても、素敵だわ!」
指さしたのは、とてもレトロな感じのする古書店だった。
マアの父は、くもの巣がはっていそうなその店に入ることを少しためらったが、マアは、素敵!といって、乳母の手をぐいぐいひいて、店に入っていってしまった。
しかたなしに、その書店に足を踏み入れると、やっぱり中もくもの巣がはっているところばかりで、とても長居はできそうに思えなかった。
マアは、何かに夢中にはしゃいでいるようで、あれもこれも素敵だわ!といって店の中をぐるぐる回った。
古い本に使われている表紙の飾りや、綴じ紐、そしてそういう飾りばかりがおいてあるお店の雰囲気が、マアには新鮮で、とても素敵に思えたのだ。
マアの父も、乳母もその本屋には、何もめぼしいものが感じられなかったが、マアが大声で叫んだ。
「この本、素敵だわ!」
父と、乳母はのぞいてみると、その本は、背表紙が、花の輪郭が描いてあり、表紙にはどこか秘密の場所へ続くようなアーチ型の蔓の模様でできた扉が描いてあった。
マアは、これがほしい!と叫んだ。
きっと、中など見ずに選んだのだろうと思いつつ、父はそれを買ってマアに持たせた。
マアは、言った。
「お父様、これからとっても素敵なことが起こるわよ!」
※※※
ポポが目を覚ましたときに、何か揺れているような気がした。
きっと、思い違いだろう。
と、思ったが、なんだか時々がたがたとなっているような感じがしたのだ。
けれど、これは自分が知らないところの話だ。
そう思い、起き上がった。
ポポは、起き上がったときに、あたりを見回した。
ぼくの手直しが必要なところが、まだありそうだな。
一つ一つ直しながら、世界がどんどん広がっていく。
今日も、ポポは世界を作っていくのだ。
〈二〉
マアはお屋敷に帰ってきたときに、真っ先に二階にある自分の部屋にあがった。
お屋敷の一番奥にあって、部屋の中はレースのカーテンとレースのベッドカーテンのついた、お姫様の暮らすような白と淡いピンクで飾られた、マアのお気に入りの部屋だった。
「素敵ー!今日もお部屋もすべて素敵だわ!」
そういいながら、マアが部屋に駆け込んだ。
手には、さっき買ったばかりの古い本を持っている。
その本を、部屋の奥にある窓辺の机の上にのせた。
その机は、中世のようなバラの飾りでしつらえたもので、マアが、部屋で一番気に入っているものだった。
「素敵な本さん。今日からここが、あなたの場所よ。」
といって、机の一番上に上げた。
そこからは、窓から見える木々や、庭が見えた。
机の上には、今朝つんだばかりの真っ赤なクロッカスが飾られていた。
マアは、その様子を見て、嬉しそうに「クスッ」と笑うと、また駆けながら部屋を出て行った。
風がとおりすぎていった。
窓辺から白いカーテンに揺られながら、風が部屋の中を駆けてゆく。
光が、マアの笑い声のように部屋中をかけめぐっていった。
白いカーテンに揺られるようにして、木々の枝もお辞儀した。
素敵なことが、起こる前には、何もかもに前兆がある。
マアの好きな香りが、部屋を流れていった。
花の香りも、蜜のにおいも、木々の踊る風の香りも、光にこぼれる太陽の香りも、その日、マアの部屋は、素敵なことが起こる前兆をたくさん感じてみんなが、喜んでいた。
嬉しそうに、みんなが踊りまわっていたのだった。
ポポは、自分のいる世界以外知らなかった。
世界は、いつもポポが作っていたけれど、それ以外の世界のことはちっともわからなかったのだ。
その日、いつもより揺れが大きいなと思っていたら、すぐにおさまったようだった。
「ふー、驚いたな。いつも起こるこの揺れはなんだろう」
ポポは、また仕事にとりかかった。
風は、いつもよりも強く吹いていた。
いえ、マアの勢いいさんだ駆け足で起こった風かもしれなかった。
マアは、部屋に入ってくるなり、机にあるものをすべてどかした。
そこには、マアがお気に入りだった、シールや、ペンや、髪留めも置いてあった。
けれど、それを全部、机からどかすなり、本を真ん中に置いて目をとじた。
「ああ、神様、ありがとう!なんて、素敵な誕生日なんでしょう。
この本をみたときのワクワクは、最高のプレゼントよ。」
マアは、本に挟んであった栞紐をとった。
ポポの世界が大きく揺れた。
「なんだ!?何かが外れたようだぞ?」
マアは、表紙のアーチ型の蔓を指でなぞって、ゆっくりと表紙をめくって、中を開いてみた。
ポポは、世界に光がさしたことがわかった。
すべてのものに、光がさしてゆく。
そして、ゆっくりとポポのいた世界が照らされていくようだった。
見上げると、光の中に風が吹いていた。
生まれて初めてみる、外の世界だった。
そして、その世界の真ん中で、太陽のような笑顔でいる子供を見た。
ポポが初めて出会う、人間の子供だった。
マアは喜びいさんで叫んだ!
