わだいがない 14
栗原君の場合
「可愛いね、その一言が言えるならとっくに告白している!」、とは大げさだが、彼は学生時代にそう言った。僕には、まったく理解できない。
親の遺伝子に感謝すべきか、容姿端麗とまでは言わないまでも普通で、頭も運動もそれなりにできて、趣味が音楽。落ちない女はほとんどいない。中学で塾の講師と同級生と付き合っていた。高校では、先生と。先生が転勤してからは、なにも知らないであろう後輩と付き合ってきた。大学は、同級生と付き合ってきて、別れた。
だが、そんなこととは関係なく、もうすぐ仕事が始まる。そんななか、時間ぎりぎりに、女性たちが席に着く。そのなかの一人に声をかけた。
「お。今日の髪形いいね。」
「ありがとう。」
彼女はにっこりとほほ笑んだ。今度の彼女はこの子になるだろう。挨拶代わりに、女の子を褒めて僕が思う正解は「女性の笑顔は最強」である。
昨日の友人との飲みでの席の話を思い出した。
ひさしぶりに会った友人は昔よりも、ちょっとおしゃれな格好になっていた。
「実は、彼女と結婚することにしたんだ。」
ぶほっ
「ちょ、大丈夫か?」
「おまっ、えほっ。お前が急に変なこというから、えほっ。」
僕はむせた。そんなことはお構いなく、彼は続けた。
「で、これが式の招待状。来てくれ。で、あ、きたきた、彼女だよ。」
僕は振り向いて、目を疑った。この子が、あの携帯の子だったのだろうか。彼女はとても幸せそうに微笑んでいた。
「はじまして。」
さかのぼること、一年前。
「いいよなぁ。お前は慣れてて。」
そう言ったのは、高校時代の学友だ。一年目に同じクラスの前の席になってから、馬が合うというか気が楽というか、そのまま大学が別でも、会社が別でもなにかと一緒に飲むようになっていた。
「なにが?」
「女の子の扱い。」
「いやいや、会社じゃあ、ちゃらい男扱いされてるけどね。そういう男は女だっていやだろ。合コンとかならまだしも。」
「合コン……。」
「ああ、参加しないんだっけ?」
「しないんじゃなくて、できないの。なに、話していいか、わかんないし。」
「そうか?表面な話だけすればいいじゃないか。」
「表面?」
「そ。料理が好きですーだったら、あそこの店がうまいよーとか。今度食べに行こうかぁーとか。絶対に、細かい調理法とか、素材がどうとかの話はダメ。」
「なるほど。」
「車が好きですーだったら、今度ドライブ行こうかーで誘う。絶対に、車の性能とか機能とかの話はダメ。あ、そのまえに免許がなかったらダメだけどね。」
「なるほど。」
「ペットは馬鹿犬でもけなさない。猫好きーだったら、カフェ行こうよとか、イラストでかわいいのがあるよとか、キャラクターの話に持ち込みとか。」
「うん。」
「いや、うん、じゃないし。どんどん話していかないとダメでしょ。」
「そうなんだけど……。そうなんだよねぇ。わかっちゃいるんだけどさぁ。」
彼はため息をついた。そんな彼を見てちょっと思う。こいつが女だったら、オレは絶対に付き合わないぞ、と。容姿は普通だ。だが、愛想がない。
普段の顔をしているのに、怒ってる?と聞かれるタイプだ。髪がうっとおしいとか清潔感がないとかそんなこともない。ダサいとか、最新の話題についていけないとかそんなこともない。何が悪いのかと問われたら、積極性のなさだとオレは断言できる。
「彼女欲しいんだろ?」
「いや、実は……できたんだ。」
「なにが?彼女が?」
「う、うん。」
彼は真っ赤になってうつむいた。
「よかったじゃないか!」
「うん、だけど、なに話していいかわかんなくって……。」
その姿を見ながら、へんな女に引っかかってないといいなぁとちょっと心配になった。普段の顔はともかく、中身はとてもいいやつなのだ。
「どんな子さ?写真は?」
「あ、あるよ、こんな子。」
