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昔、書いてた奴のまとめ  作者: 無職童貞
異世界クラス転移もの
19/39

002-10



 結論から述べよう。法理 矛盾だった。


 もし、この世界がお話を期待しているというのならば、僕はその期待に応えることなど絶対に無い。そして、義理もなければ、したくもない。だからこそ、結論から述べよう。法理矛盾であった、と。


 ミステリーとしての謎や犯人探しも必要なく、現場不在証明、俗にいうアリバイなんてものもなく、トリックも存在しない。故に全てが法理 矛盾であることに物語など必要も無い。ただ、僕が間違っていただけだった。


 そして、全ては法理 矛盾である。


 図書館のカードキーで開放をしていたのも、知念にブレスレットを渡していたのも、那賀島が教会に行った時に一緒に居たのも、教会を使って記憶を消したのも。そして、僕達が帰還という目的の前に立ちはだかったのも。最後に、僕を断罪するのも。


 全てが法理 矛盾である。


 元『孤高の独裁者』にして、弓を持ち、シニカルに笑うくせに、恥かしがり屋な側面も持つ。運動は苦手で、弓道の腕前は普通。メガネを掛けているくせに、頭はそこまでよくはない。友達は多く、仲のいい友人はクラスメイトと胸を張って言える性格で、冗談交じりに「ならば、私と付き合おう」と告白をしてくるような奴。


 それが法理 矛盾である。


 法理 矛盾ほどクラスメイトを愛していた奴が居るだろうか。僕は知らない。僕がクラスメイトを愛していないからこそ、法理 矛盾のクラスメイトに対する直向ひたむきな愛を僕は見る事ができた。


 だからこそ、法理 矛盾は立ちはだかった。


 僕の前に、僕だけの前に、仮初のリーダーである僕の前に立ちはだかり、弓を、矢を、向けていた。悲しげに目を伏せて、語られた真実なんかどうでもよく、僕はただ、その矢を受け入れる準備をする。


 いや、カッコいいことを言って見ても結局は。


 僕は抗って、逃げようとして、追い詰められて。無様に倒れて、血で教会の床を汚し、木の椅子を幾つも蹴倒して、それでいて、無様にはいつくばって、追い詰められていた。


 彼女が握るのは、いつも持ち歩いていた小さな弓ではなく、弓道場で見かけたこともある身の丈はあろうかと言うほどの大きな弓。


『和弓』


 連射性がなく、威力が高い。けれども、彼女は矢を構える右手に四本持ち、尋常ならざる膂力で素早く引き、放ち、並外れた判断で僕の居る場所を的確に射抜いた。


 まるで大人と赤子のような戦いである。僕が構えた盾、棺桶は矢を弾くことが出来る。身を丸々と隠していたのならば、ここまで無様な結果になるのだろうか。いや、なる。何故なら、移動しながら『和弓』を使いこなす。それこそ、短弓と同じように『和弓』を使うのだから、敵う道理などありはしない。


 ザシュッ。


 太ももに矢が刺さる。激痛に悶え苦しみ、無様に泣いて、転がりまわりたいが。そんなことは許されない。掠り傷、矢傷、切り傷、裂傷。血は流れ続ける、それでも法理は弓を繰る手を止めない。止める理由が無い。


「なぁ、委員長」


 月の光が差し込むという冗談のような状況。先日まではどこか薄暗いわけのわからない場所にいて、脱出したわけでもないのに教会には月の光が差し込む。


 ちょうど、月の光がライトアップするかのように法理 矛盾を映し出す。まるでさながら、舞台の如く。そして、舞台女優の如く、法理 矛盾は堂々と立っていた。


「空洞 空委員長」


 間違えた、致命的な間違いだ。命に至るミスだ。だからこそ、僕はようやく荷が下ろせた。犬死になるだろう。誰の記憶にも残らないで、犬死もいいところだ。意味のある死になるだろう。クラスメイトの法理 矛盾が。あのクラスメイトを愛する法理 矛盾が僕を殺すのだと言うのだから意味がある死になるだろう。


 どちらも嫌で、どちらも望んでいなかった。


 にも、関わらず。僕は満足していた。唯、漠然と迫りくる死に感謝すらしていた。ようやく、終われる。ようやく至れる。これだけ致命を犯しながら、命を保っていたことが不思議でならないのだ。ようやく、ようやっと――死に至れる。


 憧憬が無かったわけじゃない。羨望が無かったわけじゃない。恐怖が無かったわけじゃない。興味がなかったわけじゃない。けれども、臆病で、最低で、逃げて、捨てて、不要とした僕は――


「一つ、話をしよう。そう、いつか君が語っていた正義の話だ」


 今更、思い出話。


「唐突だと思うかい? いや、こんな機会だからこそ、私は委員長とようやく話せる。いつだって良かったわけじゃない。どこでも良かったわけじゃない。恐らく、私はこの時、この瞬間の為に機会を待っていたとすら思える。なんだったかな? ロマンチスト……そう呼ばれている人種なのだろう、私は」


 相変わらず勿体ぶる奴だと僕は苦笑を浮かべる。法理 矛盾が話をしたいというのならいいだろう。そして、話終えた後、きっと僕の命は消える。簡単に、あっけなく、意味なんてなかったかのように。けれども、それを酷く心地よく感じていた。


 クラスメイトを五人も死に追いやって、挙句にはその事を隠してきた罪から開放されるのだ。その断罪者は誰でもよかったわけではない。


 剱山 剣花ではない。野原と椿の為に行動した紫香楽 アリアではない。彼女である『三浦 数子』の為に立ち上がった那賀島 夕ではない、親友たる『田中 由』の復讐の代理を務める『知念 一輝』ではない。


 クラスメイトをこよなく愛し、クラスメイトの為に行動した法理 矛盾に殺されるのだ。これを僕は満足せずに誰で満足しろと言うのだ。


 愛を理由に、殺される。


 僕には高尚すぎる理由で、理解の追いつかない理由で、そして何よりも美しく人間らしい理由だった。


「唐突だが、正義の話をしよう」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「誰だ、隠していやがったのはぁっ!」


 酒場についた時、聞こえたのは怒声だった。中には既に相当数の人間が集まっているのだろう。僕は慌てて、中に入る。


「後藤っ」

「空洞、遅ぇーんだよっ!」


 椅子に乱暴に座り込む後藤。どうやら、後を任せるといいたいらしい。中央の木で出来た丸いテーブルは割れていた。後藤がセコセコと溜め、武器屋で購入したハンマーの一撃によって破壊されたようだ。これはいつもの悪ふざけでもなく、後藤が後藤らしく『マジ』でキレている証拠だ。


「……お前は、少し落ち着け」

「あぁん!? この状況を落ち着けって言うのかよっ! 俺達が必至こいてカードキーを捜している間に――」

「だから、落ち着け」

「……クソっ」


 誰よりも帰りたいという思いの強い後藤。だからこそ、全員で協力しあうという状況下において、重要なことを隠されていたことが気に喰わない……いや、そんな生ぬるい感情じゃないだろう。


 事実、後藤は『裏切り』と感じている。だからこそ、ここまで激昂していたのだ。


「……大丈夫だ、皆。一旦、落ち着こう。少し冷たいものでも飲むべきだ。というより、僕は喉が渇いた。走ってきたから、少しくらい休憩させてくれ」


 全員の視線が集まる中、僕は『エール』と呼ばれるアルコールと度数が低く、不味いが飲めなくはない果実酒を注文する。


「……ほらよ」

「礼は言わねぇからな」


 エールを受け取り、後藤が喉を豪快にならしながら飲む。周りを見ると特に動揺が激しいのは御伽だろう。対人恐怖というモノを抱えながら、後藤が怒り狂う姿を見ていたのだ。今、端っこでガタガタと震えている。


「御伽……」

「委員長……なの」


 まるで赤子のような足で歩き、僕の若草色の服にしがみ付き、小さく嗚咽を漏らしはじめた。後藤の方を見れば物凄くバツが悪そうだ。幾ら、混乱していたとはいえ怒り狂って、クラスメイトを恫喝して、挙句には御伽まで泣かせているのだ。そりゃ、バツが悪いだろーよ。


「ふぐっ、ふぇぇぇっ、ふぇぇぇぇぇぇぇん」


 今まで、我慢してきたものが堰をきったかのように溢れる。涙が僕の服を濡らして、御伽は今まで我慢していたものを吐き出すかのように声をあげて泣き始めた。


「……」


 後藤が物凄くバツの悪い顔をしている。異性という観点で見れば、どちらかと言えば年下と間違えてもおかしくない御伽。妹と重なる所があるのだろう、どちらかと言えば幼い言動に癇癪持ちで少し我侭。それでいて、他人が苦手なくせに一生懸命、何かをしようとする。事実、御伽はこんな状況下でも今まで、一度たりとも泣いていなかった。


 御伽らしくなく、御伽らしい。


 御伽 夜とはそういう少女なのだ。泣きたいくせに、我慢をして。騒ぎたいのに、我慢をする。だからこそ、他人が苦手なのだ。自分を押し殺す生活を強いる他人が。そして、その健気な姿はクラスメイトの誰もが評価をするところだ。


 檜山も、仙道も、北村も、小堂も、紫香楽も、野木山も、霊山も。挙げればキリがない。そして、後藤すらも根性があると認めている。


 だからこそ、不自然なまでに頑張っていた彼女のSOSに誰も気づかなかった。泣きたい、吐き出したい、甘えたい。そんな事を誰も許してくれなかった。全員が自分に手一杯で他人のことを気遣うなんて余裕は『本当は』無いのだ。


 明るく、能天気に振舞ったとしても。それでも僕らは誘拐、拉致をされて三週間なのだ。そして、あろうことか化け物と戦っている。不安でないわけがないのだ。


「後藤ちゃん……」


 野母がポンと後藤の肩に手を置く。頭をボリボリとかいて、後藤は「あーっ、もうっ、わかってるつぅの!」と足音荒く、こちらへ向かってくる。ビクリと御伽が震えて、僕の背後に隠れる。未だにグズグズと鼻を鳴らし、涙をごしごしと拭いていた。


「……悪かった、暴れて」

「ふぐっ、い、いいの、後藤くんは暴れるのが仕事なの」

「……」


 物凄い顔をしているのは後藤。いや、怒っているわけじゃないが、情けないやら困惑やら今更、自分がどう見られていたのかという再確認というか。


「ぶふっ……」


 誰かが耐え切れずに噴出す。僕の角度でよく見えたが、噴出したのは霊山だった。御伽と同じ部活動に所属し、強気な少女。二つの編みこみの髪型、そこそこ可愛い顔立ちの彼女が思わず噴出したといった感じである。


「だ、誰だ……笑ったのは」

「あ、あんたが悪いんでしょーっ! 何、あたしの夜を泣かしてんのよっ! あんた、泣かすわよっ!」

「霊山かよ……」


 後藤はげんなりしたかのように呟く。霊山と野木山が御伽を撫でて後藤を責め立てる。そして、僕は突っ込まない。震えていた御伽を放置していたことに関しては。まぁ、アレは仕方ないのだ。御伽の状態があそこまで悪化してしまえば、二人とてどうすることも出来ない。


