人間界に憧れる魔王 その3
魔王は、本来の椅子の座り方に戻ると深いため息をついた。
それから昔を思い出しているのか、部屋の奥に貼られた12の歴代魔王の肖像画のうちの最も左ーー一番新しい肖像画である父のものに目を向けるとゆっくりと話し始めた。
「かつて父は言った。人間ほど愚かな種族は今だかつて居ない。己の欲の為に仲間を裏切り、後悔を繰り返し、それでもなお学習しない。本当に愚かで哀れだ。しかし、共通目的がある時の団結力はどの種族でも敵うものはない。故に我々は存在するのだ。巨大な敵に立ち向かうという共通目的がある限り、彼等が己の欲に気付くことなどない。我々が人間の敵である限り、人間界は平和なのだ。故に我々は人間の敵であらねばならないのだ、と。だから俺は人間を哀れんだりしない。俺が敵である限り、人間ほど素晴らしい種族は居ないんだから」
どこか寂しさを感じさせる横顔にパインは全てを悟った。
「申し訳ございませんでした。魔王様の想いなど梅雨知らずあのような物言いをしてしまいまして」
パインは魔王の正面に歩み出ると、深く頭を下げた。
「いいよパイン。気にしないで。でも、もし本当に謝りたいって思ってくれるのなら、一回だけ人間界に行ってもいいよね? 本当に僕たちが敵であることで、人間界が良い方向に進んでいるかを確かめたいんだ」
「魔王様・・・・・・。残念ながらそれとこれとは話が別です」
顔を上げたパインは冷徹に告げた。
「うん。ありがとうって、えー!? いやいやいやいや・・・・・・。この流れはそうじゃないでしょー。OK出す感じだったでしょ?」
思わぬ返答に魔王は椅子から立ち上がった。
「魔王様が本当に人間界のことを知りたいだけなら、喜んでお連れします。ですが・・・・・・」
「なんだよ」
突然言葉を切ったパインを魔王は訝しげに見つめた。
全くここの領主である俺を疑うなんて。けしからん。
確かに人間界の様子が見たいためだけにこんなにごねている訳では無いが、そんなのパインに分かるわけがない。
何せアレは、俺の寝室の壁に付けられた掛け時計の裏に隠してあるのだ。見つかるわけがない。
圧倒的自信の元、魔王は毅然とした態度でパインと対峙した。
「これは何ですか?」
しかし、パインがどこからか取り出した紙の束によって魔王の自信は粉々に打ち砕かれたのだった。