「まあ!なんて素敵なことなんでしょう!わたし、妖精を見つけたのだわ!」
〈三〉
ポポは、びっくりして、すぐに隠れてしまった。
マアは、それをみて、またもや「クスっ」と嬉しそうに笑い、
「妖精さん、わたしは、何にもしないわ。ただあなたとお友達になりたいだけなのよ」
と言った。
ポポは、初めて見る人間の子供に、びっくりして、しばらく隠れることにした。
「まあ、今日は妖精さんは姿を見せないのね。でも、素敵なことを一つ教えてあげる。
今日はね、わたしの誕生日なのよ。これから素敵なことがたくさん起こるんだから。
あなたにもきっと起こるわ!」
そういうと、マアは、本の表紙を開いたまま、嬉しそうに部屋を出て行った。
どうやら、子供がいなくなったようだと思った、ポポは、そっとのぞいてみた。
あたりには、何もかもみたことがないものがたくさんある。
自分が今までいた世界では、知らないようないい香りや、いい音のするものがたくさんあった。
そして、光があたって、とても綺麗な世界だった。
「外の世界がこんなに素敵な場所だったなんて、知らなかったよ。」
ポポは、そういうと本から顔を出してみた。
窓から風が流れ込んでくる。
白いカーテンがゆらゆら揺らめいて、ポポはその姿に思わず叫んだ!
「なんて、素敵なんだろう!こんな世界があったなんて、
ここに住んでいる人たちはさぞかし幸せなんだろうなあ」
いままで、生まれてからずっと本の中ですごしてきたポポにとって、何もかもが真新しく心がときめいた。
ポポは思った。
「本当に、僕にも、素敵なことが起こるかもしれないや」
揺れるカーテンを見ながら、予感にワクワクした。
ポポは本から足を踏み出した。初めての世界に胸がときめいたけれど、ポポのいる世界でのとても大切な約束を忘れたわけじゃなかった。
ポポは、本の世界の精霊だから、本が開かれたときにしか外の世界を見ることができないのだ。
ましてや、本から抜け出すこともできない。
だって、それはとても大切なことだもの。本にとっても、ぼくにとっても。
ポポはあたりを見回した。
ベッドや、机や、本棚があって、綺麗な飾りの電灯まである。
さっきの女の子の部屋だろうなと、ポポは思った。
そして、机の上に置かれているものに目をむけると、ペンや、髪飾りもおいてあった。
どれをみても、どの色を見ても、素敵に思えた。
そして、いい香りが流れてくる。
耳元をくすぐるのは、風だった。
窓辺に目をむけた。
すると、赤く大きな花が飾られていた。
白いカーテンと窓辺によく似合う、赤い花だった。
ポポは、その赤い大きな花びらの上に、ちょこんと座っているポニーテールの女の子がいるのに気づいた。
ずっと窓の外を見ながら座っていた。
ポポは、なんて、素敵な女の子だろうと思った。
赤い花びらにすわって、風がふくとポニーテールが揺れた。
その女の子はポポには気づかずに、ずっと窓の外を見つめていた。
何を見ているんだろう。
友達になれたら、いいな。
ポポは、その女の子がなんだか気になったのだった。
〈四〉
マアのお部屋は、雨の日も素敵だった。
マアは、雨が降る朝は、ふかふかして、ひらひらのレースのカーテンで包まれたベッドから起きるなり
「まあ!今日は、雨粒が時計のベルみたいに、わたしを起こしてくれたのね」
ピンクの大きなリボンがついたネグリジェをひるがえして嬉しそうに、窓のところにかけよると、窓ガラスについた雨粒を内側から指でなぞった。
「なんて、キレイで、ステキなの。」
透明で光る雨粒の雫を、大きなクルクルの目で眺めながら、
「このひと粒、ひと粒は、太陽に光ってキレイだわ!
