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応接室へ戻ると、悪魔が衣装チェンジを終えて待っていました。白の騎士服に、紺のマントです。はい、認めますよ。大変よくお似合いです。さっきまでおろしていたつやつやの金髪は後ろで一つに纏めていますね。すっきりしました。いつも結んでおいてほしいものです。ただその髪を結わえているピンクのリボン、お嬢様の本日のドレスの共布ですよね。お嬢様のドレスを誂えるたびに、そうやって共布で小物作るのをやめてほしいのですけど。私がいらっとするので。
「まあ! レオ様。今度は魔法騎士団の正装ですの!!」
お嬢様が悪魔に駆け寄ります。お嬢様、あまり動かれると、せっかくつけたかすみ草が散ってしまいます。
「入学式は魔法省の仕事だったが、パーティーはプライベートで、アニーのナイトだからね」
悪魔がお嬢様の手の甲に口づけました。まだグローブをつけていない素手に。ああ、早く拭いたいです。さっさとグローブをつけていただかなかった自分に腹が立ちます。
久々の悪魔の手の甲へのキスにお嬢様は絶句していらっしゃいます。そんなお嬢様の様子を見て、調子に乗った悪魔が、今度はお嬢様の薬指にキスをしやがりました。
「私がナイトでは不服かい?」
あああ。お嬢様、頭を振らないでください。苦労してつけたかすみ草がどんどん床に落ちていきます。泣きますよ、私。そして、なぜ、マーサさんまで赤面しているのですか。悪魔の外面に騙されないでください。ああ、もう我慢の限界です。
「会話の途中失礼いたします。レオポルド様、まずはお嬢様の御髪に状態維持魔法を」
「……ああ」
悪魔の魔法は詠唱もないし、状態維持魔法であっても対象にさわる必要すらないので本当は素早いものです。それなのに悪魔はお嬢様の髪に長いこと口づけています。しかもその状態でお嬢様の匂いを堪能しています。お嬢様がどんどん減ってゆく気がします。早く離れてくださいという願いが通じたのか、やっと悪魔がお嬢様を解放しました。
悪魔の悪行はこの際目をつむるしかありません。お嬢様の御髪に目を向けますと、だいぶ減ってしまったかすみ草ですが、まだ十分な量が残っていました。無心でつけつづけたかいがありました。
「ところでアニー」
「はい」
悪魔が至極満足げです。久しぶりにお嬢様を真正面からじっと見ています。見つめ合う二人は絵になってしまうのですよ。私が悔しいのでやめてください。
「こうしてきれいなアニーをずっと見ていたいのだが……」
悪魔はもう照れてしまった模様です。お嬢様のネックレスをいじるふりをして、お嬢様の死角へ入りました。そして、こっそりとネックレスに口づけました。多分ですが、何らかの防御魔法をかけたのでしょう。これは黙認します。
「伯爵方が下でお待ちだ。私はセレナたちと少し話があるから、マーサと一緒に先に下りていなさい」
「…………」
珍しくお嬢様が返事をなさいません。ほっぺがちょっとだけぷっくりしていますね。そういう顔も大変かわいらしいです。
「アニー?」
「……はい」
「アニー?」
悪魔が視線をお嬢様の瞳へ戻しました。
「……レオ様も、すぐに来てくださいますか?」
何ですか、その拗ねながらの上目遣い。悪魔が息絶えますよ。
「アン様、私たちはシフトの件で話が少しあるだけですので、すぐに行きますよ。それにレオポルド様が一緒だと、ご家族はお二人に気がねしてあまりお話しになりませんので、これもレオポルド様の気遣いなのですよ」
兄様って、本当に口がうまいです。私が知らないだけで、実は女性泣かせなのでしょうか。
「そうね、子供みたいに拗ねてしまってごめんなさい、レオ様」
「……アニー。私を困らせることができるのは、アニーだけだよ」
そうでしょうね。本来の悪魔は人を困らせる専門ですから。
「では、お先に」
「ああ、またすぐに」
お嬢様が淋しげにマーサさんと一緒に部屋を出ていかれます。悪魔と離れるのが切ないなんて、おいていかれる私と代わってください、お嬢様。
「レジナルド、セレナ、座れ」
お茶のときと同じ位置に座ります。そういえば、ここの片づけは兄様がしたのでしょうか。兄様、悪魔の侍従って、何でもやらされるのですね。わかってはいましたけれど、こうして近くにいると、兄様の有能さが実感できます。悪魔と四六時中一緒にいる精神力だけでも脱帽ものですが。
「あの、レオポルド様」
「なんだ」
私に名前を呼ばれるのはそんなに不快でしょうか? 私だって呼びたくて呼んでいるわけではありませんからね。
「その赤いお顔のままで話される気ですか?」
すごく気になるのですが。
「仕方ないだろ。生理現象だ」
開き直らないでください。
「ずっと思っていたのですが」
「なんだ」
「自分の顔に冷却魔法とかかけられないのですか?」
「………………」
あ、悪魔の顔の赤みが消えました。
「冷却でなく、状態回復魔法をかけてみた」
そうですか。何でも器用におできになるのですね。だったらさっさとしやがれですわ。
「セレナもたまにはいいことを言うな」
はあ? それで褒めているおつもりですか?
