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盲目の憧れ1

昨日の続きです。今回も少し長めにアップしました。

001


 例えば、自分自身にしか見えない世界があるとして、それを他の人に説明することはおそらくとても難しいことだと思う。


 それでも人間である以上、自分以外の誰かに理解してほしい、あるいは誰かと同じ視点に立ちたいと思ってしまってもそれは決して責められることではないのだろう。


『他人にどう見られているかなんて気にする必要はない。大切なのは自分の気持ちの持ちようだ』なんて言葉を僕たち凡人は簡単に言ってしまうのだけれど、きっとそんな意見は自分の気持ちや自分の見える世界が他人のそれと比べてもそれほど大差がない平凡でありふれた人間の考えなのだと思う。


 特別で選ばれた人間には気持ちをどう持ったところで絶対に他人と交わることができない世界や価値観がきっとあるのだろう。

 そして、往々にしてそういうものはどうあっても自分以外の他人には理解されないものであることが多い。


 それでもそんな特別さや天才性を僕たち凡人は羨ましいと思ってしまうもので、村雨から言わせれば、

『そんなのは贅沢な悩みよね。他人に理解してもらえないことなんて特別な人間に限った話じゃないわ。私たち凡人でもそうなのだし、そもそも、そんな特別な人間から見たら、他人なんて気にするほどの存在ではないのだから無視してしまえばいいのよ』

 とのことで、そういう話をするとき彼女は決まって不機嫌な顔をしながら僕に暴力を振るうのだった。


 なるほど、村雨のその考えには僕も共感するところがあったものの、しかしきっとその考えすらも、僕たち凡人の平凡な自己満足でしかないのだろう。


 なぜなら、そんな特別な人間たちが、一緒に同じものを見て同じように感動したいと思う相手が僕たちのような平凡な人間である場合も往々にしてあり得ることなのだから。


 今回語る物語は、そんな風に自分だけの世界を持った特別な女の子が自らの意思で平凡な世界に降りてくる――そんな物語。



002


 土下座――それは日本に古来より伝わる究極の謝罪の形である。

 その歴史は古く、邪馬台国の時代から存在していたのではないかという説もあるほどで、それほど日本の文化に深く根付いているものだといえるだろう。


 さて、そんな日本文化に深く根付いている土下座であるが、こと高校生にとってはそれほど身近なものであるとは言いがたい。

 実際、高校時代に友人や先生に本気の土下座を披露したという経験を持つ人は少ないだろう。


 しかし、誠に遺憾ながら僕は高校二年生の段階でそれを経験してしまった。(大人の仲間入りだ、やったね!)


 時刻は午前八時五十分。僕は一時間目の授業をサボタージュして、慣れ親しんだ生物準備室において現在進行形で全力の土下座を披露している。


 唯一皆さんの抱いているイメージと異なる点があるとすれば――全力で土下座している僕の頭を先日付き合い始めたばかりの恋人――村雨類が思いっきり踏んづけていることだろう。


 まったく、土下座している彼氏の頭を容赦なく踏みつけるなんて相変わらず僕の彼女の愛情表現は難しい。


「この状況で一体何を自分の世界に浸っているのかしら? このクソ虫は」


 そう言って村雨は腕を組んだまま僕の頭に足を押し付けている。


 もはやそこには彼氏を思いやる心などなくなっているのか、先ほどまで外を歩いていた靴を僕の頭で磨くかの如く容赦なく踏みつける。

 (どうでもいい話だけれど、誰もいない教室で美少女に土下座して頭を踏みつけられるというのはなかなかどうして趣がある)


「本当にどうでもいいわね。今は久間倉君のドン引きするような性癖の話なんてどうでもいいのよ。それよりも少しは反省しているのかしら? このクソ虫は」


「……心より反省しています」


「よろしい。では反省の言葉とともに私への愛の言葉を述べなさい」


「この度は村雨様に大変ご迷惑をおかけいたしましたことを心よりお詫び申し上げます。私はこれからの人生で村雨様に尽くすことでこの失態を取り返していく所存です。つきましては、村雨様には寛大な心でお許しいただきたく思います」


