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昔、書いてた奴のまとめ  作者: 無職童貞
異世界クラス転移もの
13/39

002-4

前回と前々回のあらすじ

一回読み返したら編集するのがクソめんどく感じた。名前ミスもあるし、どうして投稿しようとしたんですかねぇ……(困惑)


今回のあらすじ

区切れよ!

第三幕 それは僕が犯した罪

 


 罪と罰。ありきたりで、使い古されて、それでいて、誰でも知っている。小説を書いた過去の人が居た。当たり前だと言う人間が居る。罪と罰、因と果。罪を犯したが故に、罰を受ける。けれども、だ。罪は必ず罰と化すわけではない。


 罪は許容される、罪は見逃される、つまり、罪と罰はそれだけ有名であるにも関わらず、必然性がどこにもないのだ。罪には罰があって当然だと言う人間がいるが、それは絶対ではない。他の誰も罪を認めなければ、罰などない。何故ならば、罪では無いのだから。しかしながらも、それは罪である。他の誰もが認めなくとも、自分自身さえ認めてしまえば罪となってしまうのだから。


 ならば、罰はどうなる。自分しか知らない、罪に罰は課せられるのか。自分を責める? そんなのは罰にもならない、自分の裁量で決めた罰など罪に対する適正な罰などにはなりはしないのだから。


 人は誰だって、自分が一番可愛い。自分のことが一番だ。だからこそ、自罰という行為において最も信用のならないのは自分であり、罪に対する罰などにはなりはしない。


 剱山 剣花が死んだ。罪だ。僕が犯した罪だ。僕が間違った罪だ。何も隠すことなく、何を余すこともなく、全部が全部。僕の罪である。


 ならば、これは罰だ。罰だろう、罰なのだ。これこそ、僕が犯した罪に対する、残酷で無慈悲で救いようがない罰である。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 目を覚ますと、まず思ったのが悪趣味なシャンデリアについて。あぁ、なんて悪趣味だ。まるで成金の如く、贅を凝らして作られたそのシャンデリアは簡素なベッド、穴だけのトイレ、安っぽいシーツ、窓もない部屋に相応しくない意匠。


「……」


 あぁ、夢じゃなかった。悪夢ですらなかった。ただの酷い現実だった。信じられない現実だった。求めてもいない現実だった。残酷で、幻想的で、信用性もなく、けれども人は簡単に死ぬ、そんな現実に僕は居た。


 ゆっくりと身体を起こす。気だるさが残り、脇腹に鈍痛が迸るが、それでもまるで折れたことがなかったかのような状態。右肘も酷く痛むが、それでも壊されていたと思えないほどには動く。あり得ない、何が、現実だ。こんなのは夢だ。


 けれども、学ランがないことと持って帰った、緑の血液が付着した錆びた剣がベッドの直ぐ傍に立てかけてあったので、間違いなく、剱山が死んだことを告げている。何よりも、握り締めていたのだ、剣の紋様をしたカードを。形見のように。


 こみあげてくる吐き気を我慢できずに、かけられていたシーツに撒き散らす。何も胃の中に入っていないのか胃液だけが飛び散って、臭いが部屋の中に充満する。


「……」


 感慨もない、感想もない、言葉もない。何も言えない。何か言おうとしても、酷く嘘くさくて、嫌になる……


「……目、覚めましたの?」


 声をかけられて気づく。壁際に座り込むように紫香楽が居た。何故、ここに居るのかわからない。ましてや、僕の様子を見るのが彼女だなんて、驚きを隠すことができない。


「……不思議、と思っていますわね。不思議でも何でもありませんわ。すべて、わたくしのせいですもの。あなたの面倒を見る、あなたの目覚めを待つのもわたくしが勝手に言っただけですわ」

「……そうかよ」

「そうですわ」


 それだけで会話は終わる。いつもの彼女の様子ではない沈痛な面持ちで、紫香楽アリアらしくない表情。彼女の何を知っているのか、と聞かれれば、何も知らないと答えることが出来るがそれでも、彼女らしからぬ表情と言える程度には落ち込んでいた。


「あそこでわたくしが動ければ、すべてはこうなりませんでしたのに」


 違う。そもそもは僕が判断を間違えたんだ。僕が紫香楽アリアの精神の強さをきちんと考えていれば、間違いなく、躊躇なく逃げ切ることが出来たのだ。そうじゃない、もっと前だ。檜山が襲われている時に僕が緑の化け物にきちんとトドメをさしていれば、間違いなく防げた出来事なのだ。


「責めませんの?」

「……」

「責めてください」

「……」

「……責めて、くださいよぉ」


 紫香楽は泣き始める。責めてくれ、と。詰ってくれ、と。誰が悪いと聞かれて『紫香楽アリア』の名前が出ることを彼女自身が望んでいる。けれども、僕は責めない。責めたりなんか絶対にしない。責められるわけもなければ、責める理由もない。


「わたくし……が……剱山さんを殺したんですのよ。あなたはそれを責める権利がおありになるのではありませんの!」

「ねぇよ、そんなもん」


 そう、誰にも剱山 剣花の死を責めることなど出来ない。彼女の苦痛を、彼女の痛みを、彼女の死を、何一つ理解できていないのだから、責めることなどできやしないのだ。何もわかっていない、ここがどこかもわからない、そんな中、彼女は死んでしまったのだ。誰が、彼女に成り代わって、死を責めることができようか。


 言い訳だ。


 紆余曲折に言い放っても結局は言い訳。自己保身、自己擁護。僕が剱山の死を責められないのは紫香楽アリアが悪いわけではない。どう考えても、僕が悪いからだ。そして、そんな自分を責めることすら出来ない臆病者でしかない。


 実は剱山の死すらも、僕はどうとでも思っていないのではないだろうか。ただ、悲しまなければ自分が異物のような感覚で、自分を責めなければ狂ってる気がして。いつだって、そうだ。僕は、必至に取り繕ってきた。


