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僕はヒーローなんかじゃない8

012


 高校一年生の春休みに僕は宇宙人の少女に出会った。


 彼女は隕石とともに降ってきた。


 漫画やアニメみたいに『空から女の子が降ってこないかな』なんて言っていた僕だったけれど、あいつは『空』ならぬ『宙』から降ってきた。


 あいつはとても子どもっぽくて無邪気なやつだった。


 そんなあいつのことを僕は愛おしいと思っていたし、正直、今でもその感情が消えたわけではないのだけれど、それでも――あいつはもうこの世界にはいない。


 僕が――殺してしまったからだ。


「いやいや、それじゃあまるで私が死んでしまったみたいじゃない?」


 そんな風に宇宙人の少女は僕に言った。


 僕ははっと我に返ってあたりを見回す。


 そこは見渡す限り草原が広がっており、少しだけ風が凪いでいた。青く空は明るい時間帯で、なるほどいかにもここはあいつが――僕の目の前にいる宇宙人の少女が好きそうな場所だと思った。


「お前がいるってことは、ここは『僕の中』ってことでいいのか?」


「ええ。久しぶりね、健人。会いたかったわ」


「僕も……会いたかったよ」


「あらそうなの? 私はてっきりあなたは私のことを恨んでいると思っていたわ」


 そう言って彼女は笑いながら僕の方を見る。


 僕はその笑顔に一々どきっとさせられた。


「そんなことはないよ。お前を恨んだことなんて一度もないし、残念ながら僕は今でもお前のことが大好きだよ」


「あら、嬉しいことを言ってくれるのね? でもいいの? あなたには今彼女がいるんでしょ?」


 知ってるのかよ。


「当然よ、健人のことだもの。忘れたの? 私はもうあなたの中でしか生きていけないのよ?」


「普通はそういう状態のことを『死んでいる』って言うんだけどな」


「でもそれは地球の話でしょ? 私には関係ないわ」


 そう言って彼女はつまらなさそうに答える。


「それで? 今回は何で『こんなところ』に来たの?」


 彼女は僕の顔を覗き込みながら尋ねる。


「ちょっと死にかけただけだよ。というか、今回の件に関してはお前だって無関係じゃないんだからな」


「あらそうなの? ねぇ、折角だから何があったのか詳しく教えてよ」


「何でお前にそんなこと言わなければいけないんだよ。というよりも、もうすでにそれも知っているんじゃないのか?」


「いいじゃない、健人の口から直接聞きたいのよ。私はあなたの中でしか生きられないんだから。毎日暇で暇で仕方がないわ。だから何か面白い話が聞きたいのよ」


「僕が死にかけた話を『面白い話』とか言うな」


 しかし、結局僕は春休み以降起こったことを目の前の宇宙人に話すことになった。


 これも惚れた弱み……なのかもしれない。




「へー、それで? 健人はどうしたいの?」


 一通り話を聞き終えた後、彼女は僕に対してそんなことを問いかけた。


「どうしたい……とは?」


「要するに、このままでいいのかってことよ。その木原って人はヒーローになりたかったんでしょ? それじゃああなたと同じじゃない」


「同じじゃないよ。前にも言っただろ、僕は……ヒーローなんかじゃない」


 僕は以前に彼女に言った言葉を一字一句変えず、そのまま言う。


「ふーん、あなたってまだそんなこと言っているのね。私と最初に会ったときみたいに『僕がヒーローとしてみんなを守ってやる』って言っちゃえばいいのに」


「そんなことは……もう言えない、言えるわけがないんだよ。僕には――そんな資格はない」


 彼女を殺してしまった僕には――そんな資格があるはずがない。


「でも、あなたは――健人はどうしたいの?」


 彼女は優しい声で僕に問いかける。


「僕は……ヒーローなんかじゃない。でも、僕がヒーローでないことは決して僕の力で助けられる人を助けないという理由にはならない」


 僕は思い出していた。


 この短い間に出会った――とても魅力と人間味に溢れた人たちのことを。


 ある盲目の少女は『信じることしかできないから』ヒーローではないと言った。


 あるアーティストは『勇気づけることが自分の役目だから』ヒーローはごめんだと言った。


 ある改造人間は『弱すぎたから』ヒーローにはなれないと言った。


「僕は、お前みたいに強くない。強くないことは僕自身が一番よく分かっているんだけれど、それでも『強くありたい』と思う自分は常に心のどこかにいて……。

 だから、何と言っていいか分からないけれど、僕はとても弱い存在で、ヒーローにはなれないけれど、それでも戦っている誰かの味方ではありたいと思うんだよ。

 この世界ってさ、お前が思っているよりも実は結構複雑で、人間は生きていくために必ず何かと戦わなければいけないんだよ。

 その相手は社会であったり、家族であったり、会社であったり、友人であったり、恋人であったり、学校であったり、世間の目であったり、上司であったり、大人たちであったり、時には自分自身であったりするわけだけれど、僕はそんな理不尽さと戦う人たちの味方でありたいんだ。

 決して『正義の味方』になりたいわけじゃない。だって僕の味方する相手が必ず正義であるとは限らないから――だから僕はそんな戦う人たちの味方でありたいんだ」


「そう、あなたらしいわね」


 彼女はそうやって僕に優しく微笑む。


「分かってるよ。僕みたいな弱くてつまらない人間が誰かの味方になることはできないってことくらい――ヒーローにはなれないってことくらい。

 だってヒーローに求められているのは『正しさ』と『強さ』だから――そのどちらも欠けている僕はやっぱりヒーローにはなれない。

 でも……でもそんなやつだって、そんなダメ人間だってヒーローを目指してもいいじゃないか――誰かの味方でいたいじゃないか。

 誰にも助けてもらえなくて、誰にも理解してもらえないようなそんな――まるで僕みたいな救いようのないやつらに『僕にはお前たちの気持ちわかるぜ』って、『僕にはお前たちの苦しさや辛さが分かるぜ』って言ってやりたいんだよ。

 そうやって誰にも認めてもらえないようなやつらに――僕みたいなやつらに寄り添う、そんな存在が――そんなヒーローがいてもいいはずだろ」


「……そう。それが健人の答えなんだね」


 彼女は少し寂しそうな顔で僕に微笑む。


「だったら、あなたはいつまでもここにいたらだめでしょ?」


 そう言って彼女は手を差し出す。


 差し出された先に光が円を描き、その中に現実世界の映像が映し出される。


「――!? 村雨!?」


 その光の中には傷だらけになっている村雨の姿があった。


「ごめん、僕戻らないと」


 僕は彼女にそう告げる。


「うん本当なら、あなたはあまりここには来ない方がいいもの。でも――


 ――でも時々、本当に時々でいいからまた私と遊んでね?」


 彼女は最後にとても寂しそうな笑顔で僕を見送った。


 僕は彼女に何かを言いかけたけれど、すぐに彼女の姿は遠ざかってしまって、結局何も言うことはできなかった。


「……ごめん。また何も言えなかった」


 結局こんなことばかりしているから僕はヒーローにはなれないのだろうと――そう思った。




 病人を避難させるため、看護師の一人が最上階の一室に入ってきた。


「失礼します! 久間倉さん、意識はありますか!? 急いで逃げないと……」


 そこで看護師は気づいた――そのベッドがすでにもぬけの殻で、本来ならそこに寝ていなければいけない人物がそこにはいなかったということに。


 その病室の窓は開けっぱなしになっていて、カーテンが風で揺れていた――まるで窓から誰かが飛び立ったかのように、ただ風だけが凪いでいた。

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