「少しは考えて暴れなさいよね! この暴れ馬鹿っ!」

「あ、暴れ馬鹿だとぅ……」

「そうですね。暴れ馬鹿です。馬鹿です」

「……」


 い、如何、若干、後藤の奴が凹んでいる。霊山と野木山の口撃が遠慮なさすぎる……


「だ、大丈夫だ、兄さんは出来る子っていつも言われてるじゃねぇか。頑張れ、俺。負けるな、俺……」


 凄く情けない台詞が後藤の方から聞こえた。というか、雅ちゃん(後藤家長女)は兄を甘やかさないでほしい……


「それじゃあ、全員が揃うまで待つか。後藤」

「んだよ」

「短気は妹さんに怒られるぞ」

「ちっ……わぁってるよ!」

「ちなみに今回のことは妹さんに報告させてもらうからな。暴れて女の子を泣かしたって」

「……マジかよ」


 世界が終わったかの如く、膝をついている。


「ただし、この後、大人しくしていたら、いい報告をさせてもらう。いいな?」

「……あぁ、俺は今後、二度と口を開かねぇ」

「そこまで求めてねーよ……」


 決意が重過ぎる。本当にこんな兄貴で妹ちゃん達の教育は大丈夫なのか。物凄く不安を覚えてしまった……



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 一斑。パーティー名『エーテルの風』

 リーダー、小堂 祥子。命名者、紫香楽 アリア。


 二班。パーティー名『異世界紅蓮隊』

 リーダー、猿渡 光秀。命名者、猿渡 光秀。


 三班。パーティー名『魔法少女達之宴ヴァルプルギスのよる

 リーダー、沼江 鳳。命名者、沼江 鳳


 四班。パーティー名『オカルト部と公子さんと棗くん』

 リーダー、麻呂 公子。命名者、矢来 棗(他多数)


 五班。パーティー名『帰還方法探索隊』

 リーダー、菊池 裕子。命名者、菊池 裕子。


 まず、一つだけ述べるとするのならば。名前を見て、お前ら、遊んでんのか……ということだ。ちなみに六人五班なのでどうしても三人余ってしまう。余っているのは僕、後藤、そして野母である。能力的にはどうしても三班から五班についていくことが多くなってしまうのは一斑から順に総合力が高いからだ。


 エーテルの風、と呼ばれる班の構成は小堂を司令として。北村、仙道、檜山、仙道、神威、紫香楽と言った運動能力も高く、リーダーシップも抜群であり、尚且つ機転も利いて、さらには魔法と呼ばれるものを使いこなしはじめた奴らだ。


 エース。そう、エースと呼ぶに相応しいトップクラスの人間が固まっている。そして、驚いたのが、小堂が特に誰と組みたいと我侭を言わなかったことだ。元の世界ではオタクコミュニティとして麻呂と組みたいといわなかったことだ。


 喧嘩でもしているのだろうか、と尋ねてみると首を横にふられた。


『拙者は確かに麻呂が付き合ったことを妬ましく思っているでござるが、それ以上にやはり、喜びというものもあるでござるよ。何せ、麻呂とは中学からの付き合いでござるからなぁ。だからこそ、麻呂もわかってくれるでござるよ、運動能力、という点で見ても拙者はクラスメイトの中でも劣ってはござらん。それにアドバイザーと分野において、あの五人には必要でござろう?』


 そう、紫香楽 アリアもリーダーシップを取れるのかもしれないが、彼女はその荷が重いだろう。そして、神威という存在を僕は信用していない。だからこそ、檜山、仙道、北村を頭よく纏める人物に小堂は適任ではあった。


『まぁ、本気で困ったことになったら、拙者が止められるとは思えないでござるが、その時は遠慮せずに空洞殿に頼らせてもらうでござるよ』


 そして、麻呂に小堂のことを報告するとどこか納得しているかのように頷いた。


『わかっているでおじゃる。麿は身体能力が高いというわけではおじゃらん。魔法こそ、そこそこ使えるようにはなってきたものの、どうしても戦闘と言った面で見ると劣ってしまうでござる。それに、パーティーが違うからといって縁が切れるわけでも、会えなくなるわけでもおじゃらんよ。全く、何を心配しているかと思えば……』


 呆れたように見られた。いや、まぁ、喧嘩していないなら僕が気に止める必要も無いのだけれど。


『それに、これで公然と棗といちゃつけると思えると楽しみでおじゃる』


 こっそり、矢来と麻呂を別の班にしようかと思ったが、思っただけでやめておいた。闇討ちされるかもしれん……


 そういうわけで能力という面では群を抜いている『エーテルの風』というパーティーが出来上がったのだ。ただ、このパーティー名、否定された存在じゃなかっただろうか? いや、僕もそこまで頭のいいわけではないが、確か特殊相対性理論によって否定された存在ってどこかで……確か教師の誰かが授業中で喋っていたような覚えがある。そもそも、エーテルなるものは何なのか、わからないのだが。


 檜山も、仙道も、北村も、神威も特にパーティー名に興味はなかったらしく、小堂と紫香楽が激しく論争していたらしい。小堂は『甲賀忍法帖』がよかったらしいのだが、紫香楽は『それは危険ですわ……』との意見により却下されたらしい。


 前衛が四人、司令として真ん中が一人、後衛一人のパーティーである。若干、前衛が多いが、前衛のうち、北村と紫香楽は後衛でも活躍できるという万能っぷりを発揮している。


 北村の魔法は『火魔法』を使え、火力が高い。神威に至っては『全属性』と呼ばれているらしい。何でも属性と判断される魔法なら、全てが習得できるとのこと。小堂と紫香楽曰く『チートですわ!』『チートでござる!』と言わせしめた。


 仙道は補助魔法『応援』という魔法が使え、前衛全員に効果があるらしい。何でも前衛の能力を全て引き上げるとのこと。小堂と紫香楽曰く『また、チートですわ!』『またでござるか! いい加減にするでござる!』と言われていた。


 そんな中、檜山は未だ、魔法を使えない。檜山は僕と同じく特殊な適正を持っているので通常の魔法屋で購入した魔法は発動できなかったらしい。けれども、小堂と紫香楽曰く『チートの臭いがしますわ……』『というか『神獣化』とか名前でチートでござるよぉ……』と嘆かれていた。


 そして、小堂は『忍術』を使えるらしい。紫香楽は『剣魔術』だった。剣魔術って何なの? とか思っていたら、属性を剣に纏わせることができるとのこと。有用性がわからないと言ったら懇々と二時間説教された。個人的に『忍術』って魔法なのって聞いたら、二時間、懇々と説教された。


 前衛は紫香楽、檜山、仙道。中衛より前衛が北村。中衛兼司令コマンダーが小堂、後衛が神威と言った陣営である。ちなみに全員が前衛をこなせるような能力を持っているので規格外にも程がある。何でも回避盾が檜山とか紫香楽とか話していたが、回避盾という言葉自体、僕がわからない。


 さて、そんな最強の面子が戻ってきたのは僕達が戻ってきてから十分後であった。そして、酒場にはこれで全員が戻ってきたことになる。


 最初に戻ってきたのは後藤が一緒だった『オカルト研究会と麻呂と矢(略)』だった。そして、次に三班。そして、僕達が帰ってきた後、五分ほどで二班が戻ってきた。そして、今、三十三人が揃う。


「ソラ、紫外線、どうしよう!」

「どうでもいいよ……」


 入ってきた途端、そんなことを大きく叫んだ仙道 美代子のせいで、今から『誰が』図書館を開放していたのか、探す気にもなれなかった……




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 空気が悪い。重苦しい。僕が空気を読めるなんて高等な技術を持っていたことに我が事ながら驚く。それほどまでに沈黙が重たいのだ。


「……別に怒っているわけじゃない。むしろ、僕は感謝をしている。図書館を開いてくれた人物が居たおかげで、こうやって全ての扉が開放できた。そして、この異常事態も例え、図書館が開いていたとしても気づかなかったであろうから、どちらにせよ、酒場に集まることは当然とも言える」


 それでも、誰も名乗りでない。空気が重い。沈黙が重たい。後藤の奴も苛立ち始めた。ただ、事前に釘をさしておいたおかげなのか、キレることはないだろう。偉大なのは妹御、雅さん(敬意)の教育の賜物である。


「……ふぅ、じゃあ、図書館の件についての言及はもうやめよう。別段に困るわけじゃない、困ったわけじゃないんだ」

「ちょ、ちょっと、待てよ、ソラっち! それでいいのかよ。これって裏切りなんじゃねーのか!」


 立ち上がるように言ったのは檜山だった。全員を見渡し、責めるような視線である。


「裏切りじゃない。ただ、報せるというルールは無いからだ。もし、作っていたら守っただろう。だから、何の問題もない」

「問題ねぇって……」

「ただ、そうなら、僕はリーダーなんて必要ないんじゃないかなって思う。もう、班も出来たし、それにルールも決めた。僕が知らないうちに事が進むのなら、場を理解できないような無能がリーダーなら、むしろ、交代した方がいいと思う」


 溜息を吐いて、僕は座る。正論だ。正論、どこまでも正論。けれども、本質は違う。僕はただ逃げ出したくて、正論を言っただけなのだ。事実、僕が信じられないから進んだのだろう、知らない場所で、図書館が開放されるという事態が。


 僕はその事態に対して、何の感想も抱かなかった。驚いたが、それは裏切られたとか騙されていたとか、そういう類の感情ではない。単純に知らなかった事実に気づいて驚いただけなのだ。だから、傷つくも何もない。


 信じていない、だから傷つかない。


「……ねぇ、ソラ。あんた以外に誰がこの面子を纏めるって言うのよ。少なくとも適任はあんたよ」

「……」

「第一、あんたを信用できないって言う奴が居るなら、あたしがシメるわ。それで問題ないでしょ」

「問題、大アリだ、馬鹿……少しは考えてから物事を言え」

「な、何よぅ……」


 ハァと大きく溜息をつく。どうやら、逃げることは許されないらしい。そして、僕如きの為に誰かがシメられるというのなら、僕は甘んじてこのまま道化を続けよう。そして、この件をなかったことにして、事態の把握に動くべきだ。


「さて、最初の目標である全ての扉を開放することに成功したんだが……どうやら、これで帰れるわけじゃないみたいだな」

「……そうでござるな。むしろ、拙者としてはこれでようやく整った。そう感じているでござるよ」

「どういうことだ?」

「考えても見てほしいでござる。殆どの扉にはレベルⅠと書いてあるでござる。そして、その扉が表す意味は初期段階。つまり、段取りとして、全ての準備が整ったからこそのこの異常事態ではござらんか?」


