プロローグ
最初に感じたのは、熱。炎。痛み。
気がついたとき、俺は燃える病院の中をさ迷っていた。
あまりにも見慣れ過ぎたこの光景に、俺こと比良坂・戒は確信する。
――ああ。またこの《幻夢》か。
と。
相変わらずの、熱。炎。痛み。真に迫る、夢にしてはあまりにもリアルな苦痛の中を、俺は足を引きずりながも歩き続ける。
「……『●●』……『●●』……」
うわ言のように、俺は探し人の名前を繰り返し呟いている。
夢の中の俺は、確かにその名前を声に出している。だが、その名前は口に出した先からこぼれ落ち、記憶から消えていく。
そうして歩いて、歩いて、歩き続けて。
やがて身体が限界を迎え、俺は床へと倒れ込んだ。
倒れた俺を蝕む、熱。炎。痛み。
だが、そんなことよりも胸の中で暴れまわる感情の方が、俺にとっては厄介だった。
感情の大半は『●●』に対するものだった。俺の『●●』への想いは、一言で言うならば『炎』だ。
不安も焦燥も後悔も、全ては風に揺らめく炎のように形を変える。だが、確かに熱は存在し、俺のこの胸を焼く。
徐々に遠くなっていく、熱。炎。痛み。
ろくに身動きもできなくなった俺は、身体も意識もいよいよもって鈍化していく。目前に迫った死を前にして、いや、だからこそ、夢の中の俺は『●●』を強く想い、とうとう意識を手放した。
こうして胸の中に、言いようのない喪失感だけを残していつもの《幻夢》は終わり、俺の意識は現実へと浮上する。