「……皆、話を聞きたいそうですわ」

「そうか、説明しなきゃ……」


 ベッドから降りるためにフラフラと立ち上がる。その時、カードをポケットにしまって、部屋を出た。




~~~~~~~~~~~~~~~~~


 懐中時計を見れば、既に朝の八時を回っている。どれくらい寝たのか分からないが、少なくとも半日以上は眠り込んだのだろう。それだけ深い睡眠を取ったのはいつ以来だろうか。悪夢という点において、現実から引き離されて見なくなったのだと言うのだから、皮肉にも笑えてくる。


「……そういえば、食料は」

「皆、節約して食べていますわ。と、言っても水と食パンのみ。いつまで、持つかわかりませんわね」

「……」

「少なくとも、二日経った、今日では流石に心もとないですわ……」


 そう、確かにパンは二日ももたな……二日?


「お、おい、今日は一日が明けて、二日目じゃないのか?」

「何を言っていますの? 三日目ですわよ……」

「そ、そうか……」


 一日半も眠りっぱなしとは。よほど、疲れていたのだろう。けれども、傷の治りの異常さに何らおかしいところはない。あのような傷、放っておいても一ヶ月以上はかかるだろう。けれども、今日はもう動ける程度にはなっている。あくまで動けるだけで、最高のパフォーマンスなど出来やしないが。


「……全員、集めてきますわね」

「あぁ、頼む」


 僕はいち早く大部屋に向かう。通路を歩いていると椿と野原がこちらへやってくる。


「アリア様と何を話してたんだ」

「早く、話すんだな」


 睨まれながら、囲まれる。そういえば、こいつらファンクラブなんだっけ。めんどくさいという以上に呆れる。状況を、剱山が死んだということをこいつらは理解していないのだろうか。


「この後のことだよ」

「あぁ、お前のせいで剱山が死んだことか」


 椿がこちらを見て、そう言った。ドクンと心臓が跳ねる。正しい、実に正しい。間違う要素が何一つない。答えとしてこれほど美しいものはない。剱山は僕のせいで死んだ。間違うことなき真実である。


「……その事について話があるから」

「お前が俺達を連れて行かなかったから、こうなったんだぞ」

「そうなんだな。リーダーなんて、向いていないんだな。大体、委員長という役職も――」

「おいっ、野原!」

「ご、ごめんなんだな」

「とにかく、お前は噛ませなんだから、アリア様に気安く話かけんじゃねぇよ」


 体重差があるせいか、肩をぶつけられ若干よろめく。けれども、なぜか椿の方もよろめいていた。おかしい、九十キロを超える椿に肩をぶつけられれば、一方的に僕の方がよろけそうなものを。


「ってぇ……と、ともかく、お前はアリア様に近づくなよ」

「ま、待つんだな、椿」


 ドスドスと音を立てて、足音荒く去っていく。どうでもいい、酷く、どうでもいい。この状況で椿と野原の心境なんて慮る必要など無い。僕が出来るのは奴らが無茶をしないことくらいだ。どうこう言われたことで、彼らを探索に連れて行くことなど出来やしない。


 いや、考えてみれば剱山が死んだことを考えれば、今、連れて行けるべき人間は少ない。それこそ、万全な状態の後藤か、精神状態が完全な檜山、そして、壊れていない神威くらいなものだ。すべての人間が条件を満たしていない。


 それだけ、剱山 剣花の死は大きい。彼女ほどの実力者が命を落とすような化け物と相対すれば、紫香楽と同様に動けない可能性は非常に高い。それは男子だったとしても足が竦んで動けなくなる程度には。


 さて、どう話すものか。


 考える。考えてみる。もし、僕が一人で探索に出るとしたら間違いなく反対が出るだろう。緑の化け物なら抑えているうちに全員が逃げ切り、その後、隙を見て逃げることくらいは可能だろうが、あの赤の化け物は別格だ。


 全力で逃げ回る僕を赤子のように遊んでいた。決して僕は優れているわけでもない。けれども、それでもクラスの中では煙草も吸わない、お酒も飲まない、健康体である事を鑑みて基礎の運動能力は決して高校生標準から劣ってはいない。煙草は吸うわ、お酒は飲むわ、健康なんてクソ喰らえの他の奴らに比べたらよっぽど動ける。


 問題は幾つかある。


 闇から急に現れる化け物にどう対処すればいいのか。パンや水筒を運ぶにしても一人で抱えるには些か、物量的に重過ぎる。出来れば、逃げ切る程度の力を残した重量を運びたい。パンを大量に袋に抱え、水筒を全身に巻きつけた時、明らかに僕は五十キロ程度の荷物を運んでいた。よく、そんな状況でたどり着けたな、襲われなかったことが幸運である。


 大部屋に入り、一番奥の席を目指す。あそこなら全員の顔が見渡しやすく、話しやすい。伝えるのは怖い、逃げ出したい、誤魔化したい。それでも、伝えなければ、人でなしで、酷い人間で、救いようのない人間である。


 好かれなくてもいい、嫌われてもいい、唯、最低にはなりたくない。最低であるのに、最低になりたくないという矛盾。これ以上、下などないのに、それでも下になりたくないという矛盾。


「おい、ソラっち!」


 檜山が慌てた様子で大部屋に入ってきた。


「目が覚めたなら覚めたって言えよ!」

「どうやってだよ……」


 呆れるように呟く。不可能にも程がある要求だ。だが、まぁ……そんなアホさ加減が今は幾分か救われる。心の中の鬱屈した何かを吐き出せる。


「ソラ!」


 また、大部屋の木で出来たドアが乱暴に開かれる。現れたのは仙道だ。


「目が覚めたら、食堂に来なさい! あなたの分のパン、無くなるわよ」

「何でだよ……そこは残しておけよ……」

「だって、しょうがないじゃない、唯でさえ、暇でお腹が空くんだから」

「しょうがなくねぇよ……まさか、無いのか」

「少し、残ってる」

「しかも食ってやがるし……」


 呆れてものも言えない。だが、やるべき事がはっきりして助かる。まずは再びパン屋でパンと水を補給すること。そして、化け物への対策、探索の再開だ。補給が優先なのは既に食料と水が尽きかけているためである。檜山も仙道もどこか、顔色が悪い。無論、野菜や肉といったものも必要になってくるだろう。けれども、まずは飢えを癒さなければならない。


「おじゃあああああああああああああっ」

「ござぁああああああああああああっ」


 麻呂と小堂が大部屋に飛び込んできた。独特の叫びでなんで、こいつらこんなに元気なわけ? と訝しげになってしまう。


「大変でおじゃる!」

「どうした、とうとう僕のパンが食われたか」

「何をふざけたことを言っているでござるか! 殿中でござる、殿中でござるよ!」

「……お前がふざけているだろ」

「と、ともかく、大変でござる」

「落ち着け、何があった」

「つ、椿殿と、野原殿が!」

「……」


 もう嫌な予感しかしない。その二人が何をしたのだろうか。紫香楽アリアのことになると周りが見えなくなる二人である。


「二人が、紫香楽殿を連れて、外に出たでござるっ!」

「なっ!? 紫香楽の奴は懲りてねぇのか!」


 つい、叫んでしまう。いや、あいつは外に自ら出ないだろう。何せ、全員を連れて部屋に待っていてくれ、というくらいだ。幾らなんでも話し合う機会を不意にしてまで外に出るなんて行動は取らない。


「ち、違うでござる。椿殿が剣を持ってて! それで、紫香楽殿は逆らえないで」

「……ッ!」


 僕は走りだして、一目散に自分の部屋を目指す。臭いは消えていた。汚れたシーツも消えていた。そんなことなど、今はどうでもいい。ベッドの横に立てかけてあった剣が消えている。まさか、部屋にあったものが消えるなんて都合のいい方向には考えない。何せ、机の上においてあったメモ帳とボールペンだけは確かにあるのだから。乱雑にズボンのポケットにしまって、走る。


「あいつら……」

「く、空洞殿、早すぎでござるよぉ……」

「どうする、追いかけてシメるか?」

「檜山、シメるのはお前に任せるとして、追いかけるのは僕が行く」

「お、おいっ……」

「待つでござるよ!」

「何だ、小堂!」


 引き止められて、振り向く。


「食料が少なくなって、全員がかなり不安になっているでござる。優先すべきはどちらか、考えればわかるでござろうっ!」

「ッ!」

「そもそもっ、紫香楽殿はともかく、椿殿と野原殿を助ける理由など――」

「あるに決まってんだろ、この大馬鹿がっ!」


 怒鳴り返す。


「ッ……」

「クラスメイトだから、助けるのは当たり前だろ。いつだって、僕はそうしてきた。友達だからじゃない、好きだからじゃない、大切だからじゃない。僕が空洞 空だから。それ以外の理由が必要だっていうのかよっ!」


不必要だ。友達も要らない、恋人も要らない。助けるとか当たり前だ。それは空洞 空の義務であり、責任であり、呪縛である。


「……それでも拙者はどちらかを選べと言われたら、迷わず空洞殿を選ぶでござるよ」


 小さく、か細く呟かれた言葉。悲痛で、痛々しい声音に僕は返さない。誰かが、誰かを選ぶとしても、僕は選べない。選べないのだから、友達なんて必要が無い、恋人なんて望まない。


「行ってくる。ついでにパンも水も持って帰ってくる。檜山、絶対に誰も玄関から出すなよ。後藤と協力して押しとどめてくれ」

「空洞殿ッ!」


 僕は部屋を飛び出して、玄関を走り抜ける。



~~~~~~~~~~~~~~~~


 まず、向かったのは一番近い扉だった。そこは紫香楽が述べていた武器屋。思い出したのは彼女の言葉だ。


『普通、異世界に来たら、武器屋に来るのは当たり前』


 しかしながら、三人は扉の辺りには居なかった。異世界で無能な勇者と勘違いしているならば、ここに居るかもしれないと思った。違う場所だろうと走り出そうとするが、そこでポケットのカードキーを思い出す。武器、人を殺す武器、戦うための武器。今、椿は武装している。もし、こちらが素手で現れても大人しく投降するだろうか。


 否。椿は投降などしないだろう、何故ならば武装という優位性を持っている限り、椿は戻ってくるなどしない筈だ。なればこそ、ここで『何か』を手にいれておく必要がある。


『武器屋 レベルⅠが解放されました』


 どこから聞こえてくる不思議な声。それを無視して、扉を開く。薄暗い部屋の中、ランタンの灯りでぼんやりと伺うと、武器があった。けれども、それはパン屋や宿屋とは違い一本だけである。


『槍』


 初めてこの世界にやってきた時に見た武器。人を殺すための武器。けれども、あの時見た、殺意という名前を帯びるにはあまりにも心もとない槍だった。柄は木で出来ていて、穂先は錆びれている。


「だが、十分だろ……」


 ぎゅっと握り、扉から出る。閉めた覚えもないのに、勝手に閉まる。しかし、どうでもいい。僕は槍をもって小走りで三人を探しはじめる。


 探しながら、考える。素人が剣と槍で戦った場合を。こんな時に、剱山が居れば話を聞けるのだが、それはないものねだりに過ぎない。幾ら、後藤といえど槍での戦いなど知らないだろう。ただ、長い方が強い。そんな気がしてくる。運動能力が僕の方が上だとしても、同じ距離なら何が起こるかわからない。


 けれども、槍の場合、あの錆付いた剣よりかは間合いが広い。喧嘩でも腕のリーチの長さは重要である。それこそ、圧倒的なアドバンテージと言っても過言ではない。間合いに飛び込まれても、運動能力の差でさがればいい。そして、間合いが違うからこそ、距離を保てば万が一も起こりえない。


 そこで、気がつく。薄暗い闇の中に、緑の化け物がいる。一匹だ。何故、いや、待て。僕は何故、見えた? 気づくことが出来た? そもそも、あの化け物が不意をついてきて襲ってくるからこそ恐怖であり、警戒していた。


 見えるのならば近づかないようにこっそりと、見つかったのがわかったのなら一目散に逃げ出せるようにと。そこで、思う。ここで、奴を背後から突き刺せばどうなるのか。いや、無理はするな。けれども――


 もし。もしも、だ。成功したのならば、剱山のように不意を突かれて動けなくなるという失敗が無くなる。相手が見えるのなら、何の問題もなくなる。皆を引き連れる時に、僕が警戒をすれば食料を運ぶ人手が足りる。


 息を殺して、踏み出す。そして、背後から頭を突き刺す。断末魔、あっさりと。あれだけ、恐れていた化け物をあっさりと。実に簡単に殺せた。殺すことが出来た。喜びもない、感動もない。ただ、一撃で、後頭部を貫くように突き刺したら死んだ。


 灰になり、一枚のカードが落ちている。十字架。渇いた笑いがこみ上げる、気が狂って笑い声をあげたくなる。喜びじゃない、感動じゃない。これじゃあ、剱山が死んだ意味がわからなくなる。意味なんて無い。生きることに意味なんてないように、死ぬことに意味も理由も必要ない。ただ、人は死ぬのだ。


 落ちていたカードを拾い、歩き出す。せめて。せめて、だ。三人を見つけて、連れ戻そう。剱山のことを考えるのはそれからでもいい筈だ。






Episode 椿 英雄


 小さいの頃はヒーローだった。強い俺は周りも俺を認めてくれた。当たり前だ、俺は英雄なのだから。けれども、中学に上がるころには英雄ではなくなった。喧嘩で負けて、女子から疎まれ、あんなに俺を賞賛していた人間は掌を返すかの如く、俺を見限る。


 そこからイジメが始まった。イジメが始まってすぐに学校へ行かなくなり、家でゲームをしていた。ゲームの種類は千差万別で、そこからアニメやライトノベルといったものに手を出し始めた。


 カードゲームもそんな趣味の一つだ。中学不登校であっても、外に出ることくらいはする俺はとあるカードショップに向かった。俺と同じ年齢の奴がそこにはいた。名前は野原 楠男。となり町の中学生らしい。


 俺と野原は気があった。同じ苛められている者同士という共感もあった。学校のどいつがクズでどいつがこんな非道なことをしている、と。話すだけなら、ただで。ぶっ殺すというだけならただである。


 カードショップでカードゲームの大会に参加して、ネトゲで野原とパーティーを組んで遊んで、時たま、お互いの家で遊んだりを繰り返していた。凄いことに野原の家は豪邸と呼ばれる類のものだった。