きっとこれは雨の妖精さんからのお手紙なのだわ!」
マアは、嬉しそうに、ガウンをひらひらさせながらその場で、くるくる踊った。
雨粒が、部屋の窓にあたって、はじけて飛ぶようにマアも、回りながら、踊った。
マアにとって、雨の日はダンスの日だった。
ポポは、じっとその様子をみながら、雨が降っていることや、部屋が、きれいな光がとびかっているように見えた。
ポポの気持ちもあったかくなっていくのだった。
マアは、そのうち、赤い色のワンピースに着替えると、きゃははと走りながら、部屋を出て行った。
マアは出て行くと、ポポは、部屋がとても明るく、目に見えるすべてが喜んでいるように見えた。
窓辺を見ると、あの赤い花の上には、またあの女の子がいた。
けれど、女の子は、少し元気がないような顔をしているようだった。
お話してみたいな。話しかけてもいいのかな。
ポポは、元気がない理由を知りたかったし、どうしていつも窓の外を見ているのか、知りたかったのだった。
女の子は話してくれるだろうか。
そういえば、名前も知らないや。
思い切って、
「あの、お花の上にいる人。すみません」
と声をかけた。
女の子は、驚いたように、こっちを見た。
はじめて、女の子がこちらを見たので、目があってポポはドキドキした。
「あの、すみません」
とゆっくり言ってから、
「あの、ぼく、ポポといいます。あの、名前を知りたいんですが」
ポポがいうと、
にっこり笑って、「ノーバラよ」
と言った。
「ノーバラか、いい名前ですね。
そんなところで、何をしているんですか?」
ポポが聞くと、ノーバラは、少し笑って
「わたしは、この花の精なの。だからいつもここにいるのよ」
と言った。
「そうなんだ!キレイなお花ですね。」
「クロッカスよ」
ポポは、嬉しくなった。
本の世界しか知らなかったので、いろんなことがめずらしかった。
「ねえ、ノーバラ。きみはいつも外を見ているけれど、何をみてるの?」
ノーバラは、少し黙ってからゆっくり一言ずつ話し出した。
「あのね、ポポ。わたしたち花の精は、花が枯れると、わたしたちもいなくなってしまうの」
「ええ!」
ポポはびっくりした。ポポが本の中でしか暮らせないように、世界にはいろんなきまりがあるんだろうなと、ポポは思った。
「花が咲いている間にしか生きられないの。
でもね。わたし、好きな人がいるのよ。その人を毎日眺めているの」
ポポはもっとびっくりした。
好きな人って、どんな気持ちなのだろう。
ノーバラは
「あの人と、話したこともないけれど、眺めているだけで嬉しい気持ちになるの」
と言ってから、少し寂しそうに、
「けれど、わたしは、この花が枯れるころには、
次の命として別の花のところにいかなければいけないわ。
もう、あの人に逢うこともできないし、
わたしが、あの人を好きになったっていうこの気持ちも消えてしまうのかしら」
ノーバラは、そういうとしくしくと泣きはじめた。
ポポは、好きという気持ちはまだよくわからなかったけれど、ノーバラが泣いているのをみるのは、悲しかった。
「その人は、どんな人なの?」
「マアのおにいさんなのよ」
ポポは、マアにおにいさんがいることを知らなかったし、
人間を好きになったノーバラは、とても大人でステキに見えた。
「ぼくに何かできることはある?」
ポポがいうと、ノーバラは
「あなたはどんな世界に住んでいるの?」
ポポは、自分のいる本の世界を話し始めた。
「みんな、本をよんでいると、ワクワクしたり、うれしくなったり、
感動したり、そこに本当に世界が広がってるように思うだろう?