携帯を見せてもらうと彼女はちょっとはにかんでいた。かわいいというより、いい嫁さんになりそうな子だ。
「いいじゃないか。お前の顔がでれでれで。」
「うそ?そう?」
「うん、ま、お前が幸せならいいじゃないか。」
「うん。でも、やっぱりさ?ハンサムなのはいくらでもいるし。なんかいい話とかないかなぁと思って。こう、楽しませるような。」
「それで、僕を呼びだしたのか?」
「うん。いやほら、店とかろくに知らないけど、店とか服とかはインターネットでどうにでもなるじゃん?だけどさ、会話ってどうにもならないんだよねぇ。緊張しちゃって。」
「趣味とかあったっけ?」
「僕?漫画読むくらい。」
「SNSとかは?」
「……なに?」
「いや、いい。そうだなぁ、漫画貸せば?エロいのとグロいのはやめとけ。あと、名作でも、マニアックなものもダメ。」
「え、なんで?」
「話が広がりにくいだろ。アニメ化されてるとか、映画になるとか、キャラクターがゲーセンにいるとか、こう広がるやつにすれば?」
「ああ、そうか、なるほど。ん、やってみる、ありがとう。……ところで、栗原の方は?」
「僕?もうすぐ転勤になる女上司と別れたばっか。」
「ご、ごめん。そんな時に。」
「まったくだなーおい。ま、次の子は目をつけてあるんだけど。」
「早くない?」
「恋に落ちるのに、早いも遅いもねぇ。」
「いや、それ恋って言わないんじゃ……。」
「硬いこと言うなよー。」
僕は、にんまりと笑った。
「栗原さん?どうしました?ぼーっとして。」
「ん?」
声のする方に顔を向けると、同僚がこっちをみている。どうやら、ぼんやり空を見つめていたらしい。
「いやなんでも。」
ふとさっきの髪形を褒めた彼女のほうを見ると、ほかの女の子とおしゃべりをしている。僕は思った。彼女は僕のためにあんな風にきれいになってくれるのだろうかと。
いや、そもそも、自分が相手のために変わったことなどあったのだろうかと。
過去をちょっと振り返っても、そんな記憶はない。気が付かなかっただけなのだろうか。それとも、気づく気もなかっただけだろうか。
「ずいぶん、きれいになりましたね。」
友人がトイレに行ったときに、僕は話しかけた。
「え?」
「いや、一年前くらいかな。彼に貴方の写真を携帯で見せてもらったんですけど。変わったなぁと思って。」
「あ、ちょっと痩せたんです。あと、メガネからコンタクトにしました。」
「奴のために?」
「いえ、彼のためにというか、自分が彼の横にいて、彼が悪く言われないようにと思って。」「え?意味がちょっと。」
「あ、あの。彼、女の子たちの間で人気があったんです。無口だけど、礼儀正しいし、優しいし、気配り上手だって。」
「ああ、たしかに。」
「それで、彼から告白されたときに断ったんです。私じゃ、ふさわしくありませんって。」「ええ?!」
僕は目を丸くした。
「それでも、ずっと好きだと言ってくれたので。私も努力しようと思ったんです。ほかの女性と戦う前から負けないようにって。男性と女性では考え方が違いますからね。男性は捕まえるまでが勝負で、女性は捕まってからが勝負ですからね。ずっと好きでいてもらわないと。」
彼女がちょっと笑った。
「なんの話?」
友人がトイレから戻ってきた。どうやら、二人きりにさせるのはちょっと心配だったのか、急いで戻ってきたようだ。
「……。お前がもてもてだったって話。」
「はぁ?そんなわけ、ないじゃん!」
彼は昔と変わらない顔で言った。
「無欲の勝利かぁ。」
僕はため息をついた。
「あら、まだ勝利が決まったわけじゃありませんよ。」
僕は彼女を見つめた。
「ねぇ、なんの話?」
彼がおろおろし始めた。
「秘密ぅー。おしえてやんない。ねぇ?」
彼女はなにも言わずに微笑んだ。友人の顔が膨れる。彼女はそれを見て、幸せそうに笑った。僕も笑った。