 野原の奴は口癖で「なんだな」と呟くが、それはキャラ作りか? と聞いたら、お爺ちゃんの口癖が移ったといっていた。難儀なものだ。それでは完全に大将である。


 ともあれ、そんな野原と俺は同じ高校に進む。地元で有名な六道である。無論、悪い意味で。学区内での最悪の高校と呼ばれている学校だ。無論、俺たちの大敵、不良も多い。けれども学力がないのだ、仕方ない。野原の奴は少し上の学校も行けたらしいのだが、俺についてきてくれた。


 高校に入学して思ったこと。


 うちのクラスの女子、滅茶苦茶レベル高ェ……ということだ。無論、ブスやブサイクも居るが、全体的に見てかなりの高レベルのイケメンや美少女達が集まっている。特に神威さんと呼ばれる女子と紫香楽さんという女子はアイドルもかくやというレベルである。


 不良の女子もレベルが高かったが、ビッチには興味ない。神威さんは不思議ちゃんのようでいつもボーっと空を眺めていることが多い。野原と二人で勇気を出して話しかけてみてもあまり会話が進まず、すごすごと退散することになる。


 そのせいで軽く女子に話しかけることにトラウマができてしまう。俺は最高レベルの女子を諦め、高レベル女子に目をつける。小堂や矢口と言った女子に話しかける。小堂は口癖が気持ち悪く、矢口はBL以外に興味がないといった女だった。残念な奴らだった。


 そんな中、声をかけるのも躊躇っていた紫香楽さんがコスプレ研究会に入部する。すわっ、まさか紫香楽さんはソッチ系なのか? オタク女子なのか? とか思っていた。俺は野原を誘ってコスプレ研究会に入る。


 野原は専用のカメラを買っていた。用意がよすぎる……俺はコス研だから、何かコスプレしないと、と思ったが見るも無惨な体型である。この時にようやく自分の容姿というものを気にしはじめた。


 漫画やアニメに出てくるキャラクターは性格が非常にいいのでデブとかそんなの関係なく愛情を振りまいてくれるだろうと思っていたが、哀しいことに、これ現実せんそうなのよね……


 ダイエットを決意した一年の夏。三日で終わった。ダイエットなど俺には早かった。痩せてお近づきになろうと思っていたが、無駄に終わった。夏休みは中学時代には想像もしてないほどの量(少ないという意味で)を颯爽と終わらせ、俺と野原はカードゲーム大会に念願のメイドカフェデビューを果たすことになる。


 さて、二学期である。何も変わらないかと思っていたら、どこぞの誰かが「紫香楽アリアファン倶楽部」なるものを作っていた。俺と野原は即効で会長を突き止めて、入会を果たすことになる。しかしながら、会長は二代目であり、不思議な話だ。


 初代の会長の顔を誰もが知らないのだ。二代目の会長に聞いても「個人情報だしね、それに彼は裏切り者だしね」と口にするだけで嫌そうな顔をしている。


 まぁ、初代会長などどうでもいい。紫香楽アリアは女神である。これを合言葉に写真を撮ったり、ファンクラブ限定でコスプレをしてもらったり、ツーショット写真や集合写真などある意味、充実した二学期を過ごすこととなる。


 そんな時、俺は空洞 空という生徒出会う。


 空洞 空。クラスメイト。それ以外の情報は特になし。そんな人間が何故か、屋上でアリア様と言い合いをしていた。話の内容こそ聞こえなかったが、目じりに涙を溜めて、一方的に何かを伝えているアリア様。けれども空洞 空はそんなアリア様の言葉を適当に流すかのように視線を空に向けていた。


 その時、気づいた。


 あぁ、アリア様はあの男が好きなのだと。何の証拠もない。何の根拠もない。強いて言うなら自分の見た光景だけでの判断だ。けれども、間違っていない、そんな気がする。


 何故、あんな男を、と思った。クラスメイトの北村に言い寄られても見向きもしなかったアリア様に似つかわしくもない。北村なら、まだ許せただろう、イケメンであり、皆をまとめて引っ張っていけるような男だ。俺なんかと格が違う。けれども、そんな女ならばきっと俺もアリア様に惚れもしなかった。


 何故、アリア様は――アリアはあんな男を好きなのだろうか。理解もできない、納得もできない。ただ、俺が空洞 空という人間を嫌うには十分な理由だった。


 アリアは空洞 空を嫌っている……と周りからは思われている。事実、それは「今」のアリアはそうなのだろう。けれども、その感情の発露が「恋」というものの裏返しとは何人がしっているだろうか。好意が反転して嫌悪に。愛が反転して憎悪に。けれども、反転した感情は少しのことでまた、反転するだろう。


 何故ならば、アリアは暇さえあれば空洞 空を目で追っているのだから。意識的ではない、無意識的に。無関心ではないのだ、嫌いであっても、好きであっても。無関心などにはなれるわけがないのだ。


 そこから、俺は空洞という人間を観察した。空洞という人間は人望がある。少なくとも、俺よりかは。クラスでも檜山のような可愛い系の女子や綺麗系の仙道とも仲がいいと思えば剱山みたいな火傷女でも仲良くしている。男子もあの一匹狼の後藤やイケメンの北村、猿渡やホモの野母とも普通に会話していた。媚びへつらっているわけでもない、パシリでもない。喧嘩が強いわけでもない、頭が特別にいいわけでもない。六道という学校の中では上かもしれないが、普通の学校に行ったら、それこそ大したこともない。そんな男だ。


 何よりも気力が無い。自分から話しかけることなど滅多にありやしない。いつも誰かに話しかけられている。それが空洞という男だった。


 だからこそ、憎い。人望がある癖に、人に頼られているくせに。いつも迷惑とばかりに顔をしかめている空洞 空という人間が憎い。心の底から憎い。何故なら、それは本当なら俺が持っているべきものだから。


 俺だったらアリアを受け入れる。アリアを選ぶ。何も迷いはしない、頼られれば皆のために喜んで手を貸そう。けれども、奴は頼られることを、慕われることを、まるで迷惑だとばかりに思っている。


 空洞 空さえ居なければ。何度、そう思っただろう。空洞 空さえ居なければ、俺はアリアに思いを伝えて、告白をすることが出来たはずだ。趣味も合う、同じ部活でよく会話をする、仲も悪くない、休日に野原を交えて一緒に遊ぶことも時々ある。だからこそ、空洞 空が居なければ、そう思う。


 そんな日々が続いた。そんな地獄のような日々が続いた。そして、修学旅行を控えたある日。俺達は異世界に召還された。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 アリアが自分を「無能」と呼んでいた。どうやら、お気に入りの小説で「無能」から勇者に成り上がる姿を自分に投影しているようだ。まぁ、わからなくもない。こういう場合、基本的に初めから人望のある人間なんてかませ犬でしかない。


 そう思うと、うろたえながら、皆を引っ張る空洞に対して優越感がこみ上げてくる。テンプレじゃてめぇは間違いなく足を引っ張る正義感の持ち主なんだよ。声に出して言いたいがぐっと堪える。


 初日に過呼吸を起こした軟弱な人間のくせして、皆のために頑張ろうとする姿は健気で笑えてすらくる。何の知識も持たない人間が異世界でやっていけるほど、甘くは無い。俺は大丈夫だ。かなりの小説を読み込んでいる、野原も居る、アリアもいる。内政チートから武器チートまで想像している。今、空洞に媚びへつらっている奴らもいずれ、俺を頼りにしてくる。そう考えたら、欲望がわきあがってくる。


 けれども、こともあろうに奴は俺を探索に連れて行かないと言った。そして、さらにあろうことかアリアだけを連れて行くと言い放った。何もわかっていない、何もわかっちゃいない。何の知識もないくせに。何も知らないくせに。


 しかし、今、反論すると後藤や檜山がめんどくさいことになる。黙っておこう。そういえば朝のカードをポケットにしまいっぱなしだった。野原の奴はどうだろうか、持っていたら暇を潰そう。どうせ、もうすぐだ。もうすぐ、俺が世界を救うために動き出す。今辛抱の我慢だ。


 アリアが帰ってきた。その時、顔を真っ青にしていた。誰もが尋ねると「空洞が……空洞が……」と呟くのみだった。俺はクラスメイトが怒涛の如く、詰め寄る中、ようやく死んだかと胸がすく思いだった。


 憎かった人間だった。憎悪すべき人間だった。けれども、死んでみて、まぁ、悪くない奴だったのかもな……と納得する。アリアを守って死んでくれたのなら、俺の本懐でもある。落ち込んでいるアリアを慰めることが出来るのは俺だけなのだから。


『黙れッ! てめぇらぁっ!』


 怒声を出したのは後藤だった。外に出ようとしている人間を押し退けて、入口に仁王立ちで立つ。おい、どけよ、雑魚。てめぇがどかないと、空洞の仇(笑)がとれないだろうが。


『てめぇらっ、空洞がこんなことで死ぬと思ってんのかっ! 北村も、檜山もいつまで呆然としてやがんだっ! いいか、あいつはこいつら、足手まといを逃がすために残ったんだ、適当に相手して、逃げてくるに決まってんだろっ!』


 はっ、熱い友情ごっこ……死んでるに決まってんだろ。ゴブリンといえど何の知識もなければ空洞なんか死んでしまう。罠とか考えなきゃ死ぬだろ、これだから、脳筋は。けれども、そうだな。俺もつい、飛び出すところだった。危ない。何の武器も無い以上、外に出るなんて自殺行為だ。ここは少し様子を見るか。


『アリア様、もう大丈夫ですよ、俺が居ますから』

『……空洞……空洞』

『アリアッ!』


 俺は無理矢理、手をひこうとすると何人かの女子に阻まれる。邪魔な奴らだ……空気を読めよ……


『椿殿、落ち着くでござる。紫香楽殿が心配なのは拙者らも同様でござる。ここは彼女が落ち着くまでそっとしておくでござるよ』


 うるさいな……てめぇみたいな女に俺は興味がないんだよ。突き飛ばそうとすると――


『……駄目です』


 神威さんが俺の手をねじり挙げた。どこにそんな力があるのか、いや、力を込めているわけじゃないだろうけど、しっかりと手首を極められて、痛みで膝をつく。


『……女の子を、突き飛ばそうと、しないでください』

『……ッ、野原、行くぞっ』


 どうにも上手くいかない。なんでだ、所詮、神威さんも空洞に惚れたとかいうビッチだし仕方ないだろう。暫くして、玄関が騒がしくなっている。少し離れた場所で伺っていた俺達は様子を見る為に二階にあがり、玄関を見下ろす。