「これで今後は赤面してもすぐに元に戻せますわね」
嫌味くらい言いたいのです。
「はあ。セレナはやっぱり馬鹿だな」
なんですって。聞き捨てなりませんわ。
「アニーがそばにいて、感情が安定していないときに、魔法など使えるか。アニーに万が一のことがあったらどうする」
なせ、ドヤるのです? ここで偉そうな態度とか、意味不明なのですが。
「では、これから一生、お嬢様に赤面を見られないように努力するしかありませんね。でもよろしいのですか? 今はいいですが、将来、お嬢様と閨を共になさるとき、赤面して動けなくなっている間に夜が明けますよ」
そんな日、一生来てほしくないのが本音ですけどね。
「っ!!!」
悪魔って本当に初心です。これくらいのことで言葉を失うとか、今どきの学園生より純情ですね。
「まあ、冗談なので、早く本題に入ってください」
「お、お、おま、お前!! そんな品のないことを冗談でも口にするな」
どもっていますよ。そして赤面戻っています。
「はい、はい」
「言っておかなければと思っていたが、ちょうどいいので、今言うぞ」
大げさな前ふりですね。どうぞ、どうぞ。
「お前の部屋はアニーの寝室のとなりだ」
わかっていますよ。もう荷物も入れましたよ。私にはもったいないほど、豪華で広いお部屋をありがとうございます。
「絶対に、ラウルを連れこむな」
はあ?
「婚約中で、成人済みなのだから、二人がそういう関係になるのは仕方がない。しかしそういう関係だということをアニーに悟られるな。アニーが穢れてしまう」
開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのでしょうね。お嬢様を常々穢している悪魔からこんなことを言われてしまうなんて、心外ですわ。
「ご心配なく。私とラウルは結婚前ですので、そういう関係ではございません」
存外、冷たい声が出ました。兄様、すみません。妹のこういう話、聞きたくなかったですよね。全部、悪魔のせいですから。
「それから」
「まだ何か?」
こんな声、ラウルには聞かせられません。
「中庭は公共の場だ。アニーが見る可能性のある場所で、いかがわしいことは一切禁じる」
私の頬が熱いのは、怒りのせいでしょうか、羞恥のせいでしょうか。
「いかがわしいことですって? 少しくっついていただけで、キスもしておりませんわ」
「白々しい」
「はあ?」
ついに不平が口をついてでました。
「いいか。唇を皮膚に接触させることをキスというのだ」
「それが?」
「ラウルの唇はセレナのこめかみを掠めた。それからセレナの唇がラウルの頬へ重ねられた。それを世間一般の常識ではキスという」
あああ!!! 口惜しい。私としたことが、忘れておりましたわ。もう何度も深い口づけを交わしているせいか、こめかみと頬へのキスを正式なキスとしてカウントしておりませんでしたわ。
「親愛のキスです」
「では、親愛のキスもだめだ」
そういうつもりなら、こちらにも言い分はありましてよ。覚悟なさって。
「どうしてですか?」
「アニーの教育上よくない」
「そうですわね」
「わかったのなら今後気をつけろ。何、人目につかないところですればいいだけだ。簡単だろう? 理性ある行動を取れるのが、人間なのだから」
「そうですわね。ではお嬢様のためにも、レオポルド様も過剰なキスはおやめになってくださいね」
「!!!!」
「今日、私が見ている前だけでも、お嬢様の髪、ネックレス、手、指先にキスを落とされましたわね?」
「……挨拶のキスと、魔法のためだ」
「あら? 私はレオポルド様のおっしゃる通り馬鹿ですから、親愛のキスと挨拶のキスの見分け方がわかりませんわ。それにレオポルド様のような偉大な魔法使いは、状態維持の魔法くらい、ふれずに行えますわよね? 実際花々にはふれることなく魔法をかけられたのですし」
フン。私だって、悪魔に言い負かされるばかりではないのですよ。
「二人ともそれくらいで。アン様をお待たせしてまで低俗な喧嘩はおやめください」
兄様の重い一撃で冷静になれました。
「申し訳ありません、兄様」
悪魔と低レベルな争いをくり広げてしまったことは、お嬢様には一生気づかれたくありません。




