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unhuman  作者: イナゴ
38/51

038

三人の姿が廊下の角を曲がって見えなくなると、いおは回れ右をする。

いおもまた、正しい帰宅部員として、家路に着かなければならない(もちろん、寄り道の一つやふたつ、するつもりであるが)。

廊下を歩きながら、いおは考えていた。

(楽しそうだったな)

美香子が、である。

本人に言わせれば、とんでもない誤解であろうが、二人の先輩とやり取りする美香子が、いおには、とても楽しそうに見えたのだ。

満ち足りているように、見えた。

美香子とは確かに親友であるが、あの時、いおは確かに、彼女との距離を感じていた。

心の距離だ。

自分にはないものを、美香子は持っている・・・。

この感情は、妬みであるし、僻みだ、という自覚はある。

単純に、いおも口げんかできる親しい先輩がほしい、と思う。

(私も部活に入ろうかな)

つらつら考えているうちに、玄関に着いたので、靴を履き替える。

校門を出ると、車が停まっていた。

間断なく車が行き来している車道の路肩に、一台のRVが停車している。

いおには、その車がどこのメーカーのものなのか、日本車なのかすらわからなかったが、ルーフからフロントガラスを通り、ボンネットへと続く流線型は、きれいだと思った。

が、もちろんそれ以上の興味を引かれることもなく、いおはそのまま歩いていく。

車に、あと数歩の距離まで近づいたときも、中を覗いてやろうという好奇心も、当然、沸かなかった。

だが、いおは歩みを止めた。

後部座席のドアが開き、車から降りてきた女性が、いおの前に立ったからだ。

「梁瀬いお、ね」

問う口調ではなかった。

事実確認のための、返答を促す声だ。

いおは答えることが出来なかった。

ぽかん、と口をあけて、女性に見入ってしまっていた。

こんな美しい女性を、いおは見たことがなかった。

雑誌やテレビの中でさえ。

おそらく《美》というものは、人間の創造をはるかに超えたところに、存在しているのだ。

今、この瞬間以前のいおが、誰かに「この世で一番美しいものを思い描いて見なさい」と言われたところで、いおには、それを想像することができなかっただろう。

せいぜいが、宝石?一面の花畑?空いっぱいの星空?としか、きっと答えられなかっただろう。

しかし今は違う。

目の前の女性を見た瞬間から、それは不可能ではなくなっていた。

なぜなら、同じ質問をされたならば、彼女を――目の前に立つこの女性を思い描けばいいのだから。

彼女こそ、美の化身だった。

瞼を閉じてさえ、その美しさは心に強く焼き付いていて、ありありとその姿を思い描くことが出来る。

しかし、脳裏に浮かんだその姿がどんなに美しくても、瞼を開け、目の前にいる彼女を見ると――本当の美しさを目にすると、途端にかすんでしまうのだ。

霧で出来た幻のように、跡形もなく消えてしまう。

彼女の美しさは、己の幻を許すほど、寛大ではなかった。

強烈な存在感を放っていた。

「違うの?」

女性が問いかけてくる。

いおは慌てた。

「え!あ、はい!・・・え?」

大きな声を返してから、違和感に気付く。

「じゃあ、乗って」

女性の腕がすっと伸びてきて、いおの腕をつかんだ。

くらっと来た。

なぜだかはわからない。

心臓がぐらぐらと胸の中で揺れだして、そのために血液の流れが不規則になり、頭がくらくらし、眩暈がし、体中が熱を帯びたようになって来た。

「な、なぜですか・・・?」

女性の意図が理解できずにいるのも確かであったが、いおの声を震わせているのは、体の中からやってくる昂ぶりだった。

顔が燃えるように熱い。

きっと、驚くほど真っ赤になっているに違いない。

この変調の原因が、いおにはわからない。

女性はただ、いおの目を覗き込んでいた。

途端に火照っていた顔から、さあぁと血の気が引くのがわかった。

心臓の鼓動は不規則なままだったが、脈打つたびに機能が低下していくような、不吉な考えが頭をよぎる。

「乗りなさい」

女性の声と同時に、いおの体は安定性を失った。

一瞬、視界の風景が大きく揺らいで、次いで体が落ち着いたとき、いおは車の後部座席に座っていた。

彼女の右隣に、女性が座る。

ドアが閉められた。

同時に、いおの体はシートに軽く押し付けられる。

車が動き出したのだ。

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