 空洞が居た。死んでいなかった。死んでなどいなかった。まるで、英雄のごとく、剣を杖にして、大量の荷物を持って帰ってきたのだ。憎かった、すべてが憎かった。まるでお話の主人公のように帰ってきた空洞 空が憎かった。


 誰も、そんなことなど望んでいない。お前みたいな人望のある奴が世界を救う勇者などあってはならない。そんなのは駄目だ。俺みたいな駄目な奴が、無能が、成り上がらないと駄目だ。それが物語だろう、それが望まれている勇者だろう。お前じゃない。


 倒れこむように、荷物を降ろし、奴は言った。


『剱山が死んだ』


 あぁ、あいつが殺したんだ。きっと、剱山の奴を殺したんだ、あいつが悪いんだ。きっと、助けにきてくれた剱山を囮にして、自分だけ逃げたのだ。俺はその事を後藤や北村を除いて伝えに行った。


 けれども、誰もが信じてくれない。何故、信じない。だって、そうだろう。剱山の奴が生き残れないのに、あんなクソ野郎が生き残るなど出来るわけない。なのに、どうしてそんな当たり前のことを誰もが理解できない。六道の奴らは馬鹿ばかりだ。小堂なんか、俺に殴りかかってきやがった。俺と野原で身の程を教えてやったから、少しは胸がすっとしたが。


 それから、アリアの奴を探したがどこにも居ない。部屋にも居なかった、嫌な予感がして空洞の部屋を訪れる。ただ、その時、後藤の奴と鉢合わせする。


『お前らが、あいつの部屋に何のようだ』

『い、委員長の心配をして悪いのかよ……』

『そ、そうなんだな』

『……まぁ、いい』


 後藤の奴がノックをして、部屋に入る。そして、居た。紫香楽アリアは空洞 空の部屋で体育座りをして、居たのだった。


『……まだ、目が覚めませんわ』

『よく眠ってやがんな、死んでんのか?』

『不吉なこと言わないでくださいまし!』

『カカカッ、冗談だ。この馬鹿は死んでも死なないような奴だ、安心しろ』

『……そう、ですのね。全然、知りませんわ。高校で一番、最初に彼に知り合ったのはわたくしの筈ですのに』

『……へぇ、てっきり、おめぇはこいつの事、嫌っているのかと思ってぜ』


 聞きたくない。野原が心配そうに見ている。聞きたくなどない。


『嫌いですわ……わたくしのことをほったらかしにして、挙句には勝手に離れて、追いかけても近寄らせてもくれない。そんな彼が、嫌いでしたわ』

『……』

『けど、嫌いでも、それ以上にずっと好きでしたわ』

『そうかい。まぁ、本人は絶対にその好意については知らないだろうけどな』

『当然ですわよ、謝るまで教えてなんてさしあげませんもの』

『おいおい、謝ったらまるで許すみたいな言い方じゃねぇか』

『ふんっ、お黙りなさい。このシスコンヤンキー』

『し、シスコンヤンキーだとォ……褒め言葉じゃねぇか』

『本当に馬鹿ですわね。あなたも、彼も』


 俺はそれ以上、聞きたくなくて部屋を飛び出した。ただ、視界の隅に映る、錆付いた剣が薄暗く光っていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 空洞と廊下で出会う。あのまま、一生寝たきりになればよかったのに。けれども、幸運なことにあいつは持ち歩いていない。剣を。


 その瞬間、俺は決めた。アリアを連れて、ここを出よう。いつまでもこんなところにいてはならない。俺達は空洞に利用されて殺されてしまう。


 野原と共に空洞の部屋に入り、剣を取る。そして、わき目も振らずに部屋を出て、アリアを探す。居た。二階に上ろうとしていた。この時間帯は大体の奴らが食堂でだべっている。剱山が死んだことが怖いのか、結構な人数が身を寄せ合って集まっている。


 無論、部屋で寝ている奴も居るが、それでもチャンスだ。玄関が近い。


「アリアッ」

「……椿、なんですの、一体」

「こっちへ」

「……あなた、何故、剣を持っていますの? それは委員長の」

「いいから、来るんだ」


 俺は剣を構えて、近づく。野原も動いて、アリアの背後に回っている。おそるおそる近づいてくるアリアの手首を掴み、玄関へ向かう。


「ど、どこに行くつもりですの? 委員長が目覚めたのですから、こ、これから皆で今後の方針を――」

「もう、あんな奴を頼りにする必要は無い。俺が居る」

「い、意味がわかりませんわ……」

「いいから、来いっ」


 二の足を踏むアリアを剣で脅す。これは仕方のないことだ。彼女を生かすためだ。いずれわかってくれるだろう。


「おじゃ、そこの三人、何をしているでござるか。野原、さっきの話は――」


 麻呂の奴に見つかった。


「行くぞ、アリアッ」

「ッ……」


 無理矢理、手を引っ張って宿屋の扉を開いた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~


「もう、おやめにっ、なってくださいっ……」


 泣き続ける彼女の頬を打つ。どうして、こうなったのだろうか。俺はアリアを愛しているだけなのに。制服をボロボロに破き、剥き出しになった乳房を揉んでも、下腹部を撫でても反応をするどころか泣くだけ。


「やめてっ……」


 逃げようともがくので、再び頬を叩く。それでアリアは喋るのをやめる。俺は再び、彼女の秘部を弄る。けれども、何の反応もしない。しょうがない、もう、いい。無理矢理にでも挿れよう。


 ブチリと何かが破る感覚が切っ先にあたる。ギチギチと痛いくらいに、締め付けられる。あぁ、やはり、アリアは処女だった。血が出ているのを確認して、安心する。例え、血が出なくとも初めてで出ないということは割とあることなのだそうなので、それでも信じただろうが、こうしてきちんと証拠をもらえると安心感が増す。


「痛い、痛い、痛い、痛いっ……も、うっ、やめてくださいましっ……」


 どうして、こうなったのだろうか。俺とアリアは愛し合っていたはずなのに。どうしてだろうか。そんなのは決まっている。


「う、うあああああああああああああああっ」


 背後で椿が叫んでいる。何があったのか、振り返ろうとする。すると、野原の身体が飛んできた。思いっきり、身体があたったせいか、抜けて、軽く吹っ飛ぶ。どうしたんだ、いきなり。後でいいって言ったじゃねぇか! 我慢、できなくなったのかよっ! アリアの上にのしかかるような野原を見る。動かない、ピクリとも。


 何が――? そう思った時、視界に入ったのは――頭を強く打ったせいか、視界が歪む、アリアが何かを叫んでいる。何でこうなったのか。


 アリアなら愛してくれると思ったのに。アリアなら……他の女と違って、オタクでもブサイクでもデブな俺でも愛してくれると思ったのに。


 あぁ、意識が朦朧としてきた。何でだろう、最後に思い浮かんだのは屋上で泣いていたアリアと空洞の光景。今、何故、こんなにも空洞 空という人間が憎かったのか思い知る。ずっと感じていた嫉妬は憧れだったんだ。ヤレヤレとか言いながらも他人を助ける、そんな小説みたいな主人公の空洞 空に俺は嫉妬していたんだ。


 あぁ、道理でアリアも惚れるわけだ。何せ、アリアが一番、好きな小説の主人公に――






Episode 野原 楠男


 

 初めのイジメは幼稚園の頃、小学生になっても僕は苛められ続けていたんだな。けれども、学校に行かないという道もあるわけで、ママもそれを許してくれたから、学校へ行かなくても十分だったんだな。


 中学にあがっても僕は友達の一人も出来ずにカードゲームをしていたんだな。カードゲームをしてても、寄ってくるのは僕を馬鹿にするかのような人間ばかり。僕みたいな人間は生きる権利が無いとばかりに絡んできたりするんだな。


 そんなある日、僕は椿と出会う。僕と同じ、学校に通っていない。僕は口下手だし、変な口調だから、皆に馬鹿にされるけど、椿だけは馬鹿にしない。それに椿もカードゲームが好きで気が合うんだな。


 そんな僕は高校受験になって選択しなければならなくなった。学校に通っていないから、通える高校は限られてくる。でも、その中でも内心がまったくなくても通える高校は二つあった。無論、県外に行けば幾らでも選択の幅は出来るのだけど、唯一の友達である椿と離れたくはないんだな。


 一つは偏差値が高めの学校。お受験ということで家庭教師をつけられて、勉強しているんだけど、ギリギリなんだな。それでも合格圏内なので親も安心していたんだな。もう一つの学校は六道。親は反対したんだな。僕みたいな人間が通っても苛められるだけ、と。卒業できない、と。だけど、椿が行くから僕もこっちの学校にしたんだな。


 椿は良い奴だった。見栄っぱりだけど、自分を大きく見せようとするけど、それでも僕みたいな人間にも優しくできるいい奴だった。


 高校に入学して、僕らは同じクラスになった。けれども、驚いたんだな。高校とは凄く綺麗な人が多い。僕もいつかは女の人と付き合う可能性があるけど、それはまったく現実感がないので二次元で十分だったんだな。けれども、少しだけ期待してもいいと思ったんだな。


 けれども、現実はそんなに甘くないんだな。僕だけでなく、椿も色んな女の人に頑張って声をかけてみたけど、全然、駄目なんだな。どいつもこいつも目が無いんだな。


 けれども、二学期に入った頃、僕と椿はコスプレ研究会に入部したんだな。とは言っても、女子部員は一人、同じクラスの紫香楽アリアさんだけなんだな。紫香楽さんはとても人気があって、ファンクラブまであるんだな。


 どうやら、椿は彼女に恋をしたようだ。僕は応援しようと思うんだな。カメラのファインダー越しに二人を見る。テンションの高い椿、普通に楽しそうにしている紫香楽さん。とても幸せな光景なんだな。


 一枚撮ると、怒られたんだな。けれども、怒られた理由が『そういう時は一声かけるのがカメ小のマナーですわ!』と言われた。カメラ小僧じゃないんだな、まだまだ素人なんだな。


