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「見て、セレナ!!」


 はい、お嬢様。見ておりますよ。テーブルの上に積みあげられた色とりどりのプレゼントの箱。私たちがいないすきに、悪魔自ら運びこんだのでしょうね。花束とネックレスに続いてこの量。悪魔の思いは重いです。


「贈り物が届いているわ!!」


 はい、見えておりますよ。その贈り物の上に乗せられた悪魔の直筆メッセージが。


「レオ様からよっ」


 はい、見えておりますよ。にやにやしながら、そのカードを書く悪魔の幻が。


「読むわね」


 本当は、遠慮したいのですが。


「入学おめでとうアニー。かわいいアニーが学園で不埒な輩に絡まれることがないか心配で仕方ない」


 お嬢様の周りで一番の輩は悪魔で間違いありませんけど。


「アニーと同じ年に産んでくれなかった母上を呪いたくなる。なんて冗談だけれど、アニーと一緒に学園へ通いたかったよ」


 いやいや、その冗談、全然冗談に聞こえないですから。それに悪魔がお嬢様と一緒に学園へ通う気満々なのを知っていますから。お嬢様にはもちろん内緒ですけど。


「私の代わりに、この髪飾りたちを一緒に学園に連れていってくれないかな」


 この大量のプレゼント、もしかして全部髪飾りなのですか? 正気ですか? 髪飾り以外にも学生に必要な物、山ほどありますよね?


「セレナ、開けてみてくれない?」

「はい、お嬢様」


 大粒のパールのついたリボンが、紺、緑、紫、赤、ピンク。五つも色違いとか、全部お嬢様に似合いそうで選べなかったのでしょうね。優柔不断な悪魔ですこと。


「まあ、素敵!」


 お嬢様、パールお好きですものね。清純なお嬢様にパールはぴったりだと私も思います。

 それから、エメラルドとダイヤの髪飾り、エメラルドとアメジストの髪飾り、こちらはパーティー用ですね。素晴らしく豪華ですけど、お嬢様の瞳のエメラルドと悪魔の瞳のアメジストの組み合わせの髪飾り、これで何個目でしょうね。似たような物ばかり贈らないでほしいです。お嬢様はサファイアもルビーも、宝石なら何でもお似合いになられますよ。


「まあ、素敵!」


 結局のところ、お嬢様もエメラルドとアメジストが一番お好きですものね。宝石はいくつあっても困りませんから、まあ、よしとしましょう。

 次はレースのリボンですね。十本以上はあります。白い清楚なものから、鮮やかなカラーのものまで、これは使い勝手がよさそうですね。


「まあ、素敵!」


 お嬢様、さっきから素敵しか言っていませんよ。


「これは何でしょう。髪飾りにしては少し重いような」


 お嬢様が開けてみてと目でおっしゃっています。


「日記帳のようです」


 紺色のベルベッドのシックな表紙で鍵つきです。それをお嬢様へ手渡します。


「まあ、こちらにもカードがついているわ」


 すごく嫌な予感がします。


「愛しのアニーへ。学園での二年間は一生の財産となるのだから、いつでも振り返ることができるように、学園での生活を毎日これに綴ってください。君のレオポルドより。ですって」


 お嬢様、聞きたくなかったです。盗聴だけでは飽きたらなくなった悪魔が、お嬢様の心内を覗き見るために、これを書かせるつもりなのですよ、きっと。お嬢様が寝静まったあとや授業中に、この日記を盗み見る悪魔の姿が私にはリアルに想像できます。


「私、今晩から、日記をつけるわ」


 胸に悪魔の日記を抱いたお嬢様をとめるすべを私は持ちません。無力な私をお許しください、お嬢様。


「ねえ、セレナ」

「はい」

「レオ様はまだかしら」


 来ていないのですからまだでしょう。きっと自分を立てなおすのに時間がかかっているのですよ。悪魔は存外初心ですから。


「お父様たちとお話ししてらっしゃるのかしら」


 旦那様たちは喫茶室にいらっしゃいましたね。このあと予定されている入学祝いの舞踏会を見学されてから帰られるらしいです。


「どうでしょうか。ただお嬢様はドレスにお着替えにならないとなりませんから、あまり時間はありませんね」

「そうよね、レオ様にエスコートしていただくのだから、少しでもきれいに見えるように背伸びしないと」


 お嬢様が背伸びなさったら、悪魔の身長を追い越してしまいますよ。


「お嬢様はそのままで十分おきれいですよ」

「セレナは私に甘いのだから」


 いえ、本心ですよ。

 お嬢様が物憂げな表情でため息をもらされました。


「入学式にはね、きれいな方がたくさんいたの。その方々がみんな、レオ様に憧れのまなざしを向けていたのよ。殿下ももちろん人気でいらしたけど、レオ様のほうがおモテになるみたいなの」


