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「レオ様は行かれなくてもよいのですか?」


 それ、私も思っていました。殿下を守るために、魔法騎士としてここにいるのでは?


「ギルバートの護衛は夜だけなのだよ。昼は基本的には魔法省へ行くことになっている」


 忙しいアピールです。本当は魔法省へは毎日行かなくてもよいことになっていますよね? そういう約束で入省されましたよね?


「それではレオ様が休む暇がないではないですか」

「適当に休むよ。それに夜の護衛といっても、起きている必要などないからね」


 高スペックアピールです。たしかに悪魔ほどの魔力の持ち主なら、わざわざ寝ずの番をする必要がありません。寝る前に結界を張ればいいだけです。悪魔の結界を破れる人間はこの世界にはいないでしょう。もし悪魔の結界を破れる人間がいたとしたら、そのときはもう殿下を守るすべなどありません。


「でも」


 お嬢様、悪魔のアピールに引っかからないでください。悪魔の思うつぼです。


「そんなに心配してくれるなら、アニーが私を癒して」


 はあ。悪魔が甘い空気を作ろうとしています。ここにはお嬢様のご家族もいらっしゃるのですよ。旦那様、もう目が死んでいます。奥様は容認派ですから、ノーダメージですね。ラインハート様は……逃げました。入学式の行われる講堂へ一足先に向かわれたのでしょう。


「……はい。私がレオ様を癒せるのでしたら、何でもします」


 何でもするとか、簡単に言ってはいけませんよ、お嬢様。ほら、悪魔がよからぬ想像をして、自爆しています。悪魔のくせに首まで真っ赤ですよ。


「レオ様、お顔が少し赤いです」


 お嬢様が追い打ちをかけます。


「…………」


 悪魔はだんまりです。


「ああ、なんだ、私たちも先に行っているから、アンはレオポルド伯爵と一緒に来なさい」

「はい、お父様」


 旦那様逃亡です。奥様も仕方なくあとを追われました。


「もしかして、レオ様、お熱があるのでは?」


 ええ、お嬢様にお熱ですよ。


「失礼します」


 ずっと壁に徹していた兄様がカットインしました。


「レオポルド様、仕事の時間が迫っています。早くアン様へ入学祝いをお渡しにならないと」

「そうだな」


 まだ赤い顔をしていますが、悪魔が持ちなおしたようです。


「お仕事なのですか?」

「……ああ」


 悪魔、まだ完全復活ならず、でした。兄様がフォローします。


「本日、レオポルド様はギルバート殿下の入学式の記録映像を撮る仕事を任されているのです」

「レオ様は記録映像の第一人者ですものね」


 そうなのです。魔法で記録映像を撮るという画期的な魔法道具、魔法映像記録機なるものは悪魔が開発し、その記録映像技術においても悪魔の右に出るものはいないのです。

 悪魔は天才です。お嬢様に出会われる前も魔法道具を作ることを得意としてはいましたが、お嬢様に出会われたあとの悪魔は才能を爆発させました。お嬢様の完璧な姿絵がほしいがために、魔法でありのままの姿を紙に写す魔法道具、魔法絵機を作られました。初めは白黒だったそれを、カラーにし、さらには動くお嬢様を記録するために、魔法映像記録機を作り上げました。今では王国の重要行事はすべて魔法絵と魔法映像に残されています。その技術は大金を生み、悪魔は億万長者です。多分、もう働かなくても一生生活には困りません。どこまでも嫌味な悪魔なのです。


「それではレオポルド様、こちらを」


 兄様がチューリップの花束を悪魔に渡します。


「アニー、入学おめでとう」


 サプライズは大成功のようです。お嬢様、そんなにうれしいのですか。涙が流れておりますよ。もったいない。


「涙が……」


 悪魔がお嬢様の涙を手の甲でやさしく拭いました。いやらしい顔で。


「レ、レオ様っ」


 お嬢様、まだ花束受け取ってないのですよ。早く受け取ってください。


「アニー、この花束が泣くほど嫌かい?」


 悪魔は確信犯です。お嬢様が感動で泣いているのがわかっているくせに、こうして訊くのです。


「……ううん…………ちがっ……」


 お嬢様はうつむいてしまわれました。かわいすぎます。


「泣かないで、アニー」


 おい、悪魔。お嬢様の髪を勝手に撫でないでください。両サイド編みこみのハーフアップは結いなおすのには時間がかかるのですから。それにしてもお嬢様からの攻撃には弱いくせに、自分から行くのは平気な悪魔の不思議。