 それからは楽しかったんだな。皆でカードゲームの大会したり、コスプレイベントに参加したり。実は椿はとてもかっこつけでいつも無理目なジャンルのコスプレをするんだけど、僕はそれでも楽しそうな椿を撮ることが好きなんだな。無論、アリア様を撮るのも好きなんだな。アリア様はコスプレをするのが実に楽しいみたいで撮る方も気合が入るんだな。


 ただ、この頃だろうか。少しずつ、椿の様子がおかしくなるんだな。普段は変わらないんだけど、同じクラスの空洞を嫌っているんだな。いや、あれは嫌っているというよりも憎しみと言った方が近いんだな。理由は大体わかるけれども、けれど椿がそれに気がつくとはとても思えなかったんだな。


 ただ、僕は空洞だけは敵に回しては駄目だと思うんだな。いつ椿の憎悪が空洞にばれるかと思うと気が気ではないんだな。けれども心配は杞憂だったんだな。空洞は決して、椿を相手にしない。歯牙にもかけない。


 椿だけではない。クラスメイトの誰も空洞は歯牙にかけない。それは強者だからという理由じゃない。初めから空洞は誰とも馴れ合うつもりがないんだな。巻き込まれるように他人に協力はするけど、好意や友愛と言ったものをすべて否定している。


 だから、僕は空洞とは相容れない。僕は椿にはっきりとした友情を感じている。アリア様ともお友達と思っている。だけど、空洞はそういうものの存在を否定している。それを周りに強制してはいないが、その生き方は僕の生き方を否定している。


 けれども、それはそれでいいんだな。どうせ、高校までのお付き合い。お互いに踏み込まなければ何の問題も無いんだな。そう思っていた、けれども、世界は残酷で。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 異世界召還。アリア様が喜んだ、椿が喜んだ。一応、僕も喜んだふりをするんだな。そうしなければ二人共心配するだろうから。他のクラスメイトのようにお家に帰りたいと思ったけど我慢するんだな。


 椿とアリア様は若干、興奮気味である。物語の主人公になる可能性を想像しているのだろう。けれども、僕は僕が主人公になれる姿を想像できない。いや、きっと、深層的にはこの状況に酔っている人間がどれだけ、居るのか。


 その中で唯一と言ってもいいほど現実感がなく、これ以上ないまでの危機感を持っていたのが空洞だったんだな。誰よりも早くに動いて、誰よりもお姫様を追いかけて、みっともなくとも助かるために扉を乱雑に叩いた。けれども、そんなものは意味が無い。