ぼくたちは、そういう本の中の世界をつくってるんだ。
だから、何度も同じ本を読んでも、読むたびに違った感動や、楽しさが沸いてくるのは、
ぼくたちが、本の中の世界をすこしずつ広げているからなんだよ。
読むたびに、新しい世界を読むことができるんだ。」
ノーバラは、楽しそうに聞いていた。
「わたし、このお花の上にずっといるから、他の世界のことを聞くのははじめてよ。
楽しいわ」
ニッコリわらう、ノーバラを見て、ポポも嬉しくなった。
「どうして、そのお兄さんのところに飛んでいって、好きなことを伝えないの?」
ノーバラはかぶりをふって、
「ううん。
わたしはね、いまのままで十分満足なの。
寂しい気持ちになることもあるけれど、わたしが誰かを好きって、
こんな気持ちになれただけで、感謝したいくらいステキなことだと思ってるの。
ずっと蕾の中にいて、そこからはじめて外を見たときに、
はじめに見たのが、お兄さんだったのよ。
この花が散ってしまえば、もう逢えなくなるわ。
だから、いま生きている間中、ちゃんと見ていたいのよ」
好きな人ができたことがないポポは、ノーバラの気持ちはよくわからなかった。
けれど、大好きな人がいて、大切にしようとしてる気持ちがあるノーバラを見ていると、
自分も好きという気持ちを味わってみたいなと思った。
「いつか、ぼくも、好きな人ができたら、きみと同じような気持ちになれるかな」
そういうと、ノーバラはニッコリ笑ってうなづいた。
「きっと、あなたも好きって気持ちを、好きになれるわ」
夕方になって、雨がやむと、部屋の中にオレンジ色の夕日が差し込んできた。
庭で、マアの大きな歓声が聞こえる。
「お兄様!やっと逢えたわ!今日はマアとたくさん一緒にいてちょうだいね!」
マアが嬉しそうにクルクル回っている様子が
窓の方から聞こえてきそうだった。
ノーバラは、頬を少し高揚とさせ、目を細めながらじっと窓の外をみている。
その横顔を見て、ポポはキレイだなと思った。
「マアのお兄さんは、どこかへ行っていたの?」
ノーバラはポポの方を見て
「今は、学校の寄宿舎に泊まっているのよ。」
「え、じゃあなかなか逢えないじゃないか。学校は遠いの?」
「ええ、たぶん遠いところだと思うわ。」
ノーバラはちょっと寂しそうに言った。
その様子を見ていたポポは、
ぼくに何かできたら、いいのになと思った。
夜になって、マアは、廊下を走りながら部屋に飛び込んできた。
嬉しそうに顔がキラキラしている。
「今日は、本当にステキな日だわ。お兄様が帰っていらしたんですもの」
キャハハと笑いながら、クルクル回った。
「あさってにはまた学校に帰られてしまうから、
明日はもっとたくさん一緒にいなきゃ。
けど、みんなお兄様のことが好きだから、あたしが独り占めしたら、悪いわね。」
と少し考えるようにしてから、
「そうだわ!みんなでお兄様と一緒にいればいいんだわ」
いいことを思いついた!というように飛び跳ねて手をたたいた。
マアはそれから、楽しそうにベッドに入ってゆくと、
「妖精さん、みなさん。また明日も遊びましょ。おやすみなさい」
そういうと、静かに寝入った。
マアの声が聞こえなくなると、ポポは、本から顔をだして、思った。
自分のいる本の世界みたいに、外の世界も作れたらいいのに。
そしたら、ぼくは、マアみたいに、
みんながきっと幸せになる世界を作るんだ!
