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狂ったパートナー4

もうちまちまアップするのが面倒くさくなってきたので2章の最後まで一気にアップしました。

006


 僕たちが降り立った時、周りには逃げ惑う人々で溢れかえっていた。


 ここは昨日の市街地は違い、僕たちが住んでいるところに比較的近い田舎町ではあったけれど、それでも突然現れた得体のしれないモンスターから逃げる人たちでごった返していて、その逃げる人たちの先に昨日と同じような筋肉で膨れ上がった体のモンスターが立っていた。


「またあれを倒せばいいのか?」

 僕は村雨に尋ねる。


「そうね。できればあのモンスターがこれ以上被害を出す前に仕留めたいわね。……それよりも久間倉君、早く私を下ろしてくれないかしら?」


「ああ、ごめんごめん。」


 僕は肩に担いだままであった村雨をゆっくりと地面におろした。


「うっ……わ、私がみんなを避難させるから、その間に久間倉君はあれを倒して」


 村雨は少しふらつきながら地面に立つと僕にそう言った。


「分かった。じゃあよろしく頼む」


 僕はそのままはるか遠くにいるモンスターのもとへ一瞬で距離を詰めて拳を振りかぶる。


「――おらっ!!」


 僕は力いっぱいモンスターの腹部を殴ると、相手は真後ろへ勢いよく飛んで、後ろにあった壁に突き飛ばされる。


 もうこの時点で瀕死の状態になっている感もあるモンスターに対して、さらに追撃のため距離を詰め、とどめとばかりに先ほどと同じく僕は拳を突き出した。


「――!?」


 確かに僕も油断もあったのだろうけれど、それもついさっきまで瀕死だったはずのモンスターはとてつもない速さで僕の拳をかわしてそのまま僕の横を通り過ぎていった。


「――マジか!?」


 自分の攻撃をかわされたことにも驚いたけれど、それ以上に驚いたのは、先ほどまで瀕死の状態だったはずのモンスターが『傷一つない状態』まで回復していたことだった。


 僕の横を通り過ぎていったモンスターは僕の方を振り返ることもなく、そのまま逃げる人の群れに突っ込んでいった。



007


 私が逃げる人たちを避難させている途中、モンスターが久間倉君の横を通り過ぎて、逃げる人々たちの方へ向かって来るのが見えた。


 それに気づいた人々はさらに混乱して取り乱したが、その中で一人の男の子が躓いて転がってしまった。


『間に合わない』

 と、私はそう思った。


 次の瞬間、モンスターがその男の子に向かって突っ込んでくる中、――その男の子を庇うように、私は両手を広げてモンスターと男の子との間に立ちふさがった。


 それは先ほど鉄棒の上に乗って久間倉君と話をしていたのと同じ姿勢で自分でもなんだかおかしくなった。


『ああ、これはまともに受けたら間違いなく死んでしまう』

 と、そう思うには十分な威力を持った力でそのモンスターは私に向かって殴りかかってくる。


 私は覚悟を決めた後、衝撃に備えるために静かに目を閉じる。


 が、いくら待っても衝撃が来ない。


 私は恐る恐る目を開けると、まず、真っ赤なマントが閃いているのが目に入った。


 次に右腕の肘から先がなくなっており、血まみれになっている久間倉君の姿が目に入った。


「――!? 久間倉君、あなたどうして!?」


「怪我はなさそうだな。ぎりぎり間に合ったみたいでよかった」


 そう言った彼はまるでヒーローのように私に向かって


「あとは任せて」


 と、そう言って再度敵に向き合った。


 私は庇った男の子を守るようにしてただそこにうずくまっていることしかできなかった。



008


 これは少し後に村雨本人から聞いた話なのだけれど、村雨は元々かなり裕福な家の一人娘として生まれたらしい。


 彼女は幼い頃から成績優秀、眉目秀麗、おまけに運動神経もよく人当たりもいい性格であったため、常に周りに人が集まっているような子どもだったという。


 そんな人気者であった彼女は当然のように小学生の頃から毎年学級委員を務め、中学時代には生徒会長にも推薦された。

 彼女は間違いなく人気者だった。


 そんな村雨の人生を一変させたのは、中学三年生のときだという。


 生徒会の仕事を終えた村雨が自分の家に戻ると――父親がリビングで首を吊っており、そして母親は首を吊っている父の横で瀕死の重傷を負って横たわっていた。


 あとで判明したことらしいのだけれど、少し前から村雨の父親が経営していた会社が多額の借金を抱えて、倒産一歩手前の状態となっていたらしい。


 倒産は免れないと判断した村雨の父親はその日家に帰るなり村雨の母親に対して力いっぱい暴力を振るい、そして気を失った村雨の母親をその場に転がしたまま首を吊ってこの世を去った。


 村雨いわく、記憶の中にある父との思い出は優しいものばかりで、とてもそんなことをするような人には見えなかったという。


 兎にも角にも、この件をきっかけに村雨の人生は一変してしまった。


 母親はなんとか一命をとりとめたものの、鬱を発症して病室から一歩も外に出ない生活が続き、また村雨自身も父親の抱えた借金の影響で家を追い出され、中学校を卒業した後、高校に通うこともできなかったという。