 見ただけでわかるのは空洞があれだけ扉を叩いても音が響き渡らないということ。少なくとも現実的な物質で出来た扉ではないんだな。あ、後藤の手が折れちゃったんだなぁ……



~~~~~~~~~~~~~~~~~


 嫌な予感しかしないのは、何も帰れないことだけではないんだな。この非日常という空間で椿とアリア様が上手くいくという可能性が想像も出来なかったんだな。椿は見栄っ張りで、異世界という世界でその性格はきっと、プラスには働かない。自己顕示欲が強すぎて、他人に受け入れられないことが暴走してしまう。そんな未来すら簡単に想像できてしまうんだな。


 そして、アリア様も決してメンタルが強いわけじゃない。むしろ、弱メンタルだと思うんだな。そして、僕も口下手でデブで馬鹿だから、何の役にも立たない。どうしても、活躍という言葉とは縁遠く思えてしまうんだな。


 けれども、椿が望むなら手伝うのが僕なんだな。椿が宿屋の僕の部屋で決闘デュエルをしながら(ただし、カードゲーム)話したのは今後の展開なんだな。


 まずは自分達の世界、科学の知識を売って商会に売り込む。ただし、商会の人間はきちんと信用できる人間を選ぶ必要がある。そんでもって、お金が溜まってきたら、冒険者になる。そこで銃を使って冒険をしよう。ゲーセンで鍛えた俺とお前の腕なら、この世界でトップになれる。そこで、奴隷とか買っちゃったりしてな。いやいや、俺はアリア一筋だよ? け、けどさ、獣耳けもみみとか憧れるじゃねぇか……そんで、野原の嫁さんも出てくるわけだ。ロリがいいのか? 美女がいいのか? まぁ、俺達は世界を救う勇者になるんだから、選り取り見取りなんだけどな。


 椿が嬉しそうに話す。僕はそれをニコニコと聞き続ける。あぁ、なんて夢のある展開なんだろう。そんな風に上手くいけばいい、そんな風に幸せになれればどれだけいいだろう。


 けれども、だ。けれども、少なくとも。僕にはその未来を思い描くことは出来なかったんだな。椿の言葉は根拠も何もなく、ただの願望だ。だけどいいじゃないか、願望でも。僕達にはそれくらい許されるだろう。椿が望むのなら僕は協力する。けれども、出来ることなど殆どない。


 ただ、願わくば、二人が上手くいく。そんな些細な切欠の何かが欲しい、そう思った。けれども、やっぱり世界は残酷なんだな。もし、異世界なんかに来なければ椿とアリア様がくっつく可能性は未だあった。今は未だ、椿に何の興味も無いアリア様だけど、それでも何年も付き合っていたら万が一、億が一の可能性があった。


 けれども、だ。異世界で椿の可能性は完全に否定された。


 アリア様は空洞のことが好きだ。本人は認めないだろうし、椿は信じないだろう。けれども、なんとなくわかる。クラスの中でも察しのいい人間はわかっている。アリア様が空洞に絡むのは好意からだ。まるで児戯のような恋愛で周りもほとほとと呆れるが、それでもアリア様は空洞に絡む。


 その事実など、高校生活までだ。高校卒業して、大学に入れば終わるような関係だったのだろう。だが、異世界でアリア様を残して、立ち向かい、剱山を犠牲に生き残った空洞のことをアリア様はもう誤魔化すこともなく、臆面もなく好意的に接するだろう。依存に近い形で接するだろう。彼女の精神性の弱さを椿は信じないだろう。


 アリア様の告白を聞いても尚、ブツブツと呟く椿はもう、どうにもならないのだろう。ならば、どうするか。切り捨てる。とんでもないんだな。椿は僕の友達なんだな。


『椿……どうするんだな……』

『アリアを連れて、外に出る、こんなところに居て、皆が空洞信者になる前に、俺たちがアリアを救うんだ。俺がアリアを救う』

『わかったんだな』


 僕は頷く。そこに未来の可能性など一つもない。宿という部分を押さえられて、僕達は出て行こうとしている。食べ物に関する情報も空洞が握っているだけで何も知らない。それでも一刻も早く、この場を離れたいのか椿は考えている。


 けれども、タイミングは中々、訪れない。交代で玄関に誰かが立っていて、外に出ないように監視している。誰が言い出したわけでもない。けれども、後藤が立っていたことから始まり、檜山や仙道、北村などが協力的に行っていた。暗黙の了解でのローテーションなのか、誰が立っているのか、僕はロビーで何をすることもなく眺め続ける。


『おじゃ、野原でおじゃる』

『麻呂何か用事なんだな』

『ほっほ、麿は特に用事などおじゃらんよ。唯、もうすぐ交代故に様子を見に来たでおじゃるが、もう少し後でもよさそうでおじゃるな』


 見れば仙道と檜山が会話をしている。


『それではの、野原』

『麻呂』

『おじゃ?』

『実は、前々から突っ込もうと思ってたんだけど、公家言葉少しおかしいんだな』

『おじゃぁあ!?』


 僕は苦笑しながら突っ込む。クラスメイトとの最後の会話なのかもしれない。だから、少しくらいは意地悪してもいいだろう。


『の、野原こそ、変でおじゃるよ!』

『僕は裸の大将デフォだから、問題ないんだな。おにぎり、欲しいんだな』

『……おじゃ、まぁ』


 何か、驚いていた。


『てっきり、麿は突っ込んでもいいのか迷っていたのに、素直に認めたでおじゃるなぁ』

『別に、僕は言葉遣いが変なのは受け入れているんだな』

『ほほ、そうでおじゃるか。しかし、麿の見る目もまだまだでおじゃるな』


 どうしたんだな。何か、急に一人で呟いている。


『てっきりそちを椿の子分と思ってたが、一人で行動することもあるのでおじゃるな』

『椿の子分……褒め言葉なんだな』

『おじゃぁ……やはり変人おじゃ』

『けど、子分なんかよりも友達と言ってくれたほうが嬉しいんだな』

『……友達なら、友の暴走を止めてくれるのでおじゃろう?』


 僕は少し黙って。


『ま、そういうこともあるんだな』

『ほっほ、安心したでおじゃ。少しばかり、椿が委員長を見る視線に悪いものが憑いておったから気になったでおじゃ』

『そういう陰陽師属性とか聞いてないんだな、ずるいんだな』

『おじゃ!? 陰陽師属性! これは今後の麿の展開に大きな動きがあるかもおじゃ!』

『……まぁ、ともかくなんだな。心配することないんだな』


 友達なら友の暴走を止める。正論だ。至極、正しいんだな。けれども、それでは椿は救われないんだな。ならば、僕は――





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 アリア様を連れ出して、外を歩くんだな。僕は素手なので、怖いけど、せめて肉壁になれるくらいには活躍したいんだな。まぁ、最悪、時間稼ぎくらいは出来るんだな。


「……空洞」


 今まで、黙ってついてきたアリア様がポツリと漏らした言葉。それが椿の理性を捨てさせたんだな。それは呟くべきではなかったんだな。もう、僕は椿を止めることはしない。友達だから、という意味ではない。もう、きっと。この世界で僕達は無意味なのだから。


 多分、自分達の役割があるとして。僕達は既にどこかで選択を間違った。どこだろうか、僕が椿を止めるべきはどこだっただろうか。考えてみる。それはたった一つ。


 アリア様の告白を椿に聞かせてはならなかった。


 告白が僕達の運命を変えた場所なんだろう。もう、あの時、椿は我慢することをやめたのだろう。何が何でも紫香楽アリアという女性を手に入れるのなら、身を汚す覚悟もしたのだろう。それこそ、僕が言っても止められない程度に。


 だから、あの時。僕達はアリア様を探すために空洞の部屋に行くのではなく。アリア様の部屋の前でファンクラブらしく待機しておくことが最も優れた方法だったのだろう。


『な、何をいたしますのっ!』

『うるせぇっ! いつまで、空洞、空洞って言ってやがんだ! アリアには俺が居るだろう。なんで、俺を見てくれないんだ……俺を見ろよぉぉっ!』


 プラチナブロンドの髪の毛を引っ張り、痛いと叫ぶアリア様を暴力的に扱う。そして、突き飛ばし、後ずさるアリア様に椿はのしかかる。アリア様と目が合う。僕は伏し目がちになりながら、首を横に振る。


 アリア様は友達だ。けれども、椿と天秤に乗せた時、僕は椿を選ぶ。たった、それだけのこと。


『の、野原、先にやっていいだろ……、見張りをやっててくれよ』

『わかったんだな』


 僕は前を向く。後ろで何があっているのか、見ないふりをして。どれだけ酷い結末なのか目を逸らして。そして、数分して、それが現れる。


 僕が見たのは『死』だった。ありきたりで、ありがちなお話で、テンプレよろしくの台詞なのだが『あぁ、僕はここで死ぬんだな』と思った。けれども、その台詞が割かし生存フラグであったりするのだが、僕は期待しない。間違いなく死ぬ。問答無用に死ぬ。僕の目の前に映った、それは間違いなく僕を殺す。僕だけじゃない、アリア様も――椿も殺す。



『う、うあああああああああああああああっ』


 叫ぶ、せめて、吹き飛ばして時間を稼げるように、と。椿が気づいて一人で逃げれるように、と。アリア様を囮にして、逃げれるように、と――


 終わる世界で僕は友の暴走なんか止める術もなく、それでも見捨てることなんかも出来ず、ましてや一人になれることもできやしない。そんな僕だから死ぬ。僕は死ぬ。けれども、哀しくない。哀しくなんてない。涙に視界が滲んで、奥歯もカチカチと震えて、今にも漏らしそうだけど。哀しくなんてない。僕は僕を貫いて、死ねたのだから。


 友達なんて出来ない。一人でデッキをシャッフルしていた。

 友達なんて出来ない。一人でカードを並べていた。

 友達なんて出来ない。一人でブースターパックを気にしていた。

 友達なんて出来ない。一人でずっと遊んでいた。


『よぉ、お前、どこ中?』


 そんな僕に出来た初めての友達。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「紫香楽ッ! 野原ッ、椿ッ!」


 叫び声が聞こえて、走り出す。槍を構えて、飛び出すように、一気に。空気の抵抗がいつもより強い。つまり、それだけ、僕はスピードを出しているということだ。


「あ、あああああああああっ、あぁぁぁっ……」


 紫香楽の声が叫び声から、小さくなっていく。不味い、遅かったか……僕は紫香楽の声がする方向に居る影に向かって攻撃を――ッ!?


 抉る。肉を。槍の穂先が肉を確かに抉る。切っ先が埋まり、赤い血肉が眼前に写り、そして何よりも『同級生』であり『命の恩人』の後頭部に僕は槍をあろうことか突き刺した。


「……あぁぁっ」

「紫香楽、怪我は……?」

「う、うぁっ、あぁぁっ」


 近づいて伺ってみる。野原の奴は紫香楽に乗っかって……頭が半分、削られている、間違いなく、駄目だろう。どんな風にすれば人間をこんな風に破壊できるのか。紫香楽の制服が血に汚れている。もう一人、椿は……居た。下半身、丸出しで、ピクピクと痙攣している。


「……一体、これは」

「い、委員長……後ろ……」


 ぞわりと背後に迫る嫌な感覚、すぐさま、横に飛び退き見ると――剱山が立っていた。間違いなく剱山 剣花である。顔の火傷の後、割れた額、濡れ羽色の黒髪、抜群のスタイル。そして、僕の学ランを着ていた。


「あぁぁぁぁぁ……」


 剱山らしからぬ、鈍足で僕の方向へ手を伸ばし歩いてくる。


「剱山、意識はあるのかっ! 聞こえる――」

「委員長、無駄ですわっ!」

「無駄って何だよ! 剱山が歩いて――生きているじゃねぇかっ!」


 怒鳴り返す。剱山は紫香楽も無視して、転がる椿も無視して、野原も無視して、僕に手を伸ばしてくる。呻き声のような声音で、鈍重な足取りで僕に近づいてくる。僕は槍を持っていない手で掴もうと――


「委員長! だから、お辞めなさいっ!」


 横からタックルするかのように突っ込んできた紫香楽。邪魔をされて睨む。けれども、顔を涙で汚し、ボロボロと泣いている。冷静じゃないのはどっちだ。襲われて、呆然自失として、叫んだ紫香楽なのか? それとも剱山 剣花が生きていたことを喜んでいる僕なのか。剱山 剣花が生きていることはそんなに悪いことなのだろうか。


 剱山 剣花を見る。あぁ、そうか。ようやく理解した、理解しても尚、認めたくなかったのだ。生きていてくれた方が遥かに僕は楽になれた。ただ、それだけの為に、いや、違う。もしも、だ。剱山に殺されるのならばそれでもいいとすら思えた。


 引きずるような歩法。だらりとさがった腕、猫背で歩く姿、顔にあいた槍の穴。割れた額、虚ろな瞳、だらしなく口から漏れる呻き声。剱山 剣花がこんなにみっともないわけがない。これが剱山だと言えるわけがない。剱山は確かに死んだ。僕が見た、死んでいた。死なないわけがなかった。生きているわけがなかった。


「……お分かりになって? 剱山さんはもう、既に」

「言うな」

「既にっ、死んでいますのよっ!」

「言うなあああああああああああああああああっ」


