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兄様と二人でシフトの話をしました。基本的に学園の休みになる土日はマーサさんが休みで、それ以外の日で二日間、私と兄様が休みます。私の休みは土日に被らない限り、ラウルに合わせてくれるそうです。兄様は神です。
ラウルと一緒に取れる休日を思い描きながら、兄様と二人一階へ下りました。
すると、ラウルが喫茶室の入り口に立っています。手を振ると、ラウルもふにゃりとした笑顔で手を振り返してくれました。
「お疲れ様です」
ラウルととなりの護衛騎士にご挨拶です。兄様もとなりでにこやかに礼をしています。兄様は人あたりがとてもよいのですよ。悪魔と一緒にいると、勝手に敵が量産されていくらしく、少しでも敵を減らしたいがために、愛想よくしているらしいです。
「レオポルドたちは中だよ。殿下も一緒だから、アンちゃんとのラブラブをこれでもかって、見せつけてる。レオポルドがいつになく積極的なんだけど、何かあった?」
赤面問題クリアしたら、早速強気とか、兄様の言っていた段階踏んでの部分は無視ですか?
「アン様ももう学園生になられたので、レオポルド様も少しばかり、これまでより大人の対応を始められたのでしょう」
兄様がきれいに説明します。兄様の頭のよさには脱帽です。
「では、私はこれで」
兄様が先に喫茶室へ入りました。私も兄様のあとを追おうと思ったのですが、できませんでした。
「ラウル、紹介しろよ」
ラウルの先輩らしき方が、ラウルの脇腹を小づきながら言ったのです。騎士服を着られていてもわかる筋骨隆々な男らしい方です。
「セレナ、ショーン先輩だ。学年で二つ上、俺と同い年の二十歳。これから、ちょくちょく会うことになるだろうから、挨拶を」
「セレナ・バーンと申します。ラウルの婚約者で、アン・カーター伯爵令嬢の侍女をしております。以後お見知りおきを」
カーテシーもしてみましたが、ちょっと堅い挨拶だったでしょうか。
「それはご丁寧にどうも。ショーン・ドルグです。学園の騎士科は縦のつながりが強くてね、ラウルが騎士科一年のときからの知り合いなんだよ」
「そうなのですね」
ドルグ様の笑顔を見て、私の中に黄色信号が灯ります。笑顔に棘が隠されているようです。こういう気配に私は敏感なのですよ。
「ラウルはこの顔だから、女の子たちが放っておかなくてね、それなのに婚約者一筋だから、ずっと会ってみたかったんだよ。たしかにこんな婚約者がいたら、どれほどの美人に迫られても浮気する気にはならないな、ラウル」
舐めるように見たあとで、たいしたことない女って心の中で思っていたの伝わっていますからね。でもそんなことをおくびにも出さずに対応するすべくらい身につけているのですよ。ラウルを狙う女豹たちに、何度もこういう目で見られてきましたからね。
「まあ、ありがとうございます」
全然褒められていないのは気づいていますけどね。私の中で最上級の微笑みを作ります。笑わない美人より、笑うブスのほうがかわいいと、誰かが言っていましたし。
「でもなあ、ラウル」
「何です?」
ラウルが珍しく不機嫌です。いつも上辺だけはへらへらしているのに。
「ダンブル前男爵夫人は本物の美人だぞ。まだ十代の若さで、子供もいない」
「先輩、それが俺に何の関係が? 世の中に美人は多いし、俺に声をかけてくる女も多い。でも俺が好きなのはセレナだけです。余計なお世話ですよ」
ラウルの冷たい言い方が私の心を冷やしていきます。私に聞かれたくない名前だったのでしょう。ダンブル前男爵夫人とは誰のことでしょうか。今のドルグ様の言い方ですと、子供のいらっしゃらない若くて美貌の未亡人で、ラウルに気がある方ということですよね。胸騒ぎがします。ラウルの目が怖くて見られません。
「ドルグ」
喫茶室のドアが開き、お嬢様をエスコートした悪魔が、低い声でドルグ様を呼びました。お二人の後ろには兄様と、旦那様方も見えます。
「はい、サターニー隊長」
急にドルグ様の背筋が伸びました。悪魔はドルグ様の直属の上司にあたりますものね。悪魔は魔法省魔法道具課主任兼、第二王子専属護衛騎士隊隊長らしいです。
「そこにいるセレナは、私の愛する婚約者の大切な侍女であり、私の右腕のレジナルドの妹であり、私の学友のラウルの婚約者であり、私自身にとっては妹のようなものだ。幼なじみだからね。この意味わかる?」
ドルグ様の顔色が優れません。悪魔が私のために威圧してくれるなんて、意外です。
「セレナの代わりはいないけれど、ギルバートの護衛騎士の替えはいくらでもきく。自分の身がかわいかったら、そのよく動く口を閉じることだ」
悪魔がよどみなく言って、それからお嬢様に振り返ります。
「アニーの大事な侍女だからね、セレナは」
「あの、騎士の方がセレナに何か?」
お嬢様は不穏な空気とか読めませんものね。たいした被害はないので大丈夫ですよ。これだけ悪魔が脅してくれたら、この先、ドルグ様が私に絡んでくることもないでしょうし。