「……もう、本当にバカなんだから」


 村雨はそう答えると僕の頭から足を降ろしてそっぽを向く。頬が赤くなっているのが分かった。


 最近分かったことだけれど、僕の彼女はチョロくて扱いやすいから大好きです。


「おっほん!!」


 と、村雨はこれみよがしに咳払いをした後、再び僕に向き合った。(もちろん僕は土下座の姿勢を崩さない)


「でも実際、面倒なことにならなければいいのだけれど。まさか――」



「――あなたの正体がバレただなんてね」

 


村雨は神妙そうな面持ちで僕にそう言った。



003


 時間は少しさかのぼって今日の通学中のこと。


 村雨が日直当番で少し早く登校していたため、今日は僕一人で通学していた。


「眠い」


 相変わらず朝に弱い僕はゾンビさながらのふらふらした足取りで学校へ向かっていた。


 僕が住んでいるのは都心から離れた田舎町ではあるものの、通勤や通学時間ともなれば太い道にはそれなりに交通量も多くなる。


 そんな交通量も多い道のとある交差点に差し掛かったところ、横断歩道の反対側からとても可愛らしい少女が歩いてくるのが見えた。

 着ている制服はこのあたりでは有名なお嬢様学校の制服で、学年は小学校高学年くらいだと思う。


 その少女が横断歩道を渡り終えようとするその直前、その少女に気づかず信号を右折してきた車が少女の方へ突っ込んできた。


「――!? 危ない!?」


 僕は咄嗟にその美少女を抱きかかえて横へ転がると、間一髪のところで車をかわすことに成功した。

(もっとも『今の状態』でも車に轢かれることくらいでダメージはないのだけれど、そこは一応身バレを防ぐためということで)


「大丈夫? 怪我はない?」


 そう言って僕はその美少女に手を伸ばす。


「あ、ありがとうございます」


 そう言って弱々しく手を差し出してきたその手を僕は掴んでその子を起き上がらせた。


「――!?」


 その瞬間、なぜかその美少女は驚いたような顔をしたかと思うと、僕の方を向いて満面の笑みで


「また助けてくださいましたね。私の王子様ヒーロー


 と、そんなことを言ったのだった。



004


「『言ったのだった』じゃないわよ。何回『美少女』って言葉を連呼しているのよ。久間倉君はあれなの? ロリコンなの? 実は私のように大人びた同級生ではなくて未熟で甘美な禁断の果実(ジョシショウガクセイ)の方が好みなのかしら?」


 そう言った村雨はまた先ほどと同じように僕の頭を踏んづける。(心なしか先ほどよりも力が強い)


「それで、何でロリコンの久間倉君が意中の女子小学生に抱き着くというセクハラまがいのことをしただけで正体がバレたのかしら?」


 今のセリフの中だけでも心から訂正したい点がすでに山ほどあったけれど、血の涙を流しながらそこには目をつむり、


「ええっと……何から話せばいいのか」


と、そう言って僕はまた説明を始めた。



005


 僕が助けた美少女は文月(フミヅキ)かれんという名前の小学五年生の女の子だった。


 先述の通り、この少女の可愛らしさは実に小学生離れしたもので、ロリコン趣味を持つ人たちにとってはとても魅力的に映るだろう。(僕には全く理解できないけれど)


