007
Jに注がれたエマの瞳には、彼の唇の震えが止まり、瞳には悲しみの色をたたえたまま、戸惑いと悔恨の色が浮かび、うつむき、エマから目を逸らすのが映った。
それで十分だった。
真実を理解した。
言葉にはしてほしくなかった。
それだけがせめてもの慰めだったから。
「じゃあ、私って何なの?」
なのに言葉が口をついて出る。
「お父様にとって、私ってなんだったの?」
「人形よ」
ポツリとエリザベータが漏らしたが、エマには聞こえていなかった。
Jはうつむいたまま何も答えない。
「そう」
エマは小さく呟く。
体から、血のほかにも何か――もっと大事な何かが流れ出ていくようだった。
「もういいかしら」
その声はどこまでもエマを苛立たせる。
エリザベータに向けた瞳に、再び敵意が宿る。
「エリザベータ・・・」
エリザベータは微笑んでいる。
笑っている。
「エリザベータ!」
叫び声がエリザベータに届くより早く、エマの体はまっすぐに跳躍した。
防護服たちに反応できるはずもない。
エマのこぶしがエリザベータの体を捉えるより早く、ナジャがエマの眼前に立った。
とっさに身を沈め、エマは飛びのく。
鉈を振り上げるように振り上げられたナジャの腕。
その指先は異様に長かった。
爪が剣のように伸びているのだ。
それが死神の爪、と呼ばれていたことをエマは知っている。
ダイヤモンドさえ切り裂く凶器だ。
ナジャ固有の能力だった。
エマにもエリザベータにもない能力。
「リズには指一本触れさせない」
冷たい声と敵意ある視線を向けられ、エマはぞくりと震える。
ただそのおかげで冷静さを取り戻すことが出来た。
今の自分ではナジャには敵わない。
この重い体のまま――無数の鉛だまを体の中に抱えた、この重い体のままではかなわない。
一矢を報いることさえ出来ない。
エマは息を吐きながら、体をまっすぐに伸ばす。
ゆっくりと息を吸い込み、止める。
「ああああああああ!!」
大きくのけぞり、叫ぶ。
エマの体から無数の弾丸が飛び出した。
打ち込まれた鉛だまだった。
エマの血でコーティングされた赤い弾丸は、防護服たちの体にめり込み、貫通し、男たちに苦悶の声を上げさせていた。
「ふう」
体の中の違和感をすべて取り除くと、エマは大きく息を吐いた。
ナジャを見ると、彼女は無傷だった。
高速で襲ってきた弾丸を、ナジャはそれ以上のスピードで死神の爪をふるい、細切れにしていたのだ。
ナジャの後ろにいるエリザベータも、もちろん無傷だった。
エマは地を蹴った。
瞬時にナジャの眼前に迫る。
腕をふるう。
ひょいとかわされた。
焼け付くような殺気を感じ、あわてて飛び退る。
突風が塊となって目の前を吹き上がる。
エマは笑いたくなった。
まるで勝負にならない。
こちらの攻撃は完全に見切られているし、ナジャはまだ本気にはなっていない。
ナジャにとっては遊びなのだ。
だが本気でエマの命を刈り取ろうとしている。
その、死神の爪で。