 この時点で、あれだけ彼女の周りに溢れていた人たちは――すでに一人もいなくなっていた。


 さらに村雨の不幸は続く――村雨の母親が父親の後を追うように病室で首を吊ってこの世を去ったのだ。


 そして村雨の母親の遺体を最初に発見したのは――他でもない村雨本人だった。


 村雨は母親が入院して以降、毎日病院に母親を見舞いに来ていたそうだが、その娘に対して、母親は『もう来なくていい』と何度も口にしていたそうである。


 それは決して、毎日甲斐甲斐しく自分のもとへ通う娘の身を案じてのことではなく『あなたの顔を見ると夫のことを思い出してしまうから』という理由だったという。


 その後、保護者のいなくなった村雨は施設へ預けられることとなる――そして、その施設があの『超人集団』に関連する施設だった。




『私は別にスポットライトの浴びる人生を送りたいとは思わないけれど、せめて搾取される存在ではいたくないし、社会の底辺にいる今の自分に耐えられないの』


 と、そんなことを当時の村雨はよく口にしていたらしい。


 だからこそ、彼女は『超人作成計画』のサンプルとして声がかかった瞬間、迷わなかった。


 むしろ、これで自分は救われるかもしれないと本気で喜んでいたという。


 決して超人になって人々を救うほどの正義感があったわけではない。誰かを助けることで自分の存在を認めてほしいわけでもなかった。


――彼女はただ自分がこの境遇から抜け出すための『役目』を欲していた。


 そして、組織から彼女に与えられた『役目』は『超人になって多くの人々を救うこと』だった――だからこそ彼女はヒーローを目指した。


 ここに、正義感もなく、道徳心もなく、信念もなく、決意もなく――それでも自分の命を懸けて人々を救うヒーロー、村雨類が誕生する――はずだった。


 しかしご存知の通り、この実験は失敗に終わる。


 計画は凍結され、村雨には中途半端な超人性と実験によってさらに狂った精神だけが残されてしまった。


 それ以降、村雨は向精神薬を飲むことでなんとか狂った心を正常に保ちながら、鉄砲玉のごとく組織から言われるがまま任務をこなした。


 それはいつ死んでもおかしくないような任務ばかりだったけれど、でもそうでもしなければ彼女はやっと手に入れた自分の『役目』を果たせなかった――


――ヒーローになれなかったのだ。



009


 なんとか村雨がモンスターに殴り飛ばされる前に間に身を乗り出して彼女を庇うことに成功したものの、その代償に僕は右腕の肘から先を引きちぎられた。


 正直に言えば、半端じゃなく痛かったしその場に転がり回りたくなったけれど、今はそんな場合ではない。


「あとは任せて」


 自分のミスを棚に上げて何を恰好つけているのかという話だけれど、僕は村雨にそうやって大見得を切って僕の腕を引きちぎった張本人に向かい合った。


 モンスターは力強く僕に殴りかかってきたが、僕は敵の右腕を左手一本で受け止めた。この程度の力を利き腕ではない手で受け止めるくらいわけはない。

 僕はそのままモンスターの右腕を引きちぎると、失われたはずの右手に力を込める。すると次の瞬間、なくなった右手が再生した。


「――うぉぉぉぉら!!」


 そのまま再生した右手でモンスターの顔面を殴り、地面に押し付ける。


「こいつは再生力が高いみたいだからな。もう再生できないくらいばらばらにしておく方がいいだろうな」


