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Lv.11 夏休みの始まり



「みんなー、ついに明日から夏休みに入るぞー。高校生活最後の夏休みだからといってハメを外しすぎて受験や就職に失敗したー、なんてことにならないように気を付けてな。ではまた来月元気な姿で会おう。」


「起立、礼。」





7月半ばの教室で、1人の少女が幸せに酔いしれていた。


少女の名前は松本 音葉。



私である。





「一学期が…ついに……!ついに終わったよ!美和ちゃん……!!」

「短いようで長かったわね。」

「本当にね!明日からは溜まりにたまったストレスを解放して、夏休みをこれでもかってくらい満喫するんだから!」

「満喫するのは良いけど、私達はあくまで受験生なんだから。しっかり勉強しなさいよ。」

「わかってる………。わかってるけど……!今は幸せに浸からせて………!!」




少し気分が下がりつつも、夏休みのために用意された大量のプリント達を鞄の中に放り込む。


けれど、こんなプリントがなんだ。

ヤツと会わなくてすむんだったらこんなの何十枚だってやってやろうじゃないか。



「か、楓くん………!楓君さえ良かったらなんだけど………わ、私と一緒に夏祭り行きませんか……?」

「オ、オレ!?音葉ちゃんオレを誘ってくれるのー?オレなんかで良ければ喜んで!!」

「ほ、本当!?た、楽しみにしてるね。」




待っていた。



「美和ちゃん、一緒に勉強会しようね!数学教えて下さい!」

「……麻生に教えてもらうんじゃないの?」

「美和ちゃん!言って良い冗談と悪い冗談があるよ!」

「はいはい、ごめんね。仕方ないから教えてあげる。」




待っていたのだ、この時を。





「じゃあ連絡するからね!か、楓君も……!二人とも良い夏休みを!」

「はいはい、わかったから。ちゃんと勉強するのよ。」

「音葉ちゃん、オレも連絡するからねー!」




ずっと、ずーっと待っていた。






「ビバ夏休みっ!」



さあ、夏休み!パラダイスの始まりだ!






だから気づかなかった。


浮かれていたいた私は。



ヤツが私に絡むことなく、早々と教室からいなくなっていたことに。


気づいていれば、これから始まる地獄を回避出来ていたかもしれないのに。










「ただいまー!」

「おかえりなさいませ、音葉様。」




バタン。





「……えっ、誰?今の。」


今、見るからに怪しげな黒づくめの男がいた気がする。

心なしか私の名前を口にしていたような……。



(………やだなぁ、私ってば。いくら浮かれてるからっておかしな白昼夢まで見ちゃダメだよー。私のおバカさん☆)


確か前にもこんなことがなかったっけ、なんて過去のトラウマを思い出しながら、目の前にある家を見上げてみる。




(……うん、どこからどー見ても私の家だよね。)


嫌な予感がビシビシと伝わってきた私は、川沿いの橋の下にでも住もうかとくるりと回れ右をしてみる。

あわよくば段ボールとか別けて貰えると良いなー、なんて淡い期待を持ちつつ。




「どうかなされましたか?音葉様。」

「えっ、瞬間移動………?」


気づいた時には、確かに玄関にいたはずの怪しげな男が、胡散臭い笑顔を携えて私の前に立ち塞がっていた。




「…あ、の……あなた誰ですか……?」

「私としたことが……!ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません。

私、奏様が幼少の頃より奏様専属の執事を任されております、麻生家が執事、堺と申します。音葉様、これから度々顔を合わせることになりますが、どうぞよろしくお願い致します。」

「麻生君の執事、ですか……?」

「左様でございます。」

「あの…麻生君の執事の方がどうして家なんかに……?麻生君は……?」

「申し訳ありません、音葉様。奏様は旦那様に申し付けられた所用がございまして……。奏様の代わりにはなれませんが、この堺めが参りました。」


本当に申し訳なさそうに頭-コウベを垂らした堺さんにブンブンと首を振る。



「いやいやいや!来ない方が良いんです!だから変な勘違いはやめて下さい!誤解しないで下さい!お願いですからその微笑をやめて…………!」

「……これが噂のツンデレですか。奏様も音葉様に会えないのをとても嘆いておられましたよ。」

「『も』ってなんですか。『も』って。私ツンデレじゃないですし!私の話ちゃんと聞いてました!?」

「おや、もうこんな時間だ。……では奥様、音葉様をお借りしますね。」

「は?」



(……いつからいたの。)


堺さんの言葉にぐるんと後ろを振り返れば、完璧に気配を消していたただろうお母さんが、満面の笑みで立っていた。



「どうぞどうぞ。あとこれ…一応必要最低限の音葉の荷物を詰めておいたのでー。」


何故かその手に、見覚えのある、黒地に大きめのピンクの水玉模様が散りばめられたボストンバックを持って。



「御足労をおかけしました。心配でしょうが、音葉様は大切にお預かりしますので。」

「まてまてまてホントまって!なにその荷物!お母さん!どういうことなのか説明して!」

「おや、聞いておりませんでしたか?」

「聞いてませんよ!なんなんですか!」

「なにって………受験のための勉強合宿をかねた花嫁修業ですよ。」



(……………………………はな、嫁、しゅぎょう………?)