 他人から目の前の事実を突きつけられるのが嫌だった。必至に目を逸らしたかった。けれども残酷で。とても残酷で。身近な人が簡単に死ぬこの世界は余りにも残酷で。死んでも尚、僕達を辱める。


「……どう、すればいいっ」

「わかりませんわよっ、そんなことっ!」

「……一旦、退くぞ」


 僕は椿が無様に転がっている場所まで下がる。剣は……野原の死体の近くにあった。取りに行くか、否か迷って、諦める。


「紫香楽、昨日のパン屋に向かうぞ」

「……四つ目の扉ですわね」

「あぁ」


 椿を担ぎ上げて、僕は槍を紫香楽に手渡す。


「持っていてくれ」

「連れて……いきますの……?」

「あぁ……問題があるのか?」


 沈鬱な面持ちになる。何かあったのだろう、いや、想像は椿の恰好から簡単につく。けれども、ここに放置しておくわけにもいかない。


「……我慢しろ」

「……わかりましたわ」


 ゆっくりと歩き出す。背後から、ずるっ、ずるっと足を引き摺るような音を無視して、僕はまた剱山から離れる。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 パン屋の扉を開くと、中は空っぽだった。前回と違い、食パンも水筒も無い。部屋の中央のテーブルに積まれていた前回と違い、今回は何も無い。部屋の中は日本のパン屋のようで、棚があり、恐らくパンを置くためのトレイらしきものもあるが、空っぽの状態。


 奥に行けば、ピザ専門店で見かけるような窯がある。当てが外れてしまった。ここにくれば食料があるという希望は見るも無惨に消えてしまったのだ。


 とりあえず、椿を地面に下ろす。紫香楽は椿から距離をとり、周りを見渡すようにキョロキョロとしていた。内股で歩いていることについて、僕は何も聞かない。触れ込まないほうがいい。


 窯に近づくと。


『いらっしゃいませ』


 空中に透明な文字が浮かぶ。四角の枠の中で挨拶をされた。なんだ、これは……


『お買物ですか Y/N』


 その文字の意味がわからない。けれども、僕はわからないが、紫香楽なら何かわかるかも知れない。


「紫香楽」

「何ですの……委員長」


 疲れたように壁に寄りかかっている。紫香楽にこの文字は見えないのだろうか。いや、離れているからだろう。


「ここを見てくれ」

「……何もありませんわ」

「いやいや、ふざけてる場合じゃないんだって」

「ふざけていませんわよ……委員長、あなたには『何か』見えますの?」


 見えるも何も、現にそこに文字が浮かんでいるだろう。まさか、見えないのか。いや、待て。そもそも文字が浮かんで見える、というのがおかしい。どう考えても、正常なのは紫香楽で、異常なのは僕だ。


「委員長、詳しく、話しなさい」

「あ、あぁ……」


 僕は文字が見えること、そこに書かれた文字が「買物をするかY、N」と浮かんでいること、実は他の扉にも文字が見えることを話す。


「……適応」

「え?」

「恐らく、委員長は、この世界に「適応」した可能性がありますわ」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「委員長が文字を見えるようになった経緯を伺いますとあの時、以降ですわね

「察しが悪いですわ。わたくしが逃げ遅れて、あなたが助けに来てくれた時ですわ

「恐らく、その時に何かあったんじゃありませんの?

「赤い化け物……倒しただけ……

「他に何かありませんの?

「それですわ! 何故、その話をもっと早くに始めないのですの!

「レベル1になった

「つまりはこの世界で生きていく上で必要な能力が与えられたということですわ

「無から有。故にこの環境に適応したのですわ、きっと

「別に不思議な話ではありません

「ゴブリンを倒してレベルが上がった。ただそれだけのことですもの

「故に委員長にはこの町の情報が読み取れるのですわ

「では、その文字のYを押してくださいませ。ちなみに申し上げますと

「YがYES、NがNOという意味だと思いますわ

「どうなりましたの?

「一覧がでましたの、けど、殆どに売り切れの文字?

「……そういえば、店の情報も読み取れると言っていましたわね

「パン屋、レベルⅠ。成るほど……事情は察しましたわ

「恐らく、建物のレベルをアップさせることによって、買えるものが増えますわ

「えっ? 建築技術なんて高校生が持っているわけない?

「このお馬鹿っ、そういう意味ではありませんわ!

「モンスターからドロップした……って飴の話ではありませんわ!

「ドロップとはモンスターを倒すことによって手に入るアイテムのことですわ

「ドロップの品、カードによって建物のレベルが上がる可能性がありますわ

「もしくは、別の場所に、レベルⅡの建物がある、その可能性も否定できませんわね

「けれども、そちらの場合だと些か、面倒ではありますわね

「パンは買えますの?

「あぁ、横に数字があるようですわね……恐らく値段ですわ

「だから、なんで、あなたは自分の財布をだしますの!

「そんなもので買えるわけないでしょう! 馬鹿なんですの! 馬鹿ですわね! 大馬鹿ですわ!

「……はぁ、まったく。それで他に数字は見当たりませんの?

「あるようですわね、それが現在の委員長の所持金だと思われますわ

「どれくらい買えますの……?

「食パンを大量に買い込める程度にはありますわね……

「恐らく、それだけ買い込めるのには赤い化け物を倒したおかげだと思いますわ

「恐らくゴブリンの上級種ですわ、故に手に入れたお金、いえ、ポイントも高いのでしょう

「……え、水も売っていますの?

「買うのはいいですけれども……どうやって持ち運び、ちょ、お待ちなさい!

「あああああああっ!

「だから! あなたは! どうして、そんなに軽率に行動しますの!

「……何も起きませんわね

「どれくらい買いましたの?

「三十七までしか買えない……?

「ふむ、まぁ、いいですの……後で暇がある時に探しましょう

「水筒が不思議な作りで実はあのペットボトル並みの水筒は

「二リットル入ってますのよ

「……質量保存の法則?

「知りませんわよ、そんなの……

「パンも買っていきましょう……

「食パン、こっぺパン……

「ねぇ、本当にそのラインナップですの?

「……そうですわね、食パンは人数の半分でいいと思いますわ

「この前みたいに丸々、一斤渡されたところで困るだけですわ

「こっぺパンは人数分もっていきましょう……

「買いましたの……

「出てきませんわね……数字は減っていますの?

「減ってる、他に変わったことはありませんの?

「タイマーみたいな数字が出てる?

「……恐らく、待て、ということですわ。三時間……まぁ、いいでしょう

「……ところで委員長、今、全部で何枚のカードを持っていますの

「三枚……武器屋、パン屋、教会

「教会……一度、確認しておいた方がいいかもしれませんわね……

「なぜなら、現在の剱山さんを倒す方法があるかもしれませんわ

「お気づきになっていないのなら、言いますわよ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「現在、剱山さんはゾンビである可能性が非常に高いですわ」

「ゾンビ……?」


 聞いたことがあるような気がする。映画のジャンルで、確かウイルスに犯された人間だっただろうか。


「ゾンビ。ファンタジー小説や映画ではお馴染みですわね。死体が甦る、甦ると言っても理性もなければ、生き返るわけでもありませんわ」


 そうだろう、あの剱山の姿はとても生前の彼女とは似ても似つかない。よく似た別人と言われた方がすんなりと納得が出来る。


「ゾンビ、マミー、グール、スケルトン、デュラハン。このように並べて、共通する事柄を委員長はわかります?」

「いや、わからない。どれも初めて聞いたような名前ばかりだ」

「そうですの、では全くと言っていいほど知識が無いというわけですのね。オカルト研究会の三人組でも居ればもっと詳しい話でも出来ましょうが、わたくしが知っているのは極一部ですわ。けれども知らないよりかは知っておいた方が遥かによろしいかと思いますわ」

「御託はいいから、さっさと話せよ」

「なんて言い草ですの、委員長は……少しは今のわたくしに優しくしようとか思いませんの?」

「思わねぇよ、それに優しくされたら甘えるだろ、てめーは」

「……そう、ですわね。あなたはそういう人ですもの」


 他人への依存度が強い紫香楽を無視して、僕は話を進めるように促す。


「アンデットと呼ばれる属性ですわ。特徴は不死である、ということ」

「不死……」

「無論、すべてのゲームにおいて、不死で扱われることはありませんわ。倒せば消えるといったゲームもありますが……そもそも、死んでおきながら、甦る。ゾンビ、日本的ではありませんわね。何せ、日本は火葬というのが一般ですから。そういえば中国でいうキョンシーなども近いのではなくて?」

「いや、聞かれても知らねーんだけど……」

「そうですわね。まぁ、キョンシーはお札をはがせばどうにかなるイメージがありますが、ゾンビというものはどうしようも無い気がしますわ。そもそも、何が原因で甦ったのか、それが分かりませんわ」

「理由なんて要るのかよ……」

 

 こんな世界で死体が甦ることくらい理由がなくてもいいような気がする。そもそも、ここに飛ばされたことに意味なんて無い気がするし、理由なんて必要の無い気がする。


「けれども、理由があった方が都合はいいですわ。ブードゥーという宗教ではゾンビパウダーというものを使ってゾンビを作り、奴隷として働かせる……という話がありますわ。ただし、ブードゥーのゾンビは人も襲わなければ、腐りもしませんけれどもね。ファンタジーのゾンビとは全然、違いますわ」

「それで」

「人を襲うファンタジー系のゾンビならば対処の方法が教会にある可能性が高いですわ」

「何故?」

「ゾンビという存在に対し、聖職者という存在は天敵ですのよ。それに聖水というものがあれば、ゾンビを消滅させることも可能ですわ」

「ファンタジー系以外にもゾンビはあるのか」

「ありますわよ」

「ウイルス、いわゆる映画やゲームのバイオパターンですわ。災害系ゾンビだと、私達には手の打ちようは現在、ありませんわ」

「現在?」

「えぇ、もしかしたら病院に属する建造物がある可能性も捨てきれず、またその中に特効薬が無い可能性も捨て切れませんわ」

「まぁ、寄生虫という可能性も捨て切れませんわ」

「寄生虫?」

「えぇ……まぁ、そんな――」


 そこでチーンと音が鳴る。まるで電子レンジのような音が悪趣味で、この世界は悪ふざけのようで、凄く腹が立つ。


「……ともかく、パンを運ぼう。椿も宿屋においていかなければならないしな」

「出会ったら、どうしますの……?」

「逃げる」

「この荷物で……?」

「……」

「椿を起こしますの……?」

「あぁ。それが一番、いい」

「わかりましたわ。委員長が言うのなら、文句はありませんわ」

「……しかし、どうしてこいつは」


 僕は椿を起こすために近づいていく。僕は椿の頭の上にある文字を見る。赤色に光っていた。先ほどまでは緑だったのに……


「どうしましたの?」

「あぁ、いや。不思議なことにクラスの奴らや紫香楽の名前は緑に見えるのに、こいつだけ赤色の文字で名前が見えるんだよ。緑や赤になったり、忙しいな、こいつ」


 まぁ、呻き声が聞こえるだけ、マシか。


「……委員長、離れなさいっ!」

「はっ?」


 ドゴッと衝撃が走る。無造作に近づいたせいで、椿の全体重をかけたタックルが僕を襲う。椿ともみ合いながら転がり、完全な馬乗り状態である。椿の両掌同士で力比べをするかのように押さえつけられる。


「ッ!? ああああああああああああっ!」


 なんって、馬鹿力だ! ミシミシと指の骨が折れていくのを感じる。握力で完全に負けて、締め付けられるすべての指が折られていく。


「がああああああああああああっ!」


 椿が口を開けて、僕に顔を近づけてくる。涎がだらだらと僕の顔に落ちる。おい、ふざけんなよっ、そんな趣味ねぇよっ! クソっ。もがいて、逃れようとするものの、完全にマウントを取られているのでそれも叶わない。


「ッ!?」


 ズブリッと槍が埋まる。紫香楽が槍を持ち、真横から椿を刺す。その一瞬、指の動きが緩んだ。必至にもがいて、転がりながら無様に抜け出す。


「あああああああああああああああっ!」


 何度も、突き刺していた。紫香楽 アリアが椿 英雄を何度も、何度も突き刺していた。同じ部活に所属して、オタク仲間の筈で、カードゲームをしている姿を何度も見かけた二人組み。その片方が、殺意を持って、明確に何度も、それこそ、何度も、何度も突き刺していた。


「ああああああ……」


