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「そろそろいいか、セドリック?」
悪魔がセドリック殿下を仰ぎ見ます。
「そうだね。味方の援護も合流もないし、力量はわかった。そろそろ捕獲しようか。いくら甚大な魔力持ちといっても、これだけの人数に防御魔法をかけつづけるのは大変だろうしね」
この会場中の人間に防御魔法をかけているということでしょうか。そんな桁外れの魔法、いくら悪魔とはいえ可能なのでしょうか。そして魔力は大丈夫なのでしょうか。
「魔力に問題はないが、いくら結界の中にいるとはいえ、アニーにこれほども攻撃を向けられているのを見るのがもう限界だ」
そう言うと悪魔は消えました。転移です。悪魔がどこに行ったのかはわかりません。目で追う気力がないのです。
「レオはせっかちだね、レックスの声を戻さずに行っちゃったよ」
「殿下、ではこちらの尋問を先に」
セドリック殿下の前に、兄様が黒づくめの刺客を一人、引きずっていきます。
「そうだね。ではお前はどこの誰かな?」
「…………」
そう簡単に刺客が口を割るとは思えません。黒づくめの刺客はギッと殿下を睨み上げています。殿下も厳しい視線を刺客に返します。その様子を私は攻撃を受けつづける結界の中、ギルバート殿下の歌声を聴きながら見ています。
「意地を張ったところでつらいだけだよ。もう胸の中に忍ばせている毒も解毒ずみだし、武器はすでにない。舌を噛もうとしても、すぐに魔法で動きをとめられるしね」
セドリック殿下が蔑むような瞳で見下ろします。
「殿下、お遊びはおやめください」
兄様が殿下に声をかけます。
攻撃魔法がやみました。悪魔が刺客を捕らえてくれたのでしょう。肩の力が抜けていくのがわかります。お嬢様を包む腕にも力が入りづらくなりますが、悪魔が迎えに来るまではと、歯を食いしばって腕に力を入れつづけます。
「レジナルドは厳しいね。仕方ない。では始めるか」
殿下が黒づくめの男へ何か小声で話しかけましたが、私の耳には届きませんでした。
「俺たち四人は金で雇われただけだよ、そこの騎士に。元々は山賊だ。先週、そこの騎士に取っ捕まって、牢に入るかわりに王太子を襲えって言われたんだよ。それ以上は何も知らねえ」
殿下は何を言ったのでしょうか、刺客がペラペラと事情をしゃべりました。黒幕は騎士レックスのようです。
「レオポルド様が戻られるようです」
兄様です。
「そうだね。レオはまったく、十八にもなって、まだ力加減もできないようだ」
殿下が呆れたような声を出されます。
「セドリックすまない」
悪魔が転移で戻るなり謝罪を口にしました。珍しいこともあるものです。
遠くから、護衛騎士数人が氷漬けにされたドレス姿の女性を運んでくるのが見えます。
「死んではいないけど、あれって、しゃべれないよね?」
「だから、すまないと言ってるだろ」
「謝るくらいなら、しっかりと働いてもらわないとね、お前にいくら払っていると思っているんだい?」
「まだ給料日は一度も来ていない。それにいくらもらえるのか知らないが、それがいくらであっても破格の安さであることには間違いがない」
「相変わらず自己評価が高すぎるね、本当にかわいくない」
殿下と悪魔が会話しているうちに、到着した氷漬けの女性に兄様が縄をかけます。もちろん魔法縄です。運んできた護衛騎士の皆様は直立不動で殿下の指示を待っています。
「お二人とも、いい加減になさってください。安月給でどれだけ私をこき使うおつもりですか」
兄様が仲裁に入ります。いえ、抗議でしょうか。
「今の月給の倍出そう。私の元へ来いレジナルド」
「殿下、まずはここを片づけ終わってからにしてください」
「そうだね。外に応援の騎士が到着している。レックス以外は連行しなさい。責任者はいないんだよね、まったく。レオ」
「私はアニーのそばを離れられません。それからレオポルドです。お間違えなく」
「まったく、ぶれないね、レオポルドは。ではギルバート隊に命令しなさい、レオポルド。私の部隊は残念ながら動ける状態ではないからね」
どうやら動いている護衛騎士はほとんどがギルバート殿下の護衛騎士のようです。
「殿下、私が」
そこへ二階席から声がかかります。顔を上げると、タキシード姿の壮年の男性が飛び下りてくるのが見えました。魔法使いなのでしょうか、セドリック殿下の前に軽やかに下り立ち、優雅に礼をします。
「シーン、いいのか?」
「はい。妻には了解を得てまいりましたので、ご心配なく」