「はあああああああぁぁ!?」

「大変元気があって結構なことです。その元気さがあればいずれ宿される奏様とのお子も元気にお産まれになられるでしょう。さあ、参りましょうか。」

「アンタ何言ってるの?えっ、頭?頭沸いちゃってるの?………ちょ、触んないでよ!は、放して!お願いだから放して下さいいぃぃ!」


フフフと漏れる上品な笑みが今は憎たらしい。

そんな笑みを讃えながら私を引きずり歩く堺さんこと誘拐犯は、優男に見えるくせにゴリラ並みの力をお持なのか、どんなに抵抗してみてもぴくりともしない。


いや、実際のゴリラがどれくらい力があるかなんてわからないけど。




引きずられる中、私が最後に見たのは、玄関前で、やはり満面の笑みを浮かべ、親指を立て、

「奏君が相手なら私はいつお祖母ちゃんになってもいいからね。」

とち狂ったことをほざいている母と、そんな母の横でブンブンと手を振る可愛い妹の姿だった。







(酷い、酷すぎる。なんで私がこんな目にあわなきゃいけないの………!)


黒づくめの男、堺さんに拉致ら到着したのは麻生君の家。




ではなく。

麻生家が何十個も所有しているという別荘の一つだった。


こんな状況でなければ、たとえアイツの別荘と聞いてもテンションの1つや2つ上がったかもしれない。


あくまでこんな状況でなければ、の話だが。





何度も逃走を試みたが、その数だけ堺さんに連れ戻されてしまった。

今こうして冷静に考えてみれば、ここがどこなのか解らない以上、逃走するだけ無駄だったのだけれど。



とにかくその結果、「あまり手間をかけさせないで下さい」と、堺さんから冷笑を貰った私は、どこから持ってきたのか両手を縄でグルグルとひとくくりにまとめあげられてしまった。






そんな中、続くのは言葉でなく沈黙。

シンとした中、耐えきれずに口を開いたのは私だった。



「あ、の……、もう1度だけ確認したいんですけど……。」

「はい、私が答えられる範囲でしたら。」


綺麗な笑みを貼り付ける堺さんは、きっと優秀な執事さんのだろう。

あまりの胡散臭さに、その風体だけしか気にしていなかったが、よくよく見ればその顔は整っていて、ヤツほどではないが美形の部類に分類されると思う。


だからと言って堺さんに興味のカケラも沸かないけれど。





「とにかく誰が、「音葉様でございます。」」

「誰の「奏様しかいないでしょう?」」

「どういう存在で「嬉し恥ずかしドキドキ花嫁として。」」

「何を「奏様と同じ大学に合格するよう受験勉強をしながら、近い将来のために花嫁修業を、」」

「…どうする「いたします。」」


「……………………。」


全てのセリフを途中で遮られた。





「他に質問や確認事項はございませんか?」


「……………そう、ですね。確認事項と言うより、警察か救急車を呼んで頂けると助かります………!」

「音葉様、そんなに緊張なさらないで下さい。今回、この別荘でお過ごしになるのは奏様と音葉様、それに私を含めた、少数の使用人だけですから。

本当はお二人を世話したいと申し出る使用人が他にも多数いたのですが………。あまり人数が多くても音葉様が勉強は勿論、花嫁修業に身が入らないでしょう?」



それはもうにっこり、と。

さも当たり前だと言わんばかりに言い切っているが、だからと言ってこの輝かんばかりの笑顔に流されてはいけない。



主人も主人なら、それに仕える使用人も使用人だ。




「緊張なんてミジンコの大きさほどもしてませんから。緊張してるんじゃなくて恐怖してるんですよ、私は!

……って言うか、わざとですよね?堺さん、わざと都合の良い風に解釈して事を進めようとしてますよね?私の話を聞いているようで確実に流してますよね?そうですか。そうなんでしょう!?」



人の話を聞いているようで全く聞いていないところが、ヤツそっくりだ。

それどころか自分の脳内で、話を都合の良いように変換しているのだから救いようがない。


(この似た者主従め…………!!)




「大丈夫ですよ。そう焦らなくても本日は何も予定がありませんし、一口に花嫁修業と言っても無茶難題を押し付ける、なんてことは絶対にありませんから。他の使用人も麻生家の未来の花嫁が不便なく、安心して花嫁修業が出来るようにと張り切っておりました。」

「……花嫁を拉致る、なんて今まで聞いたことないですけどねー。あははー。」


乾ききった笑い声を漏らしてみる。

そんな私から視線を外すと、堺さんは、その視線を自分の手首に落とした。



「奏様も、そろそろ所用が終わられる頃だと思います。音葉様もこれで少しは安心されるのでは?」

「安心出来るわけないでしょう?楽しいですか?いたいけな女子高生を追い詰めて楽しいんですか?」

「嗚呼、旦那様と奥様ですか?大丈夫ですよ。お二方ともとてもお優しく方ですし、今回音葉様の存在を知り、感激しておられました。この花嫁修業にも仕事の都合で立ち会えないのを酷く嘆いておられましたよ。」

「うん、私、麻生君のご両親のことなんて1度も聞いてませんからね。なんなの、家族ぐるみで私の敵なの。」


だとしたら怖すぎやしないか。



「……さて、私はそろそろ奏様を出迎える準備をしなくてはいけませんので、御前を失礼致します。音葉様はどうぞゆっくりなさっていて下さいね。」

「えっ、ちょ、せめて縄を外していって…………!」




バタン、と。

私の切実な叫び声虚しく、扉の音だけが無駄に広い室内に響いた。





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