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アドバルーンが東の空を揺蕩う

作者: 三枝 四葉

「うわ、さむ……っ」


家で唯一の出入口であるドアを開けた瞬間、思った事が僕の内側から漏れた。


Tシャツと長袖カッターシャツだけではちょっと肌寒いかもしれないと思って、お気に入りの白いパーカーを更に上着として羽織ってはいた。今年ももうそんな季節がやって来たんだなと、冬へ近付く気配のある寒さが僕に飛び込んで来た事で改めて分かった。


自転車のハンドルを握り、地面を軽く蹴って、行きたい場所へ向かう為に家から離れた──。



※ ※ ※


少しどころか大分肌寒くなった秋晴れの日に自転車を漕ぎながら、何か口が寂しいかなと感じていた。

行こうと思えば、大体目の前にあるコンビニで何か買おうと立ち寄る事にして、自転車を近くにあった駐輪場に停めた。行きたい場所はコンビニでは無いが、まぁ此処も行きたい場所の一つだ。誰だって行きたい場所は一つだけとは限らないし、幾つとも数え切れない位にあるだろう。行く為に必要なお金が難しそうな所は自転車持ってたら、行けそうな場所までちょっと頑張ったり、バイトで稼いで後日にバスや電車や新幹線で向かったり。


簡単か複雑かの話と云ったら、風船ガムもそうだ。

風船ガムを膨らませるのは得意でも無いのに、ふとした時に買おうとする。

葡萄味を選んだ。葡萄味が一番好きという訳じゃないけど、どんな味のガムを選ぶかはその時の気分次第。


難しそうじゃない、でも案外簡単じゃないただの足し算引き算と比べたら、その問題を解いてる内に、未だ意地張って膨らませようとする。上手く膨らませられたら、何かカッコいいとでも思ったのかもしれない。高い値段じゃないから失敗しても、でもその時だけ「また買おうかな?」と同じコンビニで買ったガムの売り場の前で思って、結局買わずに店の外へ出たりする。


未だ残ってたガムを膨らませている内に、疲れた心の隙間を埋める為の言葉を考えてた。どんな言葉の鍵でも鍵穴が合わなくて中々ドアが開かない心を目の前にして思う。


使った言葉、使わなかった言葉のそれぞれの違いって何だろう?

気恥ずかしいと思うか、その重さを自分を天秤に量ればきっと分かるかもしれない。


話がそれ程大きく膨らむ様な言葉は未だ出会えていない。かもしれない。

もし出会えたとしても靄が掛かってて、その裏側で伝えたかったほんとのほんとの思いは届いてたり、届いてなかったりする時もあったり。

星の様に綺麗な言葉に出会えたとしても、その言葉の為に上手く使ってやりたいと、どうしても時間掛かっちゃうし、そんな自分が嫌になっちゃうし。

時間はせっかちだから待ってくれない。

先へ先へ行かれて、僕をその場に置いてかれてしまう。



「いらっしゃいませー」


「ありがとうございまーす」


店員から客に向けての来店時と退店時の挨拶が往復する様に聞こえた。


膨らませられなかったガムと思いを紙にペッとして、『資源のご協力をお願いします』とかよくありがちの言葉で書かれた小さなビニール袋、それからコンビニに戻って『紙・プラスチック』と書かれたゴミ箱へと、分かる事だけは迷い無く順に放り込む。


会いたい人や言葉と引き合わせて。

そう願っても簡単に叶わないし、でも願ってしまう。そして自転車に跨がって、僕の次に行きたい場所へ向かう。


行きたい場所に辿り着いたとしても、自転車停める為の場所が傍に無くて。

探しながら懸命に漕ぐけど、中々停める為の場所が見つからない。

そして誰にかは分からないけど何か伝えたい思いが浮かんでは、空気という名の怪盗に盗まれる様に、気付かない内に消えていく──。



※ ※ ※


行きたい場所からの帰りに、大きな交差点にある赤いランプの信号機に行き当たって、移動中の自転車を止めた。

白い停止線の前で一時停止して、青の信号に切り替わるまで東の方の空を向いてみた。

大きな建物から伸びた凧糸の先のアドバルーンが秋の少し寒い風に揺れて、その場所で起きているイベントの存在を示してた。何かやってるなと思いながらその場を通り過ぎる矢先、



建物に繋がれていた凧糸が切れたのか、アドバルーンが更に空の上へと飛んで行った。


それに慌てふためいている様子の、建物の屋上に居る、きっとイベントの仕掛け人達。

慌てても待ってはくれずに飛んで行く様子は、過ぎ去っていく時間と似ているなと思う。どう足掻いても手に届かない"過去"という風船が飛んで行ってしまうところを茫然と眺める様な。更に飛んで行くアドバルーンを見ていて、何故かガムを上手く膨らませられた人の風船が思い浮かんだ。



……あんな風に何処へでも行けたら。






















──なんて、ちょっと馬鹿な事を思い描いては小さく笑っていた。


()()()()()()()()()アドバルーンは大きなビルに繋がれたまま、ただ秋の少し寒い風で東の空に向かって揺蕩う様に、その場所で起きているイベントの存在を示し続けていた。



僕もそんな風に大きく風船ガムを膨らませたい。

アドバルーンの幟には、語感で気に入った言葉のタイトルを添えて。


……それに似合う位の大きな話が書けたら。



そう思った、特に何て事も無い日の小さそうで大きな出来事。

赤いランプの信号機が良いよと優しく、青の信号に切り替わった──。

ぶどう味の風船ガムは無かったので、ブルーベリー味を噛みました。上手に膨らませませんでした。


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