ポポは、そう思うと、星明りを見ながら、祈った。
〈五〉
朝がやってきて、小鳥たちのさえずりが聞こえ始めていた。
ずいぶん、陽が上っているように感じて、ポポは本から顔を出してみると、ベッドは、マアの寝ていたまんまに、シーツも掛けもくしゃくしゃになって、マアの姿はなかった。
外からは、マアが走り回っている声がする。
「ほら、こっちよ~!早くいらして~」
誰かと遊んでいる声がする。マアの歓声を聞いて、たぶん、マアはお兄さんと遊んでいるんだろうなとポポは思った。
窓辺を見ると、クロッカスの上に、ノーバラが座っていた。
窓の外を見ながら、黙っている。
ポポは声をかけた。
「おはよう!今日はいい朝だね。雨も上がって、いい天気になったね」
ポポがいうと、ノーバラは、元気なく返事をした。
「うん。そうね」
どうしたんだろう、ポポは思って、
「どうしたの?マアのお兄さんがもうすぐ帰っちゃうから、元気がないの?」
と声をかけると、ノーバラはポポを見て、ポロポロ涙がこぼれ始めた。
「あのね、あたし、もうすぐここから去らなきゃいけないみたい」
ポポは急なことに驚いて、
「どうしてさ!どっかへ行っちゃうの?」
「違うの」
ノーバラは、首をふりながら、
「もうすぐ、この花が、枯れてしまうからよ」
と言った。
ポポは、とても悲しい気持ちになった。
そんな。花が枯れたら、もうノーバラに逢えないなんて。
せっかく友達になれたのに。
ノーバラみたいに、外の世界の友達がいなかったポポには、もう、逢えなくなるということが、どんなに寂しいことか想像もつかなかった。
ポポは、初めて、胸がぎゅっとなった。
ノーバラはそのまま、しくしくと泣いていた。
ポポは、どんな声をかけたらいいかわからなくて、黙ってしまった。
神様がいるなら、あの花が枯れないようにしてください。
そう祈るしかなかった。
その日の夜、ポポは胸がぎゅっとなっていて、寝れなかった。
ノーバラと逢えなくなるなんて、どんなに、寂しいことだろう。
本から顔をだして、夜の星明りの中、考えていた。
ぼくにできることがあればいいのに。
そのとき、ポポにピンとひらめいた。
「そうだ!ぼくに出来ることは、本をつくることだもの。やってみよう!」
そういうと、本の中に入って、何かごそごそと、やりはじめた。
星が、優しく見守るように部屋の中を照らしいた。
あくる日の朝、鳥のさえずりで、目を覚ましたマアが、
部屋の様子が違うことに気づいた。
「あら?お部屋の中の、なにかが違うみたい。」
香りかな?
何か家具がうごいたかしら?
それか、動物でも入ってきたかしら?