 小堂の言葉を考えて、確かにと納得が出来る。だが、最も理解できないのは――


「なら、僕達はこれから、何をやらされるんだ?」

「それは……流石に」


 準備段階。準備段階で五人も死んでしまった。それは加速度的に危険が増えるという意味だろう。いや、待て。


「……よし、今日のそれぞれ探索は自由とする。遊技場も今日から許可しよう」


 今まで禁止していた遊技場を開放する。一度、遊びに行けば出てこない奴もいるかもしれないしな……僕はまず、全ての場所を回ってみよう……


『街の開放終了。これから、街に蔓延るのは夜の『歩く死骸』のみとなります』


 急激に僕達の目の前に文字が浮かび上がった。そして、次々と情報の嵐が飛び込んでくる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『また、これより宿屋は勇者の家になり、勇者様方の本拠地となります。投資によって家のレベルが上がります。『全てのショップは使った金額に寄り、レベルが向上します。『勇者の家には鍛冶場があります。武器を鍛える際にご利用ください。『スペシャルショップで『専用装備』のチューンナップが行えます。チューンナップを行うと専用装備の能力が向上します。『全ての勇者様方に『専用装備』が存在します。現在、装備者は『一名』です。『神の塔が開放されます。『神の塔にはダンジョンが存在します。ダンジョンでモンスターを倒すことによって通貨が手に入ります。『ダンジョンは非常に危険です。『ダンジョンにはレベルがあり、三十七のダンジョンが存在します。ダンジョンの危険度はダンジョン入口の上、星の数を参考にしてください。『星の数は一つから十二存在します。最高難易度十二のダンジョンは三つです。『一つは『迂路うろほこら』『美醜びしゅう社城やしろ』『偽神の花壇』です。『初級ダンジョンは七つあります。その中で最も難易度が低いのは『秋葉原(大通り)』です『全てのダンジョンにはボスが存在します。『ボスを倒さなくてもダンジョンはクリアすることができます。『ボスは『資格者』と『資格者が認めた人間』のみに挑戦権が与えられます。一度、倒してしまえば同じ個体は二度と出てきません。『ギルドのクエストが解放されました。『これより、ギルドからのクエストを受領できます。『ギルドのクエストは討伐依頼がメインとなります。『モンスターの居場所はギルドで聞くことができます。『最高難易度のダンジョンを一つでもクリアすることによって、王との面会が可能となります。『王と面会が可能になった時点で選択可能な『エンディングリスト』を選ぶことが出来ます。『この世界では時間制限はありません。皆様は現在から年を重ねることはありません。しかし、子供を作ることは可能です。『この世界で一生を終えることもできます。『子供はきちんと成長いたします。寿命も普通の人間の八倍はあるでしょう。『現在、街に存在する生命体は『三十三』です。『街の成長は常時、勇者様方にお届けいたします。『訓練所ではスキルの訓練が行えます。『訓練所では魔法の強化が行えます。『レベルアップをするためにはステータスを見なければなりません。『ステータスを見るためにはギルドに申請してください。『ステータスカードをお渡しいたします。『ステータスカードから溜まっている経験値を消費してレベルアップが行えます。『レベルアップいたしますと、身体能力の向上、魔力の増加、スキル枠の習得が行えます。『ステータスカードには各々の職業が表示されます。『職業はクラスアップしますと、能力が増加します。『職業は専用装備へのヒントとなります。『図書館で現在のチュートリアルの復習ができます『図書館には攻略に関するヒントがございます『ステータスは『腕力について『頑強について『精神値について『個体について『スキルについて『魔法について『精霊について『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『以上でチュートリアルの終了を宣言いたします』



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 全員が絶句していた。情報の嵐だった、情報の暴力だった。目の前に現れた文字は一方的に、理解を追いつかせないまま、浮かび上がり、次々と表示されて、目で追うのが精一杯で、ただ、呆然と眺めてしまった。


 僕はメモ帳も取り出せないまま、全てが終わったと悟った時に、少なくとも。そう、少なくとも大切で、絶対に必要な部分を切り抜く。


『図書館』


 間違いない。この部分だけは絶対に必要だ。何せ、今の文字の暴力、情報の嵐をもう一度確認することができると述べていたのだから。


「な、何だったんだ、今のは……」


 後藤が代表して呟く。答えたのは紫香楽だった。


「……ゲームで言えば説明書ということですわね。私がプレイヤーなら電凸確定ですわ……」

「で、ござるなぁ……幾ら何でも不親切にも程があるでござるよ。これでは、読む暇もござらんではないか……」


 恐らく、何人が今の文字の中で必要な情報を読み取れただろうか。僕だって偶然だ。偶々、目に入った単語、前から気にしていた図書館という文字が浮かび上がって、それを見ていたからわかったようなものの、気づかなかった可能性が高い。


「……とりあえず、今の話を鵜呑みにするわけにはいかないだろ」


 僕はそう言って、全員に目を向ける。


「外に化け物が出なくなったからと言って、一人で行動するなんて、全員やめとけよ……怪我したら目も当てられないからな」


 だからといって、信じないわけでもない。もし、これが紫香楽の述べたように遊戯ならルールは守られるべきだからだ。ルールが無ければ遊戯は成り立たない。


 それは舞台、ショーでも同じだ。世界観に対する原則的なルールがある。だからこそ、今、僕達の目の前に流れた文章の信頼性は高い、と言えるだろう。過酷な世界であっても、外道な世界だったとしても。それでも、ルールは存在する。


 虚言を敷くぐらいなら、わざわざ教えなければいい。苦しむ様を見たいならば、教会と同じように大切な話は後だしをすればいいのだ。あの罠とも呼べる効果を外道以外の何と表現すればいいのか、僕はわからない。


 けれども、あの罠のような、畜生に劣る場所が、ルールの存在、証拠の一つとなる。それも強く、限りなく強く。何でもありなら、わざわざ報せる必要などない。わざわざ、記憶が消えたことを教える必要などない。


 醜悪な世界が見たいのなら、報せず。僕達が唯、クラスメイトを『ポイント』として殺す様を眺めていればいい。けれども、そうしなかったのは親切さからだろう。ただ、親切というのは得てして大きなお世話になりがちだ。


「……とりあえず、今日は解散だ。少なくとも二人以上で行動するべきだろう」

「信じないんじゃなかったのかよ、ソラっち」

「信じないわけじゃない、鵜呑みにはするな、と言っただけだ」

「ソラ、頭、大丈夫? 意味は一緒よ?」

「違ぇーよ! 何で僕の頭が心配されなきゃなんねーんだよ……保障が出来ないので警戒はしろって意味だ」

「……?」

「なんで、わかんないんだよ!」

「ちょ、ちょっと、ソラ! あたしが馬鹿みたいな言い方しないでよ!」

『(馬鹿だからなぁ……)』


 全員が仙道を見る視線が生暖かくなる。


「僕はまず図書館に言ってくる」

「あぁ、待て、委員長」


 そこで法理が僕に声をかけてきた。どうかしたのだろうか……確かに、ろくすっぽに話し合いもせずに解散を告げたが、それでも情報量なんて各々が大した量を持っていないだろう。それに今は一緒に行動するよりもなるべく小規模で別れて、情報を集めるべきだ。


「私も行こう。一人で行動は駄目なんだろう?」

「……そうだな、法理と二人だったら緑の化け物や青の化け物程度が出てきてもどうにかなるだろ。それ以外はとりあえず、逃げよう」

「……そら、くん! 私も、行きます!」

「いや、いいよ、別に……大人数で行動する意味ねーだろ。それに今まで探索に探索をし続けっぱなしなんだ。ここいらで少し休憩を入れるべきだ」

「……むぅ、なら、図書館で、寝ます!」

「図書館は寝る場所じゃねーよ……」

「……むむぅ、そらくん、正論、うざったいです」

「正論が嫌なら馬鹿なこと言ってんじゃねーよ……」

「……そら、くんより、成績いいです。けれども、やっぱり、図書館に、いきます。気に、なる、文章も、見つけたので」

「……」

「……ついでに、道具屋、によってください」


 ふてぶてしいな、こいつ……まぁ、恐らく。恐らくだ、神威は読み取ったのだろう。図書館に今の内容があるということを。学年一、全国区の才媛に今の文章を速読する程度の力は持っている。


「ふむ、委員長。これは両手に花。いわゆるハーレムデートという奴なのだろうか? 吝かではないな。むしろ、望むところだ」

「……買物デートに、図書館デート、です。ついでに、壁ドン、してくれても、いいんですよ?」

『!?』


 何故か息を飲む気配が所々から聞こえてきた。


「おい、二人共、今が異常事態と覚えておけ……」


 何だか、毒気が抜かれながらも僕は酒場を後にする。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ふむ、蔵書量は広大だな」

「あぁ……県立の図書館かよ……行ったことねーけど」


 僕達は道具屋に行った後、何故か服飾店に連れて行かれて、最後に図書館に来た。服飾店に行った理由がデートだからというすこぶる勘違いな理由だから、救いようがない。


 神威はキュロットにニーソックス、ペタンとした靴を履いていた。そして、気がついた事に服飾店は四レベルだった。使用した金額によって店のレベルがあがるらしいが、一体、幾ら使ったのか想像がつかない。


『……勝負服! ですっ! なけなしの、一万ポイント使いました!』

『あっそ』

『……まさかの、一言、です』


 この二週間。現れる化け物の数が増えたせいか、ポイントは全員かなり増えていた。緑の化け物は一体あたり十ポイントなのだが、蜥蜴の男は千ポイントも貰える。当たりハズレが激しく、また強さもピンからキリだろう。一番多いのは大きな鳥だ。空を飛んでいるせいか、遠距離の攻撃方法がないと勝てる見込みが殆どない。一体、二千ポイントもらえる。


 ただ、必要なものは高くなってくる。例えば後藤が持っていたハンマー。あれは『初心者用のハンマー』という名前で『Atk+12』と書かれているにも関わらず、三万ポイントもするのだ。武器関係は極めて高い。防具も配給品以外は高い。


 最低限生活するだけなら、浴場と酒場で一〇〇ポイントも必要ないのだが、それでも欲が出てくるのは仕方がないことで。魔法屋など一つ購入したら、お試し期間終了とばかりに二つ目の値段が三万とかするのだ。詐欺にも程がある。


 遅れて現れた法理は弓道衣だった。弓掛と呼べばいいのか、紺の袴に白の衣。いつか見た法理 矛盾がそこには居た。


『ふふっ、悩んだぞ、委員長』

『はぁ?』

『普通にお洒落をしたならば、委員長を落とすことは出来ない。ならば発想を逆転させればいい。つまり、制服だ。けれども、学校の制服など見飽きていることだろう。だからこそ、弓道着。これこそが委員長、君を落とす最強の布陣である!』

『……こす、ぷれ! 盲点、でしたっ!』

『いや、神威さん。仮にも弓道部員である私にコスプレというのは些か酷評というものではなかろうか……』

『……くぅっ、しまりました、紙とペンが、予想外に、高価だったので、今から、コスプレする、余裕が、ありませんっ』


 膝をついて、地面を叩く神威。お前、それ勝負服とか言ってなかったか? 恐らく元着ていた防具としてのダサい服は鞄の中だろう。実は全員が持つ肩掛けのバッグは『アイテムバッグ』と呼ばれていて、見た目以上のものを収容できるらしい。質量保存の法則……


