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褐色の歌姫3

005


 世界的アーティストであるディアナの一日は僕が思っていた以上にハードなものだった。


 午前九時ごろにスタジオへ入ると、そこからはひたすらボイスレッスンを繰り返す。その後、正午を過ぎたころに部屋を移動して今度はダンスレッスンを行う。


 そして、そこで二時間ほどのダンスレッスンを終えると、お抱えのシェフから出される栄養学的にきちんと計算された昼食をとり、その後、車で移動してコンサートを行うドームへ向かう。


 ここではコンサート全体の流れを一度試してみて問題点などを確認し、その都度修正する。


 宿泊してあるホテルに戻るのはちょうど夜の十時を過ぎたころになる。


 ホテルの自室に戻ると、すぐ専属のマッサージ師に体をほぐしてもらい、疲れを残さないようにする。


 その後は時間をかけてゆっくり入浴をした後、美貌を損なわないためにオーダーメイドで作らせた化粧水やクリーム、パックなどを使用してお肌のケアをしたところでディアナの一日は終わる。


 ――すべてが終わってベッドに入るのは零時を回ったころで、そしてまた次の日も同じルーティーンを繰り返す。




「正直言って驚きました」


 スタジオから車で移動している最中に僕はディアナに言った。


 車にはディアナと僕以外には運転手が乗っているだけで、村雨は先に目的地に向かって危険がないか下見をしていた。


「へー、坊やの中で私のイメージってどんなものだったの?」


 彼女は少し口元をにやけたまま僕に尋ねる。


「別にディアナさんに限った話ではないですけど、アーティストってもっと自分が元々持っている歌唱力とかそういう先天的な――いわば天賦の才? みたいなものだけでやっているものだと思っていました」


「『ディアナ』でいいわ。『さん付け』で呼ばれるのは嫌いなのよ」


「じゃあ……率直に言って、ディアナは天才で、もっと遊んでいるようなイメージを持っていました」


 僕は思っていたままのことを口にした。


 実際、メディアから伝えられるディアナの姿は豪遊しているところやプライベートジェットで各国を飛び回っているようなものが多かった。だから彼女がここまで真摯に努力している姿に僕は驚いたのだ。


「今どきはアーティストもなかなか難しくてね。いい人を演じすぎてしまうと、何かスキャンダルがあった時にSNSなんかですぐに炎上してしまうでしょ? そういうリスクを減らすためには『人間らしい部分』と『みんなが思い描くスター像』の両方を上手く見せてあげないといけないの。

 信じてもらえるか分からないけど、これでも人前に出たりするのは好きじゃないし、正直私は音楽以外のことにはあまり興味がないの」


「……大変なんですね」


 僕にはそんな月並みなセリフしか出てこなかった。


「ええ、本当に。自由に生きたいからこの世界に入ったのに、気づけばいつも人の目ばかりを気にしている。

 でもね、それでも私はみんなが期待する私でいたいと思うし、何より、自分が信じる私でいたいっていつも思うの――と言っても坊やには少し難しかったかしら?」


 ディアナはそうやって僕に向かっていつもの意地悪な笑みを浮かべる。


 そして、そんなディアナに僕はたまらず問いかけてしまった。


「……どうしてそんなに自分に自信を持って強くいられるんですか? 不安になったり、プレッシャーに押しつぶされたりしないんですか?」


「しないわ」


 即答だった。


「私を誰だと思っているの? 私は世界中にいる私のファンの誰よりも私自身を信じている。でも、それは私が世界的アーティストであることとは何の関係もないことよ。

 たとえ、明日魔法使いが魔法をかけて私がただの一般人に戻ってしまったとしても、私なら何度でも今と同じ位置まで――頂点まで這い上がることができるわ。

 その自信が私にある限り、こわいものなんて何もないのよ」


 僕に向かってそう言ったディアナは自信満々で、とても輝いて見えた。


 そして、分不相応にも、僕はそんなディアナを羨ましいと思い、自分もこうなりたいと思ってしまった。


 この瞬間、僕はディアナのファンになって――そして憧れた。 

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