マアは、宝探しをするように、うふふと笑いながら、部屋の中をキョロキョロ見て回った。
「あ!見つけたわ!」
机においてあった、誕生日のときに買ってもらった蔓の模様が描かれた本だ。
その本が、開かれてあって、そこに何か書いてある。
マアは、ゆっくりとその文字を読んでいき、読み終わると、キャハハと嬉しそうに笑った。
「本の妖精さんから、あたしにお手紙が来たわ。なんてステキなんでしょう!」
マアは、本を抱き寄せて大切そうにキスをしてから、
「妖精さん。あなたのお手紙読んだわ。
あたしも、あなたに協力するわ。なんて、トキメくのかしら。ステキなお手紙嬉しいわ」
そういうと、マアは、窓辺を見て、ニッコリ笑った。
ポポは、本の中に隠れながら、その様子を見て、嬉しそうに胸をなでおろした。。
さて、ポポは、マアにどんな手紙を書いたのでしょう。
〈六〉
午後になってから、庭でマアの声がした。
「お兄様、きっとすぐにいらしてよ。マアともっと遊んでくれる日を作っていらしてね」
マアは、大きな声で、別れのあいさつをしていた。
窓辺では、ノーバラが、大好きな人が去ってゆく姿をじっと見ているようだった。
「もう、あの人に逢えるのも、これで最後だわ。
次にあの人来るまで、わたしはここにいないもの」
ノーバラは、寂しそうに言っていたが、今日は泣かなかった。
ポポは、やっぱりそんな顔をするノーバラを見ていると、胸がぎゅっとなるのだった。
「もし、もう一度、マアのお兄さんに逢えるとしたら、どうする?」
ポポが聞くと、ノーバラは、
「ううん。
わたしはね、この花の精になって、あの人に逢えただけでもう十分なの
人を好きになって、好きって気持ちがこんなに幸せなんて。
それで、もう十分幸せ。
次の命のところにも、この気持ちを持って生きたいわ」
そういうと、ポポを見ながら、ニッコリ笑った。
その笑顔が、太陽の光をあびて、とても綺麗に見えた。
ポポは、自分がノーバラのことを、好きなことに、その時はじめて気がついた。
ポポは幸せを感じた。
ぼくは、こんな幸せな気持ちを味わえるなんて。
ノーバラは、嬉しそうに、
「ポポ、あなたに逢えたことも、わたしにとってとても宝物よ。
二人でいろいろお話できて、とても嬉しかった。」
ポポは、そういってくれたノーバラの手をとりたいと
思ったけれど、本から離れられないポポと、花から離れられないノーバラは、
触れ合うことができなかった。
「ぼくは、きみに出会えて、本当に嬉しかった。
本の世界以外で、ぼくのことを知ってくれる人がいるなんて。
きみに出会えたことは、ぼくにとってとても大きくて、何より嬉しいことだよ」
ポポは
「ノーバラ、きみが好きだよ」
そういうと、ノーバラは、綺麗な笑顔を見せながら笑ってくれた。
「あたしもよ」
ポポも笑うと、
二人は、はじめて心が触れ合ったように思った。
夕方になって、ノーバラが少しずつ透けてきていることに気づいた。
「もうすぐ、お別れね」
ノーバラは力なく、笑った。
マアは夜、部屋に入ってくると、机の上に大きな紙を広げた。
「うふふ。これから、ステキなことが起こるわよ」
そういうと、机のスタンドの明かりの中、なにやらし始めた。
ポポは本の中に入ったまま、そのまま寝てしまった。
〈七〉
あくる日の朝、ポポが目覚めると、窓辺にクロッカスの花がなくなっていた。
ポポは、驚いて、部屋の中を見渡したが、花瓶も見当たらない。
ノーバラの姿もなく、その日一日、ポポは一人で過ごした。
ぼんやりと外を眺めて、緑の葉が揺れたり、風が吹いたりするのを感じながら、ポポは、ノーバラに逢いたいなと思った。
一人で過ごす、一日は、とても長く感じられた。
※※※
それから、三日くらいして、
マアが、嬉しそうに駆け込んできた。
「妖精さん!妖精さん!」
本のところにやってきて、そう呼んだ。
ポポは、目を覚まして、何事かと少し顔を出した。
すると、にっこり笑うマアの顔が飛び込んできて、こういった。
「妖精さん。あなたのご要望通りにしたわよ」