「ね、アニー」


 悪魔、調子に乗りすぎです。お嬢様のきれいな御髪にキスしないでください。というか、お嬢様のどこにも悪魔がふれていい場所なんてないのですよ。


「お嬢様、せっかくのレオポルド様のご厚意をお受け取りにならないと」


 これ以上、悪魔にお嬢様を好き勝手されてなるものですか。


「そうよね……セレナ」


 お嬢様がやっと顔を上げられます。目尻に涙が残るお嬢様のお顔は、朝露を身に纏った白バラのように可憐でございます。ああ、尊い。


「レオ様、ごめんなさい」

「いや、アニーは泣き顔もかわいかったよ」


 自分で言って、自分で照れないでください。悪魔の照れ顔とか、誰も見たくないですよ。


「レオ様ったら」


 お嬢様、ちょろすぎます。どうして悪魔を王子様のように見つめるのですか。ああ、そうでした。悪魔の外見は絵本の中の王子様でございました。

 十八歳の悪魔ですが、見た目年齢は四つ下のお嬢様とそう変わりません。まだ幼さの残る甘い顔立ち、線の細い身体に、百五十センチ弱のお嬢様よりは高いですが、平均を下回る百六十センチそこそこの身長。どうやら悪魔はその身に宿す強大な魔力の影響で、身体的な成長が遅いらしいのです。悪魔の家系ではよくあることらしく、悪魔の祖父君の前公爵マクロス様も二十代後半まで背が伸びつづけたと言っておられました。ちなみにマクロス様はもう六十歳を超えておられますが、四十歳前後にしか見えない美丈夫です。悪魔の血脈は恐ろしいのです。

 マクロス様は還暦を機に家督を譲られ、魔法騎士団団長を退かれて、領地で前公爵夫人と悠々自適生活を送ろうと計画されていたのですが、国王陛下の懇願を受け、現在も王都に留まり、魔法騎士団の特別名誉顧問をなさっておいでです。どうして陛下がそこまで強く請われたのかといえば、あの悪魔を制御できるのがマクロス様だけだからでございます。


「さあ、受け取って」


 微笑みの悪魔がはにかみの天使へ花束をさし向けます。


「はい」


 お嬢様が念願のピンクのチューリップの花束を手に入れられました。


「ありがとうございます、レオ様」


 お嬢様の掛け値なしの最高の笑顔炸裂でございます。


「……ああ」


 あさってを向いた悪魔。そして、そのままで話し始めました。


「寝不足だと言っただろう」


 唐突ですね。


「はい」

「実は昨晩、珍しく恋愛小説を読んでいてね」


 嫌な予感がします。嘘の匂いがぷんぷんしています。


「つい遅くまで読んでしまってね」

「そうなのですか?」

「ああ『純愛日和』っていう本なんだけど、アニーは知ってる?」

「はい! 私もつい先日読みました」

「それは奇遇だね。では、ピンクのチューリップの意味を?」

 

 悪魔渾身のきめ顔。


「はい!!!」


 お嬢様、花束ごと抱きついてはいけません。チューリップがかわいそうです。それから悪魔は誠実とは対局の存在です。

 悪魔は瀕死ですが、無視して、花束を回収します。


「マーサさん、これ、お嬢様のお部屋にお願いします」


 一部始終を見ていたマーサさんに、かすみ草の花束とチューリップの花束を託します。

 兄様と目が合います。お互い、苦労しますね。アイコンタクトです。


「まだなんだ」


 兄様が私にだけ聞こえるボリュームで言いました。その手にはプレゼントの箱があります。ああ、悪魔は花束以外にもプレゼントを用意していたのですね。


「入学式に遅れてしまいます」


 私も小声で兄様へ言います。


「それは大丈夫だと思う。殿下がまだ下りてこないから、入学式は始められない」


 そうでした。殿下、まだ鼻血が止まらないのでしょうか、心配です。

 

「レオポルド様」


 兄様が少し声を張りました。悪魔は反応しませんでしたが、お嬢様が悪魔から離れます。


「お嬢様、制服が乱れてしまいましたよ」


 それほどではないですが、時間稼ぎにお嬢様の制服と髪を直します。早く復活してくださいね、悪魔。


「ねえ、セレナ、さっきの話聞いていて?」


 お嬢様の声がスキップしています。


「はい」

「レオ様も『純愛日和』読んだのですって」


 お嬢様が一昨日読まれた本のタイトルは『純愛日和』というのですね。知りませんでしたよ、さっきまでは。悪魔はきっと、お嬢様のお部屋へ転移して、チューリップが出てくる本を探したのでしょうね。なんという執念の早業。


「運命よね」


 いえ、犯罪です。盗聴と不法侵入です。


「私、レオ様のことがこんなにも好きで、何だか怖いわ」


 私も怖いです。あんな悪魔がお好きだなんて。


「ねえ、セレナ、あなた聞いていて?」

「はい、お嬢様。私が思うに、レオポルド様のほうがお嬢様を深く愛していらっしゃいますよ」


 残念ながら。


「まあ、セレナったら」


 お嬢様、誠に残念ながら、悪魔の愛は本物です。人外の悪魔なので、お嬢様のためなら犯罪も躊躇しません。多分、お嬢様が望めば、国も滅ぼします。だからお嬢様、悪魔の愛の本質には一生気づかれませんように。



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