シーン様は新入生の保護者のようです。胸にその印である赤い造花が見えます。
「では、シーン頼んだ」
殿下に一礼してから、シーン様が護衛騎士たちに指示を出されます。
「この場を任された王太子殿下専属護衛騎士のシーンハルク・セリングだ。ここにいる三人と、二階席の二人を外まで運び出せ、それから外の騎士と連携して王城まで護送しろ」
「「「「「はい」」」」」
護衛騎士たちが動き出します。
「ギル、もう少し頑張ってね」
セドリック殿下がギルバート殿下へ声をかけます。歌いつづけているギルバート殿下は顔色が優れません。魔法歌なので、魔力の消耗が激しいのでしょう。
「レオポルド、女の解凍と、レックスの声を戻して」
視線を女性の刺客へ移すと、もう氷はとけ、運んでいる途中だった騎士たちも水浸しになっています。悪魔の早業にはいつだって驚かされます。
「さあ、レックス。楽しい尋問の時間だよ」
セドリック殿下が騎士レックスに向き合います。
「もっ、黙秘、します」
騎士レックスの顔は青白く染まり、声は震えてか細いです。
「そんなに怯えた顔してどうしたんだい? 残念だけど、期待には応えてあげられないよ。今から始まるのは尋問であって、拷問ではないからね」
騎士レックスの体の震えが大きくなりました。私もつられたのでしょうか、ぞくりと悪寒が走ります。
「ゆっくり話したいのは山々なんだけどね、かわいい弟と、かわいくない従兄弟が限界なんだよ、色々と。さあ、話すんだ」
殿下がまた小声で何かをつぶやきます。すると騎士レックスが口を開きました。
「仕方がなかったんだ。一億リニアの借金があって、それを肩代わりするかわりに、殿下の命を奪うように言われたんだ」
「私の命も安く見積もられたものだね」
「俺が悪いんじゃない。俺は二十年も真面目に働いてきたんだ。それなのに昨日今日入ってきたばかりの若造に第二王子の護衛騎士隊の隊長なんか任せやがって」
「余計なおしゃべりはいいから」
殿下が騎士レックスの話を遮られます。
「お前を雇ったのは誰だい?」
「ドランの男だ。名前は知らない。二十代半ばのいい男だ」
ドランとは、殿下の婚約者がいらっしゃる国です。
「その男もここに来ているのかな?」
「ああ、あいつはかなり魔法が使える。逃げたのか、潜んでいるのかは知らんが」
「そう、今までご苦労だったね、レックス」
殿下が悪魔に目で合図されました。悪魔が兄様に命令を下します。
「レジナルド、外の騎士に渡してこい」
「はい」
兄様が騎士レックスを引きずって行きました。
「上も完了したみたいだね」
殿下の声に二階席を見上げると、エリーゼ様が笑顔で手を振っていらっしゃいます。まるで楽しい観劇を終えたかのような、満足げな笑みです。目が合ったので目礼します。
「まずはアニーの結界をとくぞ」
結界が消滅し、悪魔が私の腕の中からお嬢様を抱き上げます。お嬢様のぬくもりが消えたとたんに、涙がこみ上げてきます。涙がこぼれるのをどうしてもとめられません。
「ギル、お疲れ。少しだけ回復魔法をかけるよ」
ギルバード殿下の歌が聴こえなくなると、不安があふれ出します。お嬢様は本当に眠っていらっしゃるだけなのか。本当にもう大丈夫なのか。もう命の危険はないのか。もう攻撃にさらされないのか。不安の濁流が正常な思考を押し流してしまいます。あとからあとから、とめどなくあふれてくる涙に翻弄されて、どうしようもなくしゃくり上げる自分をどこか遠くに感じます。
「うっく、ひっ……く、ううっ…………」
歪んだ視界が白に遮られ、そして暗闇に閉ざされます。ぬくもりが戻ってきました。お嬢様のようなやわらかさはなく、甘い香りもしない、でもあたたかいぬくもり。
「セレナ、もう大丈夫だ」
セドリック殿下の声で、どうして私は安堵しているのでしょう。
「移動するからね」
私は殿下に縋りつき、必死で頷きます。怖かったのです。恐ろしかったのです。悪魔の力は信じていても、それでもあれほどの殺意の乗った攻撃魔法を向けられつづけて、ただただ恐ろしかったのです。
「ギル、アン嬢とセレナを運んだら、私たちも戻ってくるから。万が一、目覚めのほうが早かったら、騒ぎにならないように命令を下しなさい。できるね?」
殿下が私を抱き上げて歩き出します。私は殿下の胸に顔をうずめたまま、何も見えないままに進みます。涙の勢いは増していくばかりです。
殿下の胸に夢中で顔をこすりつけているのは、子供のようにしゃくり上げていることを誰にも気づかれたくないからです。