 そんなわけで酷く遠回りをしたが、僕達は図書館に着いた。そして、入った瞬間、余りの広さに僕は困惑した。ここから、目的のものを見つけるのは難しそうだ。


「委員長は何を読もうと思っているんだい?」

「あぁ、僕は先ほど述べられた基礎の説明がどうやら、ここで確認できるらしい。だから、メモ帳にメモしておこうと思って」

「……一心同体、ですね」

「いや、同じ作業する意味ないだろ……なんなら、帰れよ……」

「……あまりにも、鬼畜です。とはいえ、私も、同じ、ことを、考えて、いたので、作業が、かぶりますね。どう、しましょうか?」

「さぁ?」

「……もう、いい、です。つーん、です。私は、怒りました。あんまりな、扱いです」


 まぁ、ルールについて纏めるのは二人もいらないだろう。酷いとは思わない、これだけの広大な情報。本を手分けして、探すという手もあるが、神威の手は余り借りたくない。それこそ、初日の緊急的な理由とは違い、時間がそこそこあるのだ。


 ならば、僕は僕だけでやるべきだ。他人の力は要らない。自分で出来ることは自分でやる。それは当たり前のことで自然なことだ。


「……あ、でも、つーん状態な、私ですけど、少し、優しくすれば、すぐに、デレます」

「あっそ」

「……デレが、見たくなったら、早く、してくださいね? 間に合わなく、なっても、知らんぞー、です!」


 僕は神威を無視して、一歩踏み出す。


「ふむ、委員長がルールの本を探している間、私も自分の専用装備について調べておくよ」

「専用装備?」

「あぁ、あの文字が浮かび上がった時、私の正面に浮かび上がった文章は全ての勇者には専用の装備がある、ということらしいね。それと、現在は一名が専用装備を持っているらしいが……まぁ、考えなくても誰かはわかりそうなものだね」


 僕は身体に巻きつけている鎖、背後に引き摺る棺桶を見る。多分、僕のことだろう。というか、これが専用装備でなかったら何なのか。


「それでは、な。委員長」


 法理はそういって、図書館の中、棚を歩いて消えていった。


「……それでは、いきましょう、そらくん」

「おい、何、さりげなく手を繋いできた」

「……ちぇー、です」


 唇を尖らせる神威を引き連れて、僕達は図書館の中を周り始めることにした。


『図書館』


 レベルはない。つまり、レベルを上げる必要がないのだろう。十八もある扉の中で教会と図書館にレベルは存在しない。まぁ、図書館で出来ることなど限られているからな。広々とした棚を僕は眺めながら進んで行く。いや、どうしよう。これ、蔵書多すぎだろ。後ろを振り向けば微笑む神威。


『……お願い、するなら、手伝って、あげても、いいんですよ? どうなんですか? そら、くん?』


 そんな表情をしていた。絶対に頼まない。ドヤ顔、と呼ばれるような顔をしているのが若干、腹が立ってくる。絶対に頼まない。僕の誇りをかけて、必ず一人で見つけてやる。神威なんかに、絶対、負けない!



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 闇雲に探すだけじゃ勝てなかったよ……というか、蔵書多すぎだ。どうにかして、目的の本を見つけなければならない。とはいえ、どんなタイトルなのかも想像つかない。というか、神威の手も借りたい状況下に陥ったのだが、あいつ、いつの間にか消えていやがった。


 懐中時計を取り出す。時刻は十六時を回った頃だ。昼食、抜いてしまったな。僕はバックから食パンを取り出し、口に運ぶ。不味い。なんというか、下手糞すぎる。食パンでありながら不味いという感想を持たせるパン屋・レベルⅠに感心してしまう。


「困ったな……」


 そんなことを呟きながら、奥へ進む。周りを見渡せば『世界のグルメ』『ドラゴン料理の奨め』『火魔法の火力を調整して、美味しく料理を作ろう』『水魔法で上手な紅茶の淹れ方』と言った本が並んでいる。どうやら、ここは料理関係の棚のようだ。見たところ、棚一面だけで収まらず、三列くらい料理本で埋まっている。一冊一冊が太く、紙質も悪そうだ。


 適当に手にとって中を開いてみると文字がびっしりとつめてあった。写真はなく絵で図が書かれている。すぐに棚に戻す。


「広い……」


 スペシャルショップも中々の広さだったが、この図書館はとてつもなく広大である。しかし、こんな中から目的の本を……あっ。


 思いつきにしては的を射ているかもしれない。僕はカウンターテーブルらしきものを探してみる。すると、入口の端の方に『それ』はあった。


『何か本をお探しでしょうか』


 そうカウンターだ。図書館ともなれば貸し出しカウンターや返却カウンターなどがあって当然である。しかし、僕は今、試されている。


 空中に浮かぶ文字に声をかけていいのかどうか。もし、遠目から見れば僕が虚空に話しかけているような人間に見えてしまう。事実、その通りなんだけれども。だが、僕はここで引くわけにはいかない。


「あの、このさっき聞いた説明を……あぁ、くそっ、なんていやぁ、いいんだ……図書館で勇者についての説明を聞けるって聞いたんですけど……」

『検索したい内容を入力してください:   』


 タッチパネル方式かよ……本気で僕、空中に喋りかけてた。恥ずかしくて顔が真っ赤になる……


 さて『勇者』『説明』で入力してみる。


「検索結果二万件……多いな」


 もっと絞り込まなければならない。なんだろう、僕が求めている情報……街の説明だろうか。『勇者』『説明』『街』『ダンジョン』で入力してみる。


「検索結果五件……『勇者の町、リグロスの正しい歩き方(ダンジョン編)』『勇者の物語(グレン街演劇団)第二章~闇のダンジョン~』『勇者の――』ってどれも全て関係なさそうだな……」


 僕は一つ前の画面に戻って、検索する文字を変えることにしてみる。思い出せ、もっと何か無いだろうか。眉間で指を揉みこみ、真剣に考えてみる。必要なのは勇者としてじゃない、ともかく、何をどうすればいいのか。先ほどの説明を聞き返す為には何と入力すればいいのか。勇者は必要なワードだろうか。


 是。


 文章は僕達のことを『勇者様』と呼んでいた。つまり、勇者に対する説明なのだろう。なればこそ、不必要なワードは何か。『街』は不必要かもしれない。次に説明。これは要る……が何だか引っかかる。


【以上でチュートリアルの終了を宣言いたします】


 そうだ、最後にあの説明文はチュートリアルと言った。チュートリアル、トレーニング、練習、演習。詳しい意味など、正しい語訳などわからない、けれども、もしかしたら僕は間違っているのかもしれない。けれども、やってみる価値はある。


『チュートリアル』


 その単語を入力した。検索結果八三七六四件。多すぎる。ここから、勇者に搾ってもきっと絞込みきれないだろう。諦めて、画面を別にしようとしたとき、検索結果のトップに着ている本の名前が目に入る。


『異世界から召還された勇者へのチュートリアル集』


 偶然だ。本当に偶然である。正解、というには余りにも愚かしい。けれども、間違いとは言い切れなかった。だからこそ、見つかった。目的の品。


 表示された検索結果をタッチして、詳細を調べる。どうやら、図書館のマップのようなものが出てくる……が広すぎて分かりづらい。拡大することが出来るらしい。あまりよくわからない機械を操っている、そんな感覚なので戦々恐々としながら試行錯誤していると現在位置がわかった。すると……すぐ近くに赤い点滅がある。


「……」


 そっと右横を見る。カウンターの横に見本のように置かれた一冊の本。そこには『異世界から召還された勇者へのチュートリアル集』と書かれた本があった。


「……ふぅ」


 間違っていてくれた方が気は楽だったのかもしれない。手探りで一生懸命、使い方を理解しながら探してみれば、すぐ隣。慣れない手つきで、わからないながらも一生懸命、頑張った結果、目の届く位置に。僕は乱雑に手に取ると。


『図書館の本は丁寧に取り扱ってください!』


 うるさい、と何処にもいない誰かに僕は叫んだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 全てをメモ帳に写して、一息ついたところで神威が走ってきた。何か、あったのだろうか……神威の手には文庫程度の大きさの本が一つ。


「……そらくん! たいへんっ、ですっ!」

「……」


 僕の表情は多分、胡散臭さとか、猜疑心とか。ともかく、ろくでもないことなんだろうなぁ……と予想していた。


「……これ、奥にあった、本、なのですが、よく、見てくださいっ。すごいですっ!」

「……『鬼畜のネクロマンサー』」


 声に出してタイトルを読み上げたが、どうしてだろうか。少しもいい予感がしないのだ。これが何か悪い予感というならまだしも、すこぶるどうでもいい。相手にするだけ疲れるような予感がする。


「……これっ、フランスの、書院の、文庫なんですよっ! 大変です、大発見です! これで、戦えます!」

「何と戦う気だよ、てめーは……」


 僕は呆れたように呟く。


「……そらくん、さては、馬鹿に、してますね?」

「わかっているのなら、戻してこいよ」

「……お断りです、私は、これを、借りていきます」


 クラスメイトが情操教育によくない本を借りていくと宣言されて、僕は一体、どんな表情をすればいいのだろうか。そもそも、借りれるのだろうか。コンビニでも売られている有名な発行元のパクリ臭のする怪しげな代物を堂々と借りていくと言われて僕はまた、神威に対する視線の温度が下がった。氷点下は軽く下回っている筈だ。


「……カウンターは、ここ、ですね」


 そう言って、神威は本を持っていくと『……?』となり、浮かび上がるパネルを高速にタッチして、何故か絶望したかのような表情になった。


「……新、事実、です。図書館の、くせに、貸し出し、してません。ありえない、です。図書館の、くせに、生意気です」

「いや、何様だよ、てめーは……」


 生意気なのはどう考えても神威 撫子。てめーの方だろ。僕は神威の隣に立ち、枠(ウインドウと呼ばれていたような)の中に浮かぶ、文字を見つめる。


「……ふぁっ」

「なんだよ」

「……別に、なんでも、ありません。そらくんは、どうぞ、ご自由に、覗いてください。ふぁぁぁ……すぅー、はぁー」


 何故か、近づいて息を大きく吸っている。というか、不用意に近づきすぎたかもしれない。神威との距離感の測り方に失敗した感覚。元の世界じゃ、絶対にこれほど近づくことはなかっただろう。


「……あぁっ、なんで、引くんですか! 生意気、です!」

「引くだろ……」


 服に顔を押し付けようとしてきたので、僕は完全に引いた。いや、何故、引かれないと思ったのか。神威と二人きり。


 ザザザッ。


 ノイズが走る。雑音が頭をよぎる。不必要な感傷が胸を穿つ。不自然な動悸が呼吸をするたびに酷くなる。たくさんの声が記憶の引き出しを乱雑に開け始めて。呼び覚ます――呼び起こす。