 僕はそう言って、地面に這いつくばっているモンスターの方を睨みつけると、両目に力を込める。


 次の瞬間、僕の両目からレーザー光線のような光が発射される。


 それはモンスターに直撃し、再生する時間も与えず、体を『溶かして』いく。

 数秒後にはモンスターは細胞一つ残らず消え去っていた。



010


「村雨は何でそうやって自分の身を犠牲にしてまで戦うの?」


 村雨が助けた男の子を無事見送って一通り避難が終わったところで、僕は村雨に問いかける。


「意味なんてないわ。私にはこの生き方しか、この選択肢しか残っていないもの。だから私はヒーローを目指したの――でも、結局私ではなれなかったけどね」


 村雨は寂しそうな笑みを浮かべながらそう呟いた。


「私はヒーローを目指したけれど、それには少し弱すぎた。だから私はヒーローにはなれない。だから私の代わりに――」


村雨は僕の方を見て言った。


「――あなたがヒーローになってくれない?」


 皮肉にもその言葉は『あいつ』が僕に対して最期に言った言葉と全く同じもので、僕は少し記憶がフラッシュバックしてしまった――まるで、彼女となら僕が春休みにしてしまった大きな過ちを、あいつに対する後悔を払拭できるような気がした。


 それでも覚悟を決められない僕は、


「残念ながら、僕はヒーローなんかじゃないし、これからもきっとなれないよ」


 と、言葉を濁した。


「……そう」


 村雨は少しがっかりしたような声で俯いた。


「……僕はお前が思っているよりもずっとずっと弱い。だからヒーローなんかじゃないし、きっとこれからもなれない。でも、常に『そう』なりたいと思う自分も確かにいて……つまり、なんていうか……そう、村雨や、僕を信じてくれる人の期待に応えたいし、その人たちが望む自分ではありたいと思うんだよ」


 そうやって言葉を詰まらせながら、僕は村雨の目を見てはっきりと告げる。


「だから、僕はヒーローなんかじゃないし、決して村雨が思うほど強くもないけれど、それでも――お前の望む、村雨が期待してくれるような僕でいられるように精いっぱい努力する。

だから、俺のパートナーとしてこれからも見守ってほしい」


村雨はその言葉を聞いて少し驚いた後、


「――ええ、喜んで」


 と、とても美しい笑顔で僕に微笑んだ。



011


 翌日、いつもと同じように忌まわしき目覚まし時計の音が僕の嫌いな朝が来たことを告げる。


 毎日変わらず襲ってくる目覚まし時計への破壊衝動をなんとか抑えながら僕はまたすべてを諦めたような気力のない顔で起きあがる。


 いつもと変わらず朝の支度を簡単に済ませると、僕は学校へ向かうため玄関のドアを開けようとする。


 ――ピンポーン


 僕が玄関のドアを開けようとした瞬間、チャイムの音が鳴る。


 嫌な予感がして恐る恐るドアを開けるとそこには紙袋を持った村雨が立っていた。


「……ついに家にまで押し掛けるようになったのか? このストーカー女は?」


 すると村雨はすました顔でとんでもないことを言い放つ。


「失礼ね。私がそんな久間倉君のプライバシーを侵害するようなことをするわけがないでしょう? 今日は挨拶に来たのよ」


「――? 挨拶?」


「ええ、そうよ――改めまして、本日より隣の部屋に引っ越してきました村雨と申します。ぜひとも末永くよろしくお願いします」


………………………へ? 引っ越し? 隣に?