「セレナにはラウルという婚約者がいるのに、粉をかけようとしていたものだから、少し注意しただけだよ。悪の芽は小さいうちに摘まないとね」
悪魔の微笑がきれいすぎて怖いです。お嬢様が小首を傾げていらっしゃいます。多分、粉をかけるの意味がおわかりになっていません。
「さあ、アニー行くよ」
悪魔がお嬢様のかわいらしいこめかみにキスしやがりました。お嬢様は頬をほんのり赤く染めるだけでうれしそうにしていらっしゃいます。このお嬢様の反応を見る限り、私たちが下りてくるまでの短い間に、かなり悪魔から親愛のキスを受けられましたね。最悪です。
それにしても悪魔、正気ですか? ついさっき、人前でキスするなと言っていたのはその口ですよね? 赤面しないだけで、人ってここまで変われるものですか? それとも正の感情を制御する必要がないと知ったから、箍が外れたのですか? どちらにしても大迷惑ですし、私はまだ心の準備が一つもできておりません。
「セレナ、ぼけっとしてないでついてこい」
悪魔の言葉に顔を上げます。ラウルは少し強張った顔ですが、それでも微笑んで、手を振ってくれています。そしてドルグ様は気のせいでなければ、私を睨んでいらっしゃいます。悪魔に目をつけられたのは自業自得ですよ。悪魔があそこまで言ったのですから、次、私に何かしたら、多分配置異動になりますよ。逆恨みはしないでくださいね。
「ご心配をおかけして申し訳ございません」
悪魔を追いかけて、軽く頭を下げます。今回は助かりました。感謝します。
「セレナ、ラウルは女性受けする顔と性格だ。しかし女の趣味は悪いから、美人に言い寄られたところで心が揺れることなどない。心配するな」
感謝しているところへ早速悪口ですか。まったくさすがは悪魔です。
「まあ、レオ様ったら。セレナはどう見ても美人ではありませんか。ライトブルーの瞳は吸いこまれそうですし、唇はふっくらとしてマシュマロのようで、とってもかわいらしいわ。私が男性だったら、ラウル様のライバルに立候補していますわ」
お嬢様、ありがとうございます。でもお嬢様のような天使級の美少女に褒められても、虚しいものがあります。そしてこのあと、悪魔から否定の言葉が続くのですから、メンタルがやられます。
「アニーは身内びいきがすぎるね。セレナはどう見ても平均的な顔だよ。第一、ラウルは美人が苦手なのだ。そんなラウルはセレナの顔が好きらしい。ラウルがセレナをこう言うんだ、地に足のついた美人。まさに言い得て妙だな、セレナ」
悪魔が人の悪い笑みを私に向けます。そうですよ。ラウルはお嬢様より、私を好みだと言ってくれる稀有な人物ですよ。でも、好みは人それぞれなのですから、放っておいてくださいませ。私はお嬢様のような美貌に恵まれなくても、ラウル好みの地に足のついた美人に生まれてこられて幸せなのですから。
「ところでレオポルド様」
「なんだ」
「先ほどドルグ様がダンブル前男爵夫人という名前を出されていたのですが、ご存知ですか?」
どうしても心に引っかかってしまうのです。ラウルの反応がいつもと違って過敏でしたから。職場の先輩にあんなふうに敵意を出すなんて、ちっともラウルらしくなかったですし。未亡人と関係があったと疑うわけではないのですが、どうしても心が晴れないのです。
「アニーにはつまらない話だけどいいかい?」
「まあ、レオ様のお話につまらないものなどございませんわ」
お二人が見つめ合います。歩きながら器用なことですね。転ばないように気をつけてくださいね。
「ラウルはね、伯爵家の跡取りだが、元平民でもある。顔は整っているし、性格は気安い。女性に狙われる要素しかないということだ。まず身分において上は公爵家の令嬢辺りから、下は平民まで。容姿においてはラウルが美人に興味がないのは有名だから、そこを何とか落としたいという美人から、それなら私もという不美人までが列をなす。つまり、ラウルはたいていの女性から狙われるということだ。実際、セレナが一緒でない夜会では、ラウルに声をかけてくる女性が一ダース以上はいる。そこにはその何とか夫人もいたかもしれないけれど、セレナが気にすることはない。どうせラウルにはセレナ以外は目に入らないのだから。私がアニーしか目に入らないようにね」
悪魔が饒舌なのが少し気になります。でも今日の悪魔は私に少しやさしくしたい気分なのかもしれません。さっきもかばってくれましたしね。
「でも、そんなにラウル様がおモテになるなんて心配ですわね。セレナ、あなたはラウル様が出席する夜会には必ずご一緒しなくてはいけなくってよ」
お嬢様が私の心配をしてくださるなんて、大変ありがたいことですが、ラウルがモテるのは、学園時代から慣れっこなので大丈夫なのですよ。
「アニーが心配することはないよ。ラウルは社交嫌いだ。夜会には必要最低限しか参加しない。セレナを同伴できない集まりもあるが、そういうときは私がボディガードを務めよう。これで私のお姫様は安心かい?」
悪魔がお嬢様の手にキスしました。兄様の助言のせいで、悪魔が節操なしになってしまったではありませんかと、兄様をキッと睨みつけたことに、お嬢様はお気づきにはなりません。




