人形遣いと最期の扉
簡単な叙述トリックです。
楽しんでくれたら幸いです。
花卉は花器がなければ生きていけない。花は花瓶に活けられてこそ、その鮮やかな花期を意義のあるものにする。他者に認められるからこそ、その身を彩る花弁には意味があり、存在を示すことができるのである。
「まるで僕と君だね」
カーテンが閉め切られ、電灯も点けず薄暗い部屋の中で少年は動かなくなった少女に声をかける。けれど、ベッドの端で壁にもたれるように座り込んだ少女は反応を示さない。焦点の合わない虚ろな目は彼を捉えることはなかった。ガラスのように輝いていた瞳も、今はどことなく淀んでいる。それは明かりがないからだろうか、彼には分からなかったが、昔見せていた笑顔からはとても想像できなかった。
「いつも一緒だったね。どこへ行くのも、何をするのも、僕は君と一緒だった」
小さい頃に出会ってから、二人は多くの時間を共有した。けれどいつからだろうか、二人が一緒にいられる時間は次第に減っていった。それは学校であったり、友人関係であったり、所属するコミュニティが増えるにつれて、彼と彼女は離れていった。
「僕には君が必要なんだ」
その声は今にも泣きだしそうに震えていた。苦楽を共にしてきた二人だから、一人になった時の脆さに気が付かなかったのだ。学校というコミュニティの中で、異物は排斥されてしかるべきだ。集団の輪の中でいじめられた者、それがこの薄暗く締め切られた空間を作り上げてきたのだ。
「君がいないと、僕は前に進めないんだ」
通り過ぎた夏季に、輝いていた過去を思い出す。二人で駆け回ったヒマワリ畑。背の長い花を掻き分け、石垣の向こうに広がる湖面の輝きに二人で目を細める。光を受け輝く瞳を見つめ、彼はこの一瞬に永遠を絵描き出していた。けれど、沈み込む部屋の隅にその輝きを再び見ることはできない。永遠だと思っていたあの夏もいつしか夏期講習に終われるだけの日々になり、彼は彼女と遊ぶこともなくなっていた。
部屋から出なくなり、彼女との時間は増えた。けれど、彼女に彼の声はもう届かない。
「……時間の流れは、残酷だね」
カーテンの隙間から斜陽が差し込む。窓の外から聞こえるカラスの声が、夜を誘う。
「成長してしまったから、もう僕らは会話することもできないんだね」
人形がしゃべるはずがない。それは成長によって形成された人間の常識。二人の間に築かれてしまった障壁であった。いくら人形が語りかけても、成長してしまった人間にその声は届かない。
階下から声がした。それはこの部屋への訪問者を告げる両親のものであった。
「答えなきゃ」
少年の言葉に重なるように部屋の扉が開け放たれた。そこに立つのは学校帰りであろう、制服に身を包んだ青年の姿だった。青年の登場に、少女は初めて顔を上げ、彼の姿を確かにその瞳に捉えていた。
廊下から差し込んでくる光に照らされて、少女の瞳は煌めいた。そんな彼女の様子に少年は悟ってしまう。
「もう僕じゃ、君の力になれないんだね」
彼女が必要としているものが、自分ではないことを。
差し伸べられた青年の手に、少女は手を伸ばす。彼女が立ち上がり、再び前へ進もうとしている様子を、少年は純粋に嬉しく思った。
もう自分は必要ない。もう彼女は一人で歩いて行ける。
「良かったね、加奈ちゃん」
もう届くことのない少女の名を呟き、人形は、倒れ込むのだった。
お話としては面白味のないものになってしまいましたが、叙述トリックの練習作ということで勘弁してください;;