『はじめまして、神威 撫子です』『そら……くんですか』『あなたはいらない。必要ない』『お願いします、お願いします』『何もかもが信じられない世界で、何故、あなたは生きているわけ?』『恥ずかしくないの?』『要らない子ってどういうこと?』『そらくんは何か困っているんですか?』『お友達なのです』『酷い言い訳もあったものだね』『空っぽ。そう、君は空っぽなんだ』『意味がわからない。君はどうして、そこまで無知でいられるのだろうか』『相応しくないよ、彼女には』『そらくん。どうかしましたか?』『死んだほうがいいよ』『では、意見をつのりまーす』『空洞くんが死んだ方がいいと思うひとー』『はーい!』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい!』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい!』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい!』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい!』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい!』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい!』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい!』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』『はーい』

『では、多数決で空洞くんは死んだほうがいいと思いまーす』『『『『『『『『『『『『『『『『賛成でーす』』』』』』』』』』』』』』』』『では、空洞くん、死んでください』『死ね』『しーね』『しーね』『死ーね』『しーね』『死ーね』『さっさと飛び降りろよ』『なんで、みんなの言う事聞けないわけ?』『ぎゃははっ、泣いてやがる』『だっせぇ、さっさと死ねよ』『ほら、飛び降りろ』『さっさと死ね』『本当に飛び降りやがった』『おい、見に行こうぜ』『なんだ、生きてるのかよ』『殺しちまおうぜ』『でも、これ、やばくない?』『大丈夫だって、誰にもばれなきゃいいんだし』『でも、空洞が生きてたら』『大丈夫だって、空洞は今から、死ぬんだから』『なぁ、空洞、お前、どうして、本当に生きてるの?』『そらくん』『そらくん』『そらくん』『そらくん』『そらくん』『そらくん』『そらくん』『そらくん』『そらくん、どうして、死のうとしたの?』『そらくん、意味がわからないよ』『だって、彼女さんと彼氏さんですよ?』『別れる?』『は……?』『何を言ってるんですか?』『別れる?』『そんなこと許されませんよ』『許されるわけないじゃないですか』『そらくん、別れる? 意味がわからないです』『そらくんに初めてあげましたよね?』『そらくんはどうして、捨てるんですか?』『そらくん、裏切らないで?』『そらくん、謝ってよ』『そらくんが悪いんだよ?』『別れるなんて笑えない冗談をいうから』『何が不満なのですか?』『そらくんは馬鹿だよ』『そらくんは何もわかっていない』『私を敵に回すんですか?』『……そう、ですか』『いいですよ』『これから、先』『そらくんが生き続ける限り』『私はそらくんを苦しめます』『そらくんの家族に不幸になってもらいます』『そらくんの友達を全員消します』『そらくんが泣いて許しを請い、はいつくばって、足を舐めて、無様に泣き崩れながら懇願しても』『許しませんよ?』『……わかりました』『なら、あなたは敵です』『私の、敵です』『神威家の人間を馬鹿にして』『社会で生きていけるなんて思わないでくださいね』『あなたの人生は終わりです』『嫌でしょう?』『嫌ですよね?』『なら、早く謝ってください』『冗談だと言えば許します』『わかりました』『さよなら』『……さよなら、そらくん』


 家族が死んだ。クラスメイトが死んだ。


『そらくんが、悪いんですよ?』


 彼女は微笑む。血溜の世界で。財力、権力、暴力、知力、力という力を使える彼女は微笑みながら、僕に言った。僕が悪い、と。僕が悪いのだと。


 つまり、神威 撫子は壊れている。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ッぁ!?」


 一瞬、視界が真っ白に染まる。気がつけば僕はカウンターに手をかけたまま、膝をつき、荒く息を吐いていた。


「……そら、くん」

「……」

「……私、少し、離れていますね」


 神威が微笑む。無邪気に。健気に。笑いかけてくる。神威 撫子は壊れている。絶対におかしい、近づくべきではない。歩む寄るべきではない。


 何故、笑えるのか。何故、微笑みを浮かべることが出来るのか。無邪気に、無常に、無自覚に。僕に接することが出来るのか。


 壊れている、異常だ。いつまでも持ち歩くビー玉。幼さを残すためのヒヨコのヘアピン。どれも高校生としては似つかわしくない代物。


 考えても仕方ない。仕方ないのだから、考えるべきではない。考えて、答えが出るわけでも妥協するわけでもないのだから、無意味な行動を慎むべきだ。


「委員長」

「法理、か……悪いな、こんな恰好で」

「いや、よくわからないが、大丈夫なのかい? 酷く辛そうに見えるが」

「いやいや、大丈夫。何も問題ない、何の問題もないよ」

「そう、か……私は調べたいことが調べ終わったから、声をかけたのだが――委員長の方はどうだっただろうか? まだ終わってないのなら」

「いや、終わったよ。神威の奴もまだその辺に居るはずだ。時間もいい頃合だし、そろそろお暇しようか」

「ん、そうだな」


 法理が僕を見る。酷く不安げで、酷く儚い。いつから、だろう。僕は今更、気づいた。情緒が不安定になって、初めて自覚した。


 法理 矛盾はいつからここまで希薄になっただろうか。今にも死んでしまいそうで、今にも泣き出しそうな顔をいつからしていた?


 そして、気づく。あっさりと。実に簡単に。今更ながら。テストが終わったのに答えが今、わかったかの如く。遅れて、余りにも遅まきで。


 図書館を開いていたのは法理 矛盾である。


 その答えがあっさりとわかってしまった。答えがわかったのに理由、動機がわからない。わからないけれども、答えは確かである。


 事実、法理 矛盾は図書館に入った時、一番に動き出し。尚且つ、迷い無く進み。この広い場所から目的の品を見つけ、読み進めたのだ。つまりは、以前から利用しているということ以外に考えられない。


 偶然、運良く。そんな言葉で片付けるよりも遥かに信憑性がある。けれども、僕は追及しない。聞かない。必要ない。だって、信じていないのだから、疑っていないのだから。傷つかないためには、踏み込まない。




Episode 田中 由


 中学時代はもてた。嘘じゃない。いや、本当に。中学ではそこそこ可愛い部類だったので愛嬌とか振りまいて、メイクの技術を磨いていたらもてた。年上の先輩と付き合っていたこともあったし、年下とも付き合ったこともある。


 だからだろうか、六道という学園に入学して愕然としたことは。いや、六道という学園を全体レベルで見れば確かに高レベルで可愛い子が多いが、それでも商業科Aクラスは酷い。何で、ここまでイケメン、美少女が多いのか。


 中学では中の上。メイクをすればかなり上のレベルだったというあたしの自負は完全に木っ端微塵に壊された。そして、そんな中、あたしと同様の少女を発見した『知念 一輝』と言う。六道に入ってから始めての友達だった。


 さて、そこへ花畑 嗄という少女を加えてあたし達はグループとして固まることになる。どうしても嗄が可愛いので目だってしまう。いや、カズキの発言もかなり困惑ものではあるが、それでも三人組という枠で考えてしまえば一番目立っていないのは私だろう。


 空洞 空という同級生はそんな私達のことを『A・B・C』と呼んでいた。初めて会話をする時「おい、そこの女子高生A、ちょっと来てくれ」と言われたものだ。酷いにもほどがある……が、実はAと呼ばれて嬉しかったことも事実だ。別に空洞からしてみれば誰がAでも良かったのだろうが。


 さて、そんな私とカズキ、嗄はビッチと呼ばれていた。いや、それ、悪口だよね……? と思った。まぁ、しかし、原因は全てカズキのせいである。私はそこまで、軽く、ない、筈……いや、まぁ、かっこいい人とかと付き合って長続きしないから、高校に入って四ヶ月、既に十人目なんだけど。いや、でもカズキの方が凄い。むしろ、悪い。


 あの子は複数の男とそういうプレイができちゃう。むしろ、誘われてたりするのだが、まだ勇気はでない。まだ、とか言っている時点で自分の意思の弱さが伺えてもいる。


 そんな私達の好みの男性の話をすると、私は「かっこいい人」がトップにくる。そして、カズキは「でかい人」と言う。カズキは女の子として何か大切なものを失っている。そして嗄は「んー、なんとなく、いいって思った人かなー」と曖昧。


 カズキが複数人と付き合っている。けれども、対極といえばいいのか私はそこまでの図太さは持てない。嗄は「付き合うとか面倒だからー」と言って身体だけの関係しか持たない。なんとも価値観の違う三人。


 さて、そんな私の失恋の話をしよう。付き合うなら「イケメン」というあたしの滑稽な恋愛譚を短くながらも話をしよう。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「あっづぃ……」


 最悪だった。何が最悪かと言えば、先週の合コンで知り合った大学生が空気も読めずにホテルに行こうとしたからだ。カズキ当たりなら、いいのかもしれないが、私には私なりの矜持がある。流石に遊びに来て、車で知らない場所に連れていかれて、まずホテルって意味がわからない。いや、カズキ当たりなら理解を示すのかもしれないけど……


「削除に着拒にブロックっと」


 携帯をぽちぽちと押しながら、さて、どうしようか、と考える。今から一人で遊ぶのもなぁとか。カズキ、だめ。何かパーティーとか言ってた。何のパーティーか、考えたくもない。嗄は補習かぁ……どうしよう、他の女子はいきなり遊ぼうって言えるほど距離近くないし……中学の友達もあんま連絡とってないしなぁ


 いや、まぁ、そんな気を使うキャラじゃない……けど、んー。とか考えているうちに携帯が死んだ。いや、待て、と。電池の残量、そこそこあった筈なのに? えっ? えっ?


 電源を入れなおしてみようとするが反応のない。どうやら、完全にご臨終(故障)なされたようだ……お風呂に入りながら、携帯を弄るのはやめよう、やっぱ。防水とはいえ、何度も水没させていれば壊れるのかもしれない。あれ? そもそも防水だっけ……?


 ってか、ここどこだ。困る。デートの途中で逃げてきたからわからない。軽く迷子だ。車で来たので、帰り道は携帯で調べて電車を使えば、なんて浅はかなあたしをぶっ飛ばしてやりたい。どうしよう、こんなことなら、ホテルでも何でも行ってればよかった。


 うぅぅ……


 コンビニも無ければ、テレビも無い、ラジオも聞けない。ぐーるぐるったら、ぐーるぐるしてしまう(迷子)ようなド田舎だ。こんな田舎に連れてきて、あの男はマジであたしをどうしようって言うんだ。


「……あれ、田中さん?」


 声をかけられて振り向く。男子。同じクラスの確か……


「那賀島くん、だっけ?」

「そうそう。合ってる」


 ダサいTシャツに七分丈のズボン。サンダルに野球帽。はっきり言おう、ダサい。センスの欠片もなければ、男として大切な何かを完全に忘れている。


「那賀島くん、ここ、どこ?」

「……迷子? それとも記憶喪失?」

「記憶くらいはあるよ。ただ、ちょっと……迷子じゃなくて」


 モゴモゴと誤魔化す。別に顔は完全にタイプじゃないし(むしろブサイク)私服はダサいし。けれどもクラスで迷子になったとばらされたらあたしのイメージが崩れる。そもそも、イメージがそんなに良かったかと振り返ってみればそんなことはないけど、高校生になって迷子になるというイメージはもたれたくない。


「うーん、ここから六道、少し遠いよ」

「そうなんだ……駅とか、バスは?」

「歩いて四十分くらいの場所にあるけど……」


 クソド田舎だった。まさか、六道高校よりも田舎の場所に連れていかれるなんて思ってもいなかった。


「んー、あれだったら、俺んちの車で帰る?」

「車あるの?」

「あぁ、兄貴のだけどね。何でも親父達が老後はここら辺に住みたいって家を買ってさ。夏休みの間に使おうってことになってるんだけど、正直、早くも家に帰りたい気持ちになった」

「家って複数買うもんなの……?」


 おかしい、価値観が若干違う。中流階級の一人娘には縁遠い言葉すぎる。何、那賀島くんってお金持ちなの? あたしの中で好感度が若干上昇した。そこへ、ぷっぷーとクラクション。振り返ってみればベンツェ……


 違和感満載だった。高級車が田舎にある。凄い、浮いてる……中から、あらやだ。中々のイケメンが登場。誰? お父さんにしては若すぎる。


「誰だ、夕? 彼女か?」


 あれ、あたしの名前?