うふふと、嬉しそうに言うと、マアは赤い紐のついた四角い紙のようなものを見せた。
「ほらね」
その中には、赤い花びらが栞になって、咲いている。
そして、花びらのところに、ノーバラがいた。
ポポは、ノーバラに逢えた喜びで、本から飛び出した。
ノーバラは、恥ずかしそうにポポを見て、笑った。
「マアがね、花を栞にしてくれたの。だからわたし、ずっと生きていられるの」
ノーバラは、嬉しそうに言った。
マアは、うふふと笑うと、楽しそうに、くるくる踊りだした。
ポポはなんて、ステキなことだろうと思った。
栞になったノーバラは、ポポの本に挟まれることになった。
ポポは、本の世界の中にノーバラがやってきてくれるなんて、夢でも見ているのかと思うほど、嬉しかった。
ポポは本の世界を思う存分、ノーバラに見せてあげた。
ノーバラは、ずっと嬉しそうだった。
ポポは、好きな人とずっと一緒にいられる幸せをかみしめていた。
これからは、ずっとノーバラと一緒にいられることが、
どのくらいステキなことか、本に書きたいと思った。
ポポは、本の世界の中で、たくさん幸せをつくり、その本を、マアは大人になるまで読んだ。
あるとき、ポポの本の世界がガタガタ揺れて、ページがめくれて本が開かれると、そこには大きな目で覗き込むように女の子がいた。
女の子は、大きな目でポポを見つめて、ニッコリ笑った。
ポポは、驚いて、はじめて自分がマアと出会ったときのことを思い出し、マアがやってきたのかと思った。
女の子は、
「はじめまして、妖精さん。
あたしは、マアの娘の、リアよ。よろしくね」
と言って、嬉しそうに笑った。
新しい風が窓辺から吹いていた。
机も鏡台もマアが使っていた部屋は、今はリアの部屋になっていた。
そして本も、マアがリアにプレゼントしたのだった。
「ママがね、言ったの。
この本の中には、とてもステキなお話があるんだって。
そして、そのお話は、ママも妖精さんと一緒に作ったんですって」
そういって、リアが本にキスをして嬉しそうに抱きしめた。
「ああ、どんなお話かしら。どうして、妖精さんは本の中にいるの?
ママとはお友達だったの?なんてステキなんでしょう」
リアが楽しそうに抱きしめる本の中で、ポポは、幸せな気持ちになっていた。
「ぼくの作る本の世界が、笑顔を増やしていたら嬉しいな」
ノーバラは、美しいままの花びらの影からポポを見ていて、言った。
「あなたが、この本をどんどん好きになって、愛でいっぱいにすればいいのよ」
「そんなことが、笑顔になるのかい?」
ノーバラは、綺麗な笑顔で笑って言った。
「もちろんよ!
あなたが好きになる世界は、みんなも好きになるわよ」
ポポも、笑った。
自分の作ったこの世界が、ノーバラのことも笑顔にしているのかなと思うと嬉しかった。
ノーバラは、ポポに言った。
「あたしは、あなたの作る世界が大好きよ。
あたしの幸せは、この本の世界の中にこうしていられることよ」
そう言うと、ポポの頬にキスした。
ポポは、嬉しくて泣き出してしまった。
ノーバラは、それを見て、嬉しそうに笑った。
リアは、そんな二人を見ながら、空中にキスを投げた。
「ああ、神様。この世界はなんてステキなことでいっぱいなんでしょう。
どうか、この幸せが世界中の方に届きますように」
-POPO-おわり
このたびは、『POPO』を読んでくださって、ありがとうございます。
あるとき、本と花という言葉のイメージから、本の妖精ポポと花の妖精の話を書くことを考えました。
そこに、元気な幼子マアがやってきて、書いていく中で、とても楽しく幸せな気持ちを綴っていきました。
マアは、きっと誰の中にでもいる幼子。
いつも素敵なことだけを見つける天才です。
楽しいことと、素敵なことがマアの世界を駆け巡っていくように、
きっと、わたしたちも素敵な世界が見えてくるような、そんなファンタジーとして誰にでも読んでいただけたら嬉しいと思います。
書いている間の素敵な時間をありがとうございます。
ポポとマアへ、感謝をこめて。