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unhuman  作者: イナゴ
37/51

037

「よお、大木。昨日は大変だったんだってな」

クラスメイトたちが作る、朝の喧騒の中でもよく通る声で、秋は、教室に入ってきた美香子に手を振る。

美香子は、すぐに秋を含んだいつもの四人に気付いたが、何のことを言われたのかは、すぐには気付かなかった。

昨日?

自問して、ようやく心当たりに気付く。

大変だった昨日の出来事――というと、一つしかない。

「まあね」

苦笑を返しつつ、美香子は、聞こえないとは承知の上で、答えた。

秋は、来い来い、と美香子を手招きする。

机に鞄を置くと、美香子は秋の席に向かった。

目の前に立った美香子を、秋は座ったままで、ニヤニヤと見上げる。

「どうしたの?」

「いやいやいや。お前もたくましくなったなあ、て思ってさ」

「たくましいって?」

「そういうところ。そういう余裕のあるところ」

これは氷見子だ。彼女も薄く笑っている。

「そうかなあ」

「そうだよ。昨日のことは聞いたよ。なのにいつもと変わらない大木ちゃん。それってすごいじゃん」

「ごめん。喋っちゃた」

佐奈の言葉を受けて、美香子に向かって手を合わせるいお。

秋が声をかけてきた時点で、そのことはわかっていたので、美香子は特に気にしない。

「うん。それは構わないけど」

「やっぱ余裕あるよ、お前」

再び、秋が感心する。

「自分ではふつうだと思うけど」

「だからそれがすごいんだって。聞いた感じじゃ、昨日も決定的みたいじゃん。かなりヤバイ。マジヤバ。もう終わりかも。なのに大木ちゃん、めそめそするでもなく、無理に元気出してるでもなく、ふつう。

あ、もしかして、もう諦めた?」

「まさかあ」

美香子は、笑いながら答える。

「諦めるなんてことはないよ。絶対に。リュウギさんからはっきりと返事を聞かない限りね。それに私、がんばるって決めたから。とりあえず、がんばる。そうじゃないと、さすがに、ね」

いお、秋、佐奈、氷見子は、しんみりとしてしまう。

「大人になったなあ」

うんうん、秋はうなづく。

「頭、撫でたりして」

小さな微笑を浮かべながら、氷見子は美香子の頭を撫でる。

美香子は困ったように照れ笑い。

「こうしちゃいられない。私もがんばらないと」

突如、一念発起したのか、佐奈が声を上げる。

「何を?」

なんとなく答えは予想できたが、とりあえず、いおは問うてみた。

「とりあえず来週からのテストかな」

やはり色気のないオチだった。

そして、放課後――。

秋、佐奈、氷見子の三人は、そぞれの部活動に行って、教室にはいない。

ちなみに、秋はバスケ部、佐奈は文芸部、氷見子は帰宅部である。

美香子も美術部に所属しているが、放課後の予定はすでに決まっている。

いおは、その美香子に付き合うことになるのだが、帰宅部である彼女には、それが部活動と言えた。

二人そろって、教室を出て、十歩も歩かないうちだった。

後ろから二人の生徒が走ってきたかと思うと、美香子といおを、通せんぼするように立ち止まる。

「どこに行く気だ。大木美香子とその友人」

腕を組み、仁王立ちする男子生徒に、いおは見覚えがなかった。

その横で腰に手を当てている女生徒にもだ。

だがもちろん、名指しで呼び止められた美香子は、二人を良く知っているようだった。

「部長・・・」

どんな顔をすればいいのか決めかねているような、困惑した様子でポツリと漏らす。

「もう一度問う。どこに行く気だ。大木美香子とその友人」

やはり仁王立ちのままでそう言った男子生徒が、美術部部長、伊達勢(ダテ・セイ)だった。

美香子とセットで呼ばれると言うことは、自分にも用があるんだろうかと、いおは思ってしまう。

「あの、えーと、そのう・・・」

「無断欠席はとてもいけないことなのよ。大木さん」

部長の質問に答えられずにいる美香子に、諭すように言ったのは、副部長の、清水レイナであるということを、いおはもちろん知らない。

「すみません。でもとても大事な用事があって・・・」

「大事、と言うならこちらもだ。モデルがいないことには何も始まらんのだぞ」

「他の人にモデルを変わってもらうことは出来ないんですか。たとえば部長とか」

「俺もそれは良い考えだと思うのだが、皆の考えは違うらしい」

「なら副部長は?」

「大木さん、あなたの変わりは誰にも務まらないのよ。スケッチされているときのあなたの困ったような笑顔――とても素敵だと言うことを知ってる?」

知りません、と答える代わりに、美香子は困ったように笑う。

「ともかくだ、大木。これだけははっきり言っておく。学生の本分は部活だ。四の五の言わずに一緒に来い」

「待って下さい。本当に大切な用があるんです」

「もしかして、家庭の事情、とかなの?」

「いえ、違いますけど・・・」

「なら問題ない」

「そうね」

ありますよお、と美香子が言い終わる前に、レイナの手がするりと伸びてきて、美香子の腕をさりげなく捉える。

腕を組むようにして、がっちりと胸元に引き寄せる。

「じゃあ行きましょう」

「ああ」

「ちょ、ちょっと待って下さい」

美香子は、レイナから逃れようと、捉えられた腕を振りほどこうとするのだが、肘に当たるレイナの胸の感触は柔らかいのに、武道の達人に関節を極められているように、腕を振りほどくことが出来ない。

「ちょっと待って、待って下さい。本当に大切な用事があるんです。とても大切なんです。お願いです。副部長、腕を放してください。――お願いします、レイナさん!」

「だめ」

レイナの返答は短く、取り付くしまもなかった。

いおは、三人のこのやり取りを、美香子の助けに入ったほうがいいのかな、と考えつつ見守っていたのだが、少し戸惑った様子を見せているそんないおに、美術部部長、伊達勢は尋ねた。

「そう言うわけだ。君、大木は美術部が借り受けることになったのだが、いいかな?」

「はあ、どうぞ」

薄情な友人に、美香子は泣きそうになる。

「そんなあ、いおちゃあん」

もちろん、勢もレイナも同情しない。

美香子は観念したのか、無理に暴れることもせず、レイナに引きずられるように、二人についていく。

手を振りながら、見送るいお。

美香子は、最後まで薄情な友人を見やる。膨れっ面で。

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