Lv.12 君と過ごせる夏休み*K.A*
「……うんざりだ。」
ため息と共に吐き出した声は、幸いなのか。
誰の耳にも拾われることなく、ガヤガヤと耳障りなホール内に溶けた。
「奏、学校お疲れ様。明日から夏休みだったね?と言うことで例年のごとく会社を手伝ってもらうよ。早速なんだけど今から準備して、パパの代わりに石塚君のとこのパーティーに参加してきてもらえるかな?詳細は堺に聞けばわかるから。」
父の代理として、著名人が主催するパーティーに参加したり、面倒臭いと、いつもギリギリまで溜め込む父の代わりに書類を処理したり。
それがここ数年の、俺の夏休みにおける過ごし方だった。
もちろん今年も、例外なくそうなると思っていた。
……音葉と付き合うまでは。
とにかく、今日のパーティーも渋々ながら参加したが、それも滞りなく無事終了。
しかし、このまま例年のように夏休みを過ごせば、確実にしばらくの間、音葉に会えなくなるだろう事実に、イライラとした感情がつのる。
(……アイツは寂しがり屋だから泣くかも、な。)
まあ、あいつの泣き顔も見てみたいが。
音葉の泣き顔を想像しつつ、イラついたまま迎えの車に乗り込めば、運転席に座っていた男の顔が目に見えて引くついたのが分かった。
「………堺はどうした。」
堺の顔が見えず、見慣れぬそいつに声を投げれば、ひゅっ、とその男から息が漏れる。
それに余計に苛立ちを覚え、バックミラー越しに合う目だけで、答えを促した。
「さ、堺さんは、火急の用が出来たとのことで……代わりにわたくしがお迎えにまいった所存です。」
「……あいつが?珍しいな。まあいい、早く車を出せ。」
「そ、それなんですが、堺さんが、本邸ではなく奏様のお気に入りの別荘の方にお連れしろとのことでしたのでそちらに向かいますが大丈夫でしょうか?」
「別荘?………なにかあるのか?」
「帰宅してからのお楽しみ、とのことでした………。」
「…………………………ちっ、さっさと向かえ。」
「か、かしこまりましたーー!!!」
「「「奏様、お帰りなさいませ」」」
俺の気に入っている別荘のひとつにようやく到着すると昔から馴染みの数人の使用人達が堺を中心に俺を出迎える。
堺はその顔に優しい微笑みをたたえ、その堺の前には、
「もう離して下さい!!いい加減この紐ほどいてよ!!」
紐で縛られ床に座っている音葉の姿があった。
「……花嫁修行?」
「ええ、音葉様たっての希望で。」
「私そんなこと一言も言ってませんけど!!?捏造はやめてください!」
「照れなくてもいい。俺は迷惑だと思っていない。」
「ちょ、やめて。そういう勘違いやめて。謝るから、何回でも謝るからもうお家に帰して!」
「ツンデレ……。」
「ええ、ツンデレですね。」
「何このアホな人達っ!!話の通じる人がどうしていないの……!」
夏休み、もしかしたら会えないのではないかと思っていた音葉がここにいる。
会いたかったのなら素直にそう言えばいいのに、どうして素直になれないのか。
花嫁修業なんて早く俺の嫁に来たいと言っているようなものなのに、会いたいと簡単な言葉が言えないのだから可愛いやつだ。
「ですが奏様、音葉様もなれない花嫁修業に励むのですから、未来の夫として奏様にもしっかりと仕事に励んでいただきますよ。よろしいですね?」
「なんですか『未来の夫』って。誰のことですか。そもそも花嫁修業するなんて一言も言ってないんですけど!!」
「……当たり前だ、仕事のことも音葉のこともちゃんとする。」
「さすがです奏様!!立派になってこの堺、本当に嬉しく思います!」
「そっかー、聞こえないかー。もうとにかく紐はほどいてくださーい。あ、涙が出てきた……。あははー……。」
「紐………。そういうプレイが好きなら努力する。」
「なんの想像してるの!?違うから!もうやめて!私をこれ以上傷つけないでよ!」
ツンデレ、というのは解っている。
けれどこの夏休み、少しでも音葉が自分の気持ちを素直に言えるように俺も努力しようと思う。
こんなに夏休みが楽しみだと思ったのは初めてだ。