 泣いている、と思った。その漏れる呻きは泣いている、と僕は思ったのだ。椿が紫香楽のことを好きなことなんて誰だって知っている。そんな彼が片思いの相手に殺されている。殺されていた。何度も、何度も。普通なら死ぬような一撃を喰らっても、尚、呻き続けて泣いていた。


「あぁぁぁっ……」

「あああああああああああああっ!」


 伝わらない。椿 英雄の思いは伝わらない。どうして、こんなにも愛しているのに、そんな瞳で紫香楽 アリアを見ているのに、紫香楽 アリアは椿 英雄に憎悪を持って、殺意に従い殺している。


「もう、いいだろっ……」


 背後から抱きしめるように、そんな甘い意味などなく。ただ、これ以上、椿を見ていられなくて、僕は紫香楽を止める。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……」


 肩で息をしながら、振り乱して、片方が崩れているツインテールで、紫香楽アリアはようやく止まる。槍がカランカランと音を立てて、地面に横たわる。


「わ、わたくしはっ……こんなのっ……このようなっ、物語など、求めてなかった……クラスメイトがわたくしを見直して、わたくしが勇者になって……それで、あなたが見直してくれさえすれば、それだけでっ……」


 自分の手を見て、震えている。


「もう、十分ですわ、もう嫌ですわ、もうこんなの降りたいですわよ……早く、お家に帰してくださいな……」


 給食に出てくるようなビニールに入ったパン。ビニールが血で汚れ、店内の至るところに血は飛び散り、汚れていないものは何もなかった。僕も椿の血を浴びて、紫香楽が一番、血を浴びていた。銀色の髪を真紅に染めて、彼女は泣き崩れていた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「紫香楽、見えるか……?」

「えぇ、見えますわ……」


 僕達は店内にあったパンを袋につめて、それぞれを持つ。僕は槍を持っているので気持ち少なめの分量である。


「椿の上にタイマーみたいなのがある」

「恐らく、あれが……再復活までの時間だと思いますわ……ゾンビは殺せない、ということでしょう」

「じゃあ、僕は、何度も剱山を、椿を、野原を殺さなきゃいけないのか……?」

「わかりませんわよ、そんなのっ……それに、そんなことはわたくしも一緒ですわ!」


 意味の無い問いだった。意味がなくても、人を傷つけるだけの問いだった。それでも尋ねずには居られないのだ。


「……すまん、行くぞ」

「えぇ」


 椿の死体を外に出し、僕達は歩き始める。そして、出会う……剱山 剣花と野原 楠男の『死体』に。二人共、呻きをあげていた。


「……僕がやる」

「……わたくしはどうすれば?」

「一匹の注意をひきつけてくれ」

「えぇ、かしこまりましたわ……では、野原の方を」


 そう言って、僕達はパンを下ろし、相対する。剱山 剣花、歩く姿の美しい少女。酷い火傷がコンプレックスで喋り方が些か爺むさい。けれども、本人は意外と打たれ弱く、結構簡単に凹む。そんな、女の子だ。


 仲がいいわけじゃない。友達というわけじゃない。好きとか嫌いとかそういう関係でもない。クラスメイト。それが僕と剱山 剣花との関係。


 だけども、その剱山の姿は見るに耐えない。見ることなど出来ない。今の剱山は既に剱山ではなく、剱山という身体を持った、別の存在だ。


 僕の罪だ。僕への罰だ。


 僕が助けられなかった、僕を守る為にかけつけた、僕と戦った、僕と共に居たからこそ、剱山はこんな姿になってしまった。椿の言う通り、剱山を殺したのは間違いなく僕なのだ。誰からも責められないとしても、誰も知らないとしても、僕が、僕自身が何よりも、誰よりも知っている。


 だから、これは僕への罰だ。


 剱山を二度、殺すことは僕に対する罰だ。誰かが用意した、誰かが考えた、残酷で、耐えられないほど悪質な罰だ。僕は今から、剱山 剣花を殺す。


「……うああああああああああああああああああっ!」


 一撃を振るった。顔を貫いた。コンプレックスであった顔を。僕が満点からの半減という点を伝えた顔を。羨ましいと言った顔を。緑の化け物に割られた顔を。一度、僕が貫いた顔を。僕は槍で貫く。


 肉が絡まる感覚。ブチブチブチと音を立てながら、引き抜いて。僕は再び、右肩を貫く。次は心臓を。次は右の太ももを。次は腰を。次は腹を。次は左肩を。次は右足を。次は首を。次は左のふとももを。次は胸を。


 絶え間なく、距離を保ちながら。貫き続ける。肉を抉る感触。呻き声。泣き声。叫んでいるのは誰か。僕だ。叫ばなければ、やれない。到底、出来やしない。気が狂ったように声を張り上げなければ、出来ない作業だ。


 あぁ、僕は今、剱山を殺している。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 そして、終わりが訪れる。難しいことではなかった。命の危険もなかった。這いずるように歩く相手を唯、槍でつくという単純作業。けれども、これほどまでに疲れたことなど今まで、無かった。


 剱山と野原の死体を貫きに貫いた結果。二人の真上にタイマーが浮かぶ。六時間。椿と同様であり、何も変わらない六時間。


「……お疲れさまですわ」

「……あぁ」


 僕はそれ以上、何もいう事なく歩く。


「それで……教会の方はどうしますの?」

「言ってみよう。もし、消滅とやらが出来るのなら、した方がいい。もう、僕は殺したくない」

「……」


 ポケットの中のカードキーをぎゅっと握り締める。祈りに近い。あってくれという懇願に近い。ふらふらと歩く。お互い、無言で会話することもなく。そして、途中に捨て置かれるようにあった剣を紫香楽が拾い、再び歩く。


 そして、十字の扉にやってきた。宿屋の反対だと言うのに、文句もなく紫香楽はついてきてくれた。扉にカードキーをはめる。


『教会が解放されました』


「レベルはないのか……」

「きっと、レベルの意味がないのですわ。つまり、教会で出来ることは限られているということですわ……せめて――」


 紫香楽が呟いた。声に出してはっきりと『蘇生』があればいいのに、と。ゲームではあるのだろうか、漫画ではあるのだろうか、小説ではあるのだろうか。僕は知らない、知らないから期待などしない。


 教会は木の長いすが幾つもあって、正面には祭壇がある。僕は歩みを進めて、祭壇に近づくと、パン屋と同じように。


『どうしました。何かお困りでしょうか』


 文字が浮かび上がった。ふざけている。ふざけやがって。ふざけるなっ! 何がお困りでしょうか、何がどうしましたか、何が、教会だ! 困ってもいるし、どうかもしている、何よりも神が居るのなら、こんなことをする意味を答えろよ……


『おぉ、どうやら、お連れさまがお亡くなりになったようですね。是非、魂を救済いたしましょう』


 文字は続く。感情などない。それは唯の文字だ。文章だ。だからこそ、尚の如く腹が立つ。ふざけている、ふざけている、ふざけている――っ。


『ゾンビと化さない為にも葬式をあげなければなりません。ではご寄進を Y/N』


 その言葉に凍りつく。ゾンビと化さないため……? 僕は問答無用で浮かび上がるYを押し続ける。すると、三人の名前が浮かび上がった。


 剱山 剣花 レベル〇 葬式費用 十

 椿  英雄 レベル〇 葬式費用 十

 野原 楠男 レベル〇 葬式費用 十


 僕は全員を押す。これなら、これなら――!


『それでは葬式をあげます。神よ、さ迷える魂を導き給え』


 短い文言。神などどうでもいい。これで剱山と戦わなくて済むのなら――


『終わりました。お連れさまの魂は救われました。では、こちらを受け取りください』


 ゴトンゴトンゴトンと祭壇のテーブルに音が鳴る。僕は近づき見ると三つの宝石が置いてあった。そして、二つはイヤリング。一つはブレスレットだった。僕はそれを手にとる。


『それでは、また』


「は……?」


 口に出して間抜けだった。間抜けすぎた、教会の効果を僕は見てしまった。効果? 何だそれ、聞いてない。説明をするべきだ、と。何故、説明しなかったのかと。葬式を挙げる前に説明をしなかったのか、と。


『教会:教会で葬式を挙げた場合、葬式を挙げた相手に関する知識を失います。代わりに特殊な装飾品を受け取ることができます』


「あ、あああああああああああああああっ!」


 意味がわからない、どういうことだ! 葬式をあげて魂を救済しましょうって言ったじゃないか。


『教会:葬式を挙げることによって、見知らぬゾンビとなりました。そこに魂などありません。あなた方はおもう存分にゾンビを倒してください』


 そんなわけ――そんなわけ、ないだろうっ! 剱山の顔を思い浮かべる、わからない。椿の顔を思い浮かべる、わからない。野原の顔を思い浮かべる、わからない。どんな声だったのか、どんなのが好きだったのか、どんな人間だったのか、わからない。


「忘れるかよっ……」


 剱山 剣花。椿 英雄。野原 楠男。それは僕のクラスメイトだ。僕のクラスメイトを僕が忘れるわけがない。忘れてはならない、忘れちゃ駄目なんだ……けれども、剱山というクラスメイトが居たのかわからない、椿という男が居たのか、わからない。野原という男が居たのかわからない。


「……あぁぁぁっ」


 僕はメモ帳を取り出して、三人の名前を書く。必至に。そして、思い出せる範囲で必至に三人のことを書き連ねる。忘れてはいけない。忘れちゃ駄目だ。僕が覚えてなきゃ、僕が――こんなのは酷すぎる。何が救済だ、何が魂だ。


 思い出せる限りを書いて、僕は涙を零す。忘れない。忘れたとしても、思い出す。僕は君たちを思い出す。名前も顔もわからない君たちを何度だって読み直す。忘れない。忘れてはならない。僕は絶対に忘れない。


「……どうしましたの、委員長?」


 紫香楽が蹲る僕の肩に手を当てて、尋ねてくる。


「なぁ、紫香楽。剱山と野原と椿って知っているか?」


 期待する。期待してしまう。僕は期待をしてしまう。悪い冗談だったと思い込んで。思い出せない自分が何かの病気であると思い込んで。期待を持ってしまう。


「誰ですの、それ?」


 ガラガラと崩れる。あぁ、なんてことだ。僕は、また、間違えた。取り返しのつかないミスを犯してしまった。罰など、誰が与えてくれるのか。この罪を知っている僕を、誰も知らない罪を、誰が罰してくれるというのだろうか。


「……」

「いつまで、教会にいますの? 皆さん、お腹すかせていますわよ、きっと」

「あぁ……そうだな……」

「結局、ゾンビに対する聖水などありませんでしたわね……けど、ゾンビはあまり強くありませんから、わたくしのようにレベルを1にする為に戦わせるというのも手ですわ」


 前を歩く紫香楽 アリアは知らない。覚えてなどいない。けれども、僕は覚えている。確かにはっきりと。メモ帳に書いてあった。メモを書いてあった。


 そのゾンビの中に同じ部活動の人間が居て。そのゾンビの中にお前を好きな奴が居て、そのゾンビの中にお前を助けてくれた奴が居ることを。


 紫香楽 アリアは知らない。知らないのだ。だから、こんなにも残酷なことを平然として、口に出せる。


「委員長、それより、ソレ、何ですの?」


 指さされるのはイヤリングとブレスレット。


「装備品なら、頂けません?」


 僕は躊躇うことなく、イヤリングを二つ渡す。文字が浮かんだ。うっすらとそして消えるように、文字が浮かび上がる。


『魂石のイヤリング(椿)(野原)』


 そして、文字は消えていく。もう、影も形も見えない。せめて、その二つはお前が持っていてくれ。僕が持つよりも遥かに喜ぶだろう。


「……このイヤリング。見ていると、凄く哀しい気持ちになりますわ」


 呟くように漏らした声。けれども、銀髪を掻き揚げ、イヤリングを嵌める。


「……不思議ですわね、委員長。本来ならわたくし、喜んでいるべきシーンだと思いますのよ。この瞬間、この時。皆のために食料を運ぶ勇者。選ばれしもの。ゴブリンを倒してレベルが上がった最初の少年にゾンビを倒してレベルがあがった最初の少女。悪くないシュチエーションなのに……それなのに」


 僕は何も答えられない。


「何故、こんなにも涙が溢れるのかわかりませんわ……」


 何も答えられずに、僕は歩き出す。これは罰だ、これは罪だ。罰でありながら、罪なのだ。罰を受けることが罪なのだろう。僕は他人にその理由を問われる罰を受けながら、他人に答えられない罪を犯す。問われる度に苛む、答えられない度に苛む。


 誰も裁いてなどくれない。けれども、僕は確かに罰を受ける。甘んじて受けよう。だって、これは――僕の犯した罪であり、僕が受けるべき罰なのだから。

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