「最初の挨拶って肝心じゃない? だからきちんとしておきたくて。はい、これつまらないものですがお近づきのしるしよ」


 そう言って村雨は僕に紙袋を差し出す。中には高級そうな和菓子が入っていた。


「ほら、早く行かないと遅刻するわよ。そんな風に突っ立ってないで折角お隣同士になったのだから一緒に登校しましょうよ」


 そう言って手を差し出す村雨に


「――ふざけんな!! 何が『折角お隣同士になった』だ!! 完全に確信犯だろ!! つーか、僕にプライバシーはないのかよ!?」と、僕はひたすらキレ倒した。


「まあまあ、そんなつまらないことは歩きながら話し合いましょうよ。ほら、早く行くわよ」


 僕のプライバシーに関わる最重要事項を『そんなつまらないこと』と一言で片づけた村雨は今度こそ僕の手を引いて強引に家を連れ出した。


 僕は結局断り切れず、彼女と一緒に登校することになった。



「村雨君、昨日はありがとう」


 歩いている途中、村雨は突然僕にそう言った。


「――? 何かお礼されるようなことしたか?」


「嬉しかったの。まさか久間倉君の方から『パートナーになってほしい』なんて言われるとは思っていなかったから」


「――ぶっ!?」


 僕は動揺してむせ返る。


「いや、捏造するな。僕はそんなことは言っていない」


「でも『見守ってほしい』とは言われたわ」


「――うっ!? それは……言ったけど」


「もうこんなの愛の告白と同じじゃない?」


「違う」


 僕はあくまで否定する。


「じゃあ、もう一度ちゃんと言うわ――久間倉君、私と結婚を前提に付き合ってくれないかしら?」


「…………………………いいよ」


 僕は恥ずかしいので目を合わせないようにそっぽを向いて答えた。


「あら、意外ね?」と、その言葉とは裏腹に村雨は少しも表情を変えず言った。


「正直、久間倉君を落とすにはもう少し時間がかかると思っていたわ――子供っぽいことを聞くようで申し訳ないのだけれど、参考までに私のどこに惚れたのか教えてもらえないかしら?

 これまで私って久間倉君に好かれるようなことは何一つしていないと思うのだけれど?」


 そう問いかける彼女に向かって今度は目を見て


「――顔」

 と、僕は端的に答えた。


「え……?」


 これにはさすがに少し驚いたようだった。


「私が言うのもなんだけれど、久間倉君はそれでいいの?」


「いいんだよ。惚れる理由なんてあってないようなものだってお前も言ってただろ?」


 僕はいつか村雨が話した言葉を引用する。


「理屈じゃないんだよ、きっと。僕は単に出会った瞬間に人生を捨ててもいいと思うくらい村雨に一目惚れしただけなんだ」


「あらそう? 嬉しいことを言ってくれるじゃない」


 僕のそんな適当な言い分で村雨は納得したのか、それ以降は特に表情を変えることもなく、僕から目線をそらした。


 それでも、僕は隣で髪をかき上げた村雨の頬が少し赤くなっているのに気づいていた。


「でも先に言っておくぞ。僕はお前のルックスに惚れたんだからな。お前がこれから顔を怪我でもして今の美貌を維持できなくなったら速攻で別れるからな――だから、あんまり危険なことはするな」


 僕はできたばかりの自分の恋人にそう告げたが、


「無理ね」

 と、即答された。


「前も言ったけれど、私はこの生き方しか残されていないもの。だから――」


 村雨はこれまで見た中でもっとも綺麗な笑顔で


「――だから、あなたが私を守ってね」


 と、そんなことを言うのだった。


 どうやら、僕よりはやっぱり彼女の方がずいぶん大人で、子どもっぽい僕が女心を理解できるのはもう少しだけ先の話になるのだろう。


 僕たちはお互いに手をつないだまま朝の通学路をゆっくりと歩いて行った。

次からまた章が変わります。

できるだけ早くアップできるように善処します。

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