 悪魔の本性を知らない方々でしょうね。多分、爵位の低いご令嬢方や、辺境の地のご令嬢方でしょう。そういう方々にとって殿下は雲の上すぎますし、悪魔が公爵家次男で、伯爵だということも知らないのでしょう。ただ見栄えのいい魔法省の職員としか認識されていなかったのではないですかね。だって侯爵家以上のご子息ご令嬢は悪魔の恐ろしさを知っているので、近寄ってもきませんからね。


「レオポルド様に熱いまなざしを送られる方がいらっしゃったのでしたら、お嬢様を見つめるご子息もたくさんいらっしゃったでしょう」


 というよりも、ほとんどのご子息がお嬢様にのぼせられたのではないでしょうか。


「セレナ、いつも言っているけど、私はちっともモテないのよ。今日だって、目が合ってもみんなすぐにそらしてしまわれるし」

「それはお嬢様がお美しすぎるからでは?」

「セレナ、悲しくなるから、そういう慰めはやめてちょうだい。みんな、怖いものでも見たみたいに、私から視線をそらすのだから。勘違いのしようもないのよ」


 お嬢様はふーっと長いため息を吐かれました。おかわいそうに、悪魔がお嬢様のそばで威圧しまくっていたのでしょうね。そうとしか思えません。


「それは怖がられたわけではありませんよ、お嬢様。断言できます。男性というのは、美人すぎる女性には好意を通り越して、畏れを抱くものです。思春期の男性にとって、お嬢様はまぶしすぎたのです」


 プラス悪魔の威圧が怖かったのでしょう。


「信じられないわ、セレナ」

「お嬢様、学園生活が始まれば、私の言葉が嘘や慰めなどでないことがおわかりになりますよ」

「そうかしら?」

「はい。それにレオポルド様はお嬢様一筋なのですから、ほかのご令嬢のことなど、気になさることはございませんよ」

「でもね、セレナ」

「はい」

「私は中流の伯爵家の娘で、取柄もない平凡な十四歳。それに比べてレオ様は公爵家の次男で、ご自身は伯爵。魔法騎士団と魔法省の両方に籍をおく優秀な方。しかもあの麗しい見た目、おやさしい性格。はっきり言ってつり合わない。そうでしょう?」


 たしかにつり合いませんが、それはお嬢様のお考えとは真逆に天秤が傾くという意味ですよ。しかしそうは言えません。


「お嬢様、私から見てお二人は美男美女で、互いを強く思い合っておいでです。つり合わないなどと滅相もございません」


 悪魔の性格には難ありですけど。


「そうかしら?」

「お嬢様、あの花をご覧ください」


 私はマーサさんがきれいに活けてくれたチューリップとかすみ草を指さします。


「お忙しいレオポルド様自ら、朝から花屋でお買い求めになられたそうですよ」


 聞いていませんが、多分そうです。


「それにその素敵なネックレスも、この髪飾りの数々も、すべてレオポルド様がお嬢様を思って買い揃えられた。ここまでしてくださるレオポルド様の愛情をお嬢様は疑われるのですか?」


 お嬢様を慰めるためとはいえ、なぜ悪魔の愛を熱弁しているのでしょうか、私は。


「疑ってなど、いないわ、ただ自信がないだけなの」


 もう一押しですね。


「疑心は愛に影を落とします。お嬢様はレオポルド様を信じていらっしゃれば、必ず幸せになれます」


 どうせもう悪魔からは逃げられないのですから、悪魔に幸せにしてもらうしかないのですよ、お嬢様。

 悪魔の愛し方の異常さに、お嬢様が気づかれませんように。


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