僕はヒーローなんかじゃない9
013
「おい失敗作、いい加減そこをどけよ」
這いつくばっている私に対して木原は面倒くさそうに言った。
病院の中庭はすでに原形をとどめていなかった。
少し前まで過ごしていた東屋は粉々に吹き飛ばされ、あたりは避難する患者とそれを誘導する医師や看護師の姿でごった返していた。
「どかないわ。絶対に」
私は木原に対して強がってみたものの、体中は傷だらけですでにまともに動ける状態ではなかった――むしろ、私程度が木原相手によくここまで持ったものだと思う。
「やっぱり、愛の力かしらね」
私は誰に言うわけでもなく一人でつぶやいた。
「――? 愛? 馬鹿言え、お前みたいな失敗作が誰かに愛されるわけがねぇだろ。
結局いつもそうじゃねぇか。お前は優しくされる誰かを愛するばかりで、いいように利用されて終わるだけさ――俺の時もそうだっただろ?」
「そう……ね」
私は体を引きずりながら立ち上がる。
「確かに、自分で言うのもなんだけれど、私ほどチョロい女もそういないでしょうね」
それでも私は痛む体に鞭打って木原に向き合った。
「あなたの言う通りよ。ちょっと優しくされたくらいですぐ好きになって、それでほいほい人体実験にも付き合ってしまうのだから本当にどうしようもない女よ。でもね――」
私は木原の方を向いてはっきりと告げる。
「でもね――あなたの計画のおかげで、不本意だし、不満しかないけれど、それでも私は自分の生きる意味を見つけることができた。それに何より、私のことを愛してくれる久間倉君に出会うことができた。
だから、あなたのことは今でも憎んでいるけれど、でも同じくらい感謝もしているわ」
そう、あの頃と今で異なるのは一つだけ。
木原を――この男を愛していないということだけなのだ。なぜなら――今の私が愛しているのは久間倉君だけなのだから。
「私は決して退かないわ。それが不本意だけれど、あなたから与えられた私の生きる意味だから」
そう言って私は木原の方を向き、腕を組んで立ちふさがった。
「……そうか、じゃあさっさと死ね」
そう言った木原は次の瞬間、目にも止まらない速さで私の方へ突進してきた。
木原は私の目の前で大きく拳を握って振りかぶると、私の顔面に向けて突き出してきた。
――バシッ
大きな衝撃音とは裏腹に私に痛みはいつまでたっても襲ってこなかった。
私は恐る恐る目を開けると、そこにはいつか見たのと同じ光景があった。
その姿はまるでヒーローのようで、風になびかせたマントがとても格好良かった――それこそ、どれだけ愛しても足りないくらいに。
そのヒーローは私の方を向いて口を開いた。
「――やあ、助けに来たぜ」
私はまた彼――久間倉健人に恋に落ちたのが分かった。
先ほどまで降っていた雨はすでに上がり、空からは光が差し込んでいた。