「違うよ、兄さん。クラスメイトで田中さん。なんか知らないけど迷ってたらしい」

「ちょ、ちょっと、どういう紹介の仕方してるのっ!」

「あはは、ごめんごめん。兄さん、俺、一緒に帰っていい?」

「ん、俺は明日も仕事だからな、一緒に連れてってもいいけど、親父達が悲しむんじゃないのか?」

「むしろ、俺が居なくていちゃつくだろ」

「あー、確かに」


 兄さん、だと……? なんと世界は残酷な。イケメンに全てを奪い取られたか……那賀島君。お兄さんが母胎のイケメン要素を持って行っちゃったんだね。可哀想……


 中々に酷いことを考えながら、車に乗り込む。やばい、すわり心地が天国だ。それに車の中、いい匂いがする。


「へぇー、それじゃあ、田中ちゃんは由ちゃんって言うんだ。うちの夕と同じ名前だね」

「俺も今日、初めて知ったし」

「おいおい、クラスメイトだろ?」

「あのなぁ、兄さん。彼女を見比べてみろよ。近づけるか? 無理だろ?」

「……すまん、夕」

「謝るなよ、泣けてくるぜ……」


 二人の気軽な会話を聞きながら、私はクスクスと笑う。


「おっ、何か面白かった? 田中ちゃん」

「いえ、私、一人っ子ですから、いいなぁって思って」

「いや、いいもんじゃないぞ?」

「そーそー。弟なんてクソ生意気なだけだしね」

「そんなことないですよぉ、羨ましいです。あーあ、私もお兄ちゃん欲しかったなぁ」

「お兄ちゃん! 田中ちゃん、お兄ちゃんって呼んで!」

「おい、クソ兄貴」

「なんだ、愚弟」

「婚約者にチクルぞ」

「……卑怯なっ! えぇい、幾らだ! 幾ら、欲しい夕!」

「俺のクラスメイトにお兄ちゃん呼びを強制しない兄貴が欲しいです」


 なんだ……婚約者居るのかぁ……いや、少し無理目だってわかってたけど。カズキ辺りなら「関係ないから、関係ないから!」とでも言うだろうが、私は婚約者が居る相手に頑張ってアプローチするアグレッシブさは無い。それにイケメンでお金持ちだなんて、どう考えても私には荷が重いし。そんな感じで雑談をしているうちにいつの間にか見覚えのある場所へ。


「ん、ここら辺だね。家まで送る?」

「い、いえ。ここで大丈夫です。もう見えてるんで」


 私が住んでいるマンションがもう目に入っている。ここから歩けば数分も立たずに着く。


「そう? じゃあね、田中ちゃん」

「ばいばい、田中さん。また学校で」

「あ、えっと、うん、ありがとうございました」


 私はペコリと頭を下げて、車を見送った。どうしてだろうか、胸に変な感覚が残った。勿論、送ってもらってラッキーという感情ではない。ありがたいが、少し違う。感謝してないわけじゃないけど、何だか違う。デートで変なところを連れて行かれたことに関して。それはもう、どうでもよかった。他には婚約者の話? もう殆ど、雑談の範疇。多少、残念だったけど、世の中そんなもんだと。


 なら、なんだろうか。


 あぁ、そうか。罪悪感だ。そう、私は那賀島君に対して、罪悪感を抱いたんだ。心の中でブサイクと見下して、それでいてまともにお礼も言えなかった。那賀島君が私の名前が一緒という話が出た時。


『見比べてみろよ、無理だろ?』


 頷いてしまった。正直、学校で話しかけられても困っただろう。だからこそ、私は笑って、その話題を変えたくて、強引に話題転換をしたのだ。


「……うぅん」


 やな奴だな、自分のことながら。もやもやっとしたものを抱えながら、私は家に帰った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「あ、那賀島君」

「田中さん? 偶然……ってほどでもないか」


 ビデオショップで那賀島君とバッタリあった。夏休みも残りが少なくなってきて、宿題なんかは記憶の彼方に飛んでいるこの頃。ロードショウであった有名な映画の続編を見たくてふらりと来て見ればクラスメイトと遭遇。


 まぁ、珍しいことでもない。六道近隣にレンタルショップはここくらいしかないし。それにもし、先週のことがなかったら私は気づかなかったかもしれない。その程度の出来事。


「あ、那賀島君もそれ、借りるんだ?」

「もしかして、田中さんも?」

「そう、そのもしかしてだよ。昨日ロードショウ見たの?」

「あぁ、見た。そして、いいところで区切ってとても腹が立ちました」

「だよねー」


 どうやら、私と同じ理由らしい。それにしても意外と気が合うものだ。


「あんな終わり方じゃ気になって、来週まで待てないよ」

「三週連続放送って一週間って長く感じるからなぁ……むしろ、借りてきた方が精神的に楽」

「だよねぇ。カズキなんかは『うちは来週まで待つんよ! 待ってる時間が愛を深めるんよ』とか言ってたし」

「一見、深いように見えて、単に物ぐさなだけだね」

「そうそう」


 そこから暫く、昨日の映画について盛り上がる。話ながら、同じブルーレイを借りて、レンタルショップを出る。


「あ、那賀島くん、メルアド交換しようよ」


 その瞬間、寸前まで笑顔だった那賀島君の表情が固まる。


「……あ、あの、いいの?」


 恐る恐る、尋ねられた。もしかして、嫌なのだろうか?


「俺のメルアド知ってるだけで既にマイナス的なアレになるけど、大丈夫?」

「えっ、なにそれ、怖い……」

「いや『えっ? あのブサイクのメルアド知ってんの? キモい』とか言われるかもしれないよ」

「ないない」


 どんだけ自己評価が低いのだろうか。それに、もう。


「友達だから、大丈夫だよ」

「……そっか、ありがとう」


 へにゃりと那賀島君が笑う。何だか、その笑顔が蛙に似ていて少し、ほっこりした。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 映画の感想。お笑い番組の話。少女マンガの話。少年コミックの話。クラスの話。わたしの事、友達の事。そして、那賀島 夕という男の子の話。


 那賀島君はブサイクだ。それもとても限りなく、私が見てきた中でトップレベルに。お笑い芸人でも中々、類を見ないレベルにブサイクである。


「ねーねー、由ちん」

「ん?」


 二学期が始まって、三週間。私はスマホに目を落としなが生返事をする。メールの返信はなし……か。昨日のドラマの話したかったんだけどなぁ。


「由ちん、また、新しい彼氏できたー?」

「え? いや、出来てないけど……」

「ふぅーん?」

「それよりもうちの話を聞いてほしいんよ!」

「「……」」

「今まで、大きさが一番と思ってたけど、やっぱり固さも太さも重要なんよ。一見、これって全て足し算に見えるけど、実は掛け算だったりするんよ!」

「……んでさー、今日、カラオケ行かないー?」

「私はオッケー」

「どうして、無視するんよ! この前、実は――」


 着信音。メールの届いた音。話し続けるカズキを無視しながら、私は開く。


『彼女が出来ました! 皆さん、応援ありがとう!』


 例えば。そう、例えば、だ。本来の私なら、そう普段の私なら。普通の私なら。


『テンション高すぎて、うざいよ』


 そう返しただろう。普通の友達。クラスメイト以上、異性未満。ブサイクな男子。彼氏候補でもない。キープでもない。唯の友達、普通の友達。ドラマの話をしたり、映画の話をしたり、趣味が合うだけの友達。数ある男友達の中でも話はあうけど、優先順位は低い。筈。


 遊びに行くこともない。学校で話すこともない。だから、彼女が出来ても祝福できるはず。だけど、不思議な感覚だった。今までとは全く違う喪失感。彼氏と別れた時とは違う、好きな人に振られた時とは違う。不思議で、不可思議な喪失感。


 元々、何も持っていないにも関わらず、喪失感がある。それは、まるで。形容するならば、そう。餌を上げていた子猫がいつの間にかいなくなった。そんな感情。昔、マンションの茂みで飼っていた猫が居なくなった。そんな感覚。


「……どしたのー、由ちん」

「何でもない。無性に歌いたくなってきた」

「おっー、やる気ですねー」

「それよりもうちの話を――」


 私はとりあえず返信をする。短く一言だけ『おめでと』と。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 二年に進級する。クラスメイトの顔ぶれは変わらない。彼氏が出来たり、いなくなったり。そんなことをひたすら繰り返した一年だった。那賀島くんとも時々、メールをしている。お勧めのドラマだったり、漫画だったり。


 けれども、一時期よりも数は減った。いや、そもそも私の彼氏が居ない時に暇を潰すように尋ねるのだから、私の都合なのだろうけど。けれど、那賀島くんのお勧めはツボを得ている。流行なのは勿論、マイナーでも面白いものをたくさん奨めてもらった。


 そんな那賀島くんは私と違って、三浦さんと長続きしている。いや、半年程度長続きと呼んでもいいのかわからないけど、私の感覚では長続きなのだ。


 三浦 数子さん。容姿はその……可愛いとはお世辞にも言えない。交友関係は女子全体と広く、嗄と結構、話している。お洒落に関してすごく詳しい。メイクの勉強もしているらしいが、自分にはしていない。将来はそっち関係の仕事をしたいって言ってたと聞いている。


 この事から察して貰えるなら、私は三浦さんとは余り、仲がよくない。喧嘩をしているわけでもない。嫌っているわけでもない。ただ、話すタイミングが中々ないだけ。ただ、私は結構、三浦さんを見ることが多い。幸せそう、だな、と。長続きして、羨ましいなぁ、とも。


 彼氏が出来ても「あ、なんか違うな……」って感じがよくある。無論、それだけで別れるわけじゃないけど、どうしても一緒に居るとその差異が大きくなって。積み重なった結果、別れてしまう。