 その美しさもさることながら、最も彼女の身にまとう雰囲気を決定づけているのは――彼女が『盲目である』というところだろう。


 文字通り彼女は目が見えておらず、一人で歩くためには杖を必要としていた。

 そんな彼女がなぜ僕の正体に気づいたのかと言えば、それもやはり彼女の目が見えていないということに起因する。


 僕は全く覚えていなかったのだけれど、どうやら以前も僕はこの美少女を助けたことがあったらしいのだ。

 それは春休みが終わってすぐのことで村雨がこの街に来る前のことだった。


 兎にも角にも、超人化した状態で僕は以前、今日と同じようにこの文月かれんちゃんを助けたことがあったらしい。


 そのときに今日と同じく彼女の手を引いて助け出していたようで、今日彼女が僕の正体に気づいたのも、その手を握った時の感覚が、前回僕に助けられた時と一致していたため、僕の正体に気づいたということらしいのだった。



006


「へー、そんなこともあるのね。驚いたわ」


 村雨は引き続き僕の頭を踏みながらそう呟く。


「盲目の人や聴覚を失った人たちがそれを補うためにそれこそ『超人的な』感覚を有するというのはよく聞く話だけれど、それでも手を握っただけで久間倉君の正体に気づくなんてね。

こう言ってはなんだけれど、変身した時の久間倉君とこうやって普段私に頭を踏まれている久間倉君って姿かたちからしてほぼ別人みたいなものだと思うのだけれど。何なのかしら、それでも身にまとう雰囲気とか手の感触とかはやっぱり同じような感じがするのかしらね?」


「まあそのあたりは僕自身もよく分かっていないんだけどな」


 というより普段からこんな風に頭を踏まれているわけでは決してない。こう見えても今はあくまで非常事態なのだ。


「まあ実際のところ、正体がバレてしまったのは問題だけれど、こんなことは特殊なケースだし、それほど気にしなくてもいいんじゃない? 組織には一応伝えておく必要はあるけれど、その子さえ黙っていてくれれば問題ないと思うわ。でも、その子をこのまま放置しておくというのも問題かしらね?」


 ……それなら何で僕は今こうやって頭を踏まれているんだ?


「けど、それなら今日助けたお礼にってことで今日の夕方にその子の家に招待されているんだけれど、村雨も一緒に――」


 と、そこまで僕が話したところで村雨は突然机の上に置かれていた次の授業で使う予定であったのであろうビーカーを僕に向かって投げつけた。


――パリーン

 と大きな音が鳴った。


「え、何? もしかして久間倉君は今日の放課後に私以外の女の家に行くつもりだったの? 一人で? ロリコンの久間倉君が? その超絶可愛くて裕福な家にお住いの育ちのいいおまけに久間倉君のことを王子様なんて呼んで慕って来る女子小学生の家に行くつもりだったの?」


「あ、あれ? 村雨さん? どうしました?」


 僕は土下座の姿勢から少し顔を上げて村雨の様子をうかがう。どうやらまた彼女の怒りのスイッチを知らないうちに押してしまったらしい。


「やっぱりね。おかしいと思ったのよ。久間倉君みたいな人が私のような頭のおかしい女と付き合ってくれるなんて何か裏があるんじゃないかと思っていたのよ。

 あれね、要するに女子に耐性のない久間倉君が少しでも女慣れしておくために私を利用したってことね。そして本命は女子小学生だったと、ロリだったと――そういうことね」


 うーん、村雨との付き合いは決して長くないものの、こうなってしまった以上、面倒くさいことになってしまうのはやむを得ないと判断して、僕はひたすら低姿勢でいることを心掛けた――すなわち、土下座の姿勢を保ったまま僕は微動だにしなかった。


「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、――私のものになってくれない久間倉君なんて生きている意味がないわ。だからあなたを殺した後、私も死ぬ。私の寛大な心であなたが大好きだったその女子小学生は生かしておいてあげるわ。よかったわね――ロリコンの久間倉君も女子小学生を守るために死ぬのなら本望でしょう?」


 そう言って村雨は棚に置かれてあるよく分からない薬品からビン詰めにされているよく分からない生物の標本などありとあらゆるものを僕に投げつけた。


 その間、僕は一切土下座の姿勢を崩さなかった。

できるだけ早くアップできるようにします。

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