 那賀島君と三浦さんはそういう事は無いんだろうか。不思議でならない。けれども、那賀島くんなら、相手に合わせられるし、それに趣味もいいのだからそうならないんだろうな、と心の中の別の場所で納得してしまう。


 そんな感じが五月、六月、七月と続き、八月に突入したとき。丁度、一年前、那賀島君とメールをするようになった時期。女三人、カズキと嗄と一緒に夏祭りに行った時だ。不思議なことに誰も男が居ない時期が重なって花火大会に行くことになった。発案者はカズキで『男の甚平最高なんよ! そそるんよ!』と言っていたので花火を見に行くのかは甚だ、疑問だったのだけれど。


「……あ」


 夏祭り、帰り道。女三人でホラー映画を夜通し見ることにした。カズキの浴衣がやけに着崩れていることについては嗄と一緒に触れないことにした。まず、私の家に来たら真っ先にシャワーを浴びてもらおう。そんなわけでレンタルショップに三人で訪れる。私は注文通りホラー映画を。嗄はいつの間にかCDを見に行ってた。カズキは掌のマークの暖簾をくぐっていったが知らない。


「あ、那賀島くん」

「お、偶然だな。田中さん」


 偶然。一年前と同じような状況。友達が居るけど、私は普通に話しかける。何だか、久々に声を聞いた気がする。


「メールはするけど、会話をしたのは久々って感じだね」

「あぁ、そういえばそうかな……?」

「そうだよー。ねぇ、怖いホラー映画って何かある?」

「ホラーね……ガチで怖いのなら、日本のこの辺ヤバイ。楽しみたいなら最近話題のアレがお勧め。怖くないか、怖いかで言えば全然、怖くないし、悪ふざけもいいとこだけどすっごく楽しめる」

「あぁー。テレビから出てくるってCMが流れてたの見たら『何事!?』って思っちゃったもん……」

「初期作品は凄くよかっただけに、どうしてこうなってしまったのか未だに理解できない部分があるよ。ともかく、あの時代のホラー映画は秀逸だよ。日本のホラーってどちらかというと背筋が凍るような怖さが大目だからね。逆に海外だと嫌な汗をかく映画が多いかな? ホラーと言っても日本人と感覚がどこか違うし。どちらかと言えばパニックって感じ」

「相変わらず映画フリークだねー」

「そうかな……?」

「うんうん。流石は那賀島くんって所だよ。もう映画評論家も真っ青だね」

「そこまでじゃないよ」

「いやいや、謙遜しないでよ。那賀島君、謙遜は厭味だよ」

「えぇ……」


 困ったようにポリポリと頬をかきながら苦笑している。相変わらず、話しやすいなぁ……


「あ、夕君」

「数子」


 赤い浴衣姿の女の子。紺色の帯で、後ろで纏めている。夏祭り帰りなのだろう、手には綿菓子の入った袋があった。


「あ、田中さんだ。こんばんは」

「あ、うん……」


 余り会話をしたことがないせいかい、何て言えばいいのかわからない。あれ? 私って普段はどうやって取り繕っているんだっけ……


「あー、彼女さんも来たことだし。私も友達待たせてるから」

「そう? じゃあ、俺たちも何か借りるか、数子」

「実は、これ、見ようと思って」


 チラリと見えたタイトルは最近の恋愛映画。那賀島くんは苦笑しながら、頬をかいている。


「あぁ、うん……まぁ、見てみようか」

「あー、夕くん、絶対に面白くないとか思ったでしょ! 日本が泣いたんだよ!」

「……その言葉は余り鵜呑みにしたくないなぁ」


 二人は自然と手を繋いで、レジの方向に向かっていった。不思議な感覚。羨ましい。彼氏が出来ても、私はあんな風に彼女として居られただろうか?




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「それ、恋じゃねーの?」

「それ、恋だよー」

「それ、恋だと思うんよ」


 レンタルショップからの帰り道。嗄の一言によって、私達の進路はコンビニになった。そこで委員長である空洞くんが働いているのを見て、こんな夏休みの最中ご苦労様です、と思いながら、買物にしていた。


 そして、ふと那賀島くんにさっき会ったこと嗄を話してしまう。必死に隠そうとしていたのに、何故か口が滑って、彼とメール友達とまで話してしまう。そこからはもう雪崩れのようにつらつらと。


 そして、いつの間にか背後で聞いていた委員長(掃除中)も含めて、全員に断定された。


「え? いや、でも、あたしイケメンとか好きだし……」

「憧れと恋愛感情はまた別物だろ? よくわかんねーけど」


 委員長はモップでゴシゴシと床をこすりながらそんな言葉を吐いた。


「でも、那賀島くんって全然タイプの顔じゃないし、それに」


 否定しようと思って考えてみる。けれども、幾ら考えてもそれ以上、私が那賀島 夕という男の子を嫌う理由は存在しなかった。


「んじゃー、那賀島くんのいいとこってー?」

「え? んと、一緒に居て落ち着くなぁと思うし。笑うと蛙みたいで面白いし。映画の話とか一緒にしてて凄く盛り上がるし。ドラマとか趣味があうし。お勧めのアプリとか凄く面白いし。意外とモノをよく知ってるし。他の男の人と比べて威張ってる感じしないし。自分に自信がなさ過ぎる所とか少し可愛いなぁと思うし。昼休み、お弁当を食べているところ見ると食事する姿とかマナーしっかりしてるなぁと思うし、それに困っていたら助けてくれたし、何気なく私が酷いことしてるのに、それを気づかないフリしてくれるし。それに、彼女さんを凄く大事にするところとか凄いなぁと思うし。長続きする姿を見て、一途なんだなと思うし」

「もういい、うちらが悪かったんよ……」

「おぉー、これはもうー……」

「これで自覚症状が無かったって冗談だろ……」


 三人が絶句していた。そして、何よりも私自身が驚いていた。あれだけ、イケメンが好きと公言してきたのに。今更、そう。今更――


「「「ちょっ……」」」


 気がつけば、泣いてしまった。せっかく着た浴衣の袖で何度も拭いてしまった。ボロボロと落ちる涙を私は拭いていた。


「……委員長、泣かしたら駄目なんよ」

「いいんちょー、女の子を泣かすとか最低だよー」

「僕、関係無い度合いで言えばトップクラスなんだけど……」


 今更、気づいて。どうしろというのか。喪失感。ずっと抱えていた、喪失感の正体は簡単だった。好意だった。昔、こっそりと飼っていた猫が居なくなった時もそうだった。私は好きだったんだ、猫も。彼も。だから、好きな相手が居なくなって、悲しい気持ちになったのだ。


 そして、何よりも三浦さんと仲良くできない理由は浅ましい、本当に浅ましい、ちっぽけな理由。自分よりブスだと思っている相手に奪われたことに関する苛立ち、憎悪。目を背けていた汚い感情がありありとわかる。


「……ん、とりあえず、今日は騒ぐんよ」

「そうだねー、いいんちょー、そろそろアガリでしょー?」

「おい、僕もかよ……」

「あったりまえー。ここまできたら毒皿だよー」

「勝手に略すな、勝手に……」


 とぼとぼと歩く。花火大会の余韻。カップル達が街を歩いている。その姿を見て、羨ましいと思った。ただ、親友と繋いだ手が暖かくて、それだけを頼りに歩いた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 とんっ、と押された。押された瞬間、私は何が起こったのかわからなかった。このわけのわからない世界で、実は嫌っている三浦 数子に押された。意味がわからなかった、けれども、その後、視界に入ったのは赤。


「え?」


 間抜けな声だった。私が元居た場所に入れ替わるように立っていた。羨ましかった、妬ましかった。あれから彼氏は作っていないけど、何人もの男と寝た私と違って、たった一人に変わらぬ愛を捧げる、三浦 数子が――倒れた。


 お腹に大きな穴があいて、臓物が飛び散って、飛んできたやりはカランカランと今更ながら、後方で音をたてて落ちて。それで――


「あ、あああああああっ! アクア・ヒール! アクア・ヒール! アクア・ヒールゥゥゥゥゥゥゥッ!」


 自分の中から何かがごっそりと抜けていくような感覚。それでも、私は祝詞を唱えず魔法を唱える。発動はしている。発動はしているのに――傷口が塞がらない。


 委員長と紫香楽さんが慌てて走ってくる。


「ね、空洞くん」

「喋るなっ! 今、直ぐに止血するからっ!」

「無理……と、思う、な……あの、ね……夕く……んにね、げほっ、げほっ……大好きっ……ってつたえ……て……あと……だれも……せめない……で……って……」

「無理とか無茶とかどうでもいいんだよっ! 田中っ! 傷は防げないのかっ!」

「無理だよぉぉぉっ! さっきから何度も魔法を唱えてるけど、傷口が防げないのぉっ!」

「あはは、げほっ、げほっ、田中……さん……ありが、と……ね……」

「これ、は……わた……しが、どん……くさかった……から……だよ?」

「違う、これは僕がっ! 僕が――!」


 悲しそうに笑う。どうして、どうして『私』なんかを助けて――! 意味がわからない、私は仲はよくなかった。正直言ってそっけない態度すらとってきた。なのに、なのに! どうして、私を庇って、三浦 数子は死んでいくのか!


 そっと囁くように。前のめりになって魔法を唱える私にくらいしか聞こえないような声音で三浦数子は言った――夕くんをよろしく、ね。田中さん……


 三浦さんは知っていた。私が彼に対する気持ちを。知ってるのなら、託すなんてことをしないで欲しかった。託すなんて、真似を絶対にしてほしくなかった。


 そうすれば、私は、きっと。普通に那賀島くんを慰めるために普通に接することが出来た。けれども、ここまで。これほどまでに愛の深さを見せられたら、私がどうして太刀打ちできよう。出来るわけがない。覚えたのは敗北感。女としての圧倒的なまでの敗北感。


 こんな横恋慕が実るわけなどない。私はフラフラとなりながら、歩く。あぁ、これから那賀島くんと会わなきゃいけないんだ……三浦さんを殺した私はどんな言葉を言えばいいのか。血だらけの手を見て、泣きたくなった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「どこ、行くの?」

「!?」


 夜。全員で宿屋に戻ってきて、悲痛な面持ちのまま全員が別れて。それで一時間ほど経った頃だろうか。やっぱり、那賀島 夕という男の子は宿屋の扉を開けて出ようとしていた。


「……田中さん」

「……行っちゃ駄目だよ。危ないよ」

「うん」


 困ったように笑う那賀島君。笑える余裕なんかないのに、誰よりも傷ついているのに。それでいて笑う。


「ありがとう、田中さん」

「何がっ! 何がありがとうなのっ! 三浦さんを殺した私に何のお礼を言うのよっ! 意味がわからないよっ! 変だよっ!」

「……最後まで頑張ってくれたんだよな。矢来から聞いたんだ。それに委員長にも俺、酷いこと言っちまった」

「頑張ってないよっ! 頑張ってたら、もっと頑張ってたら、三浦さんは救えたかもしれないのに!」


 泣き崩れてしまいたかった。けれども泣けるわけがない。誰よりも泣きたい筈の男の子が泣いていないのに、私なんかが泣いていいわけがない。


「……俺、さ。数子が居なかったら、本当に駄目な人間なんだよ。駄目で臆病で卑怯でずるい男なんだ。委員長に怒ったのも、実は半分が嫉妬なんだ」

「……」

「あぁ、見えてさ。委員長ってば皆と仲いいだろ? だから、数子とも仲いいんだよ。けれど、俺には数子しか居ないから。あいつしか居ないから。どうして、看取ったのが、お前なんだって思ったんだ。無論、委員長だったら誰でも助けてくれる、って思ってたのもあった。けど、それ以上に狭量の俺は数子の最期に会えなかったのが嫌で、嫌で堪らなかった」

「……でも、外は」

「だから、これはケジメのつもり。危険とわかっても、一度、見に行かないと納得ができない。できないから、数子に会う。俺は一緒に死んでしまいたい。そんな気持ちもある。けど、今、そんなことしたら、せっかく委員長が纏めてきたクラスが瓦解する。だから『今』はまだ一緒になれないけど、もう少しだけ遅れるために、一度会うんだ」


 那賀島くんはきっと、死んでしまう。このままだと、きっと。簡単に。あっさりと。そして、それがわかっていたから――三浦さんは。敵わないなぁ……本当に、ずるいよ……


「私も、行く」

「えっ? いや、でも危険だぜ……」

「そこに行こうとしてる田中くんが何を言っているのよ……」

「うぐっ」

「なら、私も混ぜてもらっていいかい?」


 そこへ現れたのはおかっぱ頭の法理さん。その顔は悲痛に彩られていた。


「せめて、クラスメイトの亡骸はどうにかしてあげたいからね……」

「ありがとう」

「お礼を言わないでくれ、惨めになる。私達の力不足が招いた結果だ」

「それでも、やっぱりありがとう」

「ふふっ、存外、いい男だね、那賀島くんは」

「……褒められても何もできないけどな」

「何、何も要らない、何も求めない。これは私なりのケジメなんだよ。救えなかった、力が及ばなかった。だからこそ、私は彼女の亡骸をつれて帰る意味がある。それに、何よりも傷ついているからな、誰よりも、何よりも」

「委員長か……本当に悪いことしちまった……」

「彼もわかっているよ。わかっているからこそ、贄として責められるべき場所を引き受けた。誰よりも優しい、誰よりもクラスメイトを愛している彼だからこそ……」

「……うん、行くか。どこかに墓が作れる場所があればいいんだが」


 そして、私達は三人で宿屋を出た。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「数……子?」


 歩いていた。三浦さんは歩いていた。よろよろと、さ迷うように、何かを求めるように。手を伸ばしながら――


「数子ッ!」


 走り出す那賀島くん。私は慌てて追いかける。法理さんが「待てっ」との制止を振り切って走り追いつく。


『ああああああっ』


 呻き声。何を伝えたいのかわからない。わからないけど、泣いていた。両目から透き通るような涙を零しながら、手を伸ばして歩いてきた。那賀島くんと抱き合う。そして――那賀島くんは肩を噛み付かれ、抉られる。


「ああああああああああああっ!」


 くちゃくちゃと肉片を噛みながら、再び三浦さんは呻き声をあげて、近づいてくる。矢が飛来する。三浦さんに当たる。頭部だ、脳がある場所だ。けれども、そんなことは関係なく歩いてくる。


「那賀島くんっ!」


 私は祝詞を唱える。今だけでいい。今だけでいいから、傷を癒す力が欲しい。転がる那賀島くんの傍に屈みこみ、両手を肩に添える。魔法でも何でもいい。何でもいいから、彼の怪我を治してっ!


「た、田中っ! どけ――」


 痛い。痛いけど、那賀島君の肩が治ってない。だから、意識を彼の肩に集中する。


「は、離せよっ、離してくれよっ! 数子! それ以上、それ以上したら、田中が死んじゃうだろっ!」


 起き上がろうとする彼。ブヂリブヂリ。痛いな……けど、凄く幸せだった。これ以上ないくらいには幸福感に包まれていた。私のために彼女に怒ってくれる那賀島くん。それが凄く嬉しかった。


「あ、なかじ、まくん」

「た、田中……」

「けっこう、好き、だったかも……」


 白くなる。意識がふわっとしてくる。ただ、最期の方は少し強情だった。けっこう、どころか大好きだって言えないあたりが私の素直さの足りなさを表していた。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



『今宵、零時、教会で待つ。一人で来てほしい』


 メモ帳の切れ端が挟まっていた。そのメモ帳は僕と同じタイプらしく、罫線が同一だった。


「誰だ……?」


 差出人が思い浮かばない。けれども、教会。聞き逃せない単語である。僕にとって鬼門である単語。深い意味などないのかもしれない。単純に教会という場所が好きなのかもしれない。けれども、僕はそんな風に前向きにあの場所を捉えることなどできはしない。


 僕が少し部屋を出ている間に、挟まれていた。小堂にチュートリアルの写しを渡して、気がついたことを話し合っていたのだ。


「……」


 嫌な予感がした。漠然と嫌な予感はしていたのだ。僕はきっと間違えていたのだと。何を間違えたかも、どんな問題なのかも。恥知らずなことなのだが知らない。けれども、何となく間違っていたことだけは分かるのだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「例えば、そう。例えるというならば。委員長、君は記憶と言うものを十全と信用できるかい? 私は生憎といって物覚えがいい方ではなくてね。自分の記憶というものは信用できない」


 深夜十一時、五十九分、四十九秒。場所、教会の中。


「けれども、だ。だからこそ、人間は忘れないようにメモをとるのだろう。君みたいに、君のように」


 カツンカツンと歩く音が聞こえる。声音の主を僕は知っている。いや、知っていても尚、理解が出来ない。何故、呼び出されたのか。


「だから、本来ならば気づけないのだろう。クラスの誰かが居なくなったことなんて。田中 由。水回復魔法の少女。友人は知念 一輝、花畑 嗄。男性経験は豊富で異性とも十人以上付き合ったことがある……らしい」


 僕の知らない話。僕が覚えていない話。あぁ、そうか……お前が教会を使ったのか。思考を停止して、放棄した問題の答えを今更、教えられる。


「三浦 数子。那賀島 夕の彼女。女子ならば特に仲のいいというものは居ないがお洒落に敏感で、メイクの専門学校に行きたいと言っていた。那賀島との交際は一年を超えていて、別れる気配が微塵もなく、素敵なカップル……だったらしい」


 確証がないのだろう。けれども疑えるわけでもないのだろう。彼女が『らしい』と言いながらも述べる結論の中には明確な証拠がある筈で。


「死ねば、忘れられる。死んだら忘れられる。それは酷い話だと思わないかい? ましてや、死んで忘れた相手を私達は殺し尽くしている。正気の沙汰じゃない」

「同意だ。もう、正気なんて残ってない」

「あぁ。だから、だからだよ。委員長。私は提案したいことは一つしか無いんだ」


 暗闇から現れたのは法理 矛盾。大きな弓を背に構えて、弓道衣に身を包み、月光のささる舞台に彼女は現れる。まるでスポットライトを当てられた女優の如く。


「委員長、ここで生涯を終えよう。もう、何もしなくていい。何もするべきじゃない」

「……」

「ここから、先。踏み込めば必ず死人が増える。間違いない、それは間違いないんだ。大人しく、この街で終生を終えるべきだ。退廃的で、不健全で、救いがないとしても。終えるべきはこの場所だろう」

「帰りたがっている奴らがたくさんいる」

「説得しよう。手伝おう。私と君なら出来る。だからこそ、神の塔に挑むのはやめるべきだ。するべきではない。誰かが死ぬ、間違いなく死ぬ。それは誰かじゃなくて、君かもしれない」


 神の塔の十二星の試練をひとつでも超えれば王と会える。王と会えば、選べる『エンディングリスト』


 小堂と出した結論はこれこそが僕達が帰還する方法の可能性。確証もなければ、危険も大きい、けれども縋るしかない唯一の可能性。


「私は……クラスの皆が好きだ。だから、死なせたくない。死なせたくないんだ……私は君たちを死なせたくない」


 背負う弓を構える。矢を番え、放つ。風きり音が耳元を過ぎた。寸分も違わず、僕の皮膚を一枚切り裂くだけの一射。


「だから、立ちはだかるよ。私は君の前に。敵として、君を止める敵として。私の正義を貫かせて貰う。私はクラスメイトを殺さない為に、クラスメイトを殺してでも正義を行う。私はクラスメイトを愛しているが故に、クラスメイトの邪魔をする、だから」

「法理……」

「唐突にだが、正義の話をしよう。正義とは何だろうか。そう考えるとき、まず思うのがその答えを何人が知っていて、何人が答えられるのだろう、ということだ」


 僕にはその問いは答えられない。何故なら、明確な正義の意思など一つなく。僕はただなんとなく帰るために行動しているにすぎないのだから。


「少なくとも、その答えの正解をすべて他者に委ねるというのならば、正義というものの形は統一であるべきだ。だって、そうだろう? 正義を他者に委ねるのならば模範解答が必要となる。ならばこそ、正義は必ず一致して、ずれもせず全員が納得できる形で存在するのだ」


 全員が納得できる形。無い。存在するわけがない。法理 矛盾が掲げた正義は絶対に受け入れられない。そんな人間が存在するのだから。妥協できる点など存在しないのだから。


「それでは、正義の話をしよう。正義とは何だろうか。答えは簡単だ。答えなど存在しないのだから。例え、答えたとしてもその答えを他人ではなく自分で判断するのだから、何、難しい話じゃない。ただ、それが戦争というものだ」


 そう、これは分かりやすい。至極わかりやすい。歴史上、最も多く。歴史上で当たり前だった正義の形。


「そうだろう、空洞 空委員長」


 けれど、けれども、だ。法理 矛盾。この世界はそんなに優しくない。僕達がのうのうと過ごすことを許してなどくれないだろう。残酷な世界だ、残酷な舞台だ。そんな舞台で僕達は穏やかに終われるわけなどないのだから。


「……僕は法理、お前を殺さない。だから、組み伏せよう」

「ふふっ。男の子に組み伏せるなんて言われたのは初めてだ。けれど、委員長。君は勘違いしている」


 矢が放たれる。僕は背後の棺桶を構えて、矢を弾く。カィィンと音が鳴って、地面にカラカラと矢が落ちる。


「殺さないなんて事を言わないでくれ、これは殺し合いだ。私は君を断罪しよう、クラスメイトの記憶を消した罪について。そして、君は断罪してくれ、私がクラスメイトを陥れた罪について。それで――私の正義は完成する」

「相変わらず、正義が大好きだな、法理 矛盾」

「あぁ、それは私が法理 矛盾だからな、仕方ないことだよ」


 正義を掲げる元「孤高の独裁者」法理 矛盾。深夜十二時過ぎた頃、僕達は月明かりを照明に、踊りだす。誰かが見ているかもしれないこんなくそったれショーで、クラスメイトと殺